第五話 「脅迫同居、はじめました」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
ここ数日のオレ――白流星の人生を、少し振り返ってみよう。
一週間前、可愛くて仕方がない最愛の妹・星蘭が、なんと後宮で働くと言い出した。
当然、オレは全力で反対した。
そして当然(?)、妹の代わりにオレが女装して後宮へ潜り込み、働くことになった。
工芸品を管理する倉庫に配属されてウキウキしていたのも束の間。
倉庫の管轄を担当する文官・玄曜と出会い、なんだかんだあって男だとバレた。
さらに、なんだかんだあって――同居することになった。
今日は、その同居初日である。以上。
「どうなってるんだ……」
我ながら、忙しすぎる人生だ。
窓から差し込む爽やかな朝日を浴びながら、オレは寝台の上で一人つぶやいた。
昨日、強引に取引が成立し、倉庫に置いていたオレの少ない荷物は、あっという間に玄曜の離れへ運ばれた。
「ここを使え」
そう言われて与えられたのは、二階の一室。
こじんまりしているが、寝台は柔らかく、陽の光もたっぷり入る。薄暗い倉庫脇の下女部屋と比べれば、どう考えても極楽だ。
「よっ……と!」
背伸びをして勢いよく起き上がる。
姿見鏡の前で下女用の衣に身を包み、髪を整える。
唇に薄く紅を引けば――後宮で働く下女・白星鈴の完成だ。
よし、次は朝の準備!
*
「おはよう! やっと起きたか!」
食卓に現れた玄曜に、オレは笑いかけた。
離れの中では星鈴を演じなくていい。口調も自然と砕ける。
「……ああ……オマエか……」
一瞬、「なんで女がここに……?」という顔をした玄曜は、すぐに昨日の出来事を思い出したらしい。
眠気にやられた目は鋭く、口調もぶっきらぼう。
昨日までの爽やか穏やか文官とは、とても同一人物に見えない。
――朝、弱すぎだろ。
オレはこっそり笑ってしまった。
食卓の上には、湯気を立てる卵粥と青菜炒めが並んでいる。
香ばしい匂いに、玄曜の寝ぼけた頭も少しずつ働き始めたようだ。
「食材、勝手に使った。外の薪も適当に使ったけど……良かったか?」
そう言って、淹れたてのお茶を差し出す。
玄曜は茶杯を受け取ったまま、なぜか女装したオレをじっと見つめてきた。
「……なんだよ」
「……本当に男か……?」
不機嫌そうに目を細める。
「オレの身体、触っただろ」
ムッとして返すと、
「もう一度、確かめてやろうか」
「やめろ!」
オレは全力で拒否した。
*
「それで? 妹の代わりに女装して、後宮に来た、と」
「そう! それで、アンタにバレたわけ!」
オレは食後のお茶を飲みながら、ここに至るまでの経緯を一通り話した。
玄曜は黙って聞き、時折、ふうん、と相槌を打つだけだ。
「でさ」
茶杯を置き、オレは身を乗り出す。
「アンタが言ってた“協力”って、オレは何をすればいいんだ?」
「まずは、普段の仕事を続けながら――オレの仕事を手伝ってもらう。」
「玄曜様の仕事…?」
「ここでは“玄曜”でいい」
ぶっきらぼうに言われ、オレは小さく頷く。
「ええっと…玄曜は文官だろ?文官の仕事に協力するのって、オレの力と、どう関係あるんだ?」
「オレの仕事には龍霊雨器が関わっているからな」
「龍霊…雨器…?」初めて聞く名前だった。
「…オマエ、龍霊雨器を…“一雫の奇跡”を知らないのか?」
「一雫の……奇跡?」
聞いたこともない。首を傾げるオレに、玄曜は少し意外そうな顔をした。
「昔々、龍の神が大陸に降りた時の話だ。人間が作り出した工芸品の美しさに、龍の神は感動して涙を流した。その涙は雨となり――」
玄曜は、静かにオレを見つめる。
「雨を受けた工芸品には奇跡が起き、魂を宿した」
まるで子供に語り聞かせる御伽話のような柔らかい口調だった。
表情も穏やかで、天青色の瞳が朝日にきらめき、なぜか胸がトクンと鳴る。
(綺麗……)
天青色…理想の青磁の色。
雨上がりの空の青さ。
それも、雲が破れるようにして晴れ始めた、
そのあたりの青さを表す色。
思わず見入ってしまう。
「魂を宿した工芸品。それらは正式には“龍霊雨器”と呼ばれている。
だが、古い言い伝えでは――“一雫の奇跡”だ」
「龍霊雨器……一雫の奇跡……」
初めて聞く話に、思わず前のめりになる。
「龍霊雨器は長く存在するほど、力は強くなる。
人に富や名誉を与えるものもいれば――人を操り、惑わし、害をなすものもいる。まぁ大体はイタズラ程度だがな。」
「……そう、なんだ」
「後宮は、そうした龍霊雨器が数多く集められている場所だ。問題が起きない方がおかしい」
「玄曜は、とびきりの“問題児”を倉庫に集めてるって言ってたよな。それが龍霊雨器ってこと?」
「ああ」
「……」オレは昨日の倉庫での出来事を思い出した。あれは龍霊雨器と呼ばれる工芸品の仕業だったのか…。
「オレは文官の仕事以外に、特例で後宮内で起こる龍霊雨器のトラブルの対応を任されている」玄曜はチラリとこちらを見る。
「オマエの力は、オレの仕事に非常に都合がいい。
しかも、女装趣味の後宮下女だ」
「だから趣味じゃないって!」
「どうでもいい」
切り捨てられた。
「今、この後宮では、一週間ほど前から下女が急に姿を消している。報告に上がっているだけでも、百人近くだ」
「ひゃ、百人!?」
思わず声が裏返る。
「外に出た形跡はない。つまり、後宮の中にいる。下女たちなら、何か異変に気づいているはずだ」
「それが…工芸品の…龍霊雨器の仕業かもしれないってこと?」
「おそらくな。今日のオマエの仕事は、倉庫とは別の第三区画の工芸品整理。その後、下女失踪に関する噂を集めろ」
「ぎょえっ!? 一気にそんなに!?」
「オレは忙しい」
「オレだって――」
「バラすぞ」
「……くそっ!」
「期待してますよ、星鈴さん」
玄曜は一瞬で“爽やか文官”の顔に切り替え、にこやかに微笑んだ。
……切り替え早すぎだろ!
オレは溜息をつきながら立ち上がる。
――百人の下女が消えた後宮。
――魂を宿す、龍霊雨器。
なんだかとんでもないことになってきた。
それでも、オレが男だという秘密を
知られている以上、逃げ道はない。
「……はあ。」
小さく呟いたオレの背中を、
玄曜の楽しそうな視線が、じっと追っていた。
※作者より
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
後宮での生活は、まだまだ続きます。
引き続き、気軽にお付き合いいただけたら嬉しいです。




