第4話『観測領域の壁』
その扉の向こうにあった空気は、別物だった。静かではない。重い。音が吸い込まれているような感覚。(ここが……上位領域)久瀬灯真は一歩踏み出す。その瞬間、視界の“流れ”が乱れた。(見えない……?)いや違う。“情報が多すぎる”。
「入るな」
低い声。目の前にいた男は、評価値78とは違う“階層の人間”だった。だが灯真の視界では輪郭が安定しない。(流れが崩れている)
男が一歩踏み出す。その瞬間――視界が飛ぶ。「ぐっ……!」反応できなかったのではない。“認識した時には終わっていた”。床に膝が落ちる。
「今のが上位領域だ」
男は淡々と言う。「お前が見ていた流れは下位の世界の法則だ。ここでは意味が違う」灯真は息を整える。(違う……何が違う)
視界に何かが浮かぶ。だがそれはいつもの“線”ではない。ぼやけている。揺れている。(これが……上位の流れ?)【認識不能領域】【未定義の才能】(解析できない)
その時だった。「やめてください」声。空気が一瞬だけ戻る。天道澪。評価値998。彼女は男の前に立つ。
「ここは観測試験区画ではありません」静かな声。その一言で空気が変わる。男が舌打ちする。「……邪魔か」澪は動かない。だが灯真は気づく。(この女……強い)流れが安定している。つまり見える側の人間だ。
澪は灯真に視線を向ける。「あなたはまだ流れの種類を知らない」一拍置く。「観測できるものは二種類ある。奪える流れと、奪えない流れ」
(奪えない?)
男が言う。「ここから上は継承対象外も出てくる。つまりお前の能力は万能じゃない」その言葉が重い。(万能じゃない)初めての制限。
澪が一歩下がる。「今は引いてください」だが灯真は動かない。視界の中に、わずかに“見えるもの”がある。(まだある)さっきまで見えなかった流れ。ほんの一部。(取れる……?)
一瞬の衝動。だが男の気配が強くなる。「やる気か?」灯真は気づく。ここで奪えば危険だ。だが同時に理解する。(今しか見えない)初めての矛盾。
澪が小さく言う。「まだ早い」その言葉で、灯真は一歩下がる。
男は興味を失ったように背を向ける。「次は試験で会う」そう言い残して去る。空気が戻る。だが重さは残ったまま。
澪が灯真を見る。「今のは序列上位ではない」「管理側です」
灯真は拳を握る。(管理側……?)
視界の奥で、また“流れ”が揺れる。今度はさっきより深く、さっきより危険に。そして初めて気づく。(まだ見えてない世界がある)
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