第1.1話 2XXX年の暗い夜
私は知らない。お父さんとお母さんは昔はよかったと言っていた。スマートフォンと呼ばれていた光るガラスのついた板。あちらこちらで見られる錆びついた金属の塊は車と言って、昔はこれらに乗って移動していたらしい。私は人類史上、最悪の時代に生まれたということは徐々に親の話を聞いていけば言われなくとも自分でつなぎ合わせることができた。二十数年前と言っていた。人類は二回の世界大戦の傷を塞ぎ、このかつて青い球に住まう人々が全員仲良く暮らせるようにと言う目標に近づいて行ったのだという。私は聞かされた。昔は見上げると空は地球のどこから見ても青かったのだと。町の道や家々は色とりどりで夜になると目を奪う光景なのだったと。そして町を外れると緑の森が無限大に広がっていたのだと。「昔」の話をする両親の目にはいつも涙が浮かんでいた。垂れることなく、目にそれでも諦めまいとしがみついている。お母さんはいつも言っていた。
「産んでごめんね」
その言葉を何度聞かされても私は何も返さずにいた。昔を知らない私は産まれてきたことを後悔することはできないし、育ててくれた親を怒ったり憎んだりするつもりもなかった。私は二人の苦しそうな顔を見て夢に思うしかなかった、過去の世界、二人がどんなに大変な思い、判断をしてきたのかを。
私は夕食にねっとりしたパンを少しした水で流し込み、腕、脚、首に汚れた布を巻き、顔も鼻まで巻くと目にはゴーグルをつけた。帽子をかぶり、昨日用意した鞄を背負い、靴に足を入れた。
「じゃあ、行ってきます。」
私が暮らしてきた暗い家。誰もいないのに挨拶をする私。
私は振り返らずに歩き出した。真っ暗の中、月の明かりを頼りにして。夜は寒い。
昔、人類は朝に活動していたのだと両親から聞いた。朝に会社と言うところに毎日行き、七日に一回訪れる休みと言う日には友と呼ぶ人と遊ぶ。二人の話を聞くのは楽しかったが、私にはどうしても想像できず、理解することもできなかった。
かつて車が走っていたという道路はとてもそんな大きなものが通れるような見た目ではない。倒れているコンクリートの柱、横たわっている車、道を塞ぐ建物の破片。私はこれらを避け、飛び越え、ときにくぐって進んだ。