第一話 「贈り物に込められた所有欲に、オレはまだ気づいていない」
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本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
剣の龍霊雨器、嗜血凶剣・饕血の騒ぎから、一夜が明けた。
「さて、完成っと!」
オレは朝食の肉包子と、黒胡麻あんの包子を食卓に並べた。
湯気と一緒に、香ばしい匂いが広がる。
「玄曜……まだ寝てるかな」
二階に目を向け、小さく呟く。
昨日はあれだけの騒ぎだった。疲れているだろう。
嗜血凶剣・饕血のことを思い出すと、今でも胸の奥がきゅっと締め付けられる。
玄曜は被害は少なかったと言っていたけど……。
玄曜と、龍霊雨器の側にいると、自分で決めた。
それなのに。
「今までと……同じで、いいのかな……」
考えても考えても、思考は同じところをぐるぐる回るばかりで、答えは出なかった。
その時――
二階から、扉が閉まる音がした。
「……玄曜だ」
思ったより早い。もっと寝ているかと思っていたのに。
階段を降りてきた玄曜を見て、思わず息を呑む。
「……えっ」
いつもの寝起きの不機嫌そうな顔じゃない。
衣はきちんと整えられ、髪もいつもより丁寧に結われている。
凛とした、文官としての顔だった。
――珍しい。
今日は何かあるのか?
玄曜はオレと目が合うと、迷いなく近づいてきた。
「おはよう、玄曜」
「左手を出せ」
「……ん?」
「左手だ」
「左手? 右手じゃだめな――」
「左手だっつってんだろ!」
圧が強い。
「は、はい!」
慌てて左手を差し出すと、玄曜は袖の中から小さな箱を取り出した。
蓋が開く。
――中には、指輪が収められていた。
柔らかな光を宿す金の地金。
宝石は嵌め込まれていない。
細身の輪の表面には、指でなぞってようやく分かるほどの、繊細な彫り。
よく見ると、花と蔦の文様だった。
絡み合う蔓に、小さな花が静かに咲いている。
派手さはない。
だが、光を受けた瞬間――
彫りの奥から、息づくように金色の文様が浮かび上がった。
玄曜は何も言わず、オレの左手を取る。
少しかがみ、顔が近づいた。
朝日に照らされ、深い紫色に透ける黒髪。
前髪の隙間から覗く、伏せられた天青色の瞳。
……綺麗。
何も考えられず、ただ見惚れていた。
気づいた時には、左手の薬指に金の指輪がはめられていた。
指輪がキラリ、と光る。
「わっ、光った!」
「認められたな…――これで、誰にも触れさせない」
玄曜は満足そうに言った。
「こいつは“双燕守環”。守護と、攻撃された際の防御を担う」
「えっ!? 龍霊雨器なの!?」
「そうだ。絶対に外すな」
「名前は?」
「燕栖だ」
「燕栖……よろしくな」
オレは、薬指の指輪をそっとなぞった。
玄曜は一瞬オレを見つめ、それから一呼吸おいて、再び袖に手を入れる。
「……あと、これも渡しておく」
取り出されたのは、木彫りの小さな佩。
玉佩ではなく、桃木で作られている。
掌に収まるほどの大きさで、表面には片羽の蝶が彫られていた。
彫りは深く、線は柔らかい。
長く身につけられてきたのか、木肌は滑らかに磨かれている。
「双蝶巡縁佩。阿桃だ」
その声は、いつものぶっきらぼうなものではなく、
静かで、どこか柔らかかった。
「阿桃……これも、龍霊雨器?」
「そうだ」
私物みたいだし……かなり大切なものなんじゃ。
「いいの? 大事な物なんじゃない?」
「いい。常に身につけておけ。いいな」
「阿桃にも、何か力があるの?」
「迷子札だ」
「……は?」
「お子様なオマエに、ぴったりだろ」
玄曜は、意地悪そうに笑った。
*
朝食後、玄曜は迎えに来た慎言と共に仕事へ向かった。
残されたオレは、静かな離れで洗い物を片付けている。
動くたび、腰につけた阿桃が小さく揺れた。
「高価なものなのかな……大事にしないと」
そう呟きながら、オレは蝶の彫刻を指先でなぞる。
ふと視線を落とすと、左手の薬指に嵌められた金の指輪が、朝の光を受けてきらりと輝いた。
「綺麗……」
でも、なんで左手の薬指なんだ?
……何か意味、あったっけ?
*
慎言は、静かに――いや、内心では激しく驚愕していた。
動揺を悟られぬよう、心の中で何度も唱える。
――静心,此事未合天命。
(心を静めよ。この事は、まだ天命にあらず。)
昨日の一件もあり、星鈴が後宮を去るかもしれない可能性は想定していた。
だが……星鈴は、玄曜の側に残ることを選んだ。
それ自体は問題ない。想定内だ。
むしろ、星鈴がいることで玄曜の機嫌は明らかに良くなる。大変喜ばしい。
問題は――
玄曜が、星鈴を“選んでしまった”ことだ。
いやぁ……困った困った。胃が痛い。
まさか、指輪だけでなく佩まで渡すとは…。
あの佩は、玄曜が命の次に大切な龍霊雨器…。
それをまさか星鈴に。
これまでの関係で十分だったはずなのに。
これから先を思うと……ああ、本当に胃がキリキリする。
「玄曜様」
「なんですか」
振り返りもせず、文官モードで答える玄曜。
すこぶる機嫌がいい。……それが余計に怖い。
「よろしいのですね?」
念を押すように問いかけると、玄曜はゆっくり振り返った。
「もちろん」
嬉しくてたまらない――そんな含みのある笑み。
だが、目はまったく笑っていなかった。
風が吹き、玄曜の漆黒の衣が揺れる。
その衣の下には――
流星に渡したものと、対をなす二つの龍霊雨器が収められている。
玄曜の首元には、同じ金で作られた小さな輪――
“燕帰守環”
細い鎖に通され、喉元に静かに下げられていた。
輪の内外には、流星の指輪と対になる彫刻が施されている。
絡み合う蔓と花。
そして――羽を寄せ合う、二羽の燕。
一羽は巣へ戻り、
もう一羽は外へ飛び立つ。
それは仲睦まじい装飾ではない。
必ず帰るという約束を刻んだ印だった。
燕は、一生同じ番と添い遂げ、巣に必ず戻る。
つまり――
番と定められた相手、流星が
玄曜の「帰る場所」であり、「守る場所」だという意味。
さらに、腰帯には“双蝶巡縁佩”。
その対となる蝶――“尋”。
どれほど離れても、
番が持つ片割れ――阿桃を探し、必ず迎えに行く存在。
どこにいても。
誰といても。
玄曜だけが分かる。
玄曜だけが、見つけられる。
それは――
玄曜だけが、流星を独占し、所有している証だった。
「誰にも渡さない」
誰に聞かせるでもなく、玄曜は楽しそうに呟く。
「オレだけのものだ」
「いやぁ……重いですねぇ〜〜」
慎言は思わず、引き攣った笑みを浮かべた。
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
龍霊雨器は【火・木・土 19時頃】更新です。
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