第八話 「オレが玄曜で、玄曜がオレで!? 後編」
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本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
後宮内――文官の領域へ。
玄曜と入れ替わってしまった流星は、慎重に足を踏み入れた。
今まで訪れてきた後宮内とは、明らかに空気が違う。
厳粛で、張りつめた緊張感が漂い、どこか重たい。
……玄曜。いつも、ここで仕事してるのか。
「これは、これは玄曜様!」
正面から歩いてきた二人の男が声をかけてきた。
衣の色は黒ではない。
――玄曜より下位の文官だろう。
だが、年は随分と上に見える。
「派閥の違う方です。表情は崩さずに」
慎言さんが、耳元で小さく囁いた。
「これは薛殿、丁殿」
慎言が穏やかに名を呼び、丁寧に挨拶をする。
「本日、玄曜様は喉を痛めておりまして。声を出すことができません。何卒、ご配慮を」
そう言って、深く頭を下げた。
二人の文官は、一瞬だけ目を細め、
互いに視線を交わしてから、にやりと笑った。
……嫌な感じだ。
「左様でしたか。玄曜様ほどのお方が、話せないとは……!」
「残念ですな。本日は、いつもの見事な返しが聞けぬとは」
笑ってはいるが、そこにあるのは明確な悪意だった。
玄曜――流星は、ぎゅっと手を握りしめる。
「最近は、新しい下女を連れて龍霊雨器の対応をなさっているとか。ずいぶんと信頼なさっているようで」
「まったく羨ましい話ですな。我々も、あのような立派な衣を賜りたいものです」
「相変わらず、後宮内では龍霊雨器しかお仲間がいないそうで。いやはや、お気の毒に」
「工芸品が後ろ盾とは……国を動かすのは、後宮内の限られた者のみですぞ」
「陛下のご慈悲が、いつまで続くものやら」
「若造が偉そうにできるのも、今のうちですな」
言いたいだけ言い残し、
二人は、意地の悪い笑みを浮かべたまま通り過ぎていった。
「星鈴さん。お見事です。そのまま静かにしていただければ――」
慎言が振り向きかけた、その瞬間。
「慎言さんっ!!」
オレは、堪えきれず小声で怒鳴った。
「なにあれっ!!玄曜って、いつもあんなムカつくこと言われてるのっ!?」
怒りを抑えきれず、
思いきり頬を膨らませる。
――しまった。
今のオレ、玄曜の顔だった。でも抑えきれないっ!
「……ふっ、玄曜様の!お顔で……!!」
慎言は一瞬目を見開き、
次の瞬間、必死に口元を押さえた。
「ふ……っ、ふふ……!」
肩を震わせ、笑いを堪えている。
「ちょっと!笑い事じゃないでしょ!龍霊雨器のこと、ガラクタって言ったんだよ!?」
「ふふ……!ははは……!」
プンプン怒るオレを見て、慎言は、どうやらツボに入ってしまったらしい。
「いえ……失礼。ですが、あの程度――」
彼は目尻に涙を浮かべながら、穏やかに言った。
「……まだ序の口ですよ」
その言葉に、オレは背筋がゾクリとした。
「さあ、参りましょう。文官の領域は――これからが本番ですから」
慎言は、いつも通り穏やかな顔で歩き出す。
――玄曜。
アイツ、こんなところで、毎日戦っているんだな……。
*
玄曜の仕事場は、広い個室だった。
入れ替わり立ち替わり、さまざまな文官たちが報告に訪れる。
大半は慎言さんが応対してくれたが、それでも空気の張りつめ方は変わらない。
全てが一段落し、部屋に誰もいなくなった瞬間――
オレは、深く息を吐いた。
「……すごいな……」
ほんの短い時間、代わっているだけなのに。
痛いほど、伝わってくる。
敬服。
嫉妬。
嫌悪。
