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ミスキャストエンジェル

作者: stera

●嘘つきは社長の始まり?!


君は笑うかもしれないけれど、ほんの少しでいいからカッコいい僕でいたかったんだ

 取り立てて人より秀でた能力も無く、ごく普通の家庭に生まれ、皆と同じように何となく大学を出た。

何か夢を持っていたわけじゃなく、大学を卒業した僕は田舎に帰り、手堅い地元の工場に就職した。

その生活に不満を感じる事もなく、ただ毎日を過ごしていた。



『なぁ、“アッキー”。今度の日曜どうすんだ?』

「ん?ああ、同窓会ね。行くよ、暇だし。」

『遅れず来いよー?中学のクラスメートったって、逢う奴は逢うけど、逢わない奴とは全く逢わないもんなぁ。』

「コッチに居ない奴も多いだろ?べつに、仲いい奴とはいつだって会ってるし、飲み食い出来ればそれでいいさ。」

『そりゃそうだけど。じゃ、週末な。』

「ああ。」


電話の相手は、幼馴染みの北島 春樹。いつから仲良くなったのか忘れるほどに、腐れ縁の友人だ。お洒落で話上手な奴は、女の子にも人気がある。それは、今も昔も変わらない。家業の理髪店を美容室に作り替え、今じゃ地元のカリスマ美容師だ。


『ああっと、忘れてた。週末、店臨時休業にしたからさ、アッキー髪切りにこいよ。』

「ハルの店にか?」

『そんな嫌そうな声出すなよ。カリスマ美容師の俺様に、任せなさーい♪』

「…イマイチ、信用できないんだけど。」

『ひでー。ま、待ってるからさ。あ、お代は二千円な。』

「セコいぞ。」


携帯をベット脇に投げ捨て、パソコンを開く。寝転びながら適当に気になるワードを検索して、ダラダラと1日を終わらせるのが僕の日課だった。



そう、あの日までは…。




「どうだっ!」

「……。」


言葉の出ない僕に、得意気な春樹がハサミ片手にポンポンと肩を叩く。


「見ろっ!どー見ても、地味な工場勤務の男には見えないだろ?人間、手をかければ変わるもんさ。青年実業家って感じだろ?これで、そこのスーツとメガネかけりゃ完璧!」

「お前、何をしたいんだよ?」

「アッキー改造計画!」

「ハル、人で遊ぶな。」

「サプライズでいいじゃん。ま、アッキーが普通の工員だっていつもの連中は知ってる訳だし。イメチェンきまれば、俺の店も益々商売繁盛。」

「狙いは、そこか。」

田舎町で皆が集まる場所といえば、決まりきっている。いつも行っている店から少し離れた場所にある居酒屋に、いつもの仲間と時を越えた懐かしいクラスメートが集まった。


「遅いぞ~。」

「ハルに…アッキーか?!なんだ、その格好。」

「今日のアッキーは、青年実業家バージョンだ。」

「なんだ、それ。相変わらず、二人でつるんでるんだな。変わらんね~。」


クラスメートの3分の2くらいが集まっただろうか?一目で名前の分かる者、変わってしまった者…特に、当時クラス一番のイケメンと言われた藤堂が、恰幅のいいオヤジになり、今や砂漠化の進む頭が悩みの種だというのだから、時間を操る神様などというものがいるなら罪なことをするものだ。


「ねぇ、あきと君?どう、お嫁さん候補は見つかったぁ?」

「うわ、美香。お前も来てたのか。」

「何よ、その言い方。お化けでも出たみたいに。」


田中 美香。僕の天敵、と言ってもいい相手だ。なにかと突っかかってくるわ職場は同じだわ…腐れた縁の女友達だ。


「いいかげん結婚考えないと、行き遅れるわよ?」

「男の僕が、どうして行き遅れなんだよ。貰い手がなくなるのまちがいだろ?」

「そっか。あきと君可愛い顔してるから、つい…って、自分で言って悲しくない?」

「う。」

「こぉら!美香、アッキーをいじめるな~。アッキーは、俺の大事な人なんだぞ。」

「やっぱ、そうゆう仲なんだ。」

「違う!」

「照れるなよ。」

「ハル、黙れ!」


 懐かしい再会に、皆の会話も弾む。

ビールを三杯ほど空けた僕は、流石に酔ってきた。元々酒が強くないので、すでに足元がふらつく。


「う、ちょっと外の空気吸ってくる。」

「どうしたの?」

「アッキー、酒弱いんだよ。」

「そうなの?」

「うん。冷ましてくるよ。」


階段を降り外へ。気温も下がり、秋風が肌をさす。華やかなネオンの代わりに輝く、夜空の星星。僕は空を見上げながら、息をはいた。そういえば、中学の頃夏休みの課題とかで、惑星や星座についてのレポートを提出した事があったな。

