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05 紙袋

 朝起きて、オデットがキースと通いのメイドが用意してくれたと思わしき朝食を食べていた時に、その人は現れた。


「……俺に、使いっ走りをさせんなよ」


 足音を鳴らして誰かが入って来たとオデットが顔を上げると、黒髪のアイザックと呼ばれていた竜騎士がそこに居て、不機嫌そうに精悍な顔を顰めている。


 特に留守居を呼びかけることもなく、扉を開け勝手に入って来た様子からキースとは相当親しい関係性だと思われた。その右腕には、何故か大きな紙袋を抱えている。


 温かなお茶を飲んでいたオデットは彼の登場に驚き目を瞬かせてから、目の前に居たキースに目を向けた。


「流石。アイザックは仕事が早いな。私用で部下を使ったら、職権濫用になるだろ」


「俺もお前の部下だと言うなら、そうだろう?」


 アイザックは食卓の上に紙袋を置いて、ドサリと音を立てて空いている椅子に腰掛けた。キースは傍若無人な様子を見ても頓着することなく、小さく千切ったパンの欠片を口に放り込んだ。


「つれないこと言うなよ。幼い頃から苦楽を共にした、数少ない同期同士だろ」


 キースの軽口に、アイザックはムッとした顔をして片手を上げて振った。


「……それは、間違ってはいないな。で。結局、お前本人が、そのお姫様の面倒を見ることにしたのか。ただでさえ時間がないのに、そんな事をしている時間あんのかよ」


 アイザックは動きを止めたままのオデットを横目で見て、キースに視線を戻した。鋭い視線は、野生の獣を思わせる。


(……こわい)


 乱暴な仕草で長い足を無造作に組んだ野生的な空気を纏うアイザックは、本人がそうと意識しているのかはわからないが、周囲を威圧するかのような強い眼差しだ。前日に会った王とはまた違う、似ていて非なるもの。


「やりたい事をする時間は、自分で作り出すものだ。そうだろ? 察しの良い副団長が想像していた通り、お前を書類に埋もれる係に任命する」


 ニヤッと不敵に笑ったキースが肩を竦めてそう言えば、アイザックは前髪を掻き上げて不快そうに舌打ちをした。


「やっぱりな。俺が代わりか。そういう事だと思ったよ。いつまで?」


「お姫様が、ある程度下界の生活に慣れるまで。その後は、セドリックを護衛につける。このところ、俺が出て行かねばならぬような、大きな出撃も少ない。当分は城に籠って仕事でもするさ」


 キースが机に肘をついてアイザックを見遣れば、彼は椅子にもたれかかりながら頭の後ろに両手を回して大きく息をついた。


「なんだよ。別に自分の竜を、警護につけずとも……お姫様には、最初からブレンダンでも護衛につけときゃ良いだろ。あいつなら、口も上手いし大抵の女性は喜ぶ」


「あー……ブレンダンは、早急に決まった女性を作るべきだと思わないか……ヴェリエフェンディの平和のためにも、急務で」


 片肘をついたまましみじみした口調でそう言ったキースに、アイザックは何か妙な事を言い出したと言わんばかりの顔になった。


「はあ? まー、あいつが特別女受けが良いのは、騎士学校通いの頃から有名だったから、今更だろ。同期のリカルドには、婚約者も居たしな」


「商人の息子だから、機知も利いてて口も上手い。隙がない。向かうところ、敵なしだな」


「……いや。だから。そう言う理由で、ブレンダンなら喜ぶんじゃね? なあ、お姫様。昨日ブレンダンに会ったんだろ? どうだ」


 昨日キースとオデットに会ったことを報告されていたのか、アイザックはオデットに目を向けて問うた。


「えっ……? はいっ」


 先ほどの鋭い一瞥ほどでなくても、今までオデットの周囲にはアイザックのような荒々しい口振りの人は居なかった。戸惑って返事に詰まったオデットを、アイザックは不思議そうに見た。


「いや。だから、ブレンダンの方が良いだろう。キースは、あいつに比べて年も取っているし説教くさいし、いちいち口煩いからな。あいつなら、歳も合うし女性に対して嫌なことは言わない。ちなみに俺はあっちを推す」


「……俺は完全に職業病で、ひよこ共を叱るのは仕事の内だ」


 キースは、気安い様子の同期アイザックが自分を評する言葉を不本意そうにして言った。


 オデットは、自分の答えを待っている様子のアイザックにどう言おうか困り言葉に詰まらせた。


 幼い頃からずっとこうしろと指示されるままに動いて来たので、自分の行動を選べるという事があまりなかったからだ。


(ここで、私がどちらかを選ばないといけない……んだよね?)


 昨日会ったキースの部下は、確かに親切そうで女性に対する気遣いに長けていそうだった。きっと、一緒なら楽しく時を過