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07 鎖

 家に帰ってみれば、キースは玄関のところで壁際に立っていた。きっと、オデットのことを待っていてくれたのだ。すぐに見て取れるほどにホッとした表情で、息をついた。


 飛び出したオデットがたどり着いたのは、この家からすぐ近くの公園だ。自分の竜を迎えに行かせたというのに、彼は姿を見るまでは心配で安心出来なかったらしい。


「……おかえり」


「たっ……ただいま、戻りましたっ」


 こうして誰かにおかえりと出迎えられた事がなかったオデットは、慌てて彼に応えた。


「ふはっ……何もなく帰って来てくれて、良かった。ほら、お腹すいただろ? 夕飯を食べよう」


 役目は済んだとばかりに何処かに去って行ったセドリックが言ってくれたように、キースは先ほどの事を蒸し返して何かを責めたりなんてしなかった。


 まるで何事もなかったように職場でアイザックが不注意で書類の山を倒して、部下に怒られていた話をしてくれた。


(……アイザックさんって、部下に怒られるんだ。何か可愛い)


 荒っぽい口調や態度で怖そう表情にも見えるアイザックは、とても誰かに怒られるようには見えない。どちらかというと受ける印象は、真逆だ。部下に恐れられていそうな人なのに、怒られてしまうと言うのが意外だった。


 オデットは職場でのほのぼのした光景を想像してくすくすと微笑むと、キースは過去を思い出すようにして言った。


「あいつもなー。昔は童顔で、可愛らしい頃はあったんだがな……いつの間にかあんな、顔を見るだけで恐れられるような熊のような強面になってしまった。時の流れは、本当に残酷だ」


 二人で協力しての、食卓の片付けを終えた後。


 自ら食後の温かなお茶を淹れてくれたキースは、オデットの前にそれを置いてくれた。


「……キース様とアイザックさんって、どのくらいの付き合いなんですか?」


 オデットはあのアイザックが可愛かった頃が想像出来なくて、キースに尋ねた。あの彼だってあのまま産まれてくる訳はないのだが、どう努力しても思い描けそうにない。


「あー? うわ……思い返してみると、なんと恐ろしい事に、二十年になる。騎士学校に入学してから、ずっと一緒だな」


「二十年……私の年齢と同じですね」


 自分の生きてきた時間とそのまま同じ時間を、共に過ごしていると思うと、彼らがあれだけ仲が良いのも頷けるような気がする。


「はー……若いなー。俺も。若い女の子に若くて羨ましいと言ってしまう、おじさんになってしまった。世知辛いもんだわ」


「そんな……! キース様が、おじさんだなんて……」


「ははは。冗談だから。そんなに、慌てて否定しなくても良い。けど、ありがとう。そうか。二十年、長いようで早かったな。あいつ以外にも、同期は居るんだが……中には、死んだ奴も居る。居なくなられた時は長い時間を過ごした分だけ、自分の身を切られるように辛かった。オデットも後悔ないように、生きてくれ。人生は、一回しかない」


「キース様……」


 オデットが慌てて飲んでいたお茶の入ったカップを下げると、彼は片手を上げて空気を軽くするようにして振った。


「悪い悪い。俺がいちいち説教くさいのは、わかってるんだが……この前も言ったけど、職業病だ。言うことの聞かないひよこ共を統率するのは、骨が折れる。何も言わなくても済むような連中だけなら、良いんだけどなー。集団になると、それぞれの役割もある。なかなか、そうもいかない」


 温かなお茶を飲みつつ、キースは苦笑した。彼だって自分がしていることが、わかりやすく人に好かれる訳ではないことを理解している。


「あのっ……」


「ん? なんだ?」


 急に意を決したようなオデットに、キースは少し驚いた表情になった。


「私っ……キース様は、凄いと思います。誰かに嫌われるのを覚悟で、言わなければいけない事を言って怒ったりなんて私には出来ないと思います。セドリックから、そう聞いて……」


「……はは。あー……あいつ。君に良くわからない慰めをしたみたいだな。そう言ってくれてありがとう。だが別に誰かに感謝されることを、望んでいる訳でもない。ある程度の役職にある俺には、そうすることも仕事の内だからな」


