第44話 志姫、ダンジョン進入、そこは清潔だった
シーフ転職石
テイデック地方にある初心者向けダンジョンの中に設置しているそれは、当時魔王の復活によって一気に危険地帯へと変わり果ててしまっていた。
ゲームの中では、当時の冒険者支援組織によって転職石そばへの転送が可能であったために低レベルでも問題なく転職に赴けたが、現在ではその支援組織など残っているはずもなく、自力でダンジョンの奥へと赴かなくてはならない。
「魔王が復活したのはダンジョンの最奥にある祭壇で、イベント内では多数の生け贄が捧げられていたので魔王の眷属である魔族や生け贄にされた子供の特殊なアンデッドが闊歩しているという訳さ。」
ダンジョンの入り口近辺の安全確認をしながらの私の説明により、皆が嫌そうな顔をしている。
「初心者向けの気軽なダンジョンが阿鼻叫喚の図へと変化したわけですか・・・、それは笑えませんね。」
「私達の行っていたアカデミー生の訓練用のダンジョンがこんな風になった感じなのかな、かな?」
「ティアミーさぁん? 不謹慎なことを言ってはいけませんわよ。」
「ごめんなさい!」
アカデミーの校長の前でろくでもないことを言い出したティアミーは、校長に首根っこを捕まれて即座に謝罪した。
「ところで、特殊なアンデッドってなんですか?」
エリシアが私の説明の中で疑問に思った点を指摘してきた。
「当時、生け贄にされた子供達はその魂を全て魔王の復活のために喰われてしまってね、空になった体に魔王が作り出した、瘴気で作られた疑似の魂を入れられて一見すると普通の人間みたいに見える物が出来たんだよ。」
「うえ、ただでさえ子供を生け贄にするとか気分悪いのにその上さらに使いつぶそうってわけ?」
ユミールがとても嫌そうに顔をしかめている。他の皆も同意見のようで、誰もいい顔はしていない。ヒノミヤだけはよく分かっていないようで首を傾げているけど。
「それで戦闘面での注意事項は、魂がないため対不死系の魔法が効果が無くて、かといって体は人間の物のため退魔系のスキルも効果が出ないと言う聖職者殺しなんだよ。だから、戦闘では通常の打撃や攻撃魔法便りになるね。」
「ふふん、私の出番という訳ね、腕が鳴るわ!」
単体攻撃魔法の念動魔法ではやはりあれには効果もなく、かといって私が普通の四大系の攻撃魔法を使えば大惨事に陥る。ここはやはりユミールに任せよう。
「いや、実際にその通りだよ。私の攻撃魔法は火力を調節してもダンジョン内では大惨事になりかねないから魔法はユミールが専門と言うことで。私は敵を抱え込んだり殴り飛ばしていくから。」
「やっぱり素手最強で行くんですね・・・」
ダンジョンの進入後、探索自体は滞りなく進んでいた。
私がマップを覚えていたのと、エリザベスさんが山にフタをされていてもダンジョン間転移の特殊技能でここのダンジョンにも掃除に来ていたことが本人の口から明らかにされていたからだ。
エリザベスさんの説明では、私が警戒していた子供達は全5階層のうちの4層と5層に出没しており、転職石のある2.5層(階段の隠し部屋)付近にはいなかったそうだ。
「異界送りの儀で山をどかした影響がどこまで出てくるか分からないから、念のためにも周囲の警戒は怠らないようにしよう。」
口の長い地を這う魔物、グレムリンを蹴飛ばしながらみんなに声をかける。悪魔系は魔法の抵抗力が高いためにユミールはMPを温存しているので、今回は物理火力がメインになりそうだ。
「魔王城と違って密閉された空間のダンジョンは初体験だけど、内部は何故か明るいし意外と空気も悪くないわね。」
「掃除に関しては私が徹底しておりましたから。ダンジョン内部で悪い病気の素が蔓延するようなことはありません。」
エリザベスさんが自慢そうに告げているけど、それってつまり、ダンジョンから離れてしまった今後は、臭くて病気がはびこるほど不潔なダンジョンになっていくと言うことではないだろうか・・・?