ふと、昔を思い出す。

あの時の僕は、今の自分を見たらなんと言うだろう。

『やっぱりそうか。』

と言って笑うだろうか。



カツカツカツ。


ふと、足音の方に目を向けた。長い髪をアップにまとめ、質の良いスーツを着込んだ女性…。



「あの、ひょっとして…柊君?」

「え?えっと、君は…──。」

「おーい、アッキー。早く戻ってこいって…あれ?」「あ、ハル。彼女クラスメートの…──。」

「分かった!姫だ!!なんだ、皆もう盛り上がってるから、お早くどうぞ!」


手招きする春樹。席にもどると、彼はパンパンと手を叩き皆の注目を集める。


「はい、注目!我らの姫が登場だぜ。変わらぬ美貌に拍手ー!」

「あー、姫川さん?!」

「帰ってきたんだ?!なんか、昔と印象変わったね。」

「あの、えっと…久しぶり。」


そうか、彼女だったのか。僕は納得した。姫川 恭子。彼女は、まさに僕たち男子にとって憧れの姫だった。いわゆるお嬢様で、スタイルも頭も人並み外れて良かった彼女は、男子の間じゃ彼女にしたい女の子ナンバーワンだった。

当時の僕も当然彼女に憧れていた訳で、今でも変わらない美人の彼女を前にして、僕は緊張で上手く話せずにいた。


「姫は、今どうしてるの?やっぱり、お父さんの会社手伝ってるの?」

「ええ。」

「おっきい会社だもんねー。中3の時引っ越して、ずっとあっちだっけ。こんな田舎じゃ、何も無くてツマラナイでしょ?」

「そんなことないわ。」



皆から質問攻めにあって、彼女は少し困った表情(カオ)をしていた。

僕はといえば、皆の会話に聞き入るばかりで、目の前の焼き鳥を頬張りながら飲めないビールを口にしていた。


『柊君?』


彼女は僕が分かったのに、僕は彼女が分からなかった。今思えば、失礼な事をした。それに、すぐに気付けばもっと話も出来たのに。

後悔先にたたず、というやつだ。

口の上手いハルと違って、タイミングを逃すとなかなか話しかけることができなくなる。特に女性が相手だと、その傾向が顕著だった。自分でも子供じゃあるまいし、いい加減なんとかしたいのだが、生まれもった悲しい性質なのか、なかなか治らない。これだから、なかなか彼女も出来ず…──僕は、目の前のビールを一気に飲み干した。





