第28話 志姫、人生最大の怒りを爆発させる
「ただいま帰りました。」
「こっちもただいま、と、まだ誰も帰ってきていないようだね。」
一日をエリザベスさんと有意義に過ごした私は、夕食も外で済ませて夜遅くに帰宅した。しかし、返答がない。休日なので遊んできているのだろうと思い、こちらも疲れているのでそのまま就寝することにした。
「今日は疲れたので先に眠らせてもらうよ。エリザベスさんはまだ起きてるなら、誰か帰ってきたら私は先に寝ていると伝言お願いできるかい?」
「お任せ下さい、私は眠る必要はとくにありませんのでそのまま寝ずの番をさせていただきます。」
「いやいや、そこまでは必要ないよ。エリザベスさんも私達と同じような生活サイクルを知って置いてもらいたいし、適当なところで切り上げて寝ていいよ。」
ゴーレムやオートマタと違い、エリザベスさんはれっきとした生物なので、食事も睡眠も取ることが出来る。少しずつならしてそれらの行動を欲求として感じられるようにするのが密かな課題だ。
翌朝になっても、皆は帰ってきていなかった。
さすがに一切の連絡も無しなのはおかしいので探しでも行こうかと思ったとき、来客があった。冒険者に見えるが面識がない、やっかいごと確定かな。
「それで、何の用事かな。私はこれから出かけようかと思っていたんだが。」
「俺は届け物を頼まれただけさ。ほらっ、この手紙。確かに渡したぜ。」
誰から頼まれたのか問いつめたかったが、冒険者に依頼主のことを聞くというのも問題がありそうなのでやめておくことにした。・・・なりふり構わない状況になったとしたら、既に相手の破滅は決まっているけど。
物騒なことを考えながら手紙を開いて目を通す。予想していたような内容だったが、あらかじめ予想していたとしてもわき上がる感情が抑えられそうにない。千年間無双していたエリザベスさんでも後ずさりするほどのプレッシャーを発していた。
「エリザベスさん、ちょっとお願いがあるんだけど聞いてもらえるかな?」
ライテックの町から少し離れた場所にある騎士達の訓練施設、そこが指定された呼び出し場所だった。
そこには相当昔からあった施設なのだろう、小規模ながら闘技場のような場所があった。古くはあるが造りはかなししっかりしており、この跡地をベースとして訓練場を建設したと言ったところか。
呼び出された時間はその日の夜。念入りに他の人に見つからないようにしたつもりなのかもしれないが、それはそれで都合がいい。
闘技場の中心地に着いた時点で、足を止めた。外壁に沿うようにして次々に明かりが灯され、私だけでなく周囲の様子がはっきりと映し出される。
「指定された通りにやってきたぞ、用件を聞こうじゃないか。」
静まりかえった場内に響き渡る声。観客席から数人現れると共に、闘技場内を無数の兵士が多い出す。ざっと見ても100人以上はいそうだ。
このような光景を見ても不安や恐怖などはもちろんない、代わりに怒りが溢れてくる。元の世界でもここまで私をキレさせるような出来事はなかった。こいつらは、何も分かっていなかった。
「やあやあっ、よくもまあのこのこと来ることが出来たね。てっきり仲間を見捨てて逃げだしたかと思ったよ。」
貴族風の衣装に身をやつした男が下手な演技でもするように大振りな仕草で語り出した。風貌からみるに、バカ貴公子マッシュの親と言ったところか。この都市の領主自ら、ねえ。
「だから言ったじゃろう、こやつは人をなめきっておる。こんな挑発をしても意にも介さないのじゃ。」
「・・・冒険者ギルド支部長ゴードン、貴方もグルなわけか。それと、そこのアカデミーの校長が捕らえられているのはどういうことか説明してもらおう。」
私が言った通り、校長は領主とギルド長のそばで拘束された状態で立たされていた。こいつらはどれだけの問題行動をしているか分かっているのだろうか?
