第五話 「試される鳥籠」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
部屋一面に、鳥籠が吊るされていた。
金属や木で作られた大小さまざまな籠の中には、
色とりどりの鳥たち。
「わあ……!」
画眉鳥、繡眼鳥――
あちこちから美しい鳴き声が響き渡る。
「綺麗……!どの鳥も可愛い!」
思わず声が弾む。
「どうだ。素晴らしいだろう」
屋敷の主――高宗明が、自慢げに笑いながら部屋に入ってきた。
後宮内でも名の通った名家の当主だと聞いている。
態度には自然と貫禄が滲んでいた。
「これは私が買い集めた鳥たちだ。私はね、
美しく鳴く鳥が好きでな」
「どの鳥も、綺麗な声ですね」
そう答えながらも――
なぜか胸の奥が、少しだけ息苦しい。
あちこちで鳴き声が響いている。
どれも澄んでいて、美しいはずなのに。
まるで、逃げ場のない音に包まれているような感覚だった。
「見てほしいのは、これだ」
宗明に案内され、奥へ進む。
そこには、金と翡翠で装飾された、ひときわ豪奢な
鳥籠が吊るされていた。
「わあ……!立派な鳥籠ですね……!でも……」
オレはそっと中を覗き込む。
「……鳥が、いませんね」
籠の中は、空っぽだった。
「そうなんだ。これは鳥籠の龍霊雨器だと聞いて、手に入れた」
宗明は籠を見上げ、少し目を細める。
「話によれば、これが目覚めると、美しい七色の鳥が
現れるそうだ。天女の歌のような声で、さえずると言われている」
「へぇ……!」
それは、きっととても綺麗なのだろう。
「本当に本物なのか、確かめたい」
「本物かどうか……」
オレは、そっと鳥籠に触れた。
――瞬間、別の屋敷の記憶が流れ込んでくる。
金の鳥籠の中。
七色に輝く、美しい鳥。
澄んだ声で、楽しそうに――本当に楽しそうに、
さえずっていた。
……もしかして。
この龍霊雨器……
わざと、なのか……?
オレは、ちらりと玄曜を見る。
玄曜は何も言わず、静かな表情で鳥籠を
見つめていた。
「宗明様。届きました」
使用人が、新しい鳥籠を抱えて入ってくる。
中には、小さな画眉鳥が一羽。
「おお、来たか!さあ、歌え!」
宗明が籠をつつくと、画眉鳥は澄んだ声で美しく鳴いた。
「ふむ。良い、良い」
満足そうに頷く。
「では、お前は、ここだな」
そう言って、宗明は吊るされていた鳥籠の一つを外し――
そのまま、床へ投げ捨てた。
「これは捨てておけ」
「え……!? なんで……!!?」
思わず駆け寄り、投げ捨てられた籠を抱きしめる。
中の鳥は、幸い無事だった。
「私は、優れたものしか要らぬ」
当然だと言わんばかりに、宗明は言う。
「この宗明に相応しい、価値のあるものだけでいい」
「良い、良い。お前は美しい声だ。相応しい」
「……こんなに綺麗な鳥なのに!」
思わず、声を荒げてしまった。
「何を怒る? 代わりなら、いくらでもあるだろう」
宗明は不思議そうな顔で、部屋を指し示す。
その瞬間――
部屋中の鳥たちが、鳴くのをやめていた。
静まり返った空間。
「私はずっと、優れた鳥を求めてきた。
ようやく手に入ったのが、この龍霊雨器だ」
宗明は、空の鳥籠を見つめる。
「どうしても、その歌声が聞きたい。
どうすれば歌う?」
沈黙の中――
玄曜が、静かに口を開いた。
「この屋敷では、歌いません」
「……なんだと!?」
宗明の声が、部屋に響いた。
「持ち主に相応しいかどうかは、龍霊雨器が決めることです」
玄曜は、淡々と言う。
「貴方は選ばれなかった。だから――歌いません」
「馬鹿な!!」
宗明は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「私は――高家の人間だぞ!?