「う、もう無理。」

「アッキー、大丈夫か?」


春樹に支えられながら店を出た僕は、すでに酔っ払いと化していた。世界ががユラユラ揺れている。


「ハル。僕は、もう帰るから、二次会行ってこいよ。」

「でもなぁ。」

「まだ終電あるし、駅だって近いんだ。ちゃんと、帰れるさ。ハルは、楽しんでこいって。店休みにして遊ぶなんて、なかなか出来ないだろ?」



もうすぐそこまで、冬がきている。そう感じさせるほど、冷えた夜風が酒で火照った身体にも寒さを伝えた。

僕は、ゆっくりと駅へ向かった。平行感覚が曖昧になっているせいで、電柱にぶつかったりしながらも、なんとか駅にたどり着く。

この時間は、電車に乗る人もまばらだ。まだ暖房が入れられていない待合室は肌寒く、暖かい缶コーヒーを買った僕は、入り口から少し離れた席に座って電車を待つ。



「柊君も帰るの?」


うつ向いていた僕の名前を読んだのは、あの姫川さんだった。


「姫川さん、二次会行かなかったんだ?」

「うん、その…ちょっと忙しくて。明日も早くから仕事があるから。」

「そうか…そうだよね。」

「柊君、北島君が実業家だとかって言ってたけど、会社経営でもしてるの?」

「え?」

「まだ若いのに、凄いわ。あ、上りの電車が来るみたい。柊君も同じ電車よね?行きましょう。」


彼女は、スタスタ歩き出した。僕は、彼女の後ろをついていく。

時が流れても、やはり彼女は華やかだ。軽やかに階段を登る姿に、思わず笑みがもれる。

酔っていたのが良かったのかもしれない。いつになく僕は、饒舌だった。彼女とは、この町の話で盛り上がった。新しく出来た店の話、昔からある中学校近くのパン屋の相変わらずなおばさんの話…──気付けば、あっと言う間に降りる駅が近づいていた。


「今日は、楽しかったわ。ありがとう。そうだ、今度こっちに店を出すから、来週末また会えない?」

「え?」

「あ、そっか。そうよね、柊君にも彼女くらいいるわよね。」

「いや、いないよ!」


慌てて僕は、否定した。電車は降りるべき駅に着き、彼女に携帯の電話番号を教えた僕は、急いでホームに降りた。


「じゃあ、週末に。」

「ええ。柊君も、お仕事頑張ってね。」


プシュン!


ドアが閉まる。笑顔で手を降る彼女を見送った僕は、ふと大事な事を言い忘れた事に気付く。


『柊君、会社経営してるんだ?凄いわ。』


…──まずい。



●セレブは1日にしてならず!


背伸びしたかったのは、君に近づきたかったからだ。

きっと、

君の笑顔を見たかったんだと思う。



「ハル、頼むっ!!」

「頼むって言われてもなぁ。」

「僕が実業家だって誤解させたのは、ハルだろ!」

「そんなの、訂正しろよ。」

「訂正したら、相手になんてされないだろ?言い出せなくなったんだよ。」

「ま、そりゃね。分からなくもない。」


春樹は、カップ麺を啜りながら僕を見た。


「その、可哀想にって視線送るの止めてくれ。」

「だって、泣きついてるだろ?」


 月曜日。店が定休日なのを良いことに、僕は、彼の部屋に押し掛け助けを求めた。

社長だなどという誤解をとかぬまま、あの姫川さんと会う約束をした。

僕は、せめて次の一回楽しみたくて、誤解をとくより社長になりきる道を選んだ。大会社の社長令嬢を前に、実は工場勤務のサラリーマンだとは言い出せなかったのだ。


「頼むから、女受けのいい服装とか映画とか音楽とか美味しい店とか教えてくれ。」

「俺が教えて効果なくても知らないぞ?」

「文句は言わない。頼む!」

「田舎のセレブじゃたかがしれてるだろうけど、参考になるなら教えてやるか。店に来てるお客さんで、セレブ系のお客さんが好きなもんと言ったら…──。」

春樹の話をメモにとる。今日まで、何に対しても無関心・無感動に生きてきた僕にとって、彼女と釣り合うような、いや、せめて一緒に食事が出来るような男に化けるというのは、並大抵の努力で出来るものじゃない。

