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あふたー・その1「魔王国、宰相代理」

「……行ってしまわれましたね」

「はい、お兄様……」


 魔王たちに連れられ、二人の勇者たちが立ち去ったのを見届け、アルトはゆっくりと息を吐き出した。

 彼らの帰還をもって、アメリア王国を席巻していた問題のおおよそすべては解決できたといえた。

 今までの出来事を思い、アルトは深く瞑目を。


「じゃあ、魔王国に残りたい奴、手ぇ上げてー」

「「「「「はーい! はい、はーい! はいはいはーい!!」」」」」

「うむ、全員受け入れよう。いいな、ガオウ、マナ」

「ソフィア様……いえ、魔王様が仰るならいいですけど……」

「よいではないかマナ! 守るべき民が増えるのは良いことだ!!」

「じゃあ逆にアメリア王国に移住したい人ー。いたら手をあげなさーい」

「はいにゃー! あたし、ダーリンに嫁入りするにゃー!!」

「……あんた、魔王国の新四天王にならなくていいの?」

「そんな堅苦しい職業いやにゃいやにゃ!! あたしはこの戦いをもって、寿退職させていただくニャー!」

「任せろ、ミミル! ばっちり稼いで、お前に楽させてやるからなぁ!」

「ダァリン、頼もしいにゃー!!」

「ああ、私はどうしたら……! マオ君! 私が嫁入りするのと、マオ君が婿入りするのどっちがいいですか!? どっちも捨てがたいです!!」

「え、ええっと……も、もうちょっとお互いの事を知って、ゆっくり考えるのはなしですか……?」


 ……瞑目を、しようと思っていたが、そんな雰囲気ではなかった。

 がっくり肩を落とすと、その肩を誰かが叩いてくれる。


「まあ、気ぃ落とすなアルト。遺恨がないなら、それに越したこたぁないんだ」

「ゴルト団長……」


 頼れる騎士団長、ゴルトの言葉に、アルトは少しだけ浮上する。


「確かに……遺恨がないなら、この後の事もスムーズに進められますよね……。一部に反論はあるでしょうが……」

「その辺りは時間が解決してくれるさ」


 アルトの懸念を、団長は笑い飛ばす。

 死者も出ているので、難しい問題かもしれないが……両者に歩み寄る姿勢さえあれば、あとの問題は時間が解決してくれるだろう。

 ようやく訪れた平和の気配に、アルトはもう一つため息をつく。

 そんなアルトの傍……より正確には騎士団長へと、アルルが歩み寄った。


「団長さ~ん~。アスカは~見つかりましたか~?」

「ん、ああ……それが、どこにも見当たらねぇんだ……。ホントにどこ行ったんだあいつ」

「アスカさんが……?」


 団長の言葉に、アルトは周囲を見回す。

 誰が残る残らないで大騒ぎする騎士団と魔王軍の中に、確かに見知った女騎士の姿は見当たらなかった。


「アスカさん……確か、腕がなくなっていたはずですよね……?」

「ああ。話によると、ジョージと似たような状態だったらしいからな。まあ、ジョージの奴が割とすぐ動けるようになってたから、ダメージ自体はそんなにないんだろうが……」

「でも~、さすがに~どこか遠くまで行けるような~体力はないはずですよ~? だって~、コウタ様の~全力の一撃を~喰らっちゃったんだもの~」

「……倒れた直後に、私も軽く診察させていただきましたが、長距離を動けるほど力は残っていないはずです」

「そうですか……」


 アルルと、神官であるヨハンの言葉を聞いて、アルトは顔を曇らせる。

 アルトにとっては、剣の師であり、騎士団の中でも団長のついで近い存在だった。

 光太への想いに関しては、残念であったが……それを乗り越えて強くあってほしい願うところだ。


「アスカもそうですけれど……あれだけいたはずの、死霊団の面々も、いったいどこへ行ってしまったのですの?」

「それも~不思議なんですよね~。あんなに~いたはずなのに~」


 そしてアンナはアンナで死霊団の行方を気にし始めた。

 ……確かに、こちらの人数が少なかったとはいえ、騎士団と魔王軍との混合部隊を数のみで拮抗していたはずの死霊団の者たちがいないのは気にかかる。

 彼らには、彼らの目的があってガルガンドに協力していたはずだ。

 その目的が達せられなかった今、彼らがなにをするのか……。知っておく必要があるだろう……。


「……アスカさんと、死霊団の捜索をまず行いましょう。何かあってからでは……」

「もう連中、何もできないわよ」

「え?」


 そう言いながら、真子がアルトに近づいてくる。

 ふわ……と軽く欠伸を掻きながら、真子はなんてことないように続きを話し始める。


「連中は四天王のマルコが生み出したアンデットなわけだけど……アンデットはマルコみたいな不死者(イモータル)と違って、創造主が生きていないとその存在を保てないのよ」

