あふたー・その4「十五年後~ 魔王国の日常」
魔王国、王城。そのてっぺんに、三人の男女が一つのベッドの上ですやすやと眠っていた。
いや、男女というのはいささか語弊があるかもしれない。正確には、一組の夫婦と一人の少女だ。夫婦の間に少女が収まり、小さな寝息を立てている。
ゆっくりと朝日が昇り、その光が辺りを照らし始めるころ、夫婦の片方……頭に巻いた角を持つ女性が体を起こした。
「ん……ふぁ……」
女性は小さく欠伸を掻き、そして隣ですやすや眠る少女と男を見下ろしてその顔を綻ばせる。
何よりも愛おしい、自分だけの宝物を愛でる眼差しで二人を見つめ、少女の髪を軽く漉き、それから男の頬に小さく口づけを落とす。
と、男の腕が伸び、女性の頭をからめ捕った。
「わっ……と。起きたのか、リュウジ」
「今しがた、な。おはよう、ソフィア」
男……隆司は片目だけをぱちりと開けて、しっかりとソフィアの頭を抱きかかえる。
隆司の胸に抱き寄せられたソフィアは、唇をとがらせて少しだけすねたような声を上げた。
「むぅ……。もう少し、お前の寝顔を堪能したかったんだがなー……」
「んふふ。この俺が、お前の起きた気配に気が付かないはずねぇだろ?」
「それはそうだが……」
「んゅ……」
少女を起こさぬように小声で会話を交わす夫婦だったが、ソフィアの体で少女の顔を圧迫していては世話がない。
ソフィアの大きな胸で押しつぶされていた少女が苦しそうな声を上げるのを聞いて、ソフィアが慌てて体を起こした。
「ああっと、すまない、ウィンディ。起こしてしまったな」
自身の頭を撫でる母の手を気持ちよさそうに受け入れながら、体を起こしたウィンディは目を擦りながら首を横に振った。
「ん……へいき。おはよう、おかあさん、おとうさん」
「おはよう、ウィンディ」
「おう、おはよう」
娘のあいさつに応え、隆司は笑顔でその頭を撫で、ベッドの上から降りる。
「さて、今日も元気に働きますかー」
「ああ、そうだな」
ソフィアも頷き、立ち上がる。
魔王国、魔王夫妻の朝はこんな感じでいつも始まる。
「おはよう、お母さん、お父さん……」
「おはようございます、父上、母上」
「はい、おはよう」
寝間着から着替えた三人が部屋を出ると、同じタイミングで二人の家族と出会った。
今だ寝間着で眠そうに顔を擦っているのがラミレス、すでに着替えを終えしっかりと目を開いているのがヴァルトである。
「こら、ラミレス。今日は、アメリア王国へ向かうんだろう? 早く着替えなさい」
「ふぁい……」
ソフィアの言葉に頷きながらも、ラミレスはふらふらと歩いていき、膝下丈程度のつくりのテーブルらしいもの……隆司の世界にあるちゃぶ台に近い……に近づくと、そのまま倒れ込んで突っ伏した。
しばらくすると聞こえてきた小さな寝息に、ソフィアが小さくため息をついた。
「はぁ、まったく……。仮にも魔王国親善大使だというのに……」
「昨日も、夜遅くまで本を読んでいたようですからね」
ヴァルトが肩を竦めながら、ラミレスの体を引き起こす。
それを待ってから、しっかり冷えた冷水に浸したおしぼりをぎゅっと絞って、隆司はラミレスの顔をごしごしと拭いた。
「さあめをさませわがむすめよー」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!??」
魔王国は年間を通して気温がアメリア王国より高く、特に朝などは少し汗ばむほどだ。
そのため、よく冷えたおしぼりはこの国においては目を覚ますアイテムとしてポピュラーなものであった。
年頃の娘がらしくない悲鳴を上げる程度には効果的なアイテムである。
おかげでばっちり目を覚ましたラミレスは、比喩表現ではなく口から火を噴きながら烈火の様に怒った。
「なにすんのよお父さん!?」
「今日は早出なんだから、とっとと着替えなさーい。さもなきゃ朝食抜きになるぞー」
「うぐぅ……ご飯ぬきは嫌だ……」
隆司の言葉にうめき声をあげ、渋々とラミレスは立ち上がって自室へと向かった。
