駆ける闇と駆けない風
宜しくお願いします。
夜中ふと目が覚めた。
いつもならアーツ使用後ならぐっすり朝までコースなんだけどなぁ。明日旅立つからって緊張してるんだろうか?
妙に身体が火照るような不快感を感じた俺は夜風に当たろうと窓に近づいた所で違和感に気付いた。
なんか外に人多くないか?街灯とかがないこの世界だと夜に出歩いているのは巡回の門兵くらいなものだったと思うんだけど、今窓の外の道には10人以上の男達がたむろしている。全員が腰や背中に武器を装備しているから冒険者か?
ユキナリが窓の外を見ていると、夜中だというのに宿の扉が開いてテリーヌが出て来た。テリーヌはたむろしている男達のリーダーと思われる巨漢に声をかけると巨漢と共に宿に入っていく。それに続いて男達の半分くらいが中に入っていく。残った男達は宿屋の周りに散らばっていった。
何だろう、外に散らばった男達の行動は得物を逃がさない狩人のような行動だ。それを街中、しかも宿屋に対して行うなど普通はありえない。あるとしたら宿の宿泊客に逃がしたくない奴がいるということだが……あれ?
何かに気付いたユキナリは素早く寝間着から着替えると装備と身の回りのものを整えていった。ほとんどの荷物は明日の旅立ちように買った馬車に積んで東門の馬車置き場に置いてある為、装備品以外には小物が入ったカバンくらいなものだ。
ユキナリが準備を終えた頃、宿屋の階段を上がってくるズカズカとした粗野な足音が複数聞こえて来た。音を隠す気もないようでこの部屋まで一直線に進んでいった。
カチャリとユキナリの部屋のドアが開いた。この時だけは何故か静かに開けていたが、カギをかけていたはずの部屋のドアをどう開けたのかは謎だ。
せっかく静かに開けたというのにまたドカドカと足音を立てて侵入してくる屈強な男達。しかしその部屋の中には男達以外誰もいなかった。
街中に大勢の屈強な男達が誰かを探しているかのように走り回っている時、裏道を、時には壁や屋根の上を疾走している男がいた。ユキナリだ。
彼の履いているブーツからは黒い棘が無数に飛び出ている。彼が地面を踏みしべる度、いや足の裏は地面に着いておらずその直前に黒い靄に棘がささりそこを足場に推進力を得て強力な加速力で颯爽と駆け抜けて行った。
そこに道がなかろうが石畳の道だろうが関係ないとばかりに闇を足場にしたユキナリは東門へと駆けていた。
この靴のおかげで宿屋の屋根に駆け上がれたからなんとか逃げられたけど、なんで俺は追いかけられなきゃいけねぇんだよ。
文句を言いながらも実際に追われているのだから逃げなしゃーないと取りあえず預けている馬車を置いてはいけない。幸運にも男達に見つかることなく東門に着いた俺は居眠りしていた門兵を叩き起こして馬車を出してもらうと。
ドッゴーン!!!
強烈な光と音が響くと、東門として閉まっていた木製の門が粉々に砕けていた。恐らく炎の魔法で粉砕されたのだろう。残った柱の部分も燃えて周りを赤々と照らしている。
「ようやく見つけたぞ、無礼なガキが。」
現れたのは何日か前に俺の剣をタダで寄こせとか頭沸いた発言をしたカペーロとかいう貴族だった。彼の後ろにいる側近の一人が手の平をこちらに向けていた。恐らく奴が魔法で門を壊したのだろう。
「ふははは、大人しく魔剣を俺に渡せ!そうすれば命だけは助けてやるぞ!」
さっきの爆音によって屈強な男達もぞろぞろと集まってきた。やっぱりこいつらはこの貴族の部下のようだな。たかだか剣一本にここまでやるかよ。イカレテやがる。
だから欲しけりゃ金持ってこいって言ってるだろうに、これだけの男達雇う金があったら170万くらい出せるだろうに。アホかまったく。
そう言ってやると、貴族は顔を真っ赤にして罵詈雑言を怒鳴りだした。その姿はまるで駄々をこねるお子ちゃまのようで素晴らしく滑稽だった。
主人を馬鹿にされて怒ったのか、魔法で門を壊した奴がドでかい火の玉の魔法を撃ってきやがった。
ファイヤーボールという炎の魔法だが、門を破壊した威力を見るに俺がくらったらひとたまりもないだろうしここはこいつに初活躍してもらうかな。
ユキナリは腰に差していた魔剣・風薙ぎの剣を抜くと、正面に構えて念じる。
【永久の風よ、我が身を護る幻惑の壁となれ!】
武器屋の親父さんに聞いた物々しく長い呪文を唱える。ちょいと中二病くさい呪文だがしかたない。これでファイヤーボールを防いでくれる、俺を覆う風の壁が出現し……ない!?
火の玉が目前に来ても風の壁が現れなかった為、俺は横に飛び退いて躱した。あっぶねー!死ぬとこだった!?
え?なんで発動しないの!?不良品?この問題の張本剣のくせに肝心な時に役立たずかよ!!
とか魔剣にぐちっていると新たな魔法の気配が……、しかも複数!?集まってきた男達の中にも魔法が使える奴がいたようで一斉に30発にも昇るファイヤーボールが飛んできた。
あ、これ死んだ。
俺が諦めて僅か10日ちょっとの2度目の人生を振り返っていると。
「全く、あなたはこうゆうトラブルによくあうのですか?」
突如聞こえて来た綺麗な声と、同じく突如として目の前に現れた風の渦。こちらに飛来してきた全ての火の玉を巻き込んだ竜巻は一瞬燃え上がり、炎と共に跡形もなく消え去っていた。
突然の出来事に両者共に唖然とする中、横を向いた俺の目に美しい少女の顔が映った。
そこには片手にいつの間にか落としていたのか風薙ぎの剣を握った水色のワンピースを着た美しい上半身に、力強い四肢で堂々と立っている馬の下半身を持つ少女、ケンタウロスのシャナだった。
「お迎えにあがりましたよ、ご主人様。」
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