第九話 「後宮の地下には、何かいる」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
衣装乾燥室に辿り着いたオレたちは、
辺りをぐるりと見渡した。
日はすでに落ち、
昼間の喧騒が嘘のように、後宮は静まり返っている。
「問題は――どこの地下に繋がっているか、だな」
玄曜が低く呟く。
「そんなに広いの?」
「地下は、歴代の皇帝が代々広げてきた迷路だ」
「……そうなんだ」
一瞬、言葉に詰まる。
「ねえ、玄曜。もし……失踪事件が工芸品の、
龍霊雨器の仕業だったら……?」
「見つけ次第、“処分”する」
即答だった。
「えっ!? そこまでしなくても……!」
慌てて言うと、玄曜は鋭い視線を向けてくる。
「人に害をなした工芸品は破壊する。それが決まりだ」
冷たい声だった。
「そんな……」
言い返そうとした、その時――
ふわりと、甘い花の香りが鼻先をかすめた。
「……香りがする」
この匂いは――
「夜来香……?」
「この近くに夜来香の木なんてないのに……」
オレは目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。
静寂の中で、香りだけが確かに流れている。
ゆっくりと目を開けると、
衣装乾燥室の床近くから、淡い光の筋が漂っていた。
「……綺麗」
その光は、まるで道しるべのように、
奥へ、奥へと続いている。
「ずっと先まで伸びてる」
「なにがだ?」
「光の筋がある。玄曜には……見えないのか?」
「いや。香りは感じるが、光は見えない」
やっぱり、オレだけか。
オレは息を整え、光の筋を辿る。
それは、地下の工事現場へと続く入口の方向へ、
確かに伸びていた。
「行けそうだ」
地下へ降りると、闇が一気に押し寄せる。
当然、何も見えない。
「松明か燭台、取ってくる?」
オレが尋ねると、玄曜は首を振った。
「必要ない。これがある」
そう言って、袖の中から小さな銀の灯盞を取り出す。
手のひらに乗るほどの小ぶりなもので、長い年月を経た
金属特有のやわらかな光沢を帯びていた。
持ち手に獅子が形取られ、獅子の体には細かな彫りが
施されている。
玄曜は掌の中の小さな灯を呼んだ。
「——星燈宵煌」
名を呼ばれた瞬間、音も風もないまま、淡い火が灯り、星屑のような光が静かに舞った。
「わあ……!」
思わず声が漏れた。
「これも龍霊雨器なの!?」
「そうだ」
「すごい……!」
オレが星燈宵煌顔を近づけると、
炎がゆらりと揺れ、まるで挨拶を返すようだった。
「遊んでいる場合じゃない」
玄曜が静かに言う。
「光の筋を追え」
「……わかった」
オレは深呼吸をして、
再び淡く揺れる光の筋へと足を向けた。
闇の奥へ――
香りと光に導かれて。
*
どれくらい歩いただろうか。
不意に、足元で何かを踏んだ。
「ぎょえっ!?」
反射的に玄曜にしがみつく。
「……落ち着け」
玄曜が灯りを足元へ向ける。
その瞬間――
「……人だ」
通路の床に、人が次々と倒れていた。
「えっ……!? し、死んでる!?」
恐る恐る、近くの一人に触れる。
「……っ」
「死んでねぇ。眠ってるだけだ」
玄曜の声が低くなる。
「おそらく、龍霊雨器の仕業だな」
「えっ……!」
「精気を、少しずつ取り込んでいる」
「ええっ……! そんなことまで……」
背筋が冷たくなる。
通路はまだ奥へと続いていた。
進むにつれて、香りと光はますます濃くなっていく。
――この先だ。
ごくり、と喉が鳴った。
オレは玄曜の袖を掴み、灯りを頼りに一歩ずつ進む。
「……ここは」
むせ返るほど濃い香の匂い。
空気が、はっきりと変わった。
この感覚……間違いない。
龍霊雨器が――いる。
玄曜が灯りを前方へかざす。
照らし出されたのは――
白骨化した、亡骸だった。
「ぎょえぇぇっ!!」
思わず叫び、玄曜にがっしりと抱きついてしまう。
「おいっ!」
その拍子に、玄曜の手から星燈宵煌が落ちた。
――ふっ。
灯りが消え、辺りは完全な闇に包まれる。
「このクソ……!」
「ご、ごめん!!」
必死に手探りで床を探し、星燈宵煌を見つけて玄曜に渡す。
再び灯りが灯る。
震える目で、もう一度奥を見据えると――
朽ち果てた、簡素な衣をまとった亡骸に包まれるように、
そこに――
「……こいつか」
玄曜が静かに呟いた。
白骨の中心に置かれていたのは、
掌に収まるほどの――美しい、小さな香炉。
淡い光も、甘い香りも、
すべてはそこから溢れ出ていた。
「光も……香りも……」
オレの言葉に、玄曜は視線を細める。
「間違いない。これが、元凶だ」
香炉は、何も語らない。
ただ静かに、香を焚き続けている。
――けれど。
その香の奥に、
確かに“意思”のようなものを感じて、
オレは知らず、息を呑んでいた。
※作者より
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
後宮での生活は、まだまだ続きます。
引き続き、気軽にお付き合いいただけたら嬉しいです。




