SPIN
【クリミナル・ビーター:草原ステージ】
「うぷ…やっぱり慣れねーな。」
地面に崩れながらそう呟く竜也の顔は青ざめていた。
「相変わらず弱いわね、竜也は。」
ため息をつく響子は近くの切り株に座り込んでいた。
響子の頭上にはボールが3つとゲージが一つ浮かんでいて、これはLPとHPを表している。
竜也の頭上にも同じように浮かんでおり、これは全プレイヤー共通である。
そして竜也の今の状態だが、クリミナル・ビーターのステージに移動する時に頭にある程度の負荷が生じるため、慣れない人はよく移動後に乗り物酔いに似た症状がでることがある。
これは【転送酔い】と呼ばれる現象である。
ちなみに移動するのは意識だけで肉体は現実に寝たきりになっている。
「この辺りに出たのはアタシたちだけね…まずは奏子達と合流しないと。」
「そうだな。」
クリミナル・ビーターのルール
:転送時に出現する場所はランダム。
:制限時間は30分。
:敵を全滅させるか味方が全員リタイアかHPが0になるとその時点で戦闘は終了。
:フィールドは半径1キロの円型である。
:衣装はクリミナル・ビーター起動時の服装+発動アイテム
「えーと…敵は…うん、戦闘中じゃないな。」
北の方角を見ながら言う竜也に響子は目を丸くした。
「竜也…あんた【索敵】取れたの?」
「まあな、今回の地理は割と簡単だったし。」
さらりと言ってのける竜也に響子はただただ驚いていた。
今回の地理のテストは平均点が恐ろしく低い上に【索敵】の特殊能力がつくのは得点率が8割以上であるからだ。
ちなみに才電のテストは大学入試や大学入試センター試験を見据えてどの学校のどの科目も200点満点で行われる。
クリミナル・ビーター特殊ルール
成績に応じて特殊能力を付加する。
「………やっぱりここにいた。」
「「っっっおっふっ!?」」
凛の出現に竜也と響子は情けない声を出した。
「………索敵は必要、あなた達も取るべき。」
「俺は取れましたよ?」
「くっ…。」
どや顔の竜也に悔しげな響子。
竜也はあまり勉強のできるようには見えないが、一学年130人中で常に20位以内にはランクインしている強者である。
響子は運動能力こそ高いものの、成績は中の下である。
「………その割に私の接近を見破っていなかった。」
「仲間の位置と敵の判別は学年三位以内ですよ。そんなの取れませんよ。」
「………朝飯前。」
得意げな凛に響子と竜也は絶句した。
「…と、とりあえずまずは健吾達と合流を「…彼らは先に敵のもとへ向かう、現地集合と連絡があった。」通信も取ってるんですか…。」
通信スキル…数学の成績優秀者が取れて保有者同士のみで連絡がとれる。
「あの…ちなみにノムリン先輩はあとどれほどスキルを?」
「…索敵、通信以外には隠れん坊スキルと忍び足スキル、体力可視スキルぐらい。」
聞いた響子はうなだれた。
今は4月下旬であり、つい先日に中間試験があったばかりである。
科目数は中学は学年問わず5つ。
つまり全科目で成績優秀者になったということだ。
ちなみにノムリン先輩とは凛のあだ名である。
「………とりあえず敵の元へ向かう。ゴブリン三匹だけど油断は禁物。」
「え?ノムリンが三びすいませんでしたぁっ!!」
竜也は足元に飛んできたクナイをジャンプして避け、そのまま空中で体勢を変えて土下座した。
「………次言ったら頭。」
「…はい。」
クナイを構える凛に竜也は正座でビビっている。
響子はそんな竜也を見て笑っていた。
「………敵の元へ向かう。ついて来て。」
走りだす凛に響子と竜也は続いた。
「ギャッ!」
「ギャギャッ!」
「ギャーッ!!」
ゴブリンは身長が180センチ程度の痩せ形で、色々な武器を持つ獣人である。
三人がゴブリンの元に着くのと同時に健吾と奏子も着いた。
「来たわね2人とも!開戦!」
健吾と奏子の存在を確認した響子が叫ぶと全員の利き手に武器が出現した。
響子にはT字箒、健吾には鉄パイプ、凛には刀、竜也には盾、奏子には杖。
そして響子と健吾が前に、その後ろに凛、その後ろに竜也と奏子というサイコロの5の目のような陣形を作った。
ゴブリンは警戒していたが、棍棒持ちが響子に襲いかかった。
それに斧持ちと剣持ちが続く。
それに対してまずは斧持ちの無防備な側頭部に健吾は鉄パイプを叩き込んだ。
「せやっ!!」
「ギャギャッ!?」
横から頭に一撃をもらった斧持ちは、犯人の健吾に標的を切り替えた。
「ギャーッ!!」
「………はっ。(スパン)」
健吾狙いに切り替えたゴブリンは凛に胴体から真っ二つに切断された。