「竜に……セドリックに、凄く好かれてて……素敵だと思いました」


 頬を赤らめたオデットが、彼にそう言うとキースは目を細めて笑って言葉を返した。


「素敵? 俺が? 気分が良くなるから、何回でも気の済むまで言ってくれ……あー、悪い。わからないかもしれないが、これも冗談だ。別に、真に受けて言わなくて良い。君は知らないと思うが、若くない男はだんだんと面白くない冗談を言うようになる。辛いわ。大抵の竜は、自分の竜騎士を好きだよ。いつも一緒に居るから愛着が湧くんだろ……さあ。オデット。食事も終わったし、風呂に入って来た方が良い。外に出て、冷えたろ?」




◇◆◇




 彼は何も悪くないと言うのにキースは外に飛び出したオデットの事を思って、風呂の用意までしていてくれていたらしい。


 オデットがゆったりとした浴槽に身体を伸ばすと、ちゃぽんと天井の雫が湯に落ちて水音がした。自分の胸元へと、指を這わせた。


 そこには、きらめくいくつもの宝石がある。首飾りをしている訳ではない。オデットの白い肌に、ある魔法を使って埋め込まれているものだ。


 この宝石に縛られているから、オデットは逃げ出せたとしても本当の意味では自由にはなれない。


 探知魔法もこれに掛けられているし、あの鉄巨人もこれを目指して来るのだ。そう、喚び出した魔法使いに命じられているから。月魔法しか使うことの出来ないオデットには解呪方法なんて、わかるはずもない。


(せっかく逃げられたのに、何かに縛られたままなんて、嫌。本当の意味でも、自由になりたい。でも、どうしたら……)


 そこまで考えて、オデットは気がついた。今は自分が居るのはガヴェアではなく、これまでのように誰にも助けを求められない訳でもない。


 いつもの癖で「救われるはずがない」と思い込んでいたことに気がついた。


(そうよ! キース様にお願いして、解呪方法を調べて貰えば良いんだわ!)


 善は急げとばかりに、ざばりと音を立てて浴槽から立ち上がったオデットは、用意されていた布で適当に身体を拭くと寝巻き用に買って貰った簡素な造りのワンピースを着てキースの部屋に向かった。


 コンコンと扉を叩くと、既に着替えを済ませて楽な服になっていたキースは怪訝そうな顔をしていた。


「……ん? どうした?」


「すみません! キース様。ちょっとこれを、見て貰って良いですか?」


 いきなり胸元の釦を外し出したオデットに、いつも落ち着いている彼らしくなく慌てた様子でその動きを留めようとした。


「待て! そういう事は、段階を踏んでから……! いきなりは驚くし、俺も本当に驚いているし……って、これは?」


 あまりに慌てたせいか早口で言葉を重ねていたキースは、きょとんとした表情のオデットが彼に何を見せようとしてここに来たのかを察してくれたようだった。


「これは……逃げられないように付けられた鎖です。私を、縛っています。世界中の何処にいても、私を探し出せるように」


 オデットの説明を聞いたキースは眉を寄せて、ひどく苦しそうな顔になった。


「……痛くはないのか」


 じっと見つめても肌に埋め込まれている宝石は、きらめくばかり。彼は長い指で、確認するようにそっと宝石と肌の際に触れた。何故かその指の腹の感触が気持ち良くて、オデットは思わず息を止めた。


「っ……」


「肌に肉に、宝石は完全に埋もれているのか……これだと……もし無理に引き剥がせば、激しい痛みを伴うだろうな……なんと、酷いことを」


 キースは宝石の表面を撫でるようにしてから、手を引いた。険しい顔をしている彼に、オデットは説明を続けようと彼を見上げた。


「……あの、キース様。知っていらっしゃるかもしれませんが、私の月魔法は自分自身には使えません。なので、これを引き剥がしても、怪我は自分で治せないんです」


「それは、しなくて良い。どうにか出来ないか。俺も調べてみる。オデット、今日はもう寝ろ。そしてその魅力的な柔らかそうな胸元は、早く仕舞った方が良い。このまま、俺に襲われたくなければ?」


「えっ……」


 顔を真っ赤にして彼の言葉を聞いて慌てて釦を留めたオデットを見て、キースは軽く笑った。揶揄われた事を悟って、ますます顔を赤くしたオデットの髪を撫でた。


「はは。おやすみ。オデット。良い夢を……髪は乾かして寝ろよ?」


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