② 正天使
何も無いような暗闇に、一点の光が爆発をするように始まり無限に広がった。それはやがて神と言われる宇宙の意志だった。宇宙の意志は、まず初めにその使いとなる者たちを創造した。その者たちは宇宙の意志に忠実だった。宇宙にはすべてのバランスを取りながら無限に広がる星々が生まれ、その中にひとつ、水と緑豊な丸い星を創った。歴史が流れそこは青い空が広がる美しい星となった。
宇宙の意志はそこに命を作り実験をするように、いろいろなパターンの命を繰り返して作り、次元を上げていくと人間というものにたどり着いた。
そもそも宇宙意志にとって、人間はこの地を耕せるためだけに創ったものだ。そこに天の意志を離れた感情など存在をしなかった。
しかし、異変が起こった。
人間を管理する族長のルシフェルが人間に感情を与えた。優しい思い。他人を信じる思い。結局はルシフェルがその者たちに愛されたいと思っただけのことだった。そしてルシフェルに続いた周囲の天使たちもそれに倣い、感情を持った。
それはこの大宇宙、大自然のバランスを崩すものだ。
そして感情を持った天使たちは堕天使となり、人間も楽園を追われて苦労を知る者となった。
「あなた達が愛する優しい天使は堕天使よ」
エルム沢井は真剣な目で長嶋美月に事実を語った。
「堕天使って、悪魔になったんじゃ…」
エルムはフゥ、と一息をついて肯いた。
「そうね。普段は優しい天使としてあなたたちのイメージの中に語りかけている。でもその正体は結局自分達のための悪魔」
美月には信じられない思いの方が強かった。それどころか、天使という存在は人類が信仰するくらいに愛と正義のイメージしかない。
<愛という言葉は、堕天使が作った>
「それじゃ、あなたは…?」
「私は堕落をしていない正天使」
正天使?神に作られたそのままの天使ということか。
「だから、宇宙のバランスを整えるためならば人類が潰れようが何も感じない」
あまりにも冷たい言い草だが、その目に冷たさは感じなかった。むしろ正義に燃えているようなその目は、人類のためではない天の頂点へ対しての思いなのだろうか。つまり、それがエルム沢井の正義。
神を頂点としたピラミッドだとすると人間は一番底辺に過ぎない。全体がバランスを失わないためには底辺の人間を潰すことも有り得る。
事実、人間もそれ以下の動物や虫などを害獣や害虫として人間世界のバランスのために潰しているではないか。それと一緒なのだと更にエルムは言った。
「それをなぜ、私に伝えるわけ?」
「わからない。気づいたら目の前にあなたがいた。このことを誰かに伝えてメッセンジャーとして世界に広げなければならない。それがたぶんあなた」
世界とか、そんな大それたことを私なんかが出来るわけがない。
「もし私がやらなかったら?」
「わからない。他の誰かを選ぶかもしれないし、そうでなければ…」
そうでなければ?どうなるのだろうか。
「人類は潰されるだけ」
恐ろしい言葉だった。でも、それは人間としての感情だ。きっと正天使のエルムからすれば特に恐ろしいことではないのだろう。
美月の部屋のドアがノックされた。
美月が開けると、ジュースとお菓子を乗せたお盆を母親が持って来たところだった。
「帰ります」
そう言ってエルムは母親の脇を通過する時に一瞬光ったような気がした。
「あら?私、どうしてこんなもの持ってきたんだっけ?」
母親が不思議そうに部屋の中を覗いた。
次の日、体育の時間になるので、ジャージに着替えて体育館に向って歩いているとクラスは違うが、美月は中学時代からの友人の明子に会った。
明子は何やら職員室に呼ばれてそこから教室へ戻る途中だ。
「明子、何かやらかしたの?」
からかうつもりで言ったのだが、どうやらその様子は深刻そうだった。
「今の成績はちょっとやばいって言われちゃった。下手すると留年になっちゃうかもって脅かされてさあ」
結構明るく言ってはいるが、案外本気なところもあるようだ。
「そうだ、明子のクラスにエルム沢井さんっているじゃない。あの人、頭良さそうだから勉強でも教えてもらったら?」
明子はキョトンとした顔で美月を見た。
「何言ってるの、美月。エルム沢井さんってあなたのクラスでしょう?あんなきれいな子がいていつも羨ましいなあって思って指をくわえて見てるんだよ」
どうゆうこと?と思っていると、明子が「ほら、噂をすれば」と指さした先に、ジャージを着たエルムが体育館へ向っていくのが見えた。
美月は思わず「ええええ!」と叫んでしまった。
そして、明子は何事もなかったように「じゃあ」と言って教室へ戻って行った。
体育館に行くと、そこにはエルムの姿はいない。体育教師の真鍋が出席名簿を見ながら「いない者はいないな?」とチェックをする。
そこにエルムがいないのを確認した美月が「沢井さんがいません」と試しに言ってみた。
真鍋は出席簿を見た。
「そんなのいたっけ?いないだろう?からかうのはやめろ」
そう言って一蹴した顔は本当の言葉らしいことがわかった。
たぶん、これが天使の魔法なのか。目撃した者にはあそこの所属だと思わせて決して自分のところの所属だとは思わせない。
でも、誰もが知っている存在。そうやって学校内をうろつけるわけだ。
しかし、冷静に考えるとどうしてこの学校をうろつくのだろうか。今度話す機会があれば聞いてみようと思う。
自分はおそらく、この学校で一番エルムと話す機会があるはずだ。いや、機会どころかまだまだ話しをしなければならないのは私だけなのだ。
体育の授業はバスケットボールだった。美月が結構好きな球技だ。
何かを忘れるようようにとにかく走り回った。
国語の授業では「愛」という言葉に対してのレクチャーが行われていた。遠藤周作や三浦綾子などのキリスト教をベースとした文学を中心に話しは進んでいった。
愛という言葉やテーマは女子高生くらいの年齢ならば好きなワードだ。授業に注視する生徒たちの視線もいつになく真剣だ。
「愛という言葉は新約聖書のイエス・キリストが元祖と言ってもいいくらいに世界的に広まった言葉です」
国語教師の真野陽子が言ったのだが、美月は昨日のエルムが言った「愛は堕天使が作った言葉だ」という話しを思い出していた。
それにしても何だこのタイミングのこの授業は?これも天使の成せる技なのだろうか。
「愛」を人類的にはイエス・キリストが広めたものならばキリストというのはいったい何者だったのだろうと思う。
イエス・キリストの言うことはすべて人間に対する優しい甘い愛情だ。
<右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ>とか、究極の甘さではないか。イエスも堕天使の流れなのだろうか。
すると、イエスと敵対する悪魔は何者になるのだろう。堕天使イエスと対決するのだから、この場合の悪魔はエルムのような正天使ということになってしまう。でも、イエスは人間に対して「まむしの子らよ」と言う。それは人間が悪魔の流れを組んでいるということにならないだろうか。
すると、そういうイエスはいったい何者なのだ?やはり正天使側なのだろうか。それならなぜこんなに人間に優しい?そして一般的にイメージされる愛の天使たちもイエスの仲間なのだ。
美月は頭の中が混乱をして頭を抱えてしまった。
「長嶋さん、どうしました?頭でも痛いの?」
思わず、真野陽子に心配をされてしまったではないか。