娘が着替えている間にソフィアは部屋の隅の方に設えられた簡易の調理場で朝食を拵える。
ヴァルトとウィンディはちゃぶ台につき、大人しく料理が出てくるのを待つ。
隆司もヴァルトの隣に腰を下ろし、朝食のメニューが出そろう頃には、余所行きの礼服を身に纏ったラミレスも出てくる。
ラミレスが腰を下ろすのを待ってから、一家は手を合わせて声をそろえた。
「「「「「いただきまーす」」」」」
この日本的な習慣は、元々は魔王国やアメリア王国にはなかった習慣だ。
隆司がこの国に居つくに当たり、ソフィアが彼の好みに合わせようと根掘り葉掘り聞きだし、そしてそれを自分の習慣へととりいれたのだ。
その過程には、自らが住んでいた魔王城の改造も含まれる。
彼らが今いる場所も、王族の住まう居城というにはあまりにも似つかわしくない、ごく一般的な
3LDKのマンションという雰囲気であるが、これもその改造の一環。
「朝ごはんくらいは一家水入らずで……」と隆司がうっかり溢したものだから、即日で元々余っていた魔王のための広い広い個室が3LDKのマンションへと改造されたのである。
このソフィアの行動力にさしもの隆司も苦笑いであった。まあ、苦笑いもその行動力に対してのものであり、作ってくれたものやソフィアの愛情はすべて受け入れているわけだが。
「今日はラミレスがアメリア王国へ訪問、ヴァルトは鉱山へ視察、私は内政関連の見直し……隆司はどうするんだ?」
「俺ぁ、いつもみたいに町ん中見て回るかね……。ウィンディは、海湖だよな?」
「ん」
互いの予定を確認しつつ、つつがなく朝食を終え、身支度や歯磨き洗顔などを済ませ、子供たちが順番に部屋を出ていく。
「じゃあ、行ってくるねお母さん! 今日の晩御飯は向こうでごちそうになるよー!」
「では行ってきます。日没までには戻れると思いますので」
「いってきます」
「おう、行って来い」
「3人とも、気を付けるんだぞ」
手を振りながら三人を見送り、そして隆司とソフィアは軽く口づけを交わす。
「それじゃあ……ん……私も先に行ってくるよ」
「ああ。何かあったら、呼んでくれよ? すぐに駆けつけるからな」
「ああ……頼りにしているよ、隆司」
唇どうしを触れ合わせるだけの、小鳩のようなキスを終え、ソフィアは部屋を出て行った。
愛する妻を仕事へと送り出した隆司は、小さく頷き。
「さて、後片付けを始めますかね」
そう呟いてから、朝食の後片付けを始める。
ここ最近は安定してきた魔王国における、彼の一番最初の仕事である。
「……あ、水竜姫様! こんにちは!」
「ん。こんにちは」
魔王国に唯一存在する海湖へと、やってきたウィンディは、そのほとりで釣竿を垂らしていた同い年くらいの少年とあいさつを交わした。魔王国にいる者としては珍しい、純粋な人間の少年である。
水竜姫……というのは彼女の字名であり、そして彼女が示す竜としての属性である。
かつてこの世界に存在していたとされる、竜種。彼らには、それぞれの特性を示す固有の属性があったといわれる。
火、水、地、風、と言った自然界にあるものから、獣や虫といった生き物としての種族といったものも属性として存在していたとされる。
そして現存する竜種の属性は、ヴァルトが持つ“獣”、ラミレスが持つ“空”、そしてウィンディが持つ“水”の三つのみである。
竜種自体は隆司とソフィアも存在するが、あの二人は真古竜。太古からの記憶を受け継ぐ純粋竜種であり、全ての竜種の記憶と属性を受け継いでいるため、固有の属性を持たないのである。
「今日も、遊泳ですか?」
「ん。あなたも、釣り?」
「あ、はい。僕、まだ小さいから、仕事させてもらえなくて……」
「ん……私も」
少年の言葉に答えながら、ウィンディは着ている服を脱ぎ始める。
少年が何とはなしに見ているが、お構いなしだ。
といっても、衣服を脱いだ下は下着だったりましてや素肌などではなく、濃紺色のレオタードを着ている。
ウィンディの幼い肢体を包むそのレオタードの胸の部分には、白い布が縫い付けてあり、ひらがなで「うぃんでぃ」と書かれていた。