玄曜に向けられる、さまざまな感情。
「玄曜……十八だって言ってたよな」
周囲の文官は、ほとんどが年上ばかりだ。
それなのに、玄曜は誰よりも若く、誰よりも高位にいる。
男同士の権力争いも、きっと苛烈だ。
利用されることも、利用することも――当たり前の世界なのだろう。
「大変だな……玄曜」
部屋の片隅に置かれた鏡に目をやると、
黒衣を纏った文官姿の玄曜が映っていた。
「……こうして見ると……」
本当に、文句のつけようがないほど整った顔立ちだ。
――文官モード、もしくは黙っていれば、だけど。
素の玄曜は、わがままで、オレ様で、口も悪い。
でも――
文官としての玄曜は、きっと誰よりも優秀なのだろう。
選ばれた者しか身に纏えない、黒い衣。
なんで玄曜は、後宮で文官をしているんだろう。
いつから、ここで働いているんだろう。
いつから――この場所に、いるんだろう。
「……聞けないなー。うるせぇ、って言われそう」
仕事場は広い。
それなのに、四方から何かに押し潰されるような、息苦しさがある。
窓枠から差し込む陽の光。
その影が床に落ち、部屋を格子状に切り取って――
「……なんだか……牢獄みたいだ」
もし。
もし、この場所で働く玄曜にとって――
あの離れでの、オレとの暮らしが。
一緒にご飯を食べる時間が。
ほんの少しでも、気の休まるひとときになっているのなら。
「……そうだと、嬉しいな」
オレは、思わず小さく呟いた。
早く、元に戻りたい。
あの、ぶっきらぼうで。
無愛想で。
口が悪くて。
――それでも、いつもの玄曜に。
無性に、会いたくなった。
*
「お二人とも。本日は大変お疲れ様でございました」
夕方。
ようやく仕事を終えたオレと慎言さんは、件の鏡を抱えて離れへと戻ってきた。
一方――玄曜(星鈴)はというと。
「……遅え」
食卓の椅子にふんぞり返り、胡桃をボリボリと噛み砕いている。
どう見ても、機嫌が悪い。
そんな玄曜(星鈴)を横目に、慎言さんは時折、
今日一日――“玄曜の姿でぷんぷん怒っていたオレ”を思い出しては、
「ふふ……」
と、肩を震わせていた。
「おそらく、この鏡をもう一度、ご一緒に覗き込めば、元に戻るはずです」
慎言さんが、オレ達の前に鏡を差し出す。
――確か、あの時は。
流星が笑っていて、
玄曜は、思いきり不機嫌な顔をしていた。
「おい、玄曜。可愛く笑え」
オレは、玄曜(星鈴)の頬を指でつつく。
「……」
眉間に深く皺を寄せ、あからさまに苛立っていた玄曜(星鈴)が――
ニコッ。
弾けるような、満面の笑顔で笑った。
……切り替え早すぎだろ、この人。
*
――翌朝。
オレ達は、無事に元の身体へと戻っていた。
「良かった〜!!」
「……ふん」
なぜか玄曜は、相変わらず不機嫌だ。
朝食も、終始ムスッとしたまま口に運んでいる。
……なんでだ?
「玄曜」
「なんだ」
「今日、夕飯は好きな物作ってやる。何がいい?」
「……は?」
「いいから」
「……海老炒飯」
「了解。作って待ってる」
「……?」
今のオレにできるのは、これくらいだけど。
「……もっと、玄曜の支えになれたらいいな……」
仕事へ向かう玄曜の背中を見送りながら、
オレは、そっと呟いた。
気づいているのか、いないのか。
玄曜は何も言わず、振り返らず――
ただ、ほんの少しだけ、歩幅を緩めていった。
※作者より
お読みいただき、ありがとうございました。
龍霊雨器と流星、そして玄曜の物語は、まだ続きます。
龍霊雨器は【火・木・土 19時頃】更新です。
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