当然、人としての生活を満喫して欲しいので、エリザベスさんをダンジョンに戻すつもりはないがユリアが復活した時にその辺も相談しておこう。
「流石はエリザベスさんですね、清掃の魔王と言ったところでしょうか。」
「やな魔王ね、それ。」
この階層の魔物は私抜きでも戦えるレベルのため、さほど緊張することもなくたわいのないやりとりを繰り返しながら奥へと進んでいる。とはいえ、校長がダンジョン探索の監督をしていることもあってさすがに周囲の警戒を怠ったりはしていないけど。
「このダンジョンは罠の類が見あたりませんわね。」
迷宮内の通路の様子を確認しながら、壁を叩いてみたりして校長がそう告げる。
「シーフになるためにあるようなダンジョンだからね。転職前の人でも通れるよう、罠の類は無いはずだよ。唯一の例外は転職石が置いてあるのが2層と3層の間にある隠し通路の先にあるということくらいだね。」
「隠し通路の先にあると言うことは、直接そこへの転送手段でもあれば一般にも解放するのは可能でしょうか。」
通常はポータルでのダンジョン内転送は不可能だが、シーフの転職石がある場所には転送用の固定ポータルの陣が設置してあったはずだ。
その陣の中でならポータルの位置情報を登録できるので、その辺の内容を校長に説明しておいた。
さして問題もなく二層目にたどり着いたところで、周囲の状況が一変してしまっていた。
「うわあ・・・、なによこれ。」
ユミールがおもわずつぶやくのも仕方がないと思えるほどのその惨状は、魔物達が奇声を上げていたりひっくり返って痙攣したり、中には共食いを始めているものまでいた。
「エリザベスさん、この階層っていつもこんな感じなのかい?」
まるでサバトかと思えるほどの、あまりにも凄惨な状況に目を背けつつ、エリザベスさんに尋ねてみた。
「いえ、この状況は恐らく志姫様の手による物かと。」
エリザベスさんの言葉にユミールがすかさず反応してきた。
「ちょっと志姫、あんた今度は何をやったのよ!」
「いやいやいや待ちたまえ、さすがにこんな事をしたような覚えはないんだが、エリザベスさん、どういうことなんだい?」
この階層にきたばっかりなのに私が悪い等と言われても納得が出来るはずもない。
「この状況の原因は地上に張り巡らせた聖域のせいですね。地上の瘴気が一掃されただけでなく、ダンジョン内部のこの辺の階層まで瘴気が薄れたようで高位の魔物は瘴気不足による存在の維持が困難になったのだと思われます。
恐らくここよりも深い階層までは影響はないと思われ、逆に一層のほうでは生息していた魔物は低級の物ばかりでしたので通常活動が出来たのでしょう。」
「つまり、こいつらは今息が出来なくなって苦しくなったり、飢餓状態になって暴走しているような感じということ?」
「概ねそのようなことです。」
放っておけばいつかは全滅しそうではあるが、ある意味おいしい状況でもあるのでこの惨状に目をつぶって一気に攻め込もう。
「さあみんな、これはチャンスだ。弱っている魔物を片っ端から討伐してレベルをあげるぞ!」
「容赦ないわね、あんた・・・」
ユミールのぼやきを無視して魔物の中に躍り込んでいった。
弱っている中位の魔物達を片っ端から殲滅しながら転職石のある隠し通路にたどり着いた。転職石のある部屋はエリザベスさん的にはダンジョン内部という位置づけにはないようで、千年前からの全くの手つかずだった。
密閉された空間であったため、エリザベスさんが隠し通路の先を全て掃除している間に階段のところでおとなしく待機していた。
「来たきたキタキターー!! 私の時代がやってきた!!!」
待機している間、ティアミーがようやく自分の転職の番が訪れたので興奮しきっている。
「あ・・・。」
「志姫さん、どうかなさいましたか?」
校長が私のつぶやきに気づいて聞いてきたので、階段の隅へと招き寄せて小声で話しかけた。
「悪魔系の魔物はスキル系の経験値が多かったからティアミーの転職後に倒せば良かったかな、と。」
「・・・ま、まあ、本人は気づいていないようなのでよろしいんじゃないでしょうか?」
「そうだね、気づかなかったことにしよう。」
校長と陰でこそこそと話し合っていた。