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あふたー・その2「一週間後~女神アンナの素敵な日常」

順番おかしいですけど、この短編シリーズが完結した後に修正したいと思います。

アホな作者で申し訳ないです。orz

 アメリア王国最北端。

 名もなき小さな村の、一軒の家に村中の人間が集まっている。

 家の中はもちろん、家の外にも中の様子を窺おうと人たちが集まっていた。

 そして、家の中には頭上に光り輝く輪を備えた少女がおり、一心に何かを祈っていた。

 その全身は淡く輝き、神々しい光で家の中を照らしていた。


「………」


 彼女が瞳を閉じて手を組み、そして祈るその先にはベッドがあり、その上には瞳を閉じた少女が横たわっていた。

 瞳を固く閉じた顔には、生気が窺えず、呼吸をしていないようにも見える。それを心配そうにのぞき込む、有翼人種の少女たちの姿もある。

 そして、祈りをささげる少女を囲むように、神官服姿の男、老人、そして頭に角の生えた少年の姿があった。


「………」


 頭に輪を持つ少女が放つ輝きが、一際強くなる。

 皆が固唾を呑む中、少女の放つ輝きが、ベッドの上に横たわる少女にも移った。

 誰かが息を呑む。そして、次の瞬間。


「ん……んん……」

「! ミーシャ!」

「チル、シーッ!」


 微かなうめき声と共にベッドの上で横たわっていた少女……ミーシャの瞼が動く。

 その姿を見守っていたチルがそれに気が付き、身を乗り出そうとするが、傍らにいた有翼人種の少女に押し止められた。

 だが、そこから間をおかずに少女の目が開かれる。


「……あれ……? 私……」

「……ッ! ミーシャぁ!」

「あ、ちょ! チル!」


 ミーシャの口からこぼれた小さな声を聞いた途端、チルが拘束を振り切って、ミーシャへと抱き付いた。

 途端、家の中にいた人間、そして外にいる人間たちも一斉に喝采を上げる。

 誰もが少ミーシャが目を覚ましたことを喜び、そして歓喜している。

 その喝采を聞いてか、ずっと祈りを捧げていた少女が、力を抜いたように床の上へとへたり込んだ。


「はふぅ~……」

「お疲れ様です、女神様」

「おう、お疲れ。アンナ」


 少女を労うように、神官服の男と角を持った男が声をかける。


「え、ええ……。ありがとうございます、ヨハン、リュウジさん」


 緊張がほぐれたように笑みを浮かべる、女神と呼ばれた少女……アンナ。

 涙を流す有翼人種の少女……チルの法要を受け、困惑するミーシャと、ミーシャの復活を喜ぶ村の人たち。

 しばしの間、村は大きな喝采に包まれ続けたのであった……。






 すべての事件が解決して、一週間ほどが経つ。

 その間に、アメリア王国の内情は大きく変容することとなった。

 まず、アルトは帰国後、正式に王位を引き継ぐ決意をし、無事に戴冠式を終えている。

 アンナを救い出し、そして世界の存亡にもかかわる事件の終焉に立ち会ったことが、彼の決意を促したようだ。

 そして、アンナは過去から引き継がれ続けていた、女神の意志力(マナ)を継承し、新たな女神の憑代として覚醒した。

 と言っても、大きくその性質が変わったわけではなく、せいぜいが頭に天使のような輪を備えたことと、神意言語(ゴッド・ブレス)と呼ばれる神の御業を使えるようになった程度の変化であり、本人も女神となったことに対しては困惑気味であった。

 そして、女神を無事に連れ帰ることができた功績を認められ、ヨハンが次代の神官長へと就任した。元々オーゼは引退を考えており、今回の魔王軍襲来を機に、ヨハンに自らの役職を譲るつもりだったようだ。

 それ以外にも、魔王国に残ったケモナー小隊の穴埋めや、正式に魔導師団に所属することとなった真子が、宮廷魔導師代理に就任したりと、アメリア王国は大きく生まれ変わっていくこととなった。

