第1話 志姫、廃墟に起つ
ユリアの声と共に光に包まれた私はまぶしさで目を閉じていた。体は浮遊感に包まれ、自らの体重が無くなっていくような不思議な状態になってゆく。
閉じたまぶた越しに光が感じられなくなってゆくと、浮遊感諸々の違和感も消えていった。この目を開けるときっとそこには異世界ルイスガルドがある。
剣と魔法のファンタジー
機械なんてものは存在しない
私は純粋な剣と魔法の世界が大好きなのだ
期待に胸をふくらませつつその目を開けると、広がる青空~まさしく最も天に近い都市にふさわしい!そして、周囲にはどれほどの手間がかかったのであろう、あるいは魔法の力で作り出したのであろうか?煉瓦などではなく石材で構成された白き大都市の廃墟がそこにあった。
廃墟?
周囲をもう一度よく見渡してみる、うん、確かに廃墟である。ここ最近滅んだような状態ではなく、建物の隙間からは雑草が生えたりツタが絡みついたりして、もはや遺跡にしか見えない。
まさかあの自称女神が送る場所を間違えたのであろうか?
ふと気づいたことは、私の目の前にある建物がゲームの中で見覚えのある物だった。これって空中都市ジーズの大図書館ではなかろうか・・・え、まっじで!?
じゃあ、もしかしてゲーム中の世界が滅んで遺跡になるほどの時間がたってるとか?自称女神が私を送り込む時間を間違えたせいで世界が滅んだのではないかとか、まさかの不信感が募る。
これでも私は怒ると言うことがほとんど無い。でも、このいろんな意味で不条理なこの状況にさすがの私もブチキレた。
「YuuuuuuLiAAAAAAA!!」
意識しないままに全身から謎のオーラを立ち上らせ、何もない空間に向かって腕を伸ばす。空間に亀裂が走り、そのまま亀裂に腕をつっこむと、何かを掴んだ感触があった。私はそれをしっかりと握りしめ、勢いよく引き抜いた。
「きゃああああああっ」
叫び声と共にユリアが引きずり出され、脳内に、ゲーム中に何度も聞いたレベルアップの音が聞こえ、視界の右上に『”コーリングゴッド”スキルを獲得しました』のメッセージが表示された。
「えっなに、ここはどこ?」
ユリアは若干今の状況にパニックに陥ってるようなので、落ち着かせるためにこっちを向かせて地獄突きをお見舞いする。やはりキレているだけあって普段より過激になっているようだ。
「むぐぉ!・・ごほっごほっ、し、志姫さんですか!?ひどいじゃないですか。それにこの状況は一体何が起きたんですか?」
涙目になりながらユリアが訴えてきたので、視線で周囲を見るように仕向ける。ユリアは周囲の様子を目の当たりにすると大きく目を見開いて、慌てて何かを操作でもしているような挙動をとる。次第にその手が震えだし、頭を抱えて蹲ってしまった。
「あああああ、なんて言うことでしょうっ!」
「やかましい!
確かにビフォアアフターだけど予想外すぎるわ!」
しょうもないボケ?にツッコミをつい入れてしまったけど、おかげでかどうかは分からないが多少落ち着き、いつもの精神状態に戻ることが出来た。
「こほん・・・それで、今のこの状況を説明してもらいたいのだが。私はルイスガルドで一度滅んだこの世界で聖女として降りたってほしいとのことだったのだろうか。私は救世主か?」
「ち、違います!
