第九話 「誰かにとって記憶にない一日が、誰かにとって忘れられない一日」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
朝日が窓から差し込み、スヤスヤ眠る流星をやさしく照らしていた。
「うう……ん……まぶし……」
流星はもぞもぞと身体を丸め、掛け布にくるまる。
意識はまだ夢の淵を漂っているようで、うとうとしていた。
(昨日の演奏……すごかったな……)
夢だったのではないか、と思えるほど――
神秘的で、幻想的で。
きっと神様の住む場所は、あんな綺麗な音と空気で満ちているのだろう。
昨日の出来事は、胸の奥でキラキラと輝いていた。
思い出すたび、自然と口元が緩む。
――あれ?
「……オレ、いつの間に帰ってきたんだ?」
意識が一気に覚醒し、流星は飛び起きた。
寝衣に着替えている。
身体もきちんと拭かれているし、装飾は外され、髪も整えられていた。
「ぎょえっ……化粧したまま寝てた!」
昨日、相当疲れていたんだろうな。
そう思いながら、鏡に映る自分を眺める。
そのわりに――
なんだか妙にすっきりしている。
なんでだろ?
「顔洗うか……」
そう呟いて立ち上がり、寝衣を脱いだ流星は、姿見の鏡の前で足を止めた。
「……ん?」
首元と、胸元。
そこに、赤い跡がいくつか残っている。
「……なに、これ」
いつ付いたんだろう。
まったく覚えがない。
しばらく考え込んでから、流星は首を傾げた。
「……虫に刺されたのかな?」
*
「はぁ……さっぱりした!」
化粧を落とし、いつもの後宮衣に着替える。
(今日は朝ご飯、何作ろうかな)
昨日はあれだけの演奏だったし、玄曜も疲れてるだろう。
鶏ガラだしのお粥にしよう。
生姜もたっぷり入れて。
(玄曜、これ好きなんだよな)
「普通」って言うけど、絶対おかわりするから。
部屋を出た、その瞬間――
「あっ!」
ちょうど向かいの部屋から、玄曜も出てきたところだった。
「おはよう!玄曜!」
流星はにこにこと手を振る。
「早起きだな!珍しい!」
玄曜は一瞬、目を見開き――
そして、なぜか気まずそうに視線を逸らした。
「ん?」
「いや……オマエ、昨日……」
「昨日!」
流星は被せるように声を上げる。
「玄曜の演奏、すごかったな!めちゃくちゃ上手かった!
オレ感動しちゃってさー!」
興奮気味に近づくと、玄曜はなぜか一歩、後ろへ下がった。
「何?何?どうした?」
「オマエ……昨日の事……」
「そうそう、昨日なんだけど!」
流星は全く気づかず続ける。
「演奏終わってから何があったか覚えてなくてさ!
玄曜が運んでくれたの?」
「…………」
「起きたら朝になっててさー!」
首を傾げながら笑う。
「もしかして、玄曜が着替えとかやってくれたの?」
「………………」
「それでさ!オレ、起きたらすごい虫に刺されててさー!
窓、開いてたのかな?」
「……虫じゃねぇよ」
不機嫌が、これでもかというほど滲み出ていた。
その後、なぜか玄曜はずっと不機嫌だった。
不機嫌なまま朝ご飯を食べ、
不機嫌なままおかわりをして、
不機嫌なまま仕事に行ってしまった。
「どうしたんだ、玄曜のやつ」
*
「なんで……覚えてねぇんだよ!! アイツ!!」
玄曜は、すぐそばの木を思いきり蹴り飛ばした。
鈍い音が響き、枝葉が大きく揺れる。
イライラする。
――いや、イライラなんてもんじゃねぇ。
「あの流星……!!」
何が、虫だ。
覚えていたらいたでめんどくせぇけど……!
それでも……!
「昨日から、オレがどれだけ……」
言葉にならない苛立ちが、胸の奥で渦を巻く。
なんでオレだけ、
こんなにモヤモヤしなきゃいけねぇんだよ……!
腹立つな……!!
玄曜は最後にもう一度、地面を蹴りつけた。
その日一日、
玄曜の不機嫌は最後まで収まらなかった。
結果、慎言は八つ当たりを一身に受け、
静かに胃を痛めることになった。
*
“星鈴ちゃあああぁぁ〜ん!”
“キタキター!!星鈴たん!!”
「天鳳瑞奏!龍吟天響!」
後宮の楽器保管庫。
手入れを終えた天鳳瑞奏と龍吟天響が、
オレを待っていた。
一夜明けても二人のテンションは高く、やたらとご機嫌だ。
“昨日はマジお疲れー!”
“本当にぃ〜楽しかったぁ〜!”
琴と二胡は身体を揺らしながら、ニコニコと笑っている。
「オレも!緊張したけど楽しかった!
龍吟天響の音色も感動しちゃってさ!」
“ま!?イェーイ!!”
龍吟天響は、花が咲いたみたいな勢いで跳ねた。
“それでねぇ〜!星鈴ちゃん!”
「ん?」
“うちら、マジで上がりまくっちゃったから!”
“私達とぉ、星鈴ちゃんとぉ、玄曜ちゃんでぇ”
““単独演奏の宴をやる事にしましたぁ〜〜!!””
……ん!?
んんん!!???
「どゆこと!!?」
“だあぁ〜ってぇ〜皇帝がぁ〜”
“マジでやってオケ〜って!”
こっ、皇帝!?
「えっ!?いつ!!?」
“第四章前半あたりでぇ〜”
「第四章前半って何!!?」
何言ってるの!?
“嫌なのぉ!?”
“まー!!?ショックなんだが!”
「嫌じゃないけど……」
否定しかけて、言葉が止まる。
なんだろう。
身体の奥が、むずむずする。
理由は分からないのに、
どこか落ち着かなくて、熱が残っているような感覚。
“えぇ〜!気分が上がらないならぁ”
““上げてこぉ〜〜!!””
““いえ〜〜い!!””
……あ、これダメなやつだ。
こうしてオレは、
またしても「断る」という選択肢を、
きれいさっぱり奪われたのだった。
ところで――
第四章前半って、何???
♦︎♢♦︎
“んふふふ……んふふふふ……”
静まり返った楽器保管庫で、
天鳳瑞奏が、ひどく楽しげに笑った。
“天鳳瑞奏、わざとでしょ?”
“えぇ〜?なにがぁ〜?”
“星鈴たんの記憶、なくしたでしょ。
マジで何考えてんの?”
龍吟天響は、含み笑いを浮かべながら問いかける。
“んふふ……焦らしたらぁ、焦らした分だけぇ……
濃密になるでしょお?”
くすり、と艶やかに笑って。
“あの二人にはぁ……
絶対に、くっついてもらわないと”
その声音は、楽しげで、無邪気で――
だからこそ、
誰にも止められないと悟らせるものだった。
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
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