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06 出来心

 オデットは、自分で料理をした事がない。


 幼い頃から囚われてそうする必要が全くなかったし、そうしてみたいと訴えても彼女の所有者となる権力者たちは美しい白い肌に万が一でも傷がつくことを嫌った。


 自分がやりたい事何もかもを否定され、お前など人ではなく不思議な能力を持つ見栄えの良い人形だと、そういつも揶揄されていた。


 けれど、これからの日々は違うのだ。キースは「やりたいことがあればやれば良い」と、特に行動を制限することもなかった。


 オデットは早速朝にアイザックが持ってきてくれた、町娘が着るような装飾など何もない真新しい服に着替えて、これから何をしようと心が浮き立った。


 キースの家に出入りする通いメイドのエイミーは、話しやすく優しい女性だった。もう子どもも独立したので、時間もあり暇つぶしも兼ねて通いのメイドをしているのだと言う。


 彼女は何の知識も持っていないオデットに懇切丁寧に料理の手順を説明してくれて、料理器具の使い方も一通り教えてくれた。


 そうして見る何もかもが目新しくて、オデットは彼女に習って料理を作れるようになれば、自分にも何か出来ることがひとつ増えると嬉しくなっていた。


 夕食の皿を食卓に並べ、後はスープを温め直して後は食べるだけという状態にまで仕上げてから、エミリーは夫が待つ家へと帰って行った。


 今日はキースが代理の利かないどうしても出席せねばならないという会議で留守だったので、この家のどこかには、彼の竜であるセドリックがオデットの護衛のために居るはずだ。


 だが、親しみやすいとはとても言えないセドリックがオデットの前に姿を現すことはあまりなかった。彼は家の何処かには居るのだろうが、口を開くことの少ない竜と気詰まりな時間を過ごしたい訳でもない。


 キースが戻ってくると聞いていた時間は、もうすぐだ。だから、スープを温めて待っていれば彼は喜んでくれるんではないかと、そう思っただけだ。


 ほんの、出来心だった。


 魔法具に火を入れようと手を伸ばせば、勢い余って操作すれば最高火力になり慌てて消そうとした時に鍋がぐらりと揺れた。


 大きく火は跳ねて、傾いだ鍋はオデットに迫る。


(いけない。エミリーさんの作ってくれた夕食のスープが……)


 慌てて両手を伸ばして鍋の胴に手を伸ばしたその時に、グイッと背中の服を引っ張られた。


「そんなことをすれば、死ぬぞ!! 一体、何をしているんだ!!」


 耳元で大きな声で怒鳴られて、険しい表情をした整った顔は、だからこそというか一際怖い。


 キースは素早く動き、オデットを自分の背中に庇って、鍋の取っ手を持って戻してから大きな動作で勢い良く振り向いた。


 立て続けに起きた出来事へのあまりの驚きに声も出ないオデットに対して、キースはほっとした様子で大きく息をついた。


「あー……悪い。あのままでは怪我をするかと思って……乱暴だったな。すまない」


「……ごめんなさい」


 いつも優しい彼ほどの人を怒らせるようなことをしてしまったのかもしれないと思うと、胸が締め付けられて痛くなった。


 キースはそんな様子のオデットを見て、眉を寄せ困った表情になった。


「悪い。だが、火にかけた鍋を支えるときはこの部分を触ると火傷をする。この取っ手の部分を、持つようにするんだ。オデットが何も知らないことは、俺も知っている。もっと、気をつけてあげれば良かった。不注意だった。さっきは怒鳴って悪かった。どうか……泣かないでくれ」


 彼はそう言って、オデットは自分が涙を流していた事に気がついた。


(私。何も……出来ないのに……助けてもらって被害者みたいに泣いて、情けない)


 感極まったオデットは、身を翻してすぐ傍にあった勝手口から家を飛び出した。キースの呼び止める声が聞こえたが、振り返りたくはなかった。




◇◆◇




 家周辺に土地勘のないオデットが闇雲に走っても、どこに行けるという訳でもない。小さな公園にある長椅子に腰掛けて、しくしくと泣くしかなかった。


(情けない……怒鳴られたくらいで驚いて、泣いて……それに、キース様は心配してくれたのに、動転して何も言わずに飛び出してしまった。どう言って謝れば良いの)


 突然の事態に対処も出来ずに飛び出して来てしまったものの、彼の元へと戻らなければいけないことはわかっていた。


 けれど、キースは助けてくれた上に謝ってくれたと言うのに、そんな彼を何も言わずに放って出てきてしまった。そんな自分がどんな顔をして帰って良いのか、わからなかった。


(どうしよう。帰り難い……)


 幼い頃からずっと物言わぬ人形のように扱われ、何もかもが不足なく過ぎるほどに与えられていた。オデットにはあんな風に心配した余りに怒鳴ってくれる人なんて、一人も居なかったのだ。