そんなウィンディの姿も見慣れているのか、少年は糸を垂らしながら小さく首をかしげた。
「……いつも思うんですけど、不思議な服ですね。濡れても全然かまわないなんて」
「ん。もともとはおとうさんの国にあった服で、すくーるみずぎ、っていうんだって」
「そうなんですかー」
なんということもなく頷き合う幼子たち。
彼女たちの言葉を、真子辺りが聞いたら隆司の頭上に稲妻が落ちるかもしれない。
そんな秘められた事実を知らぬまま、ウィンディは釣りをしている少年の邪魔にならないように、少年から少し離れて海湖へと飛び込んだ。
スッ……とほとんど音を立てずにウィンディの体は海湖の中へと沈み込む。
海湖のいつもと変わらぬ心地よさに身を委ねつつ、ウィンディはしばらくその中でゆらゆらとゆりかごのように揺れ始めた。
水竜たる彼女にとって、水の中こそ自身のテリトリーであり、両親の傍以外で最も落ち着く場所なのだ。
そうしていつものように海湖の中に身を委ねていた彼女だが、いつもと違う感覚に小さく眉根をしかめた。
(……違う)
それは、微かな違和感だった。
何かがいつもと違う……微かな、ずれとでもいうのだろうか。
ウィンディはそれを感じながらも、小さく首をかしげていた。
何が違うのか、と問われても答えようがないのだ。
何かが違うのは分かるが、何が違うのかはわからない……。
ウィンディは体を起こし上げ、海湖の中をじっと見まわした。
海湖の中で泳いでいる魚たちの様子は……やはりいつもとは少し違った。
いつものように遊泳しているのだが……微かに、何かに怯えているように見える。
この海湖には、魚が怯えるような、そんな凶悪な生物はいない。少なくとも、幼い少年やウィンディがこうして静かに過ごせるくらいには平和な場所だ。
ウィンディは海湖の底を見るように、視線を下に向ける。
海湖にはそこが存在せず、その穴は大陸を完全に突き抜け、外海へとつながっている。
そのため、底にあいた穴から、時折未知の生物が潜りこむこともあるにはあるのだ。
だが、そんな未知の生物の気配も感じない。
水の中は、ウィンディにとってテリトリーであり、肌でもある。視界の中は当然として、視界も届かないような深い場所も、彼女にとっては感覚の中なのだが……そんな場所にも、危険な生物の気配はしない。
(………)
そこまで確認しても、ウィンディの感じる違和感は拭えない。
微かな悪寒と共に、ウィンディは海面へと浮上した。
「……っぷは」
「あ、水竜姫様」
ウィンディの浮上に、少年が少し驚いたような顔になった。
いつもなら、軽く小一時間は沈みっぱなしなのだ。
ウィンディは少年のいる場所まで泳いでいき、彼に問いかける。
「……海湖、いつもと、違う感じがする……あなたは?」
「え? 僕、ですか……?」
ウィンディの問いに、少年は小さく小首をかしげる」
釣った魚を収める桶とウィンディの顔を見比べつつ、小さく首を横に振った
「……いつもより、魚の食い付きが悪い気がしますけど……でも、そういう日もありますし……」
「……そう」
少年の答えに、ウィンディは少し俯く。
自分の気にし過ぎなのだろうか……?と悩む彼女の耳に、最愛の父の声が聞こえた。
「おーい、ウィンディー」
「……? おとうさん?」
「え? 竜王様?」
少年が振り返り、ウィンディが視線を上げた先には、片手をあげた隆司の姿があった。
隆司は手を振りながら、海湖に近づいてくる。
「いたいた。悪いんだけど、海湖から上がってもらっていいかー?」
「え……?」
父の言葉に、ウィンディは自らの疑念が外れていないという確信を強める。
普段であれば、隆司は朝、宣言したように町の中を見て回る。それはアメリア王国における女神の様に、民たちの声を聞いて回り、その意見を反映させるためだ。
ウィンディは空を見上げる。空をめぐる太陽は、今だ天頂に差し掛かってはいない。ウィンディを呼びに来るにしても、いささか早すぎる。
「……おとうさん。何かあったの?」
そう言いながら、ウィンディは海湖から体を引き上げる。
その、瞬間。
轟っ!!!!