何しろ、ホモ疑惑が持ち上がるほど、遊ぶ相手は気楽な男友達ばかりだったし。実家に住む僕は、仕事から帰れば用意されている食事をたいらげ部屋に転がっていただけだった。

今にして、思う。


僕は、なんてツマラナイ男だったんだろう。


 翌日、仕事帰り本屋へ向かった。緊張しながら手にしたのは、男性向けのファッション雑誌だ。

自意識過剰だと笑われるだろうが、カウンターの女性がこれを買う僕を見てどう思うのか。そればかり気になってしまう。紙袋を抱え足早に店を出ると、車を飛ばし家に帰った。




「加工終わったけど、これ急ぎの品物だったな。」


チラリと時計を見る。みれば、あと五分ほどで昼休みだ。僕は、機械の電源を落とし、製品を直接検査室に持って行く事にした。


「はい、これ。」

「あきと君、直接持ってきてくれたんだ。サンキュ。あ、もう昼休みだし、一緒に食べる?」

「ああ。」

社食に向かい、トレーを手に列に並ぶ。


「あー、A・Bどっち選ぼうかな?あきと君、どっち?」

「A、チキンステーキ。」

「じゃ、私も~。」


美香は、今日も元気が有り余ってるようだった。彼女とは、たまにこうして一緒に食事をとる事がある。


「最近部長の見回り多くてさ~、楽しく明るく仕事させろっての。」

「年末近いし、少しでも多く片付けたいんだろ。」

「顕微鏡ばっか覗いて、目がチカチカするわ。…あれ?ちょっと!」


不意に、美香が僕の右手を掴んで引っ張った。


「あいたっ!」

「ちょっと、どうしちゃったのコレ?!エルメスでしょ!」

「買った。」

「うそ?!今まで100円ショップの腕時計してた、あきと君が?」

「あのさ、流石に100円ショップの時計じゃなかったんだけど。」

「でも、明らかな安物だったじゃない。どうしたの?」

「…その、色々あるんだよ。」

「…ははーん、女か。」


美香が意地悪く笑う。きっと、この時の僕は、複雑な表情をしていたはずだ。


「ね、誰よ?ひょっとして、付き合ってるの?私の知ってる人?」

付き合ってないって。ただ、週末に会う約束をしただけだ。」

「気になる~、相手誰だか言っちゃいなさいよ!」

「絶対、イ・ヤ・だ。」


膨れっ面な美香。それにしても、見てないようでチェックされてるものだ。一念発起して買ったエルメスの時計。今まで、千円均一の安物しか付けた事のなかった僕だ。鋭い美香の観察眼に脱帽する。いや、女性というのは、皆そうなのかも知れない。


「でもさ、らしくないね。」

「え?」

「あきと君らしくないっていうか…なんか、変。」

「僕らしいって、じゃあ何なんだよ?」

「うーん、そう言われちゃうと困っちゃうけど。無理してカッコつけて、意味あるの?」

「日頃、派遣の誰々がイケメンだとか、トラック運転手の誰々がカッコいいとかはしゃいでる美香に、聞かれたくない。」

「ま、そりゃそうね。失礼いたしました。」


…──確かに、美香の言うとうり“らしくない”のは分かってる。それでも、彼女に釣り合う男になりたい。彼女が僕の事をどう思ってるかは、分からない。ただの、懐かしいクラスメート程度だろう。でも、それでも僕は、気に入られたい。


時間遅れの一目惚れなんだと、思う。

「柊君、こっち!」

「ごめん、姫川さん。待った?」

「ううん。」


週末の昼下がり、約束どうり僕は、駅で彼女と合流した。


「この前も思ったけど、柊君ってお洒落なのね。」

「そんなことないよ。それより、今日の予定だけど…。」

「その事なんだけど。」


彼女は、にっこり笑って言った。


「柊君に、見てもらいたい場所があるの。」


「僕に?」


僕達は、並んで歩く。駅から少し距離があると言った彼女、軽快な靴音と共に進んでいった。


「私、ウォーキングが趣味なの。柊君も、何か体力作りしてるの?」


体力作り…1日立ちっぱなしで金型に穴あけて。機械まわしてる僕は、仕事が体力作り…──って、言うわけにはいかない。


「ジムに通ってるんだ。今メタボリックとか、色々言われてるからね。」

「そうなんだ。あ、あの店!まだあるのね。」


彼女が指差したのは、昔からあるお好み焼きの店。中学生や高校生のたまり場だ。


「変わってないわね。皆、ここで集まったりしてたでしょう?」

「姫川さんが知ってるなんて、意外かな。昔は、よくハルと、北島春樹おぼえてる?」



「憶えてるわ、スポーツが出来て面白い人よね。英語が苦手で、よく『一生のお願いだから、ノート見せて!』って泣きついてたもの。」

「姫川さんにまで、頼んでたのか。あいつ、姫川さんにはカッコつけてたと思ったけど。」

「そ、そうだった?」

「うん、一生懸命だったんだよ。ま、皆そうだったよ。姫川さんは、憧れの的だったし。」

「……そんなことないって。」



「洋食屋さん。地元の食材をメインに使って、低カロリーで健康に良い料理の提供をするつもり。もちろん、美味しい肉料理もあるけどね。」

「すごいな。お店の名前、決めてるの?」

「『天使の台所』。安直かしら?」

「そんなことない。素敵だよ。」


夜、僕は、彼女をフレンチの店に招待した。


「よく来るの?」

「まぁ、たまに。」


大嘘だ。春樹に教えてもらい、初めて訪れた店。春樹に頼んで、コース料理を選んでもらい予約した。緊張を隠して、何度も練習したテーブルマナーを実践する。…大丈夫、問題ない。

