第一話 「新しい服に込められた独占欲に、オレはまだ気づいていない」
ご覧いただきありがとうございます。
本作は
「中華風後宮ファンタジー」
「年上攻め×主人公受け」
を詰め込んだBL作品です。
シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。
どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。
後宮下女失踪事件が解決してから、五日が経った。
オレはというと――
女装下女生活を強制続行させられたまま、
玄曜の離れでの居候も継続中だ。
「ふわぁ……」
朝の日差しの中、小さくあくびを一つ。
すっかりご飯係が板についたオレは、蒸した
ささ身をほぐし、粥の上にのせていた。
「はーい」
トントン、と扉を叩く音に気付き、手を止める。
扉を開けると、そこに立っていたのは玄曜の補佐官
――周慎言だった。
「おはようございます。星鈴さん」
人当たりのよさそうな柔らかい雰囲気。
笑顔も口調も穏やかで、第一印象だけなら
間違いなく“絶対いい人”だ。
「おはようございます。慎言さん。玄曜様は、まだお休み中でして……
起こしてきましょうか?」
お茶を差し出しながら聞いた、その瞬間。
「いえっ!!!!」
慎言は悲鳴に近い声を上げ、みるみる青ざめた。
「玄曜様の睡眠を妨げるなど……っ!
そんなことをしたら、首が飛びます!!」
勢いよく否定し、胃のあたりを押さえる。
(この前、胃薬飲んでたし……)
玄曜相手に本当に苦労してるんだろうな、この人。
オレは心底、同情した。
「星鈴さんは……その…どうですか……?
玄曜様とは……」
探るような視線を向ける慎言。
「まぁ……なんとか、一緒にお仕事させていただいてます」
――今のところは。オレは、そう心の中で付け足す。
「そうですかっ!それはそれは!」
慎言はパッと顔を輝かせたかと思うと、勢いよく身を乗り出した。
「どうか!どうか玄曜様を!末長く!
末、長、く!よろしくお願いします!」
最後は、なぜか泣いていた。
(相変わらず情緒が忙しい……)
「朝からうるせーな……」
低く不機嫌な声が上から降ってきた。
振り向くと、階段を降りてくる玄曜の姿。
上位文官の証である黒衣に身を包み、見るからに機嫌が悪い。
「玄曜様、おはようございます」
慎言がいる手前、オレは下女モードで声をかける。
玄曜は軽く目線だけで応え、そのまま椅子に腰を下ろした。
……まだ半分、寝ている顔だ。
オレは淹れたてのお茶と、出来立ての粥を差し出す。
「熱いので、気をつけて」
「……ああ」
声は不機嫌そのものだが、受け取る仕草は妙に丁寧だった。
その様子を、慎言は――
まるで信じられないものを見るかのような表情で、
じっと見つめていた。
*
「慎言さんが来たってことは……今日も会議ですか?」
食事の後片付けをしながら、おかわりのお茶を注ぎつつ
オレは聞いてみた。
「いえ。本日は玄曜様から頼まれたものをお持ちしました」
「できたのか?」
玄曜が慎言へ視線を向ける。
「はい。仰せのままに」
慎言はそう言うと、食卓の上に大きな木箱を置いた。
蓋を開けた瞬間――
「えっ……これって……!」
中に収められていたのは、女物の後宮着だった。
「星鈴さん専用の衣です」
慎言が得意げに言う。
「オっ……わ、私の!?」
(あっぶねぇ!!今、完全に“オレ”って言いかけた……!
慎言さんにはオレが男だって秘密なんだよな…)
「基本デザインは後宮下女の仕事着ですが、星鈴さんは
玄曜様直属!専属!ですので、特別仕様となっております」
そう言って、慎言は衣を手渡してくる。
触れただけでわかる。
……これ、絶対に高いやつだ。
「い、いいんですか……? 私に……」
「早く着ろ」
玄曜がぶっきらぼうに言った。
「え、今からですか?」
「早くしろ」
有無を言わせぬ圧。
オレは渋々、二階の自室へ向かった。
*
「……綺麗……!」
衣を広げた瞬間、思わず声が漏れる。
肌を滑るような、柔らかな生地。
裏地までしっかりと仕立てられていて――
「うわ、裏地にまで刺繍がある……!」
背中に当たる内側に、輝く紫の糸で施された繊細な刺繍。
小さな点と、それを包むような雲の文様。
(……なんだろ、これ)
「高そう……白い服だし……汁物飛んだらどうしよう……」
完全に庶民の感想しか出てこない。
髪飾りにも、さりげなく金糸の刺繍が施され、今までの下女の仕事着とは段違いだ。
「……ふふ。可愛いな、オレ」
新しい仕事着の自分を見て、オレはつい本音が零れてしまった。
*
「着ました」
一階に降り、玄曜の前に立つ。
「どうですか?」
くるりと裾と袖を翻してみせる。
「…………普通だな」
ちらりと一瞥して、玄曜はそう言った。
「これは素晴らしい! 大変よくお似合いです!
牡丹も隠れる可憐さですよ!」
慎言が満面の笑みで称える。
さすがだな、この人……。
オレも思わず照れてしまう。
玄曜はフン、と顔を横に向けて頬杖をつき、お茶をすする。
(……何、拗ねてんだ?)
そのとき、玄曜の後ろでまとめられた髪が、少しだけ乱れているのに気づいた。
「玄曜様。髪、よろしいですか?」
背後に回り、そっと髪紐と飾りを外す。
指で梳くと、なめらかで、少し癖のある髪がするりと流れた。
(黒髪だと思ってたけど……
光に透かすと、深い紫色なんだ……)
玄曜は一瞬だけ目を見開いたが、何も言わずに任せていた。
その光景を見て――
慎言は口元を押さえ、言葉を失う。
(玄曜様が……
ご自分の髪を……触らせている……!?)
はわわわ……と震えながら、二人を見つめる慎言。
――いやはや。
慎言は、感無量の思いで、星鈴の新しい衣へと
静かに目を向けた。
…白を基調とした衣に、襟や袖には黒と天青色の縁取りと飾り。
髪飾りにいたるまで。
玄曜様の“色”を、ここまで明確に纏わせるとは……。
そして――
まさか、裏地の刺繍まで同じにされるとは……。
背に刺されたその模様は、ただの装飾ではない。
それを知る者は、後宮でも数えるほどしかいない。
小さな星点と、それを包む雲文。
紫微星と雲文――
雲に隠された星。皇帝候補、玄曜の証。
それを…まさか星鈴さんに与えるとは……。
とんでもない独占欲、と言いますか……
いえ。これはもう、露骨すぎる所有の印ですね。
「いやぁ……重いですねぇ〜〜」
慎言はしみじみと呟き、静かにお茶をすすった。
※作者より
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本話より第二章がスタートしました。
後宮での生活は、まだまだ続きます。
流星と玄曜、そして龍霊雨器を巡る物語が、
ここから少しずつ深く動き出します。
第二章は【火・木・土】の週3回、
21時頃の更新予定です。
引き続き、気軽にお付き合いいただけたら嬉しいです。




