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09 魔法使い

 彼らしくない感情的な怒りの表情に呆れた顔になったアイザックに訳を追って説明されて宥められて、キースは自分の勘違いに気がついてくれたようだった。


 どんな事が起ころうと泰然としているようで、いつも落ち着き払ったキースにしてはとても珍しく、どこか恥ずかしそうな表情を見せたのでオデットはそんな彼が急に身近な存在に思えたのだ。


(キース様でも勘違いして、怒っちゃうことがあるんだ……)


 何もかもを手にしている完璧な存在なようで、彼だって普通の一人の人間だと思えてオデットにはそれが嬉しかった。ひとつひとつ階段を登るように、近寄り難いキースに近寄って行けているような気がしたから。


 短い仕事の話を終えたアイザックは、自分の役目は終えたとばかりにさっさと帰って行った。


「本当に、悪かった。すっかり誤解をして、怖い声を出した。驚いただろう」


「いいえ。あの部分だけ耳にしていれば、勘違いされたのも無理もないと思います。突然……あんな話、驚かれましたよね」


 いつもは何にも動じることのない様子のキースは謝ってくれたものの、今はどこか所在なさげだ。


「いや……本当に、すまない。俺も、少しどうかしていた。まだ時間もそう遅くないし、今日は天気も良い。良ければ、外で街歩きでもしてみないか?」


「はい! ありがとうございます」


 元気良く返事を返したオデットに、キースは苦笑して頷いた。


 彼に救われた形となったオデットはこの国に来てから、二週間ほどの間、家に閉じ篭りっぱなしになっていた。


 保護しているキース自身もそうしようとしてそうした訳ではないのだろうが、彼にはどうしても決裁しなければいけない書類などを持ち込んで処理することもあったし、単純に帰りの時間が遅くて何処かに行こうという話にならないこともあった。


(嬉しい! 何の目的もないお買い物なんて、産まれて初めてかもしれない……)


 アイザックが「普通の女の子は、こういう物が必要なんだ」と用意してくれたお洒落な外出着に着替えながらオデットは、うきうきと胸を高鳴らせた。


 物心ついた時から「魔法が使える状態なのに、使わなくて良い」という状況も、こうして癒しの月魔法を求めて自分を訪ねてくる客とも会わなくて良いのも初めてのことだったから。


 キースはオデットの持つ能力を自分のために使わせようだなんて、思ってもいないようだった。ただ、普通の生活をして出来ていく事が増えるたびに喜んでくれた。


 階段の下でオデットを待っていたキースは、帰った時は団長である彼にだけに許された意匠のついた黒い竜騎士服を着用していたが、今はもうそれも脱いで楽な服に着替えている。簡素な装いだというのに、だからこそ輝くような魅力的な人だった。


「……可愛いな。その色は、オデットに似合うと思う」


「ありがとうございます」


 キースは今自分が着ている爽やかな緑のワンピースの話を言っているのは、きちんと理解はしているのだが彼のような人に褒められて悪い気はしない。


 満面の笑みで喜ぶオデットに、キースは伺うようにして言った。


「何か……買いたいものは、あるのか?」


「えっと……何でしょう。考えたことも、ありませんでした。今あるもので、生活出来るってことは買い物する必要がないって事でしょうか?」


 街に行く理由がないと、街歩きに行けないのかもしれないと顔を曇らせたオデットにキースは吹き出した。


「はは。そんな訳ないだろう。女性は買い物を、日頃の鬱憤を晴らすための手段にする人も多い。何か欲しい物だけを買いに行くのも、効率的で良いだろうが気に入ったどちらを選ぼうかと、頭を悩ませることも楽しみのひとつだ。それに、買い物に出ていれば思わぬ出会いをすることもある」


「思わぬ出会い」


 彼の言葉にきょとんとした表情になったオデットに、キースは大きく頷いた。


「そうだ。店があるとすれば、目的のものだけを置いている店もないだろう? それを見る時に、どうしても他の商品が目に入る。そうすれば、思いもよらなかった良いものに出会う機会が生まれるんだ。オデットが一生大事にするような気に入ってしまうものかもしれないし、気に入り過ぎて何かを集める事になるきっかけになる品物になることもあるだろう」