それから、映画や音楽について話した。春樹に勧められたものを必死で観て、聴いたものだ。


「こんなに楽しい食事、久し振りかも。今日は、色々ありがとう。」

「こっちこそ。」

「デザート、楽しみ。」


彼女が、笑っている。そこへ、ウェイターが最後のデザートを運びに来た。

そして。


「こちら、お連れ様からのプレゼントです。」

「え?…素敵、ありがとう柊君!」

「うん。」


アマリリスの白いミニブーケを受け取って、笑う彼女をみた僕は、とても幸せだった。


チクリと胸が痛む。

今日は、本当に楽しかったわ。しばらくは開店準備で忙しいけど、また会える?」

「また連絡する。」


店を出た僕達は、駅へと向かった。この時間がもうすぐ終わるかと思うと、とても残念で…反面、ほっとしていた。シンデレラの魔法も、一晩限りで消えるのだ。


そう、嘘がばれる前に…──。




「あれ、あきと君?!」

「え?」

「うっ?!美香っ!」


よりによって、こんな場所で出会うとはっ!


「何よ、彼女連れ?って、あれれ姫川さん?」

「あ、田中さん。」

「ハハァーン、だから急にカッコつけ始めたのね。そりゃ、そうよね。相手姫川さんじゃ当然か。」

「ちょっと待て、今は待て!」

「こいつったらね、急に時計とか服とか凝りはじめて、なぁんか仕事にも手がつかない感じだったの。注意散漫だと、自分の手に穴開けるっての。」

「手に、穴?」

「聞いてない?あきと君の仕事、金型の穴あけやってるのよ。私は、その検査。同じ会社の一階と二階ってわけ。」



●嘘から出た…

携帯が鳴った。

僕は、とることを躊躇ったが…──。


クリスマスが近づいた夜。僕は、海沿いの道に車を走らせる。


天使の元へ、急ぐために。



『ごめん、ね?』

『……。』

『本当に、ごめん!事情、知らなかったんだもの。あきと君、ごめんなさいっ!』

『いいよ、美香。根本的に悪いのは、嘘ついてた僕だし。』

『でも…。』

『いいんだよ、気にしなくたって。元々、釣り合わなかったんだから…。』


あの後、どうやって駅に着いたのかハッキリ憶えていない。きっと彼女は怒っていただろうし…ただ、繰り返し謝っていたきがする。

情けない。


三日前、彼女から電話がかかってきた。週末、会いたいと。あの開店予定の店で待っているそうだ。


「どんな顔したらいいかな…。」


正直、途方もなく気が重い。でも、これは嘘をついた僕の罰だ。


チラチラと雪が降っている。まだ、道に積もるほどではないものの、もうすっかり冬だ。


店には、灯りがついていた。天使の台所、そう書かれた二人の天使が描かれた看板も取り付けられている。

ドアに手をかけ引くと、カランカランと澄んだ音がして、中から彼女が出てきた。


「…あの。」

「柊君、とりあえずそっちに座って。」

「うん。」


僕達は、向かい合いテーブルについた。

「柊君、どうして嘘ついたの?」

「それは…。」


僕は、息を吐き出した。


「姫川さんに、嫌われたくなかったからかな。勝手な言い訳だけど、大会社の社長の娘さんの姫川さん相手に、社長なんていうのは誤解で、実は何の趣味も取り柄もないただの工場勤務のサラリーマンですとは、言い出せなかった。せっかく誘ってもらえたんだ。社長になりきって、楽しもうって思った。」

「そんなの、いつかバレるじゃない。」

「もちろん、そう思ったさ。こんな子供騙しの嘘、すぐにバレるって。でも、自分でもおかしいけど、なりきってたっていうか…嘘で始めた自分を気に入ってた。」


そう、始めはカッコをつけるためだけにやっていた。映画を見たり、音楽を聴いたり、美味しいお店を調べてテーブルマナーみにつけて…僕は、楽しみを自分で見つけたり、自分を磨くなんて事をした事がなかった。いつも、人任せで…時間なんて潰すものだと思ってた。