「いやなに、こやつもお前さんの強さの秘密に興味を引かれておっての、元々はワシと一緒に調査を行おうとしてた訳じゃ。じゃが、すぐに反意を示して協力を拒否してきおったから、改めてワシらの仲間になるよう勧誘してたわけじゃよ。」
「そうか。アカデミー長、何か申し開きはあるかい?」
私の質問でうなだれている頭を僅かに上げて申し訳なそうな顔でこちらを見つめてくる。
「・・・言い訳のしようもありません。目先の利益に捕らわれて貴方を利用しようとしていました。志姫さんからの善意からによるいろいろな提案が出されるに連れて、罪悪感と自分の矮小さを感じるばかりでした。」
「私が聞きたかったのはそういうことではないよ。私の秘密を探ろうとするのは、まあ不快ではあるが理解できないでもないし。要するに、私の行動に感化されたこの人を拘束して無理矢理に言うことを聞かせようとしていたわけだ、こいつらは。私の仲間も同じような目に遭わせているというわけだね。」
「察しが良くて結構。ん~、例の物をここへ。」
領主が手を数回叩くと、闘技場の奥から檻が引きずられてきている。中にはアカデミー長と同じように拘束をされているみんながいた。暴行を受けた後は無いようだけど、どこまでも私の怒りを煽る行動に次第に私の表情が抜け落ちてきた。普段は感情を表に出すことはあまり無いが、今回のそれは質がまるで違う。ユミール達もそれに気づいたのか、私に声をかけようとしてそのまま硬直した。
「くっくっくっ、お前さんがこの状況でポータルを使って逃げ出さないよう、人質を取らせてもらったぞい。」
「こいつのような小娘にそこまで警戒する必要があるかはわからんが、我がルーム家をさんざん虚仮にしてくれたのだ、相応の罰を与えなくてはな。その上でその強さの秘密とやらも我らで独占できる。ん~、まさに一石二鳥!」
この状況程度で私をどうにか出来ると思っているらしい。兵士相手に無双でもしたら人質を盾に動きでも封じるつもりなのだろうか。
「反応が薄くなってきたな。さすがにこの状況で絶望したのかな? ん? んまあ、権力の前では貴様程度ではゴミくずのような物というわけだ。」
「まったくじゃな、最初からワシに協力していればおいしい目にあわせてやることもできたというのに。所詮はアコライト、利益を独占しようとしてたんじゃろう。」
言いたい放題の二人にアカデミー長が反論をしようとしていたが、私の様子が目にとまり、ユミール達と同様に硬直してしまった。曲がりなりにもアカデミー長で相応の年を重ねているエルフ、私のプレッシャーから実力の片鱗でも感じられるのだろう。顔が青ざめるどころか白くなってきている。
いよいよ私の怒りが爆発しそうな状況に置いて、観客席のお偉方の下へ一人の乱入者が現れた。
「ちょっとパパン、どういうこと!? んぐっ、なんでユッミ~ルさんが檻にいれられてるのさんぐがぁぁあ!」
この場において現れると言うことは、ユミールへの干渉に当たるのだろう。激痛にさいなまれながらも父親である領主の元に詰め寄っていた。だが、領主はマッシュを見下し突き飛ばした後、足蹴にし始めた。
「黙れ、この能なしの役立たずが。そもそもお前が恥をかいたせいでこのような事態になったのだ。」
「僕がっ、わるかっがとしても・・・ゆ・・みーるさん・・手・・・だざないで・・・ぐぁっ。」
親による容赦のない攻撃と天罰で苦しみながらも、それでもユミールのことを心配している。色々と問題の多い奴ではあるが、ユミールへの愛情だけは本物のようだな。感心しつつも、親とはとても言えない領主の態度にとうとう最後の防波堤が決壊した。
「お前達、全員覚悟を決めろ。」
兵士達のざわめきの中にあっても、領主達のやりとりの中にあっても、私の声は響き渡り辺りは静まりかえる。アカデミー長に至っては今にも気絶をしてしまいそうだ。
「お、お主、この状況でまだどうにかなるとでも思ってるのか!? そ、そうだ、まずはあの杖をこちらに引き渡せ!!」
今更ながらに私の様子に気づいたのだろう。ギルド長がどもりながらも私に命令してきた。あの杖無しで戦えと言う。無知故の愚かさではあるが、リミッターをはずした状態の私を相手にする時点で、あいつらの未来が確定した。私は言われた通りにマジカルステッキオブラブリーを観客席に向けて槍投げのように投擲した。投擲スキルはなかったので狙いは少しそれたが、観客席に直撃して周囲が大破している。
「これでいいのか? あと、お前達下っ端連中には最後通告だ、命が惜しければすぐに立ち去れ。3分以内に立ち去らなかった場合は、それ以降一人も逃さない。」
兵士達が恐怖でざわめき出す。仮に最終的に人質で無理矢理押さえ込んだとしても、それまでは彼らが相手をしなければ行けない。観客席を一撃で破壊するような私とだ。一部の兵士が慌ててこの場から逃げ出していった。
「な、なんだあの兵士共は!? こっちには人質がいるのに見苦しく逃げおって。逃げた奴らは家族共々ライテックにはいられなくなる物と思え!!」
「貴様は馬鹿か。このままではライテックどころかこの世からいられなくなると思ったんだろう。・・・そろそろ最後の役者が揃ったようだぞ。」
私の言葉に領主達は不審そうな顔を浮かべていたが、闘技場の入場口からエリザベスさんにつれてこられた冒険者ギルドの副ギルド長である長髪眼鏡の職員さんが現れた。ギルド長は驚きで目を大きく見開いて口をぱくぱくさせている。