「すごく……楽しみです!」


 顔を輝かせて期待の声を上げたオデットに、キースは微笑んで頷いた。


 オデットは今までずっと、自由になりたかった。


 自由をようやく手にしているというのに、家に閉じ籠りっぱなしではいけない。


 これから、自分にだって、普通の女の子のような日常を味わうことが出来るのだとそう夢見ていた。



◇◆◇



 ヴェリエフェンディの王都は、とても盛況だ。


 お伽話の挿絵に描かれるような壮麗な王城を含めて、芸術的な美しさを誇る街には竜が飛ぶ。


 他国や大陸からわざわざ訪ねてやって来る旅行客も多いし、最強と謳われる竜騎士団が居るから、そうそう敵は攻めてこない。


 平和が約束された国であるならば商人だって、計画的に商売をやりやすい。人がこうして多く集まるのも、仕方のないことだった。


「キース様、あれは何ですか?」


 オデットが指差した先に見えるのは、窓から美しい花飾りを下げた瀟洒な館だ。店構えからして大きなお店のようでもあるが、貴族の館のようでもある。


「あー……あれは、ガーディナー商会だ。この前の……あの、俺の部下のブレンダンの実家だな。有名な商家で、裕福な商人や貴族の女性相手に服飾品なんかを主に販売しているらしいが……」


「あの人、あんな顔をしているのに、こんなにも大きな商会の息子さんなんですね……何だか、絶対にモテますよね」


 彼は絶対にモテると感心したように頷いたオデットに、キースは複雑な表情を見せた。


「あいつは……そうだな。ブレンダンは一時遊んでいた時期はあったようだが、今は真面目で若手でも特に優秀な奴だ。この前アイザックも言っていた通りに、口も上手くて機転も利く。あれだけの、大きな商会の息子で……オデット、何か食べたいものでもあるか?」


 神妙な顔をして頷きつつ彼の話を聞いていたオデットは、いきなり話が変わって驚いた表情になった。


「……えっ。あの、そうですね……私お昼食べたばかりなので、特には」


「そうか。何か他にオデットの気に入りそうなお店があるかな……」


 そう言って、周囲を見渡したキースはいきなり素早い動きで走り出した。


 彼の意図がわからないままに、その場に残されたオデットは良くわからない状況に対処出来ず思わず身体が固まった。


 馬のいななく鋭い鳴き声と共に大きな音がして、周囲には砂煙が立った。


 気がつけば、道に転がったキースが荒っぽい走りをしていた馬車から轢かれそうになっていた子どもを抱きかかえている。


(わ……良かった……良かった)


 オデットは両手で口を押さえて、大きくため息を漏らした。


 それは、たった数秒の出来事だった。キースに抱かれた子どもは、母親らしき女性に引き渡されてオデットが安心して肩を落としたその時だった。


「っ……やっ……いやっ……」


 真っ黒な魔法使いのローブに身を包んだ男に肩に担ぎ上げられて、オデットは背中がゾクっとするような寒気が走った。これを着ているのは、ガヴェアの魔法使いに間違いない。


(嘘……なんで、ここは敵国のヴェリエフェンディで……守護竜様の、強い結界だって張られているというのに……この人たちは入ってこれないはずなのに?)


 いきなり現れた黒衣の男に何処かに連れ去られるオデットは、今自分の目の前にあるあまりにあり得ない事態にひどく混乱した。


 そう聞いていたのだ、だからもう自分にはこの人達は手を出すことは出来ないのだとそう思っていたのに。


(嫌だ。戻りたくない。何の自由も……私の意志なんて何もないあの場所に、帰りたくない。キース様……)


 すぐそこに居るというのに、こんな場所に魔法使いが来るとは思っていない彼は、未だにオデットがある状況に気がついていない。


「キース様!! いやっ……助けて……助けて! キース!!」


 そうオデットが大きな声で叫んで名前を呼んだら、こちらの状況に気がついて血相を変えて走って来たキースは手を伸ばしてくれた。


 オデットの指先がその指先に触れたと思った。それなのに。


 彼が居たはずの場所に広がるのは、暗闇。自分の絶望の悲鳴を、どこか他人事のように感じていた。



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