とんでもない音を上げて、水しぶきが上がり、海湖が突き上げた。
……いや、違う。
「………!!」
ウィンディは、その中に何かがいるのを見つけた。
ウィンディの体など、蚤だといわんばかりに巨大な、何か。
先ほどまではいなかったはずの化け物が、そこにはいたのだ。
(……まずい!!)
そして少年がその化け物の登場に唖然と口を開けているだけなのに気が付き、慌てて彼の前へと出ようとする。
水ごと飛び出した化け物が起こした波が、その少年を攫ってしまわないよう――。
「――――」
突然の出来事に、少年が悲鳴を上げようと口を開く。
だが、彼が悲鳴を上げるより早く。
「――っと、あぶねぇ」
すべてが終わっていた。
「――ああ!? へ、あ、あれぇ?」
自身の目の前にいつの間にか壁があり、そして後ろに隆司の姿があるのを認めて、少年が混乱したように前後へと首を回す。
隆司が張った障壁に水が叩きつけられるのと同時に、現れていたはずの化け物が後ろ向きに倒れて行った。
さらに化け物が倒れた瞬間に起きた津波が収まるのも待ってから、隆司は一息ついた。
「……もう平気かね。大丈夫か、坊主?」
「……あ、はい」
何があったのか理解しきれなかった少年は、水中へと沈んでいく化け物と、隆司の姿を交互に見ながら、小さく頷く。
と、自分を庇うように動いていたはずのウィンディの姿が確認できずに慌てた。
「……って、水竜姫様が!?」
「ん? あー、ウィンディなら」
少年が慌てて海湖に飛び込もうとするのを止めようと隆司がその背中に声をかけようとする。
それも聞かずに少年が海湖の縁に立った瞬間、ウィンディが水面を突き破って少年に抱き着いた。
「うぇ!? わ、わぁぁ!?」
「っと、あぶねぇ」
そのまま海湖に引きずり込まれそうになった少年の襟首を掴んで引っ張ってやりながら、隆司はウィンディの旋毛を見下ろした。
「あぶねぇぞ、ウィンディ。いきなり水面から飛び出したら」
「………ん」
父の言葉に小さく頷きながら、ウィンディは少年の耳元でつぶやいた。
「……無事で、良かった……」
「え、あ、はい……水竜姫様も……」
ウィンディの言葉の中に含まれた小さな震えに気が付きながら、少年はウィンディの背中を抱きしめ返した。
そんな二人の様子を微笑ましそうに見つめながら、隆司は小さく口の中で何某か呪文を唱える。
次の瞬間には、ぐっしょり濡れていた二人の体がさっぱりと乾燥していた。
「……こんなもんかね。二人とも、大丈夫か?」
「え、あ、はい」
「……ん」
自分の体を乾かしてくれた隆司を見上げ、ウィンディは頷き、その足元に抱き着いた。
「……おとうさん、ありがとう」
「どういたしまして」
娘の頭を撫でてやりながら、隆司はなんてこともなさそうに答える。
ウィンディには、あの一瞬で隆司が海湖の中から飛び出してきた化け物を蹴り砕き、少年を守るように障壁を築いたのが見えていた。
その力がウィンディに及ばなかったのは、単にウィンディにとって津波は害にならなかったからだ。
ウィンディの着ていた服とその体を抱え上げ、隆司はペンダントを懐からだし少年へと差し出した。
「で、悪いんだが坊主。警備隊の連中に伝言頼まれてくれんかね。海湖に混沌獣が出たってな。このペンダントを見せりゃ、話を聞いてくれるはずだ」
「あ……はい! わかりました!」
隆司の言葉に力強く頷き、釣竿と桶をひっつかみ、ペンダントを首から下げて少年は駆けだした。
隆司の肩に腰を下ろしながら、ウィンディは問いかけた。
「……混沌獣、海湖にも出るの?」
「ああ。というか、この世界のどこにでも出るぞ。今となっちゃな」
ウィンディの言葉に頷きながら、隆司は海湖を離れ始める。
その顔に、微かな後悔を滲ませながら。
「偽神の遺骸を外に飛ばしても……世界に穴をあける研究してりゃ、混沌獣もでらぁな」
隆司は空を見上げながら、小さくつぶやいた。
……あの事件から早十五年。
隆司と真子が共同で行っている、時空転移の実験もそろそろ安定化を主題にできるほどに、進んでいた。
だが、それと同様に、魔王国、そしてアメリア王国に混沌獣が現れるようになっていた。
