出会い
僕は、新しい制服に身を包み、入学式へと急いでいた。
少し寝坊をした為に、学生寮から歩いて十分もかからない学校に走って向かっている僕は本当に馬鹿だと思う。成長を期待して作った動きにくい制服が足を重たくさせる。私立の学校と言うのは例によって敷地が広く、更に設備がよいことが魅力的な部分である。その反面入学してみると、その広大な面積が施設への移動時間を大幅に増やしていることに気づく。
しかし、学校を選ぶ際にそこまで考える学生が一体どのくらい存在するのだろうか。多くの学生はその環境に憧れ、その中で素敵な薔薇色のスクールライフを送ることしか考えていないはずである。かく言う僕もその一人だ。
公立の学校にしか通ったことの無い一般人からしたら、冷暖房完備の校舎と言うだけでも十分志望理由になると本気で思っている。夏の暑い教室で数台しかない扇風機を動かしながら汗だくで受ける授業がどんなにつらいか、教室全体を暖めてくれないストーブのなんと頼りないかを僕は知っている。自分で学校を選べると知った時には真っ先に冷暖房完備の高校を調べたぐらいだ。そう、学校の設備を考えればこんな移動距離はたいしたことじゃない。それに自分で決めたことなのだからこれ以上文句は言うまい。そう自分に言い聞かせながら目的地へ急いだ。
きちんと舗装されたレンガの道を小走りに進んでいく。サイドには桜の木が植えてあり、入学式を知らせるように咲き誇っている。その桜の花びらが風で散り、レンガの道を桃色の絨毯のように染めている。寮から校舎まで少し歩かなければならないのが少し残念だったが、美しい光景を見ることができてラッキーなのかもしれない。軽く汗もにじみ始めてきたとき、正門が見えてきた。
正門を入って少ししたところにある円形の広場に、まばらだが新入生と思われる人達やその保護者もいる。入寮日から少し日が経っているので、久々に会った親と楽しげに話している生徒が多い。その光景に少しの安堵と緊張をおぼえた。ここにいる人達と、新しい学校生活を送るのだ。走った時とはまた違う汗が、手の平を湿らせた。
正門の前を曲がると、クラス分けの紙には人だかりができていて、とてもじゃないが出遅れた僕は近付けなかった。しかし、この紙を見なければクラスも席も分からない、このまま人がいなくなるのを待っていたのでは入学式に遅れてしまう。それでも、人の合間を縫ってどうにか近くまでは来られたのだが、もともと小柄なため隙間に身を滑り込ませるのは得意でも、流石に前は見ることができない。困り果てていた僕の上から、突然声がした。
「クラス見たいの?」
低くて甘い声が降ってきた。おずおずと顔を上にあげると、顔よりも先に暗めの茶髪が見えた。咄嗟の事で反応できなかった僕に、彼はまた続けた。
「名前教えてよ。そしたら、クラスと番号確認できるから」
にこりと音がつきそうなほど綺麗に笑った彼はすらりと背が高く、女の子の好きそうな甘いマスクに目元の黒子が印象的だった。
「進藤、遼介」
初対面の人にこんなに友好的に話しかけてもらったことが無いので、声も小さくて、ぼそぼそと聞き取りにくかったに違いない。しかし、彼は嫌な顔一つせず返事した。
「進藤クンね、ちょっと待って」
そう言うと、彼は前方を順に見ていく。そしてしばらくして彼の瞳が輝いた。
「進藤君、俺と同じクラスだよ。体育館まで一緒に行かない?」
ここまでしてくれた彼に断る理由も特になかったので、僕は彼の言葉に流されるままに移動した。