「副ギルド長、エリザベスさんから事情は聞いていると思うが、貴方には証人になってもらう。貴族や大商人の子女に加えて冒険者アカデミーの校長を誘拐、監禁、人質にして冒険者を脅迫。犯人はこの都市の領主であるルーム卿と貴方の上司である冒険者ギルドのギルド長ゴードンだ。」
副ギルド長は周囲の様子を確認した後、こちらを向いて頷いた。
「確認しました。この後ギルド長に関しては逮捕、拘束の上でギルド本部に置いて裁きを受けてもらいます。また、領主に置かれましてはしかるべき措置が執られることでしょう。」
「それは無理な話だな。彼らはもう一人も生き残ることは出来ない。もう、誰も、私を止めることは出来ないと思ってくれ。」
「・・・仕掛けてきたのはあちらです。後々問題になるかもしれませんがよろしいので?」
副ギルド長が、もう諦めたような表情で最後の確認をしてくる。ギルド長よりも実力を見る目があるのだろう、私が出来ないとは思っていないようだ。
「これはね、見せしめなんだよ。あのときギルドの訓練場で私の言った意味を理解できていなかった物達へのね。私を真に怒らせたらどうなるのか、マッシュも、アカデミー長も、副ギルド長もよく見ておくといい。」
私の言いたい放題の台詞に対して、ようやく領主やギルド長の硬直がとけた。
「ば、馬鹿め! お前はもうあの杖はないんだ、ただの堅いだけのアコライトごときがこの状況をどうこうできるわけないじゃろうが!!」
「そうだ、それにそこの男もここで捕らえて口を封じてしまえば問題はない。・・・そもそも、人質の存在を忘れたのか? 魔法兵、檻に向かって詠唱の準備!」
愚かしい
人質を取って私を抑えきれると思ったあいつらが愚かしい
愚かしい
実力差を理解できずに逃げ出すことをしなかった兵士達が愚かしい
愚かしい
人の上に立つべき人物が欲に目がくらんで人の道を踏み外した事実が愚かしい
「この中で一番の愚者であるギルド長ゴードンよ、相手の実力を理解しないまま竜の逆鱗に触れたその行いの意味を、とくと眺めているが良い。”セイフティゾーン”」
発動した魔法はそれぞれ副ギルド長、マッシュ、アカデミー長、そしてユミール達を檻ごと蒼い壁で包んだ。突然の事態に兵士のの一部が思わず先走って魔法を檻に向かってぶつけてきたが、蒼い壁にぶつかると発動をキャンセルされてしまった。兵士達はざわめき、領主はマッシュやアカデミー長に攻撃を加えようとしてはじかれている。
「アコライトがあり、プリーストがいる。そして、その上がいるという事実をお前達は知っているか?
今お前達の目の前に展開されているそれは、最上位職であるクラス、アークプリーストのもつスキル、セイフティーゾーンだ。効果時間内は魔法も打撃も通用しない。」
「あ、アークプリーストじゃと!? そ、そんなものはしらん、聞いたことがないぞ! そもそも貴様はただのアコライトじゃろうが!!」
「それがどうした? お前は私がポータルを使えることを知っているではないか。そして、お前が知りたかった事を教えてやっているのではないか。」
「ええい黙れ、こいつには攻撃魔法はもう無いんだ。あいつらを全部出せ!!」
領主の叫びにユミール達を連れてきた方の出口から3体のトロールを引っ張ってきた。こいつらはまだいたのか。
「いくらパワーがあって硬かろうが、三体がかりで押さえ込めば負けるはずがない、やってしまえ!!」
「こんなものがお前達の切り札なのか? 私はお前達と遊ぶつもりなど無いんだ、さっさと消えろ。”ファイアウォール”」
魔力を20分の1に抑えていたマジカルステッキオブラブリーが無い状態での火壁、火柱の高さこそ前と同じ位だが、炎の色が違っていた。薄暗い赤からまばゆい白熱へ。魔法による炎のため周囲には影響はないが、トロールは3体とも何もすることも出来ずに消滅してしまった。そして、炎の壁は消えることもなく向こうの出口を塞いでいる。
ここにきて絶望的な状況を理解したのであろう。兵士達は逃走を開始し、私が入ってきたときの出口に向かって殺到していくが、私は動かない。向こうの出口にはエリザベスさんがいる。
殺到している兵達は、出口の前に立ちふさがるメイド服姿の女なぞ驚異には思っていないのであろう。争うようにエリザベスさんに押し寄せてくる。その瞬間、彼らは骨が砕け散る音と共にまとめてはじき飛ばされていった。しかし、既に勢いが付いている兵士達は止まることも出来ないまま、吸い寄せられるようにエリザベスさんの元に突撃して、また同じような目に遭う。兵士達の動きが止まる頃にはその半数を失っていた。
「杖がなければ無力だと思ったか? エリザベスさんをただのか弱い女性だとでも思ったか? そして、勝てなければいつでも逃げれると思ったか? お前達の選択肢は既に無くなっているんだ。」
その場から一歩も動かないままに周囲を睥睨する。燃えさかる炎の壁、兵士達の死体の山、誰もがしゃべることの出来ないまま、私の言葉がこだましてゆく。
「残念ながらお前達の願いは何一つ叶うことはない。宣言する、聖女志姫からは逃げられない。」
次回は蹂躙劇! というところですが、明日は所用によりお休みさせていただきます。
そういえば、今回ユミール達全くしゃべってませんでした。