「痛くもねぇ横っ腹に、穴ぁ、開けられて……怒らねぇはずがねぇよな……」
元々混沌獣とは、世界が傷から流し出す瘴気より生まれ出もの。
時空転移という穴が生み出した瘴気は、世界の底に溜まり……混沌獣を生み出し続けていた。
偽神という大きな傷が明確に存在していたかつてと異なり、時空転移によって生じた傷はどこに瘴気を生み出すのか、今のところ予測できていない。
結果……混沌獣の発生を完全に予知することはできないでいた。
「……今は良くても、いずれは……」
今回、混沌獣が現れた場所に隆司が来たのも……完全に勘に頼ったからだ。
ただ単に、嫌な予感がする……。それだけで、隆司はここに来た。
そんな曖昧な予測が、そう何度も当たるわけがない。
実際、今日も、何の罪もない少年が巻き込まれるところであった。
「………」
それに、ウィンディもいた。いかに竜種とはいえ、ウィンディはまだ幼い。本能に従えば、混沌獣と戦うことはできるだろう。
だが、それで混沌獣を打倒できるとも限らない。
最悪、二人の幼い命が散っていたかもしれない……そう考えて歯を食いしばる隆司の頭を、ウィンディがそっと抱きしめた。
「……? ウィンディ」
「……おとうさんは、まちがってないよ」
ウィンディはそう言いながら、ぎゅっと隆司の頭を抱きしめる。
娘の精いっぱいの励ましを受け、隆司は微笑む。
「……ん、ありがとうな、ウィンディ」
ウィンディにそう答える隆司。
しばらくそうしていると、一際けたたましいガオウの声が聞こえてきた。
「竜王様ぁー!! ご無事ですかぁ!!」
「ああ! 無事だ!!」
そう言って手を振り応える隆司。
声を上げたガオウの背後には、完全武装の魔王国警備隊の者たちが勢ぞろいしていた。
「そうか……危うかったんだな」
「ああ。ウィンディはいてくれたが、それでもぞっとするわ……」
そして夜。すべての処理を終え、隆司は部屋の中でソフィアの膝枕を堪能していた。
すでに子供たちはベッドの上で眠っている。今、リビングにいるのは二人だけだ。
明かりはすでに消し、二人を照らすのは淡い月光のみ。
「結局出てきた混沌獣はあれ一匹だったが……次はどこに出るのかねぇ……」
そう呟きながら、瞳を閉じる隆司。
瞼の裏に映るのは、血に濡れた小さな子供たち。ありえたかもしれない、未来。
小さく唇を食む隆司の額に、ソフィアが自分の額を当てる。
「……そうやって悩まないでくれ、隆司。前にも言ったけれど、お前のそんな姿は見たくない……」
「………」
「悩むなら、私にも悩ませてくれ。そして、一緒に悩もう。一人で考えるより、二人で考えた方がずっといいはずだろう……?」
「……わりぃな、ソフィア」
ささやくようなソフィアの言葉に、隆司は小さな謝罪を口にした。
「昔っからの悪い癖だわな……。どうも、こういう時は一人で悩んじまう……」
「そうだ。お前は昔っからな……。少しは、私たちを頼ってくれ」
そう言って、ソフィアは微笑む。
彼女の微笑みを見て、隆司もまた微笑む。
「そうだな、そうだよな……」
そうして胸の中に湧き上がる愛おしさのままに体を起こし、彼女の唇を奪う。
突然の事にソフィアは戸惑うが、だがすぐに彼の口づけを受け入れた。
しばらくして、互いの唇から銀の糸を引きながら隆司が顔を離した。
「それじゃあ、さっそく……甘えるな……」
「ん……ああ……」
隆司の言葉に、ソフィアは頬を熱くしながら頷き、そのまま――。
「………………………」
水竜姫、ウィンディの教育係にして魔王国の誇る大魔導師であるマナは、提出された自由研究のノートを前にいわく言い難い顔となる。
そこに記されていたのは、魔王ソフィアと竜王隆司の、熱い情事の記録。
普段から二人がどんなふうに互いを愛しているのかを克明に、それこそ十八歳未満の良い子には明かせないような部分までも克明に記した、二人の愛の軌跡。
分厚いノートにびっしりと細かく書かれたそれを閉じ、表紙を見下ろす。
そこには“おとうさんとおかあさんのあいのきろく”と可愛らしい文字で書かれていた。
視線を上げる。そこにはフンスフンスと鼻を鳴らしながら、自信満々な顔をしたウィンディの姿があった。
