03 取材どころじゃなくなりました
「とりあえず、2年の先輩方に黒羽さんのこと伺ってきます!」
かざりはそう言って、那智の返事も待たずに部室を出て行った。
「黒羽棗?あぁ、アイツか。悪い…のかよく分からん奴だよな」
「うん。かといって良い奴とも言い難いな」
かざりは、休憩中のバスケ部の先輩に話を訊いていた。
訊くところ、黒羽棗という人物は“不思議な存在”らしい。
悪いとも良いとも言い切れず、ただただ“不思議”だと。
「ふむ……黒羽さんは何の部活に所属しているんでしょうか?」
「…やってたっけ、部活」
「やってないと思う」
「そうですか…」
かざりは軽く溜め息をつく。
今は放課後だ。部活に所属していないのなら、とっくに帰っているのだろう。
本人に直接訊こうと思ったのにな、と残念そうに眉を下げた。
だが。
「でも黒羽、放課後は屋上で寝てるよ」
「…マジですか!」
その情報を聞いて、かざりは目を輝かせる。
二人に頭を下げてお礼を言い、屋上へと駆けて行った。
ギィ……
静かに屋上の扉を開ける。
ベンチ二つしか置かれていない殺風景なそこに、彼はいた。
白いベンチに横たわり、スヤスヤと眠っている。
「…先輩方の言った通りですね」
そう呟き、黒羽の元へ近づく。
「安眠中すみません、黒羽さん。ちょっとお話を…」
彼と目線が合うようにしゃがみこみ、軽く腕を揺さぶりながら声をかける。
――すると、彼は薄っすらと目を開けた。
「ん…」
かざりと黒羽の目が合う。
その瞬間。
「う、あァァァ!?」
黒羽は目を見開いて飛び起き、そのまま後ろへ体を倒す。
そうすると、当然体重がかかってベンチごと倒れちゃうわけで。
――ドォン!!
「だっ…大丈夫ですか!?」
倒れた黒羽へ駆け寄る。が、突き出された手でそれを制される。
黒羽はかざりと目を合わさずに、ただフルフルと首を横に振った。
8
「近づくなって…ことですか?」
かざりが首を傾げてそう問うと、黒羽は小さく頷く。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「な…なんつーかその、うん。いきなりでビックリしただけだ」
「そ、そうですか…」
「そうだ。…よし、もう大丈夫、多分」
黒羽は軽く息をつき、倒れたベンチを戻してそこに座る。
「…で?お前誰、何の用」
かざりは床に座り込み、黒羽を見据えた。
「高等部1-1、夏目かざりです!えっと、取材をさせてもらおうと来ました!」
「夏目……へえ、お前ナツメってのか。俺と一緒だな」
「そうみたいですねっ。…あ、それで、取材なんですけど」
「なんだよ、取材って」
黒羽はギロリとかざりを睨む。
元々目つきの悪い黒羽の睨みに、かざりは少し怯えた。
「え、えっと…!来月の霜月新聞で、黒羽さんを特集…しようと…」
「霜月新聞?俺を特集?」
「霜月新聞、ご存知ないですか?」
恐る恐る、かざりは尋ねた。
霜月新聞は、霜月学園の名物でもある。
それは自分でも誇りに思っていた。
…だから、
「知らん」
ハッキリとそう言われ、かざりは凍りついた。
まさか霜月新聞を知らないなんて…。
だが、知らないなら今知ってもらえばいい話だ。
かざりは何処からともなく今日配布した霜月新聞を取り出した。
それを黒羽に手渡す。
「これが霜月学園名物、霜月新聞です!どうぞお読みください!」
「あぁ…?」
黒羽は面倒くさそうに溜め息をつき、しぶしぶ読み始める。
そして、1分後。
「…つまらん」
「ええっ!?」
ポイッと投げ捨てられた霜月新聞をキャッチして、黒羽を見る。
彼はベンチに横たわり、再び眠ろうとしていた。
「まだ1分くらいしか経ってないのに!全部読んでないでしょう!」
「読む気ねーよ、だって面白くねえもん」
かざりは落胆した。
面白いと言われることは何回もあった。
だが、面白くないと言われたことはこれが初めてだったのだ。
「どこが、どこらへんが面白くないですか!?」
「うるせーな…全部だよ全部。俺、キャピキャピした内容好きくねーの」
全 部 ?
「黒羽さん…もうこれ以上いじめないでください…」
「え、お前が聞いてきたんだろ」
どよんどよんしたオーラを出すかざりに、黒羽は「意味わからんなコイツ」という目を向ける。
自分の書いた記事が面白くないと言われるのは、誰だってショックだ。
…でも、それは自分がダメなのかもしれない。
面白いと言われ続けてきて、調子に乗っていたのかもしれない。
……ならば。
不意にかざりは立ち上がり、黒羽の腕を掴んだ。
「なっ…にすんだよ!」
「黒羽さん、部活に所属していないらしいじゃないですか。
…じゃあ、新聞部に入りませんか?」
「はあ?」
黒羽がそう言った頃には、彼はすでにベンチから引きずりおろされていた。
そして、ズルズルと引っ張られていく。
「おい、やめろ!放せ!」
「いーえ、放しません。貴方も面白いといえる新聞を作りましょう」
「なんだよそれ!」
黒羽の喚き声が、放課後の空に響いた。