第16話 志姫、未知との遭遇。その名はバカ貴公子
ジーズから帰宅した私達は、次の目的地であるユーデン砂漠に向けての準備を進めることにしていた。エリシア、ティアミー、セティリアの3人は旅の消耗品や食料の買い出し。私とユミールは、砂漠を横断するための騎乗生物の買い出しに向かっている。
「ユッミ~ルさぁぁぁぁんっ」
鼻にかかるような妙な声を出しながら近づいてくる声がする。そして、その声はどんどん近づいてきている。もう既にはっきりとその姿は見えているんだが、私はそれを視界からはずしていた。だめだ、あれは人が見てはいけない物だ。しかし、無情にもどんどんそれは近づいてくる。
「し、志姫、逃げましょう。ちょっと、聞いてるの? あれはほんとにだめなのよ。おねがいだからたすけて!」
「あれに関わりたくないのは私も同感だ。何とか視界に納めずにやり過ごさねば。」
問答無用でポータルを使い脱出したい気分ではあったが、かろうじてその欲求を抑え、逃走ルートを探す。
自宅まで逃げ込めば追っては来ないだろうが、その後下手をしたら丸一日をつぶしかねない。出発が遅れたらあの3人からどれだけ攻められる事やら。ため息を一つついて、ユミールを抱えて逃走を開始した。
「あああ、ユッミ~ルさんが攫われた。追え、奴を追いかけろ!!」
あの男は怒っているんだろうが、あの力が抜けるような声で叫ばれても緊張感がまるで出ない。私まで脱力してしまいそうである。だが、あれは関わってはいけない物だ。力を入れて逃走にかかる。途中で力を入れすぎてユミールから『ボキボキッ』と嫌な音がして叫び声がこだましたので、小ヒールで回復を施した。位階が上がっていろいろと能力がやばいことになっている。
大通りからはずれてしまえばこっちの物で、あとは全力で逃走をした。さらに2~3回ほど小ヒールをかけることになったが、ユミールの頼みなのだ。諦めてもらおう。
「ハア、ハア・・・ゲホッゲホッ」
「ユミール、あの異形の者はいったい何なんだ? モンスターよりも恐ろしい何かを感じたんだが。」
「ふぅ、はぁ、ほ、本当なら文句を言わなきゃ気が済まないところだけど、あれから助けてくれたからいいわ。あいつはこの都市の領主であるルーム家の次男で、マッシュってやつよ。」
「ルーム家のマッシュ・・・マッシュルーム? ぼぅふぁっ」
い、いかん、聖女たる私がこのようなことで動揺するわけには。くっ、だがしかし、先ほど視界に入ったあのキノコ頭と奴の名前とが合わさると、破壊力がすさまじすぎる。私の人外のMPをもってしても耐えきれない精神攻撃、強敵過ぎる。
「爆笑しているところわるいけど、目をつけられたからにはあんたも確実に巻き込まれるわよ。」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。私はあのキノコヘッドになんか関わり合いになりたくないぞ。視界に収まってるだけで精神崩壊してしまいそうだ。」
「見た目なんていつか慣れるわよ。わたしなんてあいつに求婚されてるんだから。ああ、思い出したただけで鳥肌がたってきちゃったじゃない!!」
「球根だって!? キノコのくせに球根・・・・」
もう、奴の話は何を聞いても爆笑ネタにしかならない気がする。まさに腹筋がよじれる勢いで爆笑してしまった。
「んぅっふ~、追いつめたよ。僕のような貴公子から逃げられるとは思わないことだね。」
私の爆笑を聞きつけたのか、追いつかれてしまった。だがしょうがない、こいつがネタ人間なのが悪いんだ。
「ちょ、追いつかれちゃったじゃない。すぐに逃げなきゃ!」
「すまない・・・笑いすぎて力が入らない・・・」
この世界は貴族と言っても、服装はスーツを基調としたスマートな感じをベースに装飾が過度にならない程度に施されている。だが、このマッシュは漫画とかで見るような馬鹿っぽい王子とかが着ているような服装をその頭にマッチするような感じで着こなしている。だめだ、あれは人が見てはいけない・・・