 そんな王国の変容がようやく落ち着いた頃、そのタイミングを見計らったように隆司がアメリア王国へと飛来した。

 その目的は、最北端の村でいまだ眠っている少女を目覚めさせること。

 魔王国の内政に忙しい合間を縫っての隆司の頼みを、アンナは二つ返事で了承し、現在。

 その日のうちにと巨竜とかした隆司に連れられ、アンナとヨハンは最北端の村へと訪れていた。






「ありがとうねぇ、女神様。うちの孫娘を、助けてくだすって」

「いいえ、このくらい! 彼女もこの国のために戦ってくださったのでしょう? なら、遅すぎたくらいですわ!」


 深々と頭を下げる隆司の師で、ミーシャの祖父である老人に、アンナはなんてことないというように手を振って見せる。

 快活なアンナの姿に顔をほころばせる老人。

 そんな彼に向かって、隆司が頭を下げた。


「でも、すまなかったな師匠……。ずいぶん長いこと、ミーシャのことほったらかしちまって……」

「いいんだよぅ、リュウちゃん。リュウちゃんも、自分の事で一杯一杯じゃろ?」

「つってもなぁ……」


 隆司の言葉に、老人が朗らかに返す。

 だが、隆司はそんな老人の言葉に隆司は申し訳なさを感じているようだった。

 アンナはそんな隆司の姿に苦言を呈す。


「そうおっしゃるのでしたら、連絡の一つもくださればよろしかったのに……。長距離通信は安定しませんが、マコ様でしたらすぐに連絡が着きましたと思いますわよ?」

「だーよなー……。目の前の事片づけるのに、精一杯で、他の事なんて手が付かなかったからよー……」


 がっくり肩を落とす隆司。解法の一つに至れなかったことが、とことん悔しかったらしい。

 気落ちする隆司の話題を逸らすためか、ヨハンが一歩前に出た。


「魔王国は、安定されておりますか?」

「んー、そこそこ? 最近生まれた宰相代理も、いい仕事してくれるし」


 ヨハンの話題転換にのった隆司は、上を見上げながらそう呟く。

 そんな隆司の言葉に、アンナたちは首をかしげた。

 彼女たちは、隆司や真子の口からその宰相代理の存在は知れど、名前は聞いたことがないからだ。


「その宰相代理さん、私たち見たことないのですけれど?」

「どんな方なのです?」

「そいつは追々な」


 二人の言葉に、隆司は誤魔化すように笑みを浮かべる。

 そんな彼の様子にさらに首をかしげるアンナたち。

 そんな彼女たちの背後で、ミーシャがゆっくりとベッドから降りる。


「っと、ミーシャ? ついさっきまで寝たきりなんだ。もう少しゆっくりした方がいいぞ?」

「ううん……大丈夫だよ。それより、お礼の方が大切だよ」


 ミーシャは笑ってそう言うと、アンナに深々と頭を下げる。


「ありがとうございます、女神様……こんな私を助けていただいて……」

「いいえ! そんなこと! あなたも、アメリア王国を救うために戦ってくださったと聞いていますわ! それを考えれば、この程度当然!」

「女神さまったら」


 胸を張ってそう声高に叫ぶアンナの姿にクスリと微笑み、それからミーシャは隆司の方へと振り返った。


「それから……リュウジ、ありがとうね……。私の事、助けてくれて……」

「きちんと助けたわけじゃねぇし、時間もかかっちまったよ。礼を言われるような……」

「ううん! そんなことない! リュウジがいなきゃ、きっと私……!」


 首を振る隆司に駆け寄り、ミーシャはその手をぎゅっと握った。

 その顔はわずかに頬が上気し、瞳は潤み熱っぽく隆司を見上げている。

 その姿は、まるで恋する乙女のようで……。

 そんなミーシャの姿を見て、アンナがうめく。


「あ、やべぇですわ……。何とか話題を逸らしませんと……」

「女神様、そのような言葉遣いをなさっては……とはいえ、話題転換には賛成です」


 アンナの言葉に一つ頷き、ヨハンは小さく咳払いをしながら前に出る。


「あー……その。ミーシャさん?」


 何とか話題を逸らそうと、頭を巡らせるが、数瞬遅かった。


「よかったら、今日、お礼にご飯作るよ! 私、頑張って作るからさ!」


 ミーシャは期待を込めた眼差しで隆司を見上げ、そう叫ぶ。

 だが、そんなミーシャの乙女心を込めた懇願を、隆司は申し訳なさそうに辞退した。


「あー、いや。悪いんだけど、晩飯までに帰らねぇとソフィア()が黙ってなくてなぁ……」

「………………………………え?」

「あー。もしかしてー、ばんごはんってー、そふぃあさんのてづくりですのー?」


 内心、もうどーにでもなぁれー♪と呟きながら、アンナは投げやりな棒読み口調でそう問いかける。

 そんなアンナの問いかけに、隆司は満面の笑みで応える。


「そー! そーなんだよー! さすがに朝と昼は厳しいからって、晩飯は絶対自分で作るって言って聞かなくってさー! 初めはさすがに野戦食みたいな有様だったんだけど、毎日頑張って練習してくれてるおかげで、最近はだいぶ上達してなぁ!」

「―――」


 さく裂した隆司の惚気にミーシャは俯き、肩を震わせる。

 そんなミーシャの様子に気が付いた隆司が、首をかしげながら声をかけた。


「ミーシャ? どした?」

「――うがぁー!!」

 