それが、彼女の喜ぶ顔をみたくて始めた色々なことを楽しいと思うようになった。

能動的で、お洒落を楽しむ。嘘が、嘘でなくなってきていた。



「もちろん、僕は社長なんかじゃないけど…嘘をつくために、そう振る舞ってるわけじゃなくなってた。こうゆうのも、いいなって思ってさ。喜んでもらいたくてやったことに、嘘はないし…尚更、言い出せなかった。」

「…柊君が社長だとかそんなのじゃないと、私は会ったりしないって思ってた?」

「…うん。勝手で、ごめん。」


僕は、頭を下げた。謝ることしか出来ないから…。




「ごめんなさい、柊君!“私も”なの、だから頭を上げて。」


…。

……。

……──え?


「ごめんなさいっ!私も姫川 恭子なんかじゃないのよ。」


僕達は、顔を見合わせた。姫川さんじゃ、ない?


「その、柊君と同じで言い出せなくなっちゃって…私の場合同窓会に来てた皆も巻き込んじゃってるし。」

「それは…──。」

「春樹君に姫って呼ばれて、最近は、そう呼ばれてたから違和感なかったの。そしたら姫川さんと間違われて。盛り上がっちゃってるし、切り出せなくなって。」

「じゃあ、君って誰?」

「やっぱり分からないんだ。…二川 姫子。」

「?」

「ああ、もうっ!デブでトロい“ブタガワ”よ。皆、私をからかってたじゃない。」

ブタガワ…ブタガワ!!


僕は、のけ反る程におどろいた。たしかに、クラスメートだ。ただ…──。


「中学の頃は、70キロ超えるデブだったわよ。皆からブタガワって呼ばれて…北島君なんかは、困ると助けてくれ~!とか言うくせに、いっつもデブだなんだってからかって…思い出した、柊君?」

「思い、出した。思い出したけど、変わりすぎだよ。」

「柊君のおかげよ。」

「え?」

「柊君が、言ったんじゃない。『食べるのが好きなら、料理人目指したら?好きな事があるって、良いことだ』って。」



『ブタガワ~、少しはダイエットしたら?』

『うるさいわね、ほっといて。』

『ハル、いいじゃん。食べるのが好きなら、料理人目指したらいいんじゃないかな?好きなことがあるんだから、良いことだろ。』

『あー、優しいねー。ま、確かにアッキーは、もう少し人生楽しんだ方が良いかもな。』



「高校の時、両親の仕事の関係でここを離れて、高校卒業から今まで、料理の勉強してたの。修行にも行ったのよ、立ちっぱなしで自分の食事は楽にとれないんだもん、激ヤセよ。」

「でも、ショック。誰も気付かないんだもの。どうだっ!って、同窓会で見返すはずだったのに。」


頭をかきながら、微笑む彼女。


「柊君が、社長だっていうんだもの。私も姫川さんになりきらなきゃ、相手にされないと思って…私も、嘘ついてた。だから、お互い様。ごめんなさい。」

「…──あ・アハハハ。」


力が抜けた僕は、笑いが止まらない。嘘をついてた僕も、すっかり騙されていた。


笑って笑って、涙が出るほど笑った。


「僕達、嘘つきどうしだな。」

「そうね。あ、でも店出すのは本当だから。それでね、お詫びのしるしに一番のお客様になってくれる?」

「お店の看板料理、ハッシュドビーフ。食べてくれる?」

「もちろん、いただきます。」


「良かった。待ってて、柊君!」


厨房に向かう彼女に、聞いてみた。


「今度の週末、開店の手伝いしにきて良いかな?」

「良いの?!助かる~、あ、携帯に登録されてる名前、変更してくれる?」

「今してる。」




嘘から出たのは、恋の予感。


fin
















これも古い作品ですが、珍しく?爽やかで甘酸っぱい仕様の恋愛小説だと思っています。

見栄や小さな嘘は、誰にでもあると思うのですが、そう言った些細な嘘が身を滅ぼすこともある。それなら、逆に嘘から出た真、という言葉があるように、嘘をきっかけに人間ハッピーに変われたらなぁっていう、楽観的発想の産物です。

ともあれ、気楽に楽しんで読んでもらえたなら幸いです。


ここまで読んでくれた方には最大の感謝を。

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