第三話 「前途多難な日々の始まり」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
玄曜がいなくなると、倉庫中の視線が、一斉にオレへと集まった。
あちこちから囁き合う気配。
くすくす……と、含み笑いだけが響く。
(ど……どうすればいいんだ……)
緊張で、何を言えばいいのか頭が真っ白になる。
ヤバい……手汗、かいてきた……。
――その時。
“さあさあ。騒ぐのは、これくらいにしておこうか”
澄んだ、よく通る声が響いた。
ぴたり、と倉庫が静まり返る。
声の主を探して視線を巡らせると、倉庫の奥――
そこに、見事な螺鈿細工が施された四曲一隻の屏風が佇んでいた。
「わあ……!」
引き寄せられるように、オレは歩み寄る。
倉庫に差し込む陽の光を受け、螺鈿がきらきらと輝く。
息を呑むほどの美しさだった。
「……綺麗……!」
“ははは。私のような工芸品は、初めてかな?”
「小さな手鏡とかは見たことありますけど……!
こんな立派な螺鈿細工の工芸品は、初めてです!」
“素直で結構。私は――花鳥螺鈿細工紫檀屏風の【紫翁】。この倉庫では、古参の工芸品だ”
「紫翁……様。よろしくお願いします」
玄曜に渡された目録と、目の前の実物を交互に見ながら、頭を下げる。
“ふむ……。玄曜が気に入っただけのことはあるな”
「……え?」
“我々の存在を、こうも自然に受け止められるとはな”
「他の下女は、すぐ辞めてしまうと……玄曜様が言っていましたが……
今まで、こうして龍霊雨器に関わった方は……?」
“おらんな”
“ここまで玄曜に踏み込めた者はいない。実に、面白い”
「……踏み込めた……?」
どういう意味だろう。
不思議そうに首を傾げると、
周囲の龍霊雨器たちが、くすくす……と意味ありげに笑った。
“それで……星鈴”
「は、はい!」
“女装趣味というのは……貴殿の性癖なのかね?”
「…………は」
――バレてる。
思わず、天を仰いだ。
「……違います」
その一言が、引き金だった。
“もー我慢できなーい!!!”
倉庫中の龍霊雨器たちのテンションが、一斉に爆発する。
“なんでなんでなんで女装してるの!?”
“可愛いんだけど!!!”
“玄曜とはどうなのっ!?”
“仲良くやれてるのー!?”
「!!!? ぎょえぇぇぇ……!!!」
頭の中で、線香花火が
パチパチパチパチ……!!と、絶え間なく
弾けている感覚。
――これは……大変だ……。
龍霊雨器。
“一雫の奇跡”。
……いや、奇跡どころじゃない。
玄曜は、この倉庫の……
この龍霊雨器たちの管理を任せるって言ってたけど……。
前途多難すぎる……!!!
「ひ……一人ずつ……お願いします……」
オレが絞り出せた言葉は、それだけだった。
*
夕方。
食卓に突っ伏してぐったりしているオレを見て、
戻ってきた玄曜が、にやりと口角を上げた。
「……うまくやれたか?」
やけに機嫌がいい。
「玄曜……アンタ……
わかってて、オレに任せただろ……」
腹は立つ。
立つけど……もう、喧嘩する気力も残っていない。
「さあな」
玄曜は楽しそうに言うと、オレの目の前に料理の包みを置いた。
野菜炒め。
焼き饅頭。
根菜の混ぜご飯。
「……ふわっ!?」
立ち上る香ばしい匂いに、思わず顔を上げる。
今日は疲れ切って、ご飯を作る気力なんて残っていなかった。
「慎言からだ」
「しっ……慎言さああああーーーん!!!」
有能すぎる……!!
神か……!!!
「食ったら、さっさと寝ろ」
玄曜はそう言うと、続けて言った。
「明日は、龍霊雨器のトラブル対応に行くぞ」
「……!?」
焼き饅頭を頬張っていたオレは、危うく詰まらせるところだった。
「明日は、オレと一緒に後宮内を回る」
玄曜も焼き饅頭を食べながら、何でもないことのように言う。
「倉庫のヤツらも大概だが……
後宮内の龍霊雨器も、問題児だらけだ」
一拍置いて、さらに付け足す。
「――あと、後宮内の人間もな」
覚悟しとけよ。
そう言わんばかりの視線を向けられ、
オレは返事もできず、ただ焼き饅頭を見つめる。
不安と一緒に――
ごくり、と喉を鳴らして飲み込んだ。
(……明日から、本番か……)
こうして――
オレと玄曜は、正式に“バディ”として、
後宮に潜む龍霊雨器たちの厄介事へと踏み込んでいくことになる。
それが、
笑えないほど面倒で、騒がしくて、
――そして、思いのほか心を揺さぶる日々の始まりだとも知らずに。
※作者より
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
後宮での生活は、まだまだ続きます。
第二章は【火・木・土】の週3回、
21時頃の更新予定です。
引き続き、気軽にお付き合いいただけたら嬉しいです。




