第二話 能力
能力の名前を考えるのは難しいですね
蜘蛛の巨躯が真っ二つに裂け、その背後から一人の男が姿を現した。深い合皮の帽子を目深に被り、無精髭を蓄えた中年男だ。
「……何が、起きたんだ?」
せいは呆然と立ち尽くしていた。
男は帽子の隙間から、値踏みするように四人を一瞥した。そして、重苦しいため息とともに小さく呟く。
「……まさか、こんなガキ共をよこしたのか。まあ、生きてさえいればどうにでもなるか」
その傲慢な物言いに、せいの眉が跳ねた。
「どういうことだよ! ここはどこなんだ、あんた誰なんだよ!」
「お前たちを呼んだのは俺だ。詳しい話はアジトでする」
男の淡々とした返答に、せいの怒りが沸点に達した。
「ふざけんな! あんたのせいで俺たちは死にかけたんだぞ! さっさと元の場所に返せ!」
「……単刀直入に言おう。それは不可能だ」
男の冷徹な一言に、せいが掴みかかろうとしたその時——。
「まさや君が……っ!」
れみの悲鳴に近い声が響いた。
振り返ると、まさやが蜘蛛に切り裂かれた脇腹を押さえ、雪の上に崩れ落ちていた。指の間からはどす黒い血が溢れ出し、彼の顔からは急速に生気が失われていく。
「これはまずいな。アジトへ行く前に近くの村へ担ぎ込まんと、こいつは死ぬぞ」
男の言葉を聞いた瞬間、せいの顔から怒りが消え、青ざめた焦燥へと変わった。
「……頼む、案内してくれ! こいつを助けてくれ!」
男は短く「来い」とだけ告げ、手際よくまさやを担ぎ上げた。
村に着くと、村の片隅にある「救済所」と呼ばれる建物へまさやを運び込み、すぐに治療が始まった。
血の付いた自分の手を見つめていると、あの男が再び姿を現した。
「……さっきの続きだ。なぜ帰せないか。お前たちをこの世界へ呼び出す際、俺は持てる魔力のほとんどを使い果たした」
「魔力……? 何だよそれ。ここは俺たちのいた世界とは違うのか?」
せいの震える声に、男は本気で驚いたように目を丸くした。
「魔力を知らない……? 冗談だろ。この世界の万物に宿る力の源だ。お前たちがここへ呼ばれたのも、その身に強大な『魔力の器』を有しているからなんだぞ」
男は少し考え込むと、隠していた目を見せた。
「お前たちがこの理不尽な世界で生き残れるかどうか……その『能力』を確かめてやる」
おっさんは忌々しげに右目の眼帯を剥ぎ取った。
その瞳は、深淵を覗き込むような濁った金色。瞳孔は複雑な幾何学模様を描き、カチリ、カチリと時計の針が刻むような音を立てて蠢いている。
「……チッ、ようやく『鑑定』が通るようになったか。だが、なんだこれは……」
おっさんの独り言に、せいが肩を荒くして食ってかかった。
「何を見てんだよ! 早くまさやを……!」
「黙ってろ。……俺は、あっちの世界でお前たちの魂に刻まれた『能力』を見定めて、この世界に引きずり出した。……だが、まさかこれほどとはな」
金色の瞳が、冷酷に、そしてどこか失望を孕んでせいを射抜く。
「『天賦の勇者』。全属性を束ねる無限の成長性。……素質だけなら、歴代のどの英雄をも凌駕している。だが、肝心の魔力がまるで満たされていないな。」
せいは拳を握りしめたが、何も言い返せなかった。
男の視線は、床に横たわるまさやへ移る。
「『不屈の戦士』。肉体の強度は鋼を超え、傷つくほどに闘争本能が跳ね上がる。……だが、今のこいつはただの死にかけのガキだ。器がデカすぎて、今の貧弱な肉体じゃその負荷にすら耐えられねえ」
続いて、震えるかなを見た。
「お前は『慈愛の聖手』。唯一無二の再生の力。……だが、魔力の通し方すら知らねえお前が触れたところで、傷一つ塞がりゃねえよ」
最後に、れみに目を向ける。
「そして『拒絶の聖域』。あらゆる外敵を阻む絶対防御の壁」
男は眼帯を戻し、心底不愉快そうに吐き捨てた。
「俺は最強の戦力を呼んだつもりだったが、来たのは魔力の使い方も知らねえただの子供だったわけだ。……これじゃ、呼び出す時に使った俺の魔力が無駄死にだ」
男は出口へ向かい、背中越しに冷たく言い放つ。
「命を救いたければ、まずはその無意味にデカい器に、魔力を溜める泥臭い努力から始めろ。明日から、死ぬより辛い地獄を見せてやる。……ついてこれる奴だけ、生き残らせてやる」
救済所の冷たい空気の中、四人は自分たちの体に刻まれた「名前だけの力」の重みに立ち尽くしていた。
かなは、自分の手が温かい光を放つことすらなく、ただまさやの血を拭うことしかできない。
せいは、力を出そうと拳を握りしめても、何も起きない自分の腕を忌々しげに睨みつけている。
この理不尽な世界で生き残るために、自分たちは這い上がるしかない——その現実を突きつけられていた。
窓の外では、異世界の月が、無力な四人を嘲笑うように冷たく照らしていた