「……ってことは、マルコがいない今連中は……」

「ほっといても消滅するわね。強さの強弱によっては、消えるまで時間がかかる個体もいるでしょうけど、まあ、一日もてばいい方ね」

「そうですか……」


 真子の言葉に、アルトたちの表情がわずかに明るくなる。

 安易に喜んでいい話ではないだろうが、少なくとも頭を悩ませる必要はなくなったわけである。


「となれば後は……アスカさんの所在でしょうか」

「……それなんだが」


 真子の後に続くように顔を出した隆司は、険しい表情のまま背中の翼を広げる。


「安心したせいで、出遅れた。たぶん、間に合わん」

「え? リュウジさん、それはどういう……」

「体は持ちかえる」


 短くそう言い終えると、隆司は背中の翼を羽ばたいて勢いよく空を飛ぶ。

 あっという間に消えていなくなる隆司の背中を、ソフィアは悲しそうな眼差しで見つめていた。


「アスカ……どうして……」

「ソフィアさん……いったい、何が……?」


 二人の尋常ならざる様子にアルトは嫌な予感を膨らませていく。

 そして、ソフィアは真古竜エンシェント・ドラゴンとなることで強化された聴覚で聞いてしまったアスカの最期の周囲に伝える。

 それを聞き、アンナが小さな悲鳴を上げたのが、アルトの耳に嫌に大きな音になって聞こえた。




「う、うぉあぁぁぁ……」

「くそぉ……くそぉ……!」


 うめき声をあげながら、消滅していく骸骨たち。

 そんな彼らに囲まれながら、アスカは肩を貸しているクロエがもう少しで消滅しようとしているのを感じ取っていた。


「クロエ……もうじきか」

「ああ、そうだな……。もういい、下してくれ」


 クロエに言われて、アスカはゆっくりとその体を下す。

 ぐったりとした様子で座り込む彼女の前に、同じようにアスカは座り込んだ。


「体が消えてしまうとはな……。アンデットとは、不便なものだな」

「ああ、そうだな……。首はとれる、肉はない……まったく、散々だよ」


 骸骨たちの怨嗟の声を聞きながら、クロエは小さく苦笑する。

 すべてが終わる少し前……この世界から偽神の気配が消滅したのを感じた死霊団たちは、一斉に魔王国へと向かい始めた。

 偽神が自分たちを見捨てて消えてしまったのであれば、また新たな偽神を生み出せばいい。頼るべきガルガンドとマルコはいなくなってしまったが、それでも目的を達成する手段はあるのだ。