 瞬間、隆司の顔面にミーシャのダイビングヘッドバッドが決まる。


「おうふっ」


 ごしゃぁ!と凄まじい音が家の中に響き渡り、隆司はそのまま仰向けに倒れ伏す。


「うわぁーん! リュウジのバカぁ!!」


 そしてミーシャはそのまま勢いよく外へと飛び出していった。

 さっきまで全く動けず横たわっていたとは思えないほどに俊敏な動きだった。


「あ!? み、ミーシャ、待ってー!」

「ミーシャさん!? 待ってください!」


 その後を追い、チルとミルが飛び出していく。

 さらに、先ほどまで喝采を上げていた群衆たちも、ミーシャを追いかけて一斉に駆け出していった。

 そんなこんなで一気に静かになった家の中で、アンナが隆司を見下ろす。


「……何も言ってませんでしたの?」

「言う間なんかねぇっての。そもそも、いろいろ切羽詰まってる時期だったんだぞ? 嫁自慢なんぞ、する間もなかったってぇの」


 顔面のど真ん中に頭突きを喰らったというのに、隆司は鼻血の一つも溢さずにあっさりと立ちあがる。

 軽く鼻の頭を撫でながら、気まずそうに続けた。


「まあ、そもそもこの村、若いのがほとんどいないみたいだったからな……。あるいは、まさか……とは思ってたが……」

「命を助けるきっかけをくれた男性とか、運命を感じずにはいられませんわよ……?」


 ミーシャにとっては、数少ない、同い年の異性との接点だ。そういうことにロマンを感じるのは致し方ないことだ。隆司も罪な男である。

 とはいえ、何が悪いというわけでもあるまい。しいて言うなら、運が悪いとでもいうべきだろうか。

 アンナはミーシャが去っていった方向を、心配そうに見つめる。


「ミーシャさん、大丈夫ですの……?」

「大丈夫だよぅ。ミーシャなら、きっとわかってくれるよぉ」

「だといいんだけどなー」


 老人の言葉に、隆司はため息を一つつく。

 ……結局、アンナたちが王都へと戻る頃合いになってもミーシャの姿は見えなかった。






「ふーむ……」


 最近の日課となった、毎朝の礼拝を終えた後、アンナは腕を組みながら考え事をしていた。

 そんなアンナの姿に、書類の整理をしていたヨハンが不思議そうな顔になる。


「女神様? いかがなさいましたか?」

「いえ……先日のミーシャさんの件以来……なんかこう、胸が悶々としておりますの」


 結局例の件は、隆司の代わりにソフィアが直々に出向いていろいろなんやかんやあって、ミーシャとソフィアが意気投合するという形で落ち着いたらしい。

 そんなんでいいのかとアンナは愕然としたものだが、実際に解決してるっぽいのでそれでよかったのだろう。

 だが、そのことを聞いて以来、アンナの胸の中にはなんというかモヤモヤした感情が残り続けていた。

 なんというか、不完全燃焼というのか。そんな感じの感情である。


「確かにリュウジさんにはすでに心に決めた方がいらっしゃいましたけれど……それでもミーシャさんの恋が破れてしまって、なんかこう、かわいそうというか」

「……結ばれた二人の間を引き裂くようなまねは、さすがにできません。この結果は、やむを得ないと思いますよ?」

「ですわよねぇ……。はー……」


 諌めるようなヨハンの言葉に同意し、アンナはぐったりと机の上に体を横たえた。

 隆司はこちらに来てすぐに、ソフィアの事を見初めていた。そして、ソフィア自身も隆司に知らず知らずのうち惹かれていた。そのことを考えれば、ミーシャの一件は完全に横恋慕だったのだ。この結果は必然と言える。

 とはいえ、アンナも恋に恋する一人の乙女……。あのような結末を見せられて、納得いこうはずもない。

 だが、この話はすでに決着している。どんな形であれ、終わった話なのだ。もう、アンナが関与できる余地はない。


「……んー、だからなんだか不満なのかしら……?」


 結局、気まずいシーンを見せつけられて、その後何もできなかったから。

 アンナは自分の感情の正体を、とりあえずそう結論付けた。


「どういうことですか?」

「んー、なんていいますの……? 話の中に、しっかり加われなかったというか……目の前で事件が起こってるのに、それに関われなかったからっていうか……とにかく、そういう感じの欲求不満なんじゃないかしらと思って」

「それは欲求不満なのでしょうかね」


 アンナの言葉に苦笑しつつ、ヨハンは書類整理に一区切りつけて、立ち上がる。


「しかし、そうなのだとしても、この話はもう終わったのです。女神さまから蒸し返すわけにもいきませんよ?」

「その通りですわよねー」


 アンナは一つ頷き、立ち上がる。

 基本的に女神の仕事は周りの人間の話を聞いて回ることだ。

 女神は人々の話に耳を傾け、そしてその内容を王に伝える。そして王はその内容をできるだけ国の政治に反映していく。

 言ってみれば、女神とは国と人とのパイプ役なのだ。国を治めるものと、国で暮らす者との間に立ち、その二つを繋ぐのが、代々の女神の為してきたことだ。

 まだまだ女神になったばかりの幼いアンナにとっては、それなりに疲れる仕事であるが、愚痴ってもいられない。


「それでは女神様。町めぐりへとまいりましょうか」

「はいですわー」


 ヨハンの先導に従い、アンナも城の外へと歩き出していく。

 少し歩き、乗合馬車に乗って今日歩いていく区へと到着する。

 国に戻って一週間と少し。女神がいなくなって久しかったこの国には、女神の町めぐりの習慣はほとんど消え失せていた。そのせいか、女神として歩いていてもほとんど話しかけてくる者はいない。こちらから赴くことがほとんどだ。