 ふと気がつけば、隣にはセドリックが座っていた。


 彼がいつの間にここに居たのかは、わからない。泣き止んだオデットが彼の方を見れば、いきなり訥々と言葉を発し始めた。


「キースは、俺と契約した三人目の竜騎士だ。この国の守護竜イクエイアスの眷属の雄竜には、成竜となれば一度は竜騎士と契約することが義務付けられている」


「え……?」


 いきなり脈絡もなく語り始めたセドリックに、オデットは目を見開いて驚いた。


 良く理解出来ない流れながらも、彼なりにオデットを慰めてくれようとしているのかもしれないと思い直す。


(だって、彼は竜なんだもの。人間の慰め方をわかってはいないのかも)


 オデットの戸惑っている表情など、全くお構いなしにセドリックは語り始めた。


「竜騎士には、色んな種類の人間が居る。その中でも、今契約しているキースは特に面白いやつだ。自分が嫌われても構わないからと、大事にしている誰かの道を正したいと、そう純粋に思っている。あんなに優しい人間は、そうはいない。大抵の人間は、そんな事は思わない。利己的だ。だが、それは生き物としては正しい行動だ。自分の周囲に好かれていたいと思うのは、当然のことだ。キースは、自分が嫌な役割を買って出ても、良くなって欲しいと思っている。そのために自分は嫌われたとしてもそれで良いと、強い信念を持って動けるんだ」


 セドリックは、ゆっくりとオデットの方を見た。銀色の髪、同色の瞳。彼が人外の存在であることを表す、恐ろしいまでの美貌。


「……あの、私……」


 キースに怒られたからと言って、オデットは泣いた訳でもないのだがセドリックはどうも誤解しているようだった。


「ああいう奴だから。あれだけ若くして、竜騎士団の団長を任されている。部下を蔑ろにするような人間になど、誰も付いて来ない。誰かを怒るのも、あいつなりの一種の優しさだ。どうでも良い奴になど、怒りもしない。ただ離れて、笑うだけだ」


(あの人は、優しいだけの人じゃない。部下の前で厳しいのは、常に緊張感を保つため。戦場での油断は、命取りになるから……自分は厭われて嫌われてでも、構わないと。好かれたいからの打算などなく優しいからこそ、そういう役割が出来る人なんだ)


 セドリックなりに慰めてくれようというのは、理解出来るのだが彼の大きな誤解を解こうとオデットは口を開いた。


「あの……私。ごめんなさい。キース様に怒られた事が理由で、泣いていたのではなくて、自分が情けなくて……恥ずかしくて。泣いてしまいました」


「恥ずかしい……? どう言うことだ?」


 セドリックは、訝しげに眉を寄せた。


 竜の彼には、複雑な心中はわからないかもしれない。


 オデットの心の中にある、何も出来ない自分への苛立ちや焦り。稀有な能力があるがゆえに、それだけでしか判断されなかったという過去への悲しい思い出も。


「キース様は私を危険から助けてくれて、心配してくれた上に、泣かせてしまったとちゃんと謝ってくれました。そんな人の前で思わず涙を溢し、不本意ですが被害者であるかのように振る舞ってしまった。自分が情けなくて、とても恥ずかしかったんです」


「……君は、まるで年端もいかない子どものようだな。心模様が、純粋過ぎる」


 セドリックは、オデットにはわからない不思議な事を言った。


「……心模様、ですか?」


「竜は、人の心模様を見ることが出来る。だから、竜騎士には大抵の竜が好むような高潔な精神であることが求められる……そういう建前で竜が契約する竜騎士を選ぶ基準は曖昧で、その竜の個体にしかわからないものだがな」


「心の中が……」


 そういえば、彼が竜の姿であった時に声を出す事なくキースと会話をしているところを見た。


 もしそれが出来るというのなら、自分の好みに合う竜騎士を選ぶことも可能なのかもしれない。


「今。何も知らなければ、これから知っていけば良い。何もかも最初から、完璧にこなせる人間などいない。キースが部下に言う口癖だ。君にもそれが言えると思う」


「キース様が……」


 セドリックの言葉に、オデットは頷いた。


(私は……確かにガヴェアでは囚われの身で、今まで何も出来なかった。けど、これからは違う。なんだって、なんでも自分で出来るようになれるんだ)


「キースは、何かで怒ったとしたとしても、後に引くことはない。君のことも、今ひどく心配している。だが、怒鳴って泣かせてしまった自分が行っては逆効果かもしれないと、目を離していたことを怒られた俺が来る事になった。泣いていた理由を説明してやれば、喜ぶ」


 セドリックは短くそう言って立ち上がり、オデットに向けて手を伸ばした。


 そろそろ帰ろうと、そういう意味だろう。


 オデットはセドリックと並んで歩きながら、キースが心の中をも見ることの出来る自分の竜にどれだけ愛されているかを知り、胸が温かくなった。


(キース様は優しいからこそ、その人のためにと嫌われ役が出来る人なんだ。見た目だけじゃなくて……すごく素敵な人)



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