 その思いだけで、その場を離脱した彼らを待ち受けていたのは、緩慢な消滅だった。

 その場にいる誰一人……死霊団の実質的な指導者であったクロエですら、マルコの存在が自らの肉体を支えていたなどとは、知らなかったのだ。

 順繰りに消えていく仲間たちの姿に怯え、叫びながら魔王国に向かう死霊団たち。そこに自分たちを救う手だてがあると信じて、一人ずつ消えていく。

 訳も分からず、死ぬのは嫌だ。そう思っても、体は消えた。

 そんな同志たちの姿を見ながら、自身の体も消滅しかけ、崩れ落ちたクロエの体。

 彼女を支えたのは、片腕を失ったアメリア王国騎士団の騎士、アスカだった。

 クロエは彼女の存在を訝しんだが、アスカは何も言わずに彼女の体を支え、魔王国へと歩き出した。


「……初め、貴様に支えられたときは、何事かと思ったよ」


 つい先ほどの邂逅を思い出しながら、クロエが呟く。


「私は狂ったようにコウタという奴を想う貴様しか知らんだ、貴様は敵であった者に手を伸ばすような酔狂な女だったのか」

「……もちろん、違う」


 その問いに、アスカは自虐的な笑みを浮かべながら、こう返した。


「逃げた先に、貴女がいた。それだけだよ」

「……逃げたのか」

「ああ」


 小さく頷くアスカを見て、クロエはフンと鼻を鳴らした。


「逃げるとは、軟弱な騎士だな。あれだけ強く想っていた男の最後の姿、その眼に刻もうとは思わなかったのか?」

「……駄目だよ。もう、あのお方の姿なんて見られない」


 アスカは、黒く濁った眼差しでクロエを見つめながら首を横に振った。

 その瞳に浮かんでいたのは、激しい嫉妬。そして強い諦観。


「あのお方は、私を拒絶した。……当然だ、あんな、みじめに叫ぶような女を、あのお方が選ぶはずもない」

「………」

「剣一筋に生きていくと思っていた……。けれど、あのお方にあって、女としての自分を自覚して……けれど、あのお方にはすでに想い人がいて……」


 アスカが乾いた笑みを浮かべる。

 ひどく乾いた、もはや何の感情も込められない、そんな笑みだった。


「女としてレミ様に敵わず、ならばと自らの身を狂気に浸してあのお方を自分のものとしようとしても、あのお方に力で負けて……。すべてに破れた私が、今更いったい何を求めようというんだ?」

「………そうか」


 黙ってアスカの告白を聞いていたクロエは、微かに視線を揺らす。

 彼女は迷うようにアスカの姿を見つめ、そしてその姿を振り払うように頭を振る。


「……貴様が逃げたいと思ったのなら、それでいいんだろう。逃げたのは、間違いではないよ」

「……貴女は、優しいのだな」

「優しくなどないさ。たった今、自らの望みに絶望したところだ」


 そう言うと、今度はクロエが自虐的な笑みを浮かべた。


「私はな、アスカ。人になりたかったのだ」

「………」

「マルコ様に生み出された、この体……。マルコ様は、私の姿を見てまずため息をついたよ。「また失敗ですか」とつぶやいて、すぐに私のことなど忘れたように次の実験を開始したのだよ」


 その時の様子を思い出したのか、クロエの瞳の中に悲しみが揺れる。


「生まれてすぐに、私は否定されたのだ。その後、あのお方の役に立とうと、この身の全てを捧げて、あのお方のために働いてきた。……その、つもりだ。だが、結局あのお方は、私の事を肯定してくださらなかった」


 だから、とクロエは笑いながらアスカに告げる。


「私は、人になりたかったのだよ。偽神の力で、私が人である世界を生み出してもらい、マルコ様に認めていただきたかったんだ……」


 けど、とクロエは俯きながらアスカに吐き捨てる。


「貴様を見ていて、そんな気も失せてしまった」

「………」

「人は、弱い生き物、なのだな」


 クロエの言葉に、アスカは答えない。

 沈黙が続き、そしてクロエの肩鎧が一部剥がれ落ちる。

 地面に落ちた鎧は、そのまま砕け、細かな粒子になって風の中へと溶けて行った。


「……もうすぐか」

「……そうだな」


 バラバラに砕け散りそうなクロエの体を見ながら、アスカは一つ呟いた。


「なあ、クロエ。私は貴女に頼みがあって、ここまで連れてきた。聞いてはもらえないか?」

「……なんだ。内容次第では聞いてやる」

「私を、殺してもらえないか?」


 また、沈黙。


「……。……。……貴様」

「お前の言うとおり、人間は弱い生き物なんだ。私は、私ひとりで死ぬこともできない。さりとてあの場にいた誰かに頼むのも忍びない。だから、敵であったお前に頼む」


 殺してくれ、と。

 アスカがそう頼む。


「……ああ、分かった」


 その言葉に、クロエは絶望的な表情を浮かべながら、最後の力で刃を生み出す。

 歯を食いしばり立ち上がり、刃を振り上げ、狙いを定める。


「殺してやるよ人間。化け物は化け物らしく……最後まで人間を襲って、傷つけて、そして殺してみせようじゃないか」

「ああ、ありがとう」


 アスカは安堵の表情を浮かべながら、振り下ろされるクロエの刃を受け入れた。

 クロエは、泣きそうな表情を浮かべながら、アスカに刃を振り下ろす。


「さようなら化け物(アスカ)

「さようなら人間(クロエ)