この後宮内で、知らぬ者はおらん! 高家だ!」
「どれほど名の知れた家であろうと」
玄曜は視線を逸らさない。
「龍霊雨器の前では、すべてが等しく“人間”です」
「お前……!! 誰に向かって物を言っている!!」
唾を飛ばしながら、宗明は詰め寄る。
「私は高家の当主だ!
この後宮で、欲しいものはすべて意のままに手に入れてきた!
たかが龍霊雨器一つ……なぜ従わん!?」
「彼らは、人より遥か天上に存在するものです」
玄曜は静かに言った。
「人の理では、縛れません」
涼しい顔を崩さぬまま、横目で宗明を見据える。
その瞬間――
宗明は、玄曜の天青色の瞳に、一瞬だけ言葉を失った。
「お前のような……子供に……!!」
「私を、ただの子供としか“認識”できていないのであれば」
玄曜は、微かに口角を上げる。
「その程度の家だった、ということです」
「なんだと!!?」
怒号が部屋を揺らす。
「私の力で、お前など、どうにでもできる!
代わりはいくらでもいるからな!」
「――その通りでございます」
玄曜は、静かに笑った。
だが、その目はまったく笑っていない。
「この後宮で、代わりがきかぬものなどございません。
下女も、文官も、武官も、妃も――」
一拍置いて。
「皇帝ですら、代わりはいくらでもいる」
「宗明様!!」
突然、別の使用人が慌てて部屋に駆け込んできた。
顔色は青白く、今にも泣き出しそうだ。
耳打ちされた言葉に、宗明の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「……そんな、馬鹿な……!」
震える声で、玄曜を見る。
「まさか……」
顔中に冷や汗が流れ落ち、膝が崩れそうになっていた。
「宗明殿が、ご自分で仰っておりました」
玄曜は穏やかに告げる。
「“代わりはいくらでもいる”と。
もちろん…高家の代わりも、です」
そう言って、玄曜は、そばに吊るされていた鳥籠の龍霊雨器に、そっと触れた。
静かな微笑みを浮かべながら。
*
「……ねえ。あの人、どうなったの?」
屋敷を後にしながら、オレは胸の奥のざわつきを抑えきれずに尋ねた。
「前から、アイツは権力を振りかざして好き放題してたからな」
玄曜は歩きながら言う。
「その権力を、潰しただけだ」
「え……?」
「高家は、皇帝の四人いる妃のうちの一人の外戚だ。
だから、妃ごと失脚させた」
「はあ……って!?」
思わず声が裏返る。
「玄曜が!?」上位とはいえ……ただの文官が!?
「違ぇよ」
玄曜は即座に否定した。
「やったのは、あの龍霊雨器だ」
「……鳥籠の!?」
「そうだ」
当然だろ、と言わんばかりに頷く。
「龍霊雨器は、一つ持つだけで、持ち主にあらゆる力を呼び寄せる。
富、金、権力、名声……」
そして、淡々と続ける。
「逆に――災厄、破滅、滅亡もな」
オレは息を呑む。
「宗明は、選ばれなかった。
だから、家ごと潰れた。それだけだ」
感情の欠片も感じられない声。
オレは何も言えず、ただ玄曜を見つめた。
「……あの鳥籠は?
他の鳥たちは? どうなるの?」
「龍霊雨器はいくらでも貰い手がある。
他の鳥も同じだ。後宮で鳥を飼う人間は多い」
「言っただろ?」
玄曜は前を向いたまま言う。
「代わりはいくらでもいる、って」
――代わりはいくらでもいる。
その言葉が、ちくりと胸を刺した。
玄曜は、ちらりとオレを横目で見る。
すぐに視線を戻しながら、はっきりと言った。
「オレは、代わりのきかないものしか、側には置かない」
「玄曜……?」
「お前は、誰に選ばれたのか」
低い声で、そう告げる。
「少しは、考えるんだな」
「え……?」
意味を問い返そうとした、その時――
遠くで、画眉鳥の美しい鳴き声が響き、オレの声をかき消した。
※作者より
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
後宮での生活は、まだまだ続きます。
第二章は【火・木・土】の週3回、
21時頃の更新予定です。
引き続き、気軽にお付き合いいただけたら嬉しいです。