 まだまだ女神の存在は、国へと浸透しきっていない。これからの努力で、国中の人々に自分の存在を認知してもらわねば。

 そう意気込み、鼻息も荒く商店街の出入り口に立ったアンナは腕を組みながらヨハンに問いかける。


「さてヨハン!? 今日はどこからまいりましょうか!?」

「そうですねぇ。せっかくですし、商店街の全てのお店に声をかけてまいりましょうか」

「ですわね!」


 自身の姿を微笑ましそうに見つめるヨハンの言葉に頷きながら、アンナは一歩踏み出そうとする。


「あの……女神様!」

「ふえ?」


 そんなアンナに声をかける人物がいた。

 入り口にほど近い、前面ガラス張りのパン屋の中から出てきた女性だ。

 少しためらっていたようだが、やがて意を決したようにアンナの傍まで駆けてくる。

 そしてアンナの前に膝をつき、きつく手を握りながら懇願するように話し始めた。


「女神様……どうか不敬をお許しください……! けれど、どうしてもお伺いしたいことが……!」

「え? え? ふ,不敬って……そんなこと! ねえ!?」

「ええ、もちろんです。不敬などと、そのようなことはありませんよ」


 突然の事に狼狽えるアンナに代わり、ヨハンが柔和な笑みを浮かべながら女性に応対する。


「こうして女神様が出歩かれますのは、この国で暮らす皆様の声をお伺いするため……。何か、お尋ねしたいことがあるというのであれば、遠慮なくお声を聞かせてください」

「そ、そうですの、そうですの! ですから、そう固くならずに……」

「いえ、私が伺いたいということは、その……」


 女性はわずかに逡巡する様子を見せる。

 ヨハンはそんな女性を急かすことなく笑みを浮かべたまま待ち、アンナもそれにならって笑顔を作って女性を見つめる。

 そんな二人の様子を見て女性は、迷いながらもゆっくりと口を開き始める。


「……あの、私の名前はシャーロットと言います」

「はい」

「御伺いしたいことというのはその……アルト王子、いえ、アルト国王に関してなのです」

「お兄様の?」


 シャーロットの言葉に、アンナは首をかしげる。

 はて。兄の事を聞きたいとはどういうことなのだろうか?


「はい……。ここ一週間ほど、ずっとお城にこもりっぱなしと、噂に聞きまして」

「えーっと……そう…でしたっけ?」

「ええ。今まで以上に、積極的に政務に取り組んでらっしゃいますね」


 ヨハンの言葉に、アンナも思い出す。

 ここ最近は、朝食の席を共にすることも少なく、ほとんど顔を見ることもない。

 引っ切り無しに城の中を人が出入りしているので、アルトも忙しいのだろう、とアンナも自分から会いに行くのは自重していたが……噂になるほどだったとは。


「それで、その……アルト国王は大丈夫なのでしょうか?」

「あー、大丈夫だとは思いますの……ただ、私もお顔を拝見していないので、はっきりとは……」

「そう、ですか……」


 アンナの言葉に、シャーロットは目に見えて沈んでいく。

 慌ててアンナは言葉を続ける。


「あ、あ! でも、倒れたとかそういう話は聞きませんから! ねぇ、ヨハン!?」

「ええ。それに、アルト王を支える方はたくさんおります。あのお方が無理をせぬよう、片時も離れずについておりますゆえ」

「はい……」


 二人の言葉にも、シャーロットは沈んだまま浮かび上がってこない。

 瞳には涙を浮かべ、心の底からアルトの様子を慮っているのが窺えた。

 そんなシャーロットの姿に、アンナはピンとくるものがあった。


「……わかりましたわ! では、おに……じゃなかった、アルト国王が無事であるということを、すぐにでも証明してみせますわ!!」

「え……?」

「一度城に戻りましょう、ヨハン!」

「心得ました、女神様」


 アンナはそう叫ぶと、一目散に城へと戻っていく。

 ヨハンはそれにつき従い、そしてシャーロットはアンナの背中を呆然と見つめている。

 そして、アンナは一直線に城内の、アルトの執務室へと駆け込んでいた。


「おにい、もといアルト国王! 無事ですの!?」

「入るなり無事かどうか確認しないでください……無事ですよ、ちゃんと」


 妹の突然の物言いに苦笑しつつも、アルトははっきりとそう答えた。

 見る限りでは、確かに無事らしい。目の下にクマがあるわけでも、頬がこけているというわけでもない。

 アンナはそんな兄へと近づき、その手を取る。


「さあ、いきますわよお兄様!」

「え? 行くってどこに? というより、まだ仕事が……」


 突然の出来事に、アルトは困惑するが、アンナはお構いなしにアルトの手をぐいぐい引っ張る。


「私に約束を破らせる気ですの!!」

「何がですか!? 約束って誰と!?」


 なおも抵抗するアルト。

 当然の話であるが、ヨハンもまたアルトを外に押し出そうと背中を押し始める。


「大丈夫です、国王。トランド氏に、あとをお任せしております」

「だからどこへ連れて行くつもりですか!?」

「とにかく私についていらっしゃいぃぃ!!」


 アルトを引きずり、トランドに見送られ、アンナはまた城を飛び出していく。

 待たせていた馬車にアルトの身柄を放り込み、そのまま一直線に目的の場所を目指していく。


「だ、だからなんなんですか……さすがに怒りますよ……?」


 怒る、と口では言いながらも何をさせられるのかの不安の方が勝っているのか、アルトの顔は不安そうだ。

 そんなアルトを安心させるように、アンナは力強い笑顔を作った。


「大丈夫ですわ、お兄様!」

「えっと、何が?」

「色々!」

「……そうですか」


 そんな兄妹漫才のようなやり取りを馬車の中で繰り広げていると、馬車は目的の場所へと到着する。

 アルトは馬車の窓からその場所に気が付き、目を丸くする。


「ここは、確か……」

「女神や、王の仕事は、国の民たちの不安を取り除くこと……そのためにはなんだってしますわよ!」


 アンナはそう叫び、アルトの手を引いて馬車を飛び出す。

 目指すのは、一軒のパン屋だ。


「あ、アンナ!? そんなに引っ張らないでください!」

「シャーロットさん! お兄様を、国王を連れてまいりましたよー!」

「え、ええっ!?」