 ザン、と小さな音を立ててアスカの首が飛び。

 チリン、と大きな音を立ててクロエの握っていた剣は地面に落ちた。




 そしてその場に大きな音を立てて、一匹の竜が舞い降りた。


「ああ、くそ。遅かったか……」


 その耳で、二人の会話を聞いていた隆司が、悔しそうにうめく。

 聞いていて、それで間に合わなかった。完全に、手落ちだった。


「安心しすぎた……いや、アスカさんなら大丈夫とうかつにも考えちまった……ああ、くそ! 何言っても言い訳にしかにゃりゃしねぇ……!」


 ガシガシと乱暴に頭を掻きながら、笑顔のままごろりと転がるアスカの生首へと歩み寄る。

 いまだ生きていると主張するように、プシュップシュッと血を吹き出す彼女の体が、力なく倒れた。

 それらを見ながら隆司はアスカの首を覗き込むように屈みこんだ。


「……否定されたから、逃げるってのは悪くないんですけどね。逃げる先には気を使いましょうや、アスカさん。あんたが死んで悲しむ人間は、たくさんいるんだ」


 もはや物言わぬ生首にそう語りかけ、そして隆司は。


「……まあ、そういうことするんなら」


 極めて邪悪な笑みを浮かべた。

 例えるなら、他人の願いとそれにかける思いを知っていながら、笑顔でそれを踏みにじって突き進む、そんな笑みだった。


「こっちとしても相応な手段を取らせていただきまさぁなぁ? 死んだんですし、文句は言いなさんなや?」


 そう言ってアスカの首と胴体を回収し、隆司は再び飛び去った。

 その顔に、邪悪な笑みを浮かべたまま。






「………?」


 気が付くと、石造りの天井を見上げていることに気が付いた。

 いまだぼやける思考のまま、周囲を見回すと、どうやら手術台の様なものの上に寝かされていることが分かった。

 自分は何故こんなところにいるのだろうか?

 それを考えようとして、思考を繰り返す。

 すると。


―さようなら化け物(アスカ)

―さようなら人間(クロエ)


「………!?」


 自分が死んだ(・・・・・・)最後の一瞬(・・・・・)を思い出し、アスカは勢いよく体を跳ね上げ。


 スポーン。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 そのまま勢いよく吹っ飛んだ自分の頭に悲鳴を上げた。

 くるくると回る視界、その中で慌てて吹っ飛んだ自分の頭を追いかける体。

 さっきまで考えていた疑問さえぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたまま、アスカの頭は自分の体に無事キャッチされる。


