③ 堕天使メイヤ
今年の夏は猛暑日が昨年よりも増えているが、それは日本だけではなく世界の異常気象が毎日報道で取り沙汰されている。
中国やロシアでの高温、インドでの大雨、アメリカ各所での洪水など言い出せばきりがないほどだ。
長嶋美月はまたエルム沢井と話す機会を得た。
誰もいない視聴覚室に気づいたらいた。エルムが誘導をしたのかワープさせたのかは知らないが、美月はそこで海外の異常気象の災害映像を見せられていた。
なにこれ?社会科の授業?
「これらを見てどう思う?やっぱり怖い?」
海外のことは対岸の火事ではないが、普段ならば他人事のようなところもある。でも、今の日本も他人事なんて言っていられない。いつこれと同じことが起きるかわからないのだ。
「それは、やっぱり怖いよ。これってあなたたちがしてることなの?」
「私達がしてること?これは天が必死にバランスを保とうとしている自然の摂理よ。こうなるのは今の地球では必然。天罰でもなんでもない、当たり前のこと。人間がしてきたことの結果がこれよ…ちなみに、私はこんなの全然怖くない」
でしょうね、と美月は思った。エルムはいざとなったら天へ帰れるし、高みの見物が出来るからそれこそ他人事なのだと思う。
「人間が自然破壊を止めればまだ再生の道はあるのでしょう?」
エルムが見せた表情は不思議に人間の悲哀を含んでいたように見える。この天使は本当に人間をただの農作業員くらいにしか思っているとは思えない感情が見える気がした。
「自然の破壊ってどこからがそうだと思う?」
美月は頭の中で地球を想像してイメージを巡らせた。
「例えば…ゴミ捨てからとか?」
エルムが壁をドン!と手のひらで強く叩いた。その目には人間的な悲しみと怒りの感情が見えた。
叩かれた壁に映し出されたのは、どこかの屋上から人が飛び降りる映像、どこかの高校だろうか、追い詰められて殴られ蹴られるいじめと思わせる映像、狭い場所…トイレ?そこで女子高生が首を吊る映像…その後も次々とそんなものばかりが流されて美月はさすがに正視出来ないで目を瞑ってしまった。
「目を開けなさい!」
エルムの強い言葉に恐る恐る目を開けると、映像は止まっていてエルムの燃えるような怒りの瞳がぎらついていた。
「この大宇宙のバランスを崩すのは何も自然破壊だけではない。こういう自殺をするような思念の波動が世界の空間を歪ませる。ひとつひとつは小さいけれど、一滴の水が溜まれば大河にもなる。あなたにはこういうことも世界に伝えて欲しいの」
「沢井さんってやっぱり人間のことを思ってるよね?」
「何を言ってるの?私が思ってるのは天のバランスのことだけ」
言ってることはわかるが、ただの女子高生の私に何が出来るというのか。常識的に考えてもあり得ない。
「あなたがしなければ、私がやるわよ」
エルムが人間を救うために動くというのか。実際には天のためとはいえ、具体的にいじめなどを食い止めて人を救えばそれは人間のためになるだろう。ところが…。
「誤解しないで。私がやることはもうこれ以上そういうことが起きないようにひとつひとつ潰していくということよ」
一瞬で美月の頭の中に流れてきた映像。
空にエルムの元の姿のあの大天使が浮いている。その真っ白な姿がそのまま台風の分厚い雲と同化をしたようだ。
稲妻が光り、日本に大きな台風が吹き荒れ、どこかの海が暴れまくりそれが河川にも逆流をしている映像だ。
そして大洪水や津波になって日本を襲い狂う。
まるで今この時にリアルに起こっている怖さが襲ってくる。
「やめてカラミル!」と美月はなぜかエルムが天使になった時の本当の名前を叫んだ。なぜ知っている?と自分でも驚いた。
静寂が続いた後に、エルムが天使に姿を変えた。
「やっと思い出したのね、メイヤ」
「…メイヤ?」
カラミルとなったエルムが光を放っている。でも、美月はなぜかそれが眩しくない。美月も知らず知らずに同じ光を出していたからだ。
「メイヤ…。あなたは私と同じ天のバランスを司る天の御使いだった。天使などという言葉は人間が我々を崇めるためにつけた呼称に過ぎない。私達は天の御使い、ただそれだけの存在。人の感情を持ってはいけなかった。だからあなたは堕落をした。あの者の為に…。」
その結果、人間は崇めてはいけない私達を天使と呼んで崇めるようになった。それも天のバランスを崩す要因のひとつだ。
「あなたは堕落こそしたが、堕落したからこそ出来る中で人々を救うことで、天のバランスを少しでも戻すことが出来る。堕落したあなただからこそ人間のために出来ること。私はそれをしてはいけないけど、あなたになら出来る」
「堕落堕落って言わないでよ…。何だか、聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」
カラミルはギリギリの線で人の情に寄り添っているようにも見える。そう。堕落しないギリギリの線で。
カラミルがエルムの姿に戻った。美月はメイヤになることもなく、エルムに歩み寄り2人が抱擁を交わした。
「あなたの今の優しい気持ち、これって大丈夫?」
美月の質問にエルムはフッと微笑んだ。もしかするとエルム沢井の初めての微笑を見た気がした。
「昔はこうしてよくお互いが思いあっていたじゃないの」
そうだった。決して御使いに情が無いわけではない。ロボットではないのだ。御使い同士はともに支え合い思いあった。でもそれは天の意志を離れた思いではなかっただけだ。
美月は、エルムによって御使いとしての知識と智慧が復活をした。智慧は知恵ではない。EQがIQではないように、あくまでも智慧だ。
その知識と智慧でこの宇宙と人間の関係を語りだすことにした。
今どきの動画にして拡散を促す。講義の内容は回を追うごとに深みを増していく。
あえて「堕天使メイヤの人類救済計画」という仰々しいタイトルをつけた。そこに思い切り人間が大好きな愛と情をぶちこんだ。
人間はどこから来て死んだらどうなるのか。人間と宇宙の関係。神とは何者なのか。
聞く者はみな口々に「腑に落ちた」と合言葉のように言って評判を呼んだ。
一人の高校生が何かすごいことを言っていると話題になり、視聴者は爆発的な人数を越え、やがて動画内での講義から生の講演も多数の依頼が来た。
今は人間のレベルで出来ることはこの程度ことでしか無いのかもしれない。そして人間同士の命の大切さと自己の命の重さを語り人々に感銘を与え始めた。
時々本当かウソかわからないが、人間の霊能者が公演中の美月の中に本物の天使が見えたと言う者も現れたが、美月がメイヤの姿になり奇跡のように現れればそれほど説得力のあることは無いのだが、さすがにそれはしてはいけないことはわかっている。
せいぜい、人々からある程度信頼されている霊能者という人にそんな宣伝をしてもらうのもいいかもしれない。
そういえば自分を甘い世界へ誘い出したあの方は今はどうしているの?
ルシフェルさま…。
時には天使の姿で人々のイメージに降り立ち、時には悪魔の長として世界に恐怖を与えている存在。
もしかしすると、あなたが起こす地上の大災害って本当は天の絶頂のバランスを取るためのもの?
だとしたら、あなたは本当に堕落天使なの?
ときおりメイヤの姿で夜空に浮かんで世界の朝焼けを待ちわびる美月だった。




