揺らぐ気持ち
一年三組二十番。これが僕の新しい居場所となった。
教室に入ると綺麗な机が目に入る。今まで自分が使っていたのは机でなかったのではないのかと思うほどである。
木のタイルが敷き詰められている床も業者の人が掃除していると一目で分かるほど清潔であるし、白い壁にも落書きなど無い。棚や掃除用具入れも白くて清潔感がある。照明もむき出しの蛍光灯などではなく、高い天井に電球が埋め込まれている。この分だと廊下に設置してある個人のロッカーも期待して良いだろう。
そんな綺麗な教室や知らない人が大勢いる環境に対する気持ちは皆同じようで、そわそわとしている者が大半だった。早速近くの人に声をかけている奴もちらほらと見受けられたが、僕は無言で座っていた。今考えると、八尋に声をかけられたのは偶然とはいえ幸運だった。生来人見知りの僕が友達をつくるのは簡単ではないからだ。
席について色々と思案していると、後ろから肩をたたかれた。振り向くと八尋は真っ直ぐに僕を見つめてきた。
「……な、なに?」
たじろぐ僕に、八尋は笑顔を作り言った。
「俺さ、サッカー部に入ろうと思ってるんだけど、遼介も入らない?」
「……え…?」
正直意味がわからなかった。困惑する僕をよそに話は進んでいく。
「ずっと考えてたんだけど、遼介ってさ、サッカーやってたよね?俺、華岡中に行ったときに遼介のこと見たことあるし」
確かにサッカー部には入っていた。しかし、それは幼馴染みになかば無理矢理入部させられたようなものだったから、あまり良い思い出ではなかった。
「確かにサッカー部だったけど、高校で続けるつもりないから…」
サッカーは好きだが、それ以上に下手な自分が嫌いだった。嫌々やっていたサッカーも、半年もやっていれば自然と好きになっていった。しかし如何せん運動があまり得意ではなかったため、あまり上達はしなかったのである。その代わり、僕とともに入部した幼馴染みはぐんぐん成長し、僕の中の劣等感は募っていくばかりであった。
そんな、苦い思い出の方が多いサッカーを続ける気は起る筈も無く、潔く中学で終わりにする気でいたのだ。しかし、八尋は僕にこんな提案を持ちかけた。
「じゃあさ、マネージャーやる気ない?」
八尋の言葉に、僕は一瞬言葉が出なかった。マネージャーって、女の子がやるものだろ。何故僕が?
「ああ、マネージャーっていっても、女の子ばかりじゃないよ。ほら、この学校って運動部強いでしょ?だからいろんなところから選手が推薦で来てるんだ。しかも私立で女子の制服あんまり可愛くないから、女の子も少ないし。マネージャー確保は容易じゃないんだって。結構いるらしいよ、男子マネージャー」
女子の制服云々はさておき、運動部が強いのは初めて知った。どおりで体格のいい男子が多いと思った。
でも確かにその話が本当なら、やってみても良いかもしれない。そんな考えが僕の中に生まれた。もともとサッカーは好きだし、今は幼馴染みもいないし、マネージャーならプレーなんて関係ないし、それに、八尋もいるし。なんだか、八尋にかかるとサッカーに対する気持ちがぽかぽかしてくるから不思議だ。
「僕、マネージャーやろう、かな」
僕の口から、こんな言葉がするっと出てきてしまうのだから、不思議だ。