残りは二匹…うち一匹は脳天に響子による箒の一撃を浴びて気絶状態になっている。
最後の剣持ちはうろたえながら辺りを見回してニヤリと笑った。
そして奏子めがけて走り出した。
「ひっ…!?」
「RANK5【レインボーソード】起動!!」
そう叫んだのは竜也。
竜也は右肩上に出現した魔法陣から一本の剣を引き抜いた。
そして…
「モード:サンダー!!」
竜也にかざされた剣から電気が出現し、剣持ちのゴブリンを襲う。
「ギャギャギャギャギャギャーッ!!」
そして電撃が止むとゴブリンは倒れ、紫色の粒子となって消滅した。
他のゴブリンも消滅すると、5人は光に包まれてクリミナル・ビーターの草原ステージから消えた。
【現実:神代・朝倉部屋】
「こ、こわかったよぅ。」
「よしよし。」
泣きそうな奏子を響子がなだめている。
「奏子ちゃんはもっと勇気を出そう。ゴブリンの攻撃は大してダメージ食らわないから。」
健吾が奏子の頭を撫でる。
「だ、だって…」
「大丈夫、いざって時は竜也が盾になってくれるから一回反撃を目標にしようか。」
「確かにあいつらの攻撃はノムリンと比べたら屁でもな「(ゴキン)…ゴブリンと被せないで。」…比べものにならないな(コキン)。」
外された手首の関節を直しながら言う竜也に皆はまたかと呆れていた。
彼の失言は今に始まったことではない。
1日に少なくとも五回はある。
「………ともかく、ゴブリン程度倒せないのであれば今度の四神CB祭の代表は厳しい。」
「四神…CB祭?」
疑問符を浮かべる奏子に健吾が反応する。
「そっか、奏子ちゃんは知らなかったか。ゴールデンウイークを利用して行われる選考会が学校で行われるんだけど、それで選ばれた代表は6月に行われる本戦で戦えるんだ。選ばれるのは中高合わせて3チームと個人が3人。ちなみに去年の白虎の個人代表は野村先輩なんだ。」
「すごい!」
「………えっへん。」
胸を張る凛に奏子は感心していた。
「張るほど胸ないだゴファッ!?」
「………口は災いのもと。」
凛は竜也にぶつけたケータイを拾いに行った。
「竜也はホントにデリカシーないわね…。」
「確かにいずれ殺されてもおかしくないな。」
冷静な響子と健吾。
奏子は唯一、竜也を心配していた。
「大丈夫ですか?竜也先輩。」
「お花畑がぁ…。」
危ない状態の竜也をよそに健吾は説明を続ける。
「とりあえずその代表に選ばれるには今のままだと厳しいんだ。個人なら野村先輩はいけるだろうけどチームだともう少し足りないかな。」
「じーちゃーん「…説明中」ぐえ!」
竜也は凛の一撃により目を覚ました。
「でも心配することはないさ。今年の白虎内ランキングでは白猫団は34チーム中4位にランクインしているし殆どの円卓は個人戦に出る。うちならやれるさ。」
「いたた…ならその分の心配を俺にくれよ。」
「確かにRANK5武器なんて持ってるの白虎の円卓以外じゃアンタぐらいね。アンタは立派な戦力よ。」
「俺=アイテムかよ…。」
「なんでこんなののとこにRANK5が出たのか分からないわ…。」
「俺も知らないですよ。五色ボールペンを契録したらなぜか出現したんです。」
「アンタどんな強運してるのよ…。」
契録…才電では朝6時から7時30分までの間に一度だけ身近にある物をアイテムとして登録することができる。
登録した物はそのまま…時には形を変えてクリミナル・ビーターのアイテムとして使用できる。
契録できるのは才電で所有者登録をした物に限り、譲渡や交換にはかなりめんどくさい手順が必要となる。
そしてクリミナル・ビーター内で耐久力が0になったアイテムはデータが消え、現実で登録した物も耐久力を失う。
ちなみに大抵現れるのはRANK1か2であり、今まで確認されたRANK5は竜也のレインボーソードを含めて才電史上で9つしかない。
「………奏子、ただ一つ言えるのはステータスや特殊能力以外に大切なものがある…それは勇気。見えないステータスにこそ、真の価値がある。」
「野村先輩…。」
奏子は尊敬の眼差しで凛を見た。
「さすが円卓だね。言うことが違うよ。」
「どこかのデリカシー無いサルよりよっぽど尊敬できるわ…。」
「誰がサルだ。」
これには竜也は口を尖らせた。
「………確かにサルはかわいそう。」
「ノムリン先輩が庇ってくれた!?」
「………サルが。」
「やっぱりかチクショー!!こうなったらノムリン先輩…ゴブリン狩りで勝負だ!!」
「………望むところ。」
彼らの学園生活は、始まったばかりだ。