「さあ、ユッミ~ルさん! 今日こそは私と婚姻をむすんでいっただきましょう!!」
「毎度毎度、いやだっていってるでしょうが、このバカ貴公子!」
ぼふぅっ、バカ貴公子! だめだ、お願いだからこれ以上私を笑わせないでくれ!! そう言いたかったのだが、既にしゃべるだけの余力も残されていない。おとなしく成り行きを見守るしかないだろう。
「照れる必要なんて無いんだよお? 僕はいつでもウェルカムさっ」
大きく胸を反らし、どんと叩いている。胸を反らすと言っても、もともとハト胸のようで反り返ってるんだけど。
「わたしはあんたなんかに関わっている暇なんて無いのよ。この志姫とパーティー組んで旅に出かけるんだから。」
「ん、ん~? あそこで僕にひれ伏して震えている子猫ちゃんかい? か弱い女の子だけの旅はあぶないよぉ~?」
「他にも3人いるし全員Dランクよ。それに志姫はとっても強いんだから。シルバーウルフだって一人で倒してるのよ!」
その言葉を聞いて、集まってきていた野次馬やマッシュの護衛がどよめいている。だが、私はまだ笑いがおさまらず、起きあがることが出来ないでいる。・・・そうだ、脱力状態ならヒールで何とかならないだろうか?
蹲ったままの状態で小ヒールをかけてみる。どうやら、治ったようだ。精神状態も落ち着き、マッシュを見てもとりあえずは腹筋崩壊にまで陥らずに済んでいる。致命的ダメージからの超回復で耐性が付いたのかもしれない。
「まあ、そういうことだな。我々はパーティーだ。お互いを助けながらうまくやっていくさ。」
私の返答にユミールが嬉しそうに笑っている。実は、頼りにされていると思って嬉しかったのか? ううむ、チョロインという人種は横にいると結構破壊力があるな。
「そぉこまでいうのなら、ここにいる僕の護衛を今ここでたおしてみるといいよ。勝てたらみとめてあげるね~?」
「それはお断りする。町中で暴れるわけには行かないだろう。ユミール、冒険者ギルドに訓練場が確かあったはずだ。そこが使用できないか頼んできてくれないか?」
「ええいいよ、分かった! あいつから解放されるならなんだってやったろうじゃない!!」
ものすごい勢いで走っていってしまった。どこまでも嫌がっているようだ。まあ、よく分かるけど。
ギルドの訓練場には人だかりが出来ている。どうやらマッシュの行動は、バカ貴公子の奇行としてこの都市では有名らしく、何かやらかしたら見物人が増えるようだ。本人はどうもそれを自分の人気と勘違いをしているようだとユミールから聞かされて、私はそっと涙を流した。
途中で話を聞いて駆けつけてきたエリシアに頼んで、決闘における契約書を用意してきてもらった。一枚で金貨2枚もかかったが、魔法がかかっており、契約が破られることはまず起こらないそうだ。
書面を起こし、立会人であるギルド長に渡しておく。ギルド長はどうやら私の実力が見れると思って立会人に名乗り出たらしい。あっさり使用許可が出たのもそのせいか。
準備が終わった私は、訓練場の中央で対戦相手が現れるのを待っている。そこに、マッシュが悠然と現れてきた。
「おまたせぇ~、ヒーローは遅れてやってくるものだからね。それで、すぐ始めるかい?」
「いや、この勝負に関してちゃんと勝敗後の条件を決めて置いたから、ユミールと君とでそれぞれギルド長が今所持している書類を確認してサインをしてくれないか、それでこの決闘を受諾したものとする。魔法契約書だから履行されないなんて事はないよ、安心したまえ。」
私の言葉にそれぞれ肯き、ギルド長の元で書類を確認する。
「え~、と。『この決闘は1対1に於ける1回の勝負とする。勝敗は気絶、死亡、降参、または1分以上立ち上がることが出来ずに戦闘不能であることが確認された場合決着が付くものとする。また決闘は代理の者でも可能とする。
