創世記学 1時間目
宜しくお願いします。
【創生記】という本について有識者の間では長い間議論が繰り広げられていた。
一昔前まではこの本はファンタジー、つまり空想の出来事を記載した物語というカテゴリに収蔵されていた。学者や歴史家といった知識人からは見向きもされることなく本屋や図書館の棚で埃をかぶっているのが通常だった。ごくまれに吟遊詩人のような噺家に読まれることもあったが、需要はほとんどなかった。
その価値が変わったのは5年前、とある冒険者の一団が北の荒野を探索している時に見つけた一軒の城にあった。
なぜ今まで見つからなかったのか分からないが、その城は調査の結果1500年前に建てられた城であることが分かった。特徴的なのは全体的に黒を基調とした堅牢な見た目でありながら、城の中心に位置する謁見の間だけは部屋全体が黄金でできていたことだった。
歴史的にも資産的にも大発見となった城は、国の監督下に置かれ世界中から集まった知恵者が調査に乗り出した。初めに大々的に調査をされたのは一番目立っている謁見の間であった。床に壁、天井に至るまで輝く黄金に囲まれており、玉座は金貨を重ねて固定することで椅子となっている。
目立つ謁見の間以外は、逆に落ち着いた装飾で質実剛健といった印象を与える。素材は主に【オリハルコン】が使用されており、黄金の部屋と合わせて所有者がいかに金持ちであったかが分かる部分であった。今でこそ製造方法が確立され安価となったオリハルコンだが、1500年前は希少金属として高価格で取引されていたものだ。城一軒建てるのに使用する量を考えると大国の王族でも難しいのではないのかと思われる。
調べても調べても知恵者達は、この城についての情報をてんで得ることができなかった。歴史書や地理学の本を片っ端から読み直しても、ヒントすら得ることができなかった。
調査開始から1年が過ぎるころには高名な学者の多くは諦めて自国へと帰って行ってしまっていた。代わりに学園の研究生や冒険者なんかが調査に来ることになったのだが、その中の一人がある事に気が付いた。本の虫で学園の図書室にある本は全部読んでいるという魔導士の男が、この城と同じ城が出てくる本があると。
その本の名は創生記。かつて魔物が人間に迫害されていた時代に、天より現れた1人の男により統一された魔物が人間を滅ぼすというものだったが、そのような歴史は伝わっておらず人間は常に世界の支配者であることは疑いようもない事実である。よって、創世記は妄想の産物として扱われていたのだが、その記述の中にこういう一文があった。
【黄金に満たされし王者の間において、ユキはシーナ国王を招き入れた。場外にて近衛兵が待機しているものの、漆黒の城塞と疾風姫を突破する事は事実上不可能である。】
この発見を皮切りに、創世記に記載されている舞台の調査をすると新しい発見が相次いだ事で、この本が小説ではなく歴史書だという認識に変わったのだった。
創世記研究の第一人者である学者の【アルフォンス・ヒーピーズ】は自信の授業の講義にて学生達に説明と解説をしていた。
「と、いう経緯から創世記は実際に起こった歴史の1ページだという確定へと至ったのです。」
近年発見された創世記学は学園の授業でも人気のコマであり、今日もギッシリと学生達が講堂に集まって授業を受けている。
「創世記を語る上で欠かせないのが、天より現れた魔物の救世主【ユキ】であります。彼は人間でありながら魔物の味方をし、オーバレイド王国やシーナ王国に被害を与えています。シーナ王国にいたっては隣国のパリック国と共に完全に滅ぼされました。その事からユキは【黄金の魔王】と呼ばれていたようです。」
カリカリと筆記具を走らす音が講堂に響く。
「しかし、そんな彼は決して力や魔力に優れていた訳ではありません。彼自身は軍略や策略を考える策謀家であったと推測されております。」
「先生、それではどうやって力しか信用しないような脳筋の魔族を従える事ができたのでしょうか?」
最前列で熱心に授業を聞いていた金髪の女の子が手を挙げて質問する。
「よい質問です。それは彼に最も信用されたケンタウロス族の【シャナ】の力によるものだと言われています。部族の戦士であったシャナは人間に捕まり奴隷とされてしまいますが、ユキは自信の全財産に貴族様に喧嘩を働いてまで金を用意し、シャナを購入したという事です。シャナは非常に美しい外見をしており性奴隷として買われたという見解が一般的でございます。後のユキの女性遍歴を見るに好色であったと推測されるのが主な理由となります。武力の象徴とも言えるシャナの存在が、好戦的であった魔物達が信じられるものだったのでしょう。」
カッカッと黒板に学者が記述していく。
「幾多もの凶悪な事件を起こしたユキとシャナだが、2人が真の仲間になるきっかけとなったのが1章で書かれているテビニーチャの襲撃です。現在は没落しておりますが、オーバレイド王国のカペーロ侯爵家の息子によりユキを大多数で襲撃した事件です。侯爵家の目的は伝わっておりませんが、100人もの傭兵を雇い武力のない当時一般人のユキを襲ったものでした。襲撃は助っ人にきたシャナによって鎮圧されましたが、この事件は創世記を語っていく上でとても重要なシーンとなっています。わかる人はいますか?」
「はい!別れるはずだったユキとシャナを結び付けてしまったからです。」
金髪の女の子が答える。
「そうですね、黄金の魔王軍の武と知を司る2人が会わなければこの後の被害は抑えられたかもしれないね。ただ私はこう考えています。ユキに人間の汚さを見せたことで、彼に人類に対しての嫌悪感を植え付けてしまったのではないかと。」
そう、テビニーチャの襲撃がなければ、次のユキが行う大虐殺は起きなかったのではないかと思ってしまうのだ。
キーンコーンカーンコーン
終業のベルが鳴り響く。
「おっと、それだは今日の授業はここまでといたしましょう。次回はドワーフが出てきますので予習をしておくように。以上、解散です。」
ご覧いただきまして有難うございます。
簡単な登場人物紹介を挟みまして2章に入ります。