本来はちゃんとゲームの時と同じ時代に降りたってもらうはずだったんです。
現在把握出来たことを今からお伝えしますので、最後まで落ち着いて聞いてください。まず、あの接続・融合の後で二人とも気絶をしてしまいましたよね? 私たちはそのまま・・・千年眠っていたようです。」
「千年?終末郷のストーリーって確か、神と悪魔の戦争に向けて数多の種族がどう動いてゆくかって話だったと思うのだが。ということは、戦争が起きてその結果がこれだと?」
「はい。歴史の流れを今把握終えましたので、これから説明させていただきます。」
ユリアの説明によるとこうだ。
神々と悪魔との開戦後、当初は人族や多くの種族を味方につけた神軍が有利に立ち、このまま押し切れるかに思えた。だが、人族を含むほぼ全ての種族に存在していた悪魔崇拝の教団が数多の生け贄を用い、魔王を降臨させることに成功。魔王を擁した魔族軍は瞬く間に戦況を覆し、各都市を滅ぼしていった。
そこで神軍は魔王に対抗するため、異世界より勇者を召還することにした。聞くところによると、魔王と呼べる存在がその世界にあるという条件下においてのみ、その世界の管理者を介して勇者を召還できるそうだ。
ここでとてつもない問題が発生する。
勇者召還を行った際、その作業を行うはずのこの阿呆女神が気絶中であったため、召還は行えず、神軍は絶体絶命の状況に追い込まれてゆく。最後には神々と魔王の相打ちという形で戦争は終了したようではあるが、人類や他の種族も壊滅的打撃を受け、永きに渡る黎明期へと訪れた。
ここまで話を聞いたところで
「世界を安定させるために私を召還させるはずがその作業でミスをして世界を滅ぼしてしまったと?」
「私はやってません、潔白だ!」
「・・・・ギルティー(有罪)。腐女子ビーム!!」
「ぎゃあああああああっ」
私の双眸から発射されたビームがユリアに直撃したと同時にまたしてもレベルアップの音と共にメッセージが表示される。
『固有スキル”聖女の光”スキルを獲得しました』
腐女子ビームは私が元の世界で編み出した必殺技だが、どうやらこちらの世界では固有スキルとしてシステムに組み込まれているようだ。試しにもう一発撃ってみようと思ったら、ユリアに必死になって止められてしまった。
「やめて!ごめんなさい、私が悪かったです。認めますからビームはだめです!」
「始めから素直に認めていれば良かったのだよ。まあ、既に起きてしまっている事態についてはどうしようもない。話を続けたまえ。」
ユリアは猛烈に何かを言い返したいような表情をしていたが、泥沼になるのを恐れたようで、諦めたため息を長々とついて、説明を続けようとする。
しかし、ふと何かに気づいたようで、私のはるか後方を覗いて、戦慄の表情を浮かべた。
「あれは・・・歪みがこんなところにまで・・・」
「歪み?ああ、あのゆらゆらとしている空間か、なんか色もおかしいな。」
「え!?志姫さん、あれが見えてるんですか?」
ユリアのつぶやきに反応して出た私の言葉に対して、ユリアが心底驚いた表情をする。何がおかしいんだろう。あれだけはっきりと見えているのに。
「志姫さんにお願いがあります。私は今回の件で消耗しきっておりますので、代わりにあれの対処をしてください。」
「対処とは、どうするんだい?あんな空間、私がどうこう出来るとは思えないんだが。そもそもあれは何か説明をお願いする。」
私のもっともな言い分に対しそれでも聞く気はないようで、結構必死目の形相で詰め寄ってくる。
「いいですか、これから私が言うことをよく聞いてください。あの空間は、世界の歪みという物で、その世界が不安定な状況において発生する現象です。恐らく、勇者召還を繰り返し失敗したために歪みが発生、千年の間に世界中に広がった物と思われます。
本来でしたら、私が歪みを消去してゆけば済む問題なのですが、力が枯渇している今の状態ですと、私自身では手が打てません。そこで、これから貴方に歪みを消去するための固有スキルを授けます。私が力を取り戻すまでの間、あの歪みを消去して回ってください。」
「ふむ、言いたいことは分かった。特に目的があるでもないし、世界を旅して歪みを消去して回るというのは吝かではない。
しかし、千年もの間に広がった歪みをユリアが復活するまで待てないほど急いで消去する必要があるのかい?」
「あの歪みという物は、世界の壁が崩れている状態を指し、そこからほかの世界へとつながる可能性があります。通常でしたらほかの世界に発生した歪みを通して何らかの人や物がこちらに流れてきたりと、相当まれな状況でしか問題は起きません。
ですが、今ここに世界に求められていた貴方が現れたことで、歪みが余計な物まで引っ張ってくる可能性があります。」
どう考えてもユリアの失敗による自業自得なのだが、精神的な物だけではなく重度の疲労から顔色を悪くしているようで、さすがにこれ以上追い込むのはまずそうだ。
実際、私のこれからの行動にとりあえずの目的があるのは悪いことではないし、おちょくるのはともかくイジメは良くない。
「よし、わかった。君が力を回復させるまでの間は私に任せておくといい。このゲーム中のキャラによるあふれるパワーを持ってすれば・・・すれば・・・すれば?」