決着後、勝者がユミール側の場合、今度一切マッシュはユミールに関わることのないように。勝者がマッシュの場合、ユミールと婚姻を結ぶ権利を受けることが出来る。』ってなんですってえええええ!!」
「おほっ、旅を止めるだけじゃなくて結婚までできるなんて、なんて素晴らしい契約書だ! サッイッンッ、サッイッンッ。」
やはり、ユミールは敗北後の内容に絶望の表情を浮かべていた。他のパーティーメンバーも攻めるような目で私を見ている。だが、私に任せているのだから、これくらいで文句を言われても困る。
「諦めるんだ、ユミール。もうこうなったら私に全てを託すしかないよ。」
「あんたがいうんじゃないわよ! はあ、こうなったらいざというときはあんたを道連れにしてやるわ。」
不穏な台詞を吐きながら契約書にサインをしていく。血の涙でも流しそうな勢いだ。
「よし、冒険者ギルド長立ち会いの元、契約の成立を確認した。それでは、決闘者は中央へ!」
私は既に中央で待機していたので、あとはマッシュ側だけである。どんな者が来るのか期待していたら、おお・・・巨大だ。3Mくらいないか、これ。
「んぅふふふっ、こいつはねぇ~、トロールだよ? Aランクの冒険者はこの都市にいなかったから、うちの奴隷を連れてきちゃった。」
トロールの入場に周囲は阿鼻叫喚である。巨体の上、高い再生能力で少々の怪我は戦闘中にどんどん回復していくため、冒険者の天敵である。
「観客の皆は、訓練場の隅にいるといい。巻き込まれても責任は持てないぞ。」
私の台詞でギャラリーは驚愕の表情を向ける。本当にトロールとやりあうのか、と。だが、私にはそれほど気にするような相手でもない。
「既に決闘は受諾されているんだ。さあ、始めようか。格の違いというのを見せてあげよう。」
「・・・・っ、・・・・!」
どうやら、奴隷の首輪で声を封じられているようで、喋れないながらも怒りをまき散らしながらこちらに襲いかかってくる。巨体を活かした豪碗が私の顔面を直撃すると、トロールが腕を押さえて苦しんでいた。折れたようだな。
ギルド長を含むギャラリーは激しくどよめいていた。ここにはそれなりに高ランクの冒険者もいる為、何があったかははっきり見えていた。確かに顔面を直撃したのに、私は微動だにせず、そのまま攻撃が跳ね返って腕が折れていた。この場に長髪眼鏡の職員がいたら、ギルド登録時の焼き直しだとおもったであろう。相手のランクが桁違いではあるが。
「なんだ、もう終わりかい? 私は武器を出してもいなければ魔法も使ってない。ましてや、一歩も動いていないんだが。」
「な・・・何をやっている、あんな小娘くらいぼこぼこにしろぉ!」
未だに諦める様子のないマッシュに対し、私は冷たい視線を飛ばす。びくっと肩を震わせて縮こまっていた。
「一つ宣言をしておく。私の仲間に手を出すと言うことがどういう結果を生むか、この場にいる人間すべて、その目に焼き付けておくといい。」
ようやくトロールが立ち上がり、再度蹴りによる攻撃をしてくるが、その出された足を持って転倒させ、両足をへし折る。
動けなくなったトロールに対して、覚えたばかりのマジシャンの魔法を唱え出す。全力で撃つと訓練場が全焼しかねないので、マジカルステッキオブラブリーで魔力を抑えつつ、Lvは最大で見た目をともかく派手にすることにした。
相変わらずの派手なエフェクト共に解き放たれた火壁の魔法はトロールに直撃、直径3Mで高さはとてもじゃないが測れないほどの勢いで火柱がたった。これって、都市の外からでも見えそうだな。
時間は短くしておいたので、魔法自体は1分もすれば収まり、後には黒い煤だけが残されていた。ギャラリーは静まりかえっている。
「これが仲間に手を出す者の末路というわけだ。・・・ギルド長、勝敗は?」
「しょっ、勝者、ユミール!」
歓声を上げる者と、私の実力に戦慄する者とに分かれてしまった。