「なん、な、なん、なななななななああああああああああ!!??」

「っせーわよー。勝手に死んだ御身分で、喚いてんじゃないわよー」

「マコ、それだいぶひどい言い草だと思う……」

「っていうか、死んで起きたんだから、ビビんのも当然だろ」


 アスカの大声を聞きつけたのか、部屋の扉がガチャリと開き、そこからマコたちが顔をのぞかせた。


「で? 死んで蘇った気分はどう? アスカ?」

「ちゃんと動いてる……すごーい……」

「感心するとこでもなくね?」

「な、なんで!? どうして!? わ、私、私は確かに……!」

「そうね。あんたは確かに死んだわよ?」


 狼狽するアスカの前に立ち、真子は傲岸不遜に言い放つ。


「で、その死んだ死体を利用して、新しい不死者(イモータル)を生み出した。つまりはそういうことよ」

「な……!」


 その言葉にアスカはごとりと頭を取り落し「イタッ!?」と小さく悲鳴を上げてから慌てて頭を拾い直す。

 拾い直された頭は、激しい怒りに染まっていた。


「貴女は……! ひ、人の体を、なんだと思って……!」

「ハッ! 人に道理を問おうっての? 国を裏切って、一人の男に迫って、それで負けたような敗北者が? ちゃんちゃらおかしいってのよ」

「う……」


 真子の言葉に、アスカは気まずそうに視線を逸らす。が、首が動かないのでうまく逸らしきれず、しばらくしてからグイッと腰ごと顔の向きを変える。


「……そもそも、私はアンナ王女の誘拐に関わった人間です。本来であれば、死罪に問われてもおかしくないはずです……」

「ええ、そうね。あんたが死んだ後に行われた裁判でも、死罪は確定ってことになってたわ」


 アスカの言葉に、真子が同意する。

 それを聞き、アスカは嘆願するように体の向きを変えて真子を見上げた。


「じゃ、じゃあ……!」

「け・ど。それは生者に適応される判決であって、もう死んだ人間には適用されないのよねぇ」

「そ、そんな……!」


 アスカは絶望的な表情でへたり込む。

 そんなアスカを見て満足そうにうなずき、真子はちらりと後ろを振り返った。


「……で、罰を下す前に勝手に死んじゃったあんたに再び下された罰の内容なんだけど」

「アメリア王国からの追放! 並びに、魔王国への永久労働奉仕ということで決着がつきましたんで、そこんとこよろしく!!」

「へ……!?」


 まるで見計らったかのようなタイミングで突入してきた隆司の姿に目を丸くするアスカ。

 さらにその背後からぞろぞろとソフィアとガオウとマナまで入ってきて、アスカの混乱は極地へと達する。


「は、え……!? あの、労働って!?」

「うむ。具体的には、魔王国宰相代理というポストを用意してある。頑張って勤め上げてほしい」

「宰相!? 奴隷とかじゃなく!?」

「私も反対したのだが、奴隷が特に必要なわけじゃないし、何しろ我々にはその手の知識が欠けていて……」

「マルコ様の後釜もいなかったので、あとから知識を詰め込める不死者(イモータル)として作れるアスカさんが適任ということに……」

「あああ、なんか言われた途端に宰相としての知識が湧き上がってきたぁ~!?」


 文字通り頭を抱えるアスカの姿を見ながら、がっちり腕を組みあう隆司と真子。


「うまくいったみたいだな! さすが真子だ!」

「あたぼーよ! でもあんたの記憶がなけりゃこうもうまくは作れなかったわね!!」

「鬼ですか貴方達はぁ!!」


 そんな二人の姿を見て、アスカは泣きながら叫ぶ。

 だが、二人はアスカの悲鳴を聞いても、どこ吹く風といった様子で肩を竦める。


「つっても、せっかくの大団円の最中にくたばられて、こっちもいろいろ傷ついたんだっつーの」

「そーそー。あんたが死んだ直後なんて、アルルが後追い自殺しかねない勢いだったんだからね」

「あ、アルルが……?」

「うん、そうだよ、アスカ」


 アルルの名を聞き動揺するアスカの傍にしゃがみ込み、フィーネが深い悲しみを称えた眼差しでアスカの目を覗き込んだ。


「アルト王子も、アンナも、私も……みんなみんな、アスカが死んで悲しかったんだよ」

「フィーネ……様……」

「……死にたくなる気持ちってのもわかるけどさ、死んじまったら駄目なんだよ、そういうの。死んじまったら、誰にも謝れなくなっちまうからさ」

「ジョージ、君……」


 ジョージにも諭され、アスカは自らの頭をぎゅっと抱きしめる。

 と、自らの失ったはずの左腕が付いていることに気が付き、それを見る。


「これは……?」


 ないはずの左腕の代わりを果たしていたのは、黒い鋼の装甲腕(プレート・アーム)だった。

 冷たい、鋼の腕であるはずなのに、抱えている頭の感触を感じることができるし、触れている頭は鎧の冷たさを感じない、不思議な腕だった。


「ああ、そいつはな。マルコの屋敷の跡地で見つけたクロエの予備パーツっぽいものだ」

「クロエの……?」

「ええ。まだ使えそうだったから、あんたに挿げてみたわ。どうかしら?」


 自らを殺してくれた首なし騎士(デュラハン)の名前に、アスカの胸が微かに痛む。

 けれど、謝るべき相手はもうすでにこの世にいない。

 アスカは右手で頭を抱えながら、左腕の具合を改めて確認した。


「……悪く、ないです。しっくりきます」

「そう。ならいいわ」


 その言葉に、満足そうに真子は頷いた。

 そんな彼女の姿を視界の端で捕えながら、アスカは目を瞑る。

 瞼の裏に浮かぶのは……自らの望みに絶望していたクロエの姿。


(クロエ……すまない……)


 アスカは胸の中で、クロエへの謝罪を唱える。

 最後の最後で……アスカはクロエの夢を挫いてしまった。

 アスカ自身がそれを意図したわけではない。だが、クロエはアスカの姿をすべてだと考えてしまった。

 絶望のままに、死んでしまったクロエを想い、アスカは左腕を握りしめる。


(本当に、すまない……)