ここでようやくというか何というか、私は初めて自分の状態にまで気が回ってきた。服装はアイボリーを基調とした質素な服にケープを身につけただけの質素な装い、これってアコライトの基本装備じゃないだろうか?装備ウィンドウを表示させてみたが、やはりアコライト基本僧服と表示されている。
終末郷のクラスは、旅人から複数の基本職へ別れ、そこから1~3次職に段階的にクラスが上がっていくシステムだ。そのなかでアコライトとは、旅人の次になるプリースト系列の1次職。手持ちのキャラでアコライトなんて残っていなかったと思うのだが・・・
そうだ、とりあえず持ち物を確認してみよう。アイテムボックスオープンと念じると、一応位階を重ねているというのは本当のようで、商人系スキルのアイテムボックスを開くことが出来た。
現在は何も入っていない状態だが、ゲーム中のアイテム類が入っている倉庫へのショートカットが見えたのでそこを開いてみる。中を見ると、ゲーム初期の頃に使用していた旧式装備に衣装装備、装備を衣装化する衣装化キット等が大量に出てきた。
衣装化とは、3~4年ほど前にゲーム会社のグラフィック担当が変わり、ゲーム内の装備グラフィックがあまりにもダサくなってしまったため、別の装備を旧式装備などの幻影で覆い隠すというシステムのことである。一度衣装化キットを用いて装備品を衣装化させると、元のアイテムに戻すことは出来無くなるため、そこは注意が必要であるが。
とはいえ、問題はそこではなく、この倉庫に入ってるある意味ゴミ装備の山は確かに見覚えがある。そう、古い装備を捨てきれずにため込んでいたら倉庫が一杯になったために、倉庫用にアカウントを作って放り込んでいたアイテム類だ。そのアカウントは確かに、アイテムボックスを覚えている商人と、このアコライトのみがいた・・・
私はこのまさかの事態に首をギギギギッと回しながらユリアの方を振り向く。
「私の元になったキャラデータが、倉庫拡張用に作ったアカウントの捨てキャラみたいなんだけど・・・」
「・・・・え?」
ユリアは慌てて私に向かって何らかの操作を行い始める。妙に長い時間をかけて一息ついた。
「すいません、こちらからは元の世界のデータの詳細を見ることは出来ませんでしたのでそのまま志姫さんの全データを持ち込んできたのですが、一番最後のキャラクターが今の貴方に反映されたようですね。
別のアカウントのキャラクターデータは貴方の中にすでに取り込まれてはいるのですが、現在はロックがかかっているようです。」
「ロックか、それなら、そのロックを解放することによって他のアカウントのデータの能力やアイテムが私の物になると言うことでいいのかな?」
「はい、それで間違いありません。
ロックは私が意図して行ったことではありませんが、どうやら全部のデータを取り込むと急激なレベルアップに貴方が耐えられないために自動でかかったようです。
解放の方法については私が今設定しておきました。各地にある転職用の石版に触れることにより職業別に段階的に解放されていくというようになっております。」
「そうか、それなら何とかなるかな。・・・ん?転職石って置いてある街はどこもすでに滅びてしまってるんじゃないのかい?」
「街の様子までは確認出来ませんでしたが、とりあえず転職石に関しては無事なようです。元の位置からも移動しておりません。」
転職石の設置場所については、一応全部把握は出来ている。廃墟となっている都市を回るのは骨が折れそうだが、まあ、きっと何とかなるであろう。
「まあ、それならば何とかなりそうかな。聖女復活のクエストとでも思ってがんばってみようか。そうなると、あの歪みの対処とやらは力を取り戻してからと言うことでいいのかな?」
「いえ、歪みの対処は専用の神器と聖女の固有スキルで行えるようにしてあります。不本意ですが、ええ、非常に不本意ですが、今の貴方は幸いにも両方持っておりますので。」
神器と固有スキルって、そんな物持っていただろうか。
ああ、思い出した。
「そうか、Bitchと腐女子ビームか。」
「聖女の光ですっ、間違えないでください!
いいですか、手順を説明します。まずは自分の周囲にBitchを振りまきます。そうすることにより貴方の周囲が一時的に聖域へと変わりますので、その中から聖女の光を発動させてください。歪みという物はある意味世界の病気や怪我のような物ですので、光が直撃すれば歪みは調整され、元に戻ります。」
「理解した。早速やってみよう。」
言われたとおりに私の周囲にBitchを振りまいてゆく。中身が減らないとしても心が苦しい物だ。しゅわしゅわ音を立てながら地面にしみこんでいくBicthを眺めていると、吸い込んだ後から光が漏れだしてきた。
私の周囲に広がった光はやがて頭上をも多い、ドーム状に展開される。
「聖域が展開されました。今です、聖女の光を!」
「わかった。腐女子ビーム!」
ユリアの叫び声に反応して腐女子ビームを放つ。私の双眸から放たれたビームは歪みを直撃すると、回復魔法を受けたときのエフェクトに似た光に包まれ、やがて消えていった。
「やったぞ、成功だ!」
「・・・・・」
私にしては珍しく喜びの表情が押さえられず、ユリアに向けて声をかけたが、ユリアの反応はない。不審に思ってユリアの方を見ると、両手両膝をついて頭までがっくりと下げていた。
「ですから・・・聖女の光と・・・」
「まあ、いいではないか。結果が全てというものさ。」
ユリアのHPは既に0のようだった。