そんな彼女の顔を見て、泣きそうになりながらマナは心の涙をぬぐい、朱色のインクで筆先を湿らせ、ノートの表面にでかでかと一筆記した。
すなわち“再提出”と。
「何故!?」
「何故って言っちゃうんですかウィンディちゃん!?」
ショックのあまり大声を上げるウィンディに、マナはホントに涙を流しながら叫び返した。
「確かに自由研究は何でもいいって言ったけど! 身近なものを観察すればいいとも言ったけど!! だからって、魔王様と竜王様のプライベートの観察はだめなの!!」
「な、なんで……? 私、きちんとできなかったの……?」
頭を抱えるマナを見て、ウィンディが涙目を浮かべる。
敬愛する教師を困らせてしまったという事実と、自分が間違いを犯してしまったという不安に胸を痛める少女の元に、姉と兄の姿が現れる。
「フッフッフッ……困っているようねウィンディ……」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん……」
「ウィンディ……その自由研究の内容では、再提出は免れなかったんだ……」
「そんな……どうして!?」
兄の非情な言葉に、悲鳴を上げるウィンディ。
そんな彼女に、二人ははっきりと告げた。
「「何故なら! その内容は、すでに我々が提出した後だから!!」」
「そ、そうだったんだ……!!」
「ちーがーいーまーすー!! それ以前ですー!!」
根本からずれた二人の発言に、マナの涙の量が増す。
確かにまあ、自由研究というのは言葉の通り、自由であってしかるべきだろう。
子どもの好奇心の赴くままに、自分の気になることを調べ、考え、そして研究するのが自由研究だ。調べる対象が人間であっても、特におかしい話ではないはずだろう。
……とはいえ、その内容が個人のプライベートにまで及んでしまうのはいかがなものだろう。そしてその提出を許可してしまう親もどうなのだろう。
マナは懊悩する。どうしたらそう言うことを、この子に、この子達に伝えられるのか……?
だがしかし、マナの苦悩に気が付かないヴァルトとラミレスは、ウィンディが提出したものの倍はありそうなノートを取り出して妹に差し出した。
「だが俺が執筆した“リコスとの愛の軌跡”であれば満点だろう。さあ、受け取りなさい」
「それだけじゃなく、私の“アデルの愛の逢瀬”もあれば完璧よ!!」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん……! ありがとう……!」
「さらに増えるの!? というか、さっきのより分厚いの!?」
二人の言葉に更なる衝撃を受けるマナ。
そんな彼女に追撃が入る。
「さらにそこに俺が記した“ソフィアとの、愛の劇場”が加われば!!」
「そして私の“隆司、そのすべて”も追加で!!」
「どこから!? というかお二人とも仕事してください!!!」
突如として、窓から現れた魔王と竜王の姿にさすがに怒りの声を上げるマナ。
二人の手には、ヴァルトとラミレスが持ってきたものと同等かそれ以上に分厚いノートが握られていた。
それを見て、めまいを感じたように、マナの頭が揺れる。
そんな彼女に、とどめの一撃が。
「……じゃ、じゃあ、“私とマールの出会い”も追加していい……?」
「「「「OK!!」」」」
「は……?」
もじもじしながら鞄から、親兄弟が持ち出したものに負けず劣らずの分厚さを持つノートを取り出したウィンディ。
それぞれノートを広げながら、のろけ話を始める魔王国の王族たちを前にマナは唇の端をひきつらせ。
「もー、どうでも好きにしてください……」
そのままバタンと倒れ伏した。
………今日も、魔王国は平和である。
どうしてこうなった……。
というわけで、あふたーその4になりますー。
とりあえず隆司とその周辺の話だったんだけど……。
ホントにおまけみたいな話になったな……。
可能なら、アスカとかカレンにも出番を与えるつもりだったのに……。
えーっと、その……。
次辺り、カレンとかケモナー小隊とか、その辺をまとめて、って感じになるんじゃ、ないか、な、と……。
それではー。