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『龍霊雨器 ― 脅迫から始まる両片想いの後宮事件録 ―』 〜女装して後宮に潜入したら、正体を見抜いた俺様文官(次期皇帝候補)に囲われました〜  作者: 麻倉ロゼ
第一章 「嘘と脅迫から始まる俺様文官との最悪で最低な始まり」

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第十話 「香は祈りだった」

本作は

「中華風後宮ファンタジー」

「年上攻め×主人公受け」

を詰め込んだBL作品です。


シリアスになりすぎず、基本はコメディ寄りで進みます。

どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。

「……この香炉が……?」


こんなに小さな香炉が――

これだけの人間を、ここまで連れてきたというのか。


玄曜げんようは無言のまま、白骨のそばに膝をつく。

迷いのない動きで、香炉へと手を伸ばした。


その瞬間、先ほどの言葉が脳裏をよぎる。


――人に害をなした工芸品は、破壊する。


「玄曜!!」


オレは反射的に、香炉を庇うように前へ出た。


「どけ」


「待ってよ!!」


「コイツは人間に害を与えた」


淡々と、当然の事実のように玄曜は言う。


「だから、処分する」


「確かに……そうだけど! でも、死んでなかった!

倒れてた人達、みんな生きてたろ!」


「無事なら、それでいいと?」


玄曜の声が、酷く冷たく地下牢に響く。


「それで……許されるって?」


「玄曜……?」


暗闇の中で、表情は見えない。

けれど、その声に迷いはなかった。


龍霊雨器りゅうれいうきは、善い工芸品ばかりじゃない」


玄曜は静かに続ける。


「人を騙し、弄び、傷つける。

時には殺すことすら、楽しむ工芸品やつもいる」


「……っ」


「そういう存在は、例外なく破壊する。それが、決まりだ」


「でも!」


オレは思わず、香炉を抱きしめた。


「この香炉は……違うかもしれないだろ!」


「はっ」


短く、鼻で笑う気配。


「どうだか」


玄曜が、香炉を奪い返そうと手を伸ばす。


オレは身体ごと香炉を抱き寄せ、ぎゅっと胸に押し当てた。


その瞬間――


ふわり、と。

香炉から、微かな香りが流れ出す。


「……あ」


視界が、ぐらりと歪んだ。

足元の感覚が消え、身体が傾く。


「おい!」


崩れ落ちる寸前、玄曜が流星の身体を受け止める。


「……っ」


玄曜の手が、流星の指先に触れた。


――その瞬間。


玄曜の意識の奥に、

知らないはずの“誰かの記憶”が、なだれ込んできた。



――約百年前。


後宮に仕える、一人の下女がいた。


名を記録に残すことも許されなかったが、

ただひとつ――人目を奪うほどの美しさだけは、

誰の記憶にも深く刻まれていた。


彼女は、位の高い妃候補の姫と、密かに恋仲にあった。

許されぬ身分差。

そして、決して公にしてはならぬ関係。


やがて、それは露見する。


下女は、何事もなかったかのように後宮から消された。


連れて行かれた先は、奥深い地下牢だった。


情けとして与えられたのは、

姫が好んでいた香を焚く、小さな香炉がひとつ。


それだけが、彼女と地上を繋ぐ唯一の縁だった。


ほどなく、後宮では後継者争いが起きる。

血と欲にまみれた内乱の中で、

ひとりの下女の存在など、誰の記憶にも留められなかった。


記録から消え、人の口からも消え、

彼女は完全に忘れ去られていった。


地下牢には、もはや誰も訪れない。

冷たい石の底で、彼女はただ香炉を抱き続けた。


――そして、孤独のうちに命尽きた。


やがて牢は石で封じられ、

二度と使われることはなかった。


だが、時は流れる。


地下保管庫の造設工事によって積まれていた石が崩れ、

閉ざされていた空間に、わずかな隙間が生まれた。


そこから、香炉の香が

空気孔や枯れ井戸を伝い、地上へと滲み出した。


香炉は、覚えていた。


彼女の願いを。

最後の想いを。


香炉は下女たちを集め、正気を奪い、魂を与えようとした。


それは――

彼女を生き返らせ、

愛した人のもとへ返すため。


悪意ではない。

ただ、恋人に会わせてやりたいという一心からの行いだった。


「……ごめんなさい」


ふいに、香炉を抱きしめた流星が口を開いた。


「正気を溜めて、分けてあげれば……

生き返ると思ったの……」


「流星……?」


「……あの子の願いを、叶えてあげたかった」


玄曜の視線が、流星へ向く。


「まさか……この香炉が……

龍霊雨器りゅうれいうきが、流星の意識に入り込んでいるのか?」


流星の身体の周囲が、淡く光を帯びる。

瞳もまた、宝石のように美しく輝いていた。


「残念だが……もう、その願いは叶わない」


玄曜は静かに言った。

同情でも、非難でもない。

ただ、事実を告げる声だった。


「……わかってる」


流星の身体を借りて、

香炉の龍霊雨器りゅうれいうきは涙を流した。


その涙は、まるで宝石のようだった。


輝く粒が、流星の瞳からこぼれ落ちる。


――幼い頃、大切な人から聞かされた御伽話。

何度も、何度もねだった、龍の神の涙の話。


龍霊雨器りゅうれいうき――

一雫ひとしずくの奇跡”をもたらした、龍の神の涙。


……なんて、美しい。


玄曜は、その涙から目を逸らすことができず、

ただ、見惚れていた。


ふわり、と。

夜来香イエライシャンの香りが、かすかに漂う。


流星は無意識のまま、

香炉を優しく抱きしめていた。


香は、祈りだった。


地下牢に幽閉された一人の下女が、

最後まで手放さなかった想い。


愛した人が好んだ香りを思い出し、その中で眠り、

目覚めれば――いつか迎えが来ると、信じ続けた。


だが、迎えは来なかった。


名も、記録も、存在さえも。

後宮の内乱に呑まれ、彼女は忘れ去られた。


香炉だけが、彼女の願いを覚えていたのだ。


もう、とっくに叶わなくなってしまったとしても。

それでも――。


すう、と。

流星の身体を包んでいた光が、静かに消えていく。


流星はゆっくりと目を開いた。


「……香炉は、力を使いすぎたみたい。

今は……眠ってる」


そう言って、香炉を守るように抱きしめる。


流星は玄曜を見上げた。


――壊さないで。


言葉にしなくても、その想いは瞳に宿っていた。


しばらくの沈黙の後、玄曜が口を開く。


「……オマエが持ち帰れ。倉庫に保管しろ」


流星が息を呑む。


「……落とすなよ」


それだけ言い残し、玄曜は外へ向かって歩き出した。


暗闇の中でも、

流星が灯りを見失わないように――

その歩みは、やけにゆっくりだった。


流星は香炉を抱いたまま、玄曜の背を追う。


不器用な優しさ。


それに気づいた瞬間、

胸の奥が、なぜかきゅっと締め付けられた。

※作者より

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

後宮での生活は、まだまだ続きます。

引き続き、気軽にお付き合いいただけたら嬉しいです。

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