第七話 「二つの音、ひとつの夜」前編
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
髪を揺らしていた夜風が、ふっと消える。
空には雲ひとつなく、満天の星の中で、月だけが静かに世界を照らしていた。
あたりは深い静寂に包まれ、誰もが息を潜めるように、舞台を見つめている。
流星は、緊張を通り越していた。
胸の奥は凪いだ水面のように静まり返り、思考は、無に近い。
天鳳瑞奏の弦へ、ゆっくりと指を置く。
“――さあ……始めましょう”
天鳳瑞奏の囁きと同時に、温かな光が流星の身体を駆け巡った。
視界が一瞬揺らぎ、瞳が金色に輝く。
“我が名は、天鳳瑞奏”
“すべては、我が主人、玄曜様の御身のために……”
その声が、オレの頭の内側に直接響く。
そして――
この世のものとは思えない、天上の音色が、琴から解き放たれた。
天鳳瑞奏が鳴るたび、庭園は神域へと塗り替えられていく。
人の息遣いすら、許されない――そんな錯覚を覚えるほどに。
弦が震え、空気が震える。
あまりにも澄みきった音に、流星は息をすることさえ忘れていた。
(……言葉にできない)
指が弦に触れるたび、天鳳瑞奏が過ごしてきた、悠久の時間が流れ込んでくる。
その隣で――
天鳳瑞奏の音に寄り添うように、龍吟天響の一音が夜を貫いた。
低く、深く、地の底へと沈む響き。
それはまるで、大地の奥で眠る龍が、月に向かって声を上げたかのようだった。
(玄曜は……操られていない)
(玄曜自身が、龍吟天響を――この音を、奏でているんだ…)
流星は感動で震えそうになるのを必死に抑えた。
天鳳瑞奏が天を描き、
龍吟天響が地を震わせる。
その二つが重なった瞬間、音は「演奏」ではなく、世界そのものへと変わった。
ここは、後宮ではない。
月の下に、ただ一夜だけ開かれた天上の庭だった。
はるか昔…その美しさに、龍の神が涙を流し、魂を宿した工芸品――龍霊雨器。
天鳳瑞奏と、龍吟天響。
その二つは、まさしく龍の神の魂を宿す、龍霊雨器そのものだった。
*
人々は皆、静かに涙を流していた。
天鳳瑞奏と龍吟天響のあまりの神々しさに、気を失う者さえいる。
(……本当にすごい。なんて、美しいんだろう)
“――ふふっ! ありがとぉ〜!”
突然、いつもの調子の声が、頭の中に響いた。
「(天鳳瑞奏!?)」
“もぉ〜、本当に今日は最高ぉ〜!玄曜ちゃんを見てよ〜!ますますカッコよくなっちゃって、堪らな〜い!”
その声色は、恋する少女のようでもあり、同時に、我が子を見守る母のような慈愛にも満ちていた。
“龍吟天響なんて、テンション最高潮よぉ〜。最初から、全開なんだからぁ!”
「(天鳳瑞奏も、テンション最高潮だよ……)」
“も〜、めちゃくちゃ楽しいぃ〜!私、これから演奏会では、星鈴ちゃんとしか弾かない〜!”
「(ええー!?)」
“――だからぁ、星鈴ちゃん”
「(……?)」
“これからも、玄曜ちゃんと一緒にいてあげてね”
「(……玄曜と?)」
“玄曜ちゃんね。まだまだ自分のこと、何も話してないでしょうけどぉ……”
“とっても大変な子なの。でもね、星鈴ちゃんなら……絶対に、踏み込める。だから…お願いね”
「(……できるのかな)」
“ん〜?”
「(玄曜が……ただの文官じゃないのは分かる)」
「(後宮にいる理由も、龍霊雨器に関わっていることも……何か事情があるのも…分かる)」
「(オレへの態度が、他の人と違うのも……分かるけど……)」
“ふんふん?”
「(でも……玄曜に、どう踏み込めばいいのか分からない)」
「(オレが踏み込んだら……その先には、何があるんだろう)」
“――んふふ……”
天鳳瑞奏が、怪しげに笑う。
“そんなもの……未来を共にする以外に、なにがあるのぉ〜”
意味深な笑い声が、くすくすと響く。
“星鈴ちゃんは、玄曜ちゃんと仲良くなりたいのねぇ?”
「(そうだね…仲良く…なりたいな)」
“いいわよぉ!私が、仲良くなれるように……手伝ってあげるぅ!”
そう言い切った瞬間、再び温かな光が流星の身体を駆け巡った。
すぅ……と、視界が澄み、瞳の色が元に戻る。
「……え?」
意識が完全に身体へ戻ると、目の前には、いつもの後宮の庭園が広がっていた。
――演奏は、終わっていた。
月下聴絃会は、静かに幕を閉じたのだった。
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
龍霊雨器は【火・木・土 19時頃】更新です。
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