 店の前で叫ぶアンナの言葉に、シャーロットは仰天しながら外へと出ていく。

 そして、アンナの傍らに立つアルトの姿を認め、目を見開いた。


「アルト王子……」

「あ、その……お久しぶりです、シャーロットさん」


 アルトもまた、シャーロットの姿を見つめ、少しだけ気まずそうに頭を下げた。

 アンナはそんな二人の様子に胸を張る。


「さあ、どうですの!? アルト国王は、ちゃんと無事でしたわよね!?」

「あ、はい。女神様に、仰るとおりでしたね」


 アンナの言葉に、シャーロットは何度も頷く。

 そして、その言葉を受け、アルトは胡乱げな表情でアンナを見つめた。


「というよりアンナ……それだけなら、言葉で伝えてくれれば十分なんじゃ……」

「じゃあ、私、他の方にもお話を窺わないといけないので!」

「聞いてください。お願いだから」

「せっかくですし、しばらくお話をされてはいかがでしょうか、国王。人民の不安を取り除くのも、王の仕事ですよ?」

「ヨハンさんまで……」


 そそくさと退散しようとする二人を呆れたように見つめるアルト。

 そんな彼の手を、シャーロットはそっと取った。


「あの……私からも、お願いします」

「シャーロットさん……」

「少しだけで、いいんです……お話……しませんか……?」


 瞳に涙を浮かべながら、小さく微笑むシャーロット。

 そんな彼女の様子に、微かに頬を朱くしながらも、アルトもまた笑顔で頷いた。


「はい……わかりました、シャーロットさん」


 そうして二人連れだって店の中へと入ってゆく姿を、アンナは笑顔で見つめていた。


「……やっぱり、乙女の恋模様というのは、かくあるべきですわよね!!」

「フフ、そうですね女神様」


 ヨハンもまた、微笑ましそうに笑いながら、アンナの様子を窺う。


「それで、女神様。この後は、いかがいたします?」

「もちろん、予定通りに皆様にお話を伺ってまいりますわ!」


 そう言いながら、アンナは商店街をぐるりと見回した。


「シャーロットさんの様に、何かに迷える方がいるのであれば、救いの手を差し伸べる……それが、女神の仕事ですわ!」

「さすがは女神様。素晴らしき、心構えです」

「フフン。というわけで……」


 ヨハンの言葉を受け、気をよくしたアンナは両手を上げて声高に叫ぶ。


「迷える方がいらっしゃったら、いつでも私の元へいらっしゃい! この私、アンナ・アメリアが、スパッと解決してみせますわー!!」


 アンナの大きな声は、蒼いアメリア王国の空へと突き抜けるように轟いていくのであった……。






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「――というわけなんです、女神様」

「ふぅむ。それは一大事ですわね……」


 アメリア王国の城内にある、礼拝堂。

 その片隅に据えられた、小さな小部屋。扉に据えられたプレートには、女神様の相談室、と書かれていた。

 そしてその中には、十七年経ってもほとんど見た目が変わらないといわれる女神のアンナと、アンナより少しだけ年上に見える少女が向かい合って座っていた。

 アンナは少女の相談内容を受け、手を組みながら唸り、そして手のひらを打ってこう答える。


「……やはりここは当たって砕けるべきですわ! 確かに、相手に好きな人がいるかもしれませんけど、それでも何もしないで諦めるより、まずは行動してみるべきですわ!」

「で、でも、断られたら……!」


 どうやら内容は恋愛相談のようだ。

 アンナの横暴ともいえそうな提案に、少女は涙目になる。

 そんな少女の手を、アンナはぎゅっと握りしめた。


「大丈夫! ……とは安易に言えませんわ、確かに。けれど、ここで諦めてしまったら、貴女は恋をあきらめてしまったことを、後悔してしまうかもしれませんわ」

「後悔……」

「ええ……。失敗してもいいんですの。足踏みしてしまってもいいんですの。でも……後悔だけはしてはいけないんですの。後悔してしまうと、その後悔にずっと悩んでしまうかもしれませんの……」