 胸の内でつぶやいても、どこへ導かれたかもわからないクロエに謝罪は届かない。

 この胸の中に湧いた感情は、クロエにとって何の慰めにもなりはしない。

 罪滅ぼしにもならないし、偽善ですらない、醜悪な感情なのかもしれない。

 だが、それでも。


「……理解、しました。すべてを受け入れます」


 クロエの腕と共に、生き続けたいと、アスカは思った。

 こんな風に考えるのは、死を望んで、結局生き残ったしまった自分の傲慢さなのだろうとアスカは思う。

 だが、それでも。

 ほんのわずかでも、残されたクロエの腕と共に、人らしく精一杯過ごしてみたいと、アスカは考る。

 きっと天へと導かれたであろう……悲しみしか知らなかった、彼女のために。


「OK。腹が決まったんなら、さっそく働いてもらおうじゃねぇか」


 隆司はそう言いながら、アスカに扉の外を示して見せる。

 その顔に浮かんでいるのは、挑戦的な笑みだった。


「言っとくが、しばらくは休みなしだからな? 悩んでる暇もないくらい、こき使ってやるぜ」

「望むところです。誠心誠意、働かせていただきましょう」


 頭を胴体に接続しながら、アスカは強気にそう返す。

 その瞳に、アメリア王国騎士団でも、光太に恋した女でもない、新たな光を宿しながら。






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「失礼いたします」

「ん、アスカか」


 外へと飛び出した隆司を見送った直後に、娘たちと入れ替わるように黒い導師服を身に纏ったアスカが入ってきた。

 手には書類の束を持ち、一つソフィアに頭を下げると部屋の中を見回し始めた。

 そして部屋の中にソフィアしかいないことを確認すると、小さく首をかしげる。


「あの、竜王様はどちらに? もうじき始まるアメリア王国との合同祭りに関する決裁書類に目を通していただきたかったのですが」

「ああ、リュウジなら、作家ABCさんのところだよ。最終巻のためのアイデアをまとめにね」

「最終巻……ああ、あの本ですか」


 ソフィアの言葉に、アスカは小さく頷く。

 そして、懐かしそうな眼差しで隆司が出て行った窓の外、城下町の方へと視線を向けた。


「あれもいよいよ最終巻ですか……。ところで先ほど、ラミレス様とウィンディ様が、アイスがどうのと言ってらっしゃいましたが」

「ラミレス一人で、光太と礼美の店のジャンボアイスパフェを食べてきたから、ウィンディがご立腹なのさ」

「それはそれは。確かに、ひどい話ですね」


 微笑ましい姉妹のエピソードに笑顔を見せるアスカ。

 そんな彼女を見て、ソフィアは慈愛の満ちた眼差しを浮かべた。


「なあ、アスカ」

「はい、なんでしょうか、魔王様?」

「……今は、幸せかな?」

「……はい」


 ソフィアの問いの真意を悟り、アスカは黒い左腕を胸の前まで持ってくる。


「忙しすぎて、本当に思い悩む暇もありませんでしたし……まだ、懐かしい思い出として語るのは無理ですが……」


 アスカは笑う。微かな悲しみの混ざった、透明な笑みで。


「そのうちに、コウタ様に謝罪するために、暇をいただきたい……そう思っておりますよ」

「そうか……なら、タイミングを見て、休暇を出そう」

「ありがとうございます」


 ソフィアの言葉に、アスカは頭を下げ、そして手に持った書類をソフィアに手渡した。


「それじゃあ、とりあえずこの書類は魔王様に決裁していただきたいと思います。向こうへの返答も、さほど時間がございませんし」

「……こういうのはリュウジが得意なんだけどなぁ……」

「だめです。慣れてください。たった二つしかないとはいえ、国同士の外交なのです。竜王様ばかりに任せてないで、魔王様も頑張ってくださいね」

「ああ、はいはい、わかったよ……」


 小さく肩を落とすソフィアの姿にくすくす笑いながら、アスカは部屋を出ていく。

 そんなアスカの背中を見つめながら、ソフィアは小さくつぶやいた。


「まったく……強くなったな、アスカ」

「当然じゃないですか、魔王様。だって私は」


 部屋を出る寸前、アスカは振り返り、小さく笑った。


「――この国の、宰相代理なんですからね♪」




 というわけで、死霊団とアスカさんのその後に関してでございます。

 死霊団に関しては、マルコさんがまとめて別世界に連れていった感じなので、正確には死んでなかったり。まあ、この世界での記憶を保持してるのかって言われると疑問ではありますが。

 アスカさんに関しては、マルコさんとクロエさんの後釜ポジってのが何となくイメージ的に浮かんだのでこんな感じで。たぶん、隆司とソフィアが死ぬまで仕えて、死んだあとはどこか静かな場所で静かに、そして満足そうに朽ちていくんじゃないでしょうかね……。なんかそんなイメージですね。

 次は……真子か隆司かどっちかになると思うんですが、どうしましょうか?

 真子だと、真子とサンシターの私生活をのぞきつつ、アメリア王国に住む人たちのその後。隆司だと、隆司とソフィアの私生活をのぞきつつ、その子供たちの生活もついでにって感じになるかと。

 よければご意見をいただければと思いますー。それではー。


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