「……女神様……」


 アンナの言葉に、少女は俯き、そして顔を上げる。

 先ほどまでの不安そうな様子はなく、小さな、けれど確かな決意を湛えてはっきりと頷いた。


「……わかりました。私、頑張ります!」

「その意気ですの! じゃあ、私から祝福を送らせていただきますわ!」


 そう言うと、アンナは両手を組みながら朗々と歌い始めた。

 讃美歌のようにも聞こえるそれは、少女の心を震わせる、何かの力を持っているように聞こえる。

 アンナが歌を終えると、少女は立ち上がった。


「――ありがとうございます、女神様」

「いいえ。皆さまのお力になるのが、私の――」

「それじゃあ私行ってきます!!」


 アンナが言葉を言い終えるより先に少女はそう叫び、相談室を勢いよく飛び出していった。

 足音も高らかに去っていく少女の背中を見つめ、アンナはポツリとつぶやいた。


「……ちょっとやりすぎましたのかしら……」


 後ろ頭をポリポリ掻きながら相談室の外へと出ると、飲み物を持ったヨハンが待っていた。

 手に持った飲み物をアンナに渡し、ヨハンは労いの言葉をかける。


「お疲れ様です、女神様」

「ええ。ありがとう、ヨハン」


 アンナは笑顔でヨハンから飲み物を受け取り、小さく息をつく。


「はてさて、今回のお話、うまく行くでしょうかねー」

「お話を伺う限り、単なる擦れ違いのようにも聞こえます。たぶん、うまく行くんじゃないでしょうかね」

「だといいんですけれどねー」


 魔王軍の侵攻から十七年ほどが経つ。

 魔王軍侵攻から端を発す全ての事件が終わってすぐ、アルトはシャーロットを自らの妻として、迎え入れた。

 そして、そのきっかけを作ったのは、今代の女神であるアンナだと国民たちに伝えたのだ。

 少しでも、女神であるアンナの存在が、国の者たちに浸透するようにと願って。

 結果、この国王の言葉を聞き、恋に悩める多くの国民たちが、アンナの元へと尋ねるようになっていった。

 人間、誰しも自らの恋に悩むもの。そしてそれを誰かに聞いて、そして助言を賜りたいものだ。

 女神であるアンナは、そんな悩める民たちの願いに、真摯に答え続けてきた。

 時には迷い、時には間違え……それでもきちんと向き合い、ずっとずっと答え続けた。

 そうして積み上げた十七年で、女神であるアンナの存在はアメリア王国中にしっかりと浸透することとなった。

 今のアメリア王国に、アンナの名前を知らない者はいない。今の少女も、王都ではなく遠くの自治領に住む人間なのだ。

 ヨハンからもらったジュースを飲みながら、アンナはふと思いついたように問いかける。


「そう言えばヨハン。今日あったっていう、時空転移の実験結果、聞きまして?」

「ええ。結果は、成功とのことですよ」

「そう! よかったですわー」


 アンナはそう言い、一つ安堵の域をつく。

 彼女にとっても、他人事ではないのだ。時空に穴をあける術式……その一部には女神たるアンナの力が注がれている。ひょっとしたら、自分の性で失敗するかもしれない……と気が気でないのだ。


「今回も無事成功してよかったですわー……。毎回失敗しやしないかとひやひやしているんですのよー」

「フフ……。マコ様に、竜王様、そして女神様の心血を注がれた時空転移術式です。失敗するなどと、そんなことはあり得ませんよ」

「そうでもありませんわー。私だって、もともと人間ですもの……間違いだって犯しますわよ」


 アンナはそう言いながら、どこか遠くを見つめる。

 十七年……言葉にすれば、そう長いものではないが、その間にもいろんなことがあった。

 その中で、アンナもまた色々な経験をした。

 感謝されたことも多いが、それと同じくらいに間違いを犯したこともある。

 間違いを犯すたび、罵倒されたり、逆に謝られたりした。そのことはアンナの心に今でも強く刻まれている。


「……失敗してもいい。でも、後悔だけはするな……か……」


 アンナは先ほど少女に言った自分の言葉を反芻し、ちらりとヨハンの方を見た。

 十七年。ずっと自分につき従い続けてきた、神官長。


「? なんでしょう?」


 ヨハンはアンナの視線に気が付き、小さく首をかしげた。


「……なんでもありませんわ」


 アンナは笑顔でヨハンにそう返し、自らの胸の内を隠す。


(……偉そうなことは、言えませんわね)


 小さな後悔をしたくないから、ずっと黙りつづけている。

 何故なら、彼の心には、今でも彼女がいるのだから……。


「……さて! 今日も巡回の時間ですわよ、ヨハン! 準備は!?」

「もちろんできております。では、まいりましょうか」

「ええ!」


 元気よく言いながら、アンナはヨハンの前に立って歩く。

 女神として振る舞っていれば、少なくとも彼はついてきてくれる。

 そのことを知っているから、アンナは自分に嘘をつく。

 ……後悔だけは、したくないから。


(今、抱いてる気持ちだって嘘ではない……だから、これだって間違いじゃないんですの)


 今日もまた、一つ嘘をつきながら女神は人々に説いて回るのだ。

 自分の様に……後悔だけはするなと。




 なんかしんみりしてしまいましたね……。アルト王子の周辺、そして女神様のその後となります。

 なんていうか、ヨハンさんは死ぬまで礼美の事を胸の中にしまい続けるんじゃないかと思いまして。そしてそんなヨハンの姿を傍で見続けたアンナがヨハンに惚れて、でも自分からそういうことを言い出すことはしなくて……ってイメージが湧きまして。何このもどかしさ。

 あとミーシャさんは、隆司に例によって一目惚れだけど、さっくり失恋。この辺はカレンと似通っているようで微妙に違いますね。カレンは自分から身を引いて、ミーシャはある意味自爆。なんかそう言うイメージがあるんですよね……。いい女度は、カレンの方が上っていうか。

 次は残った隆司周りですね。今度はだらだらと竜王様の日常を描く話にでもしようかな……。年内には、やり残しというか書きたいネタを書き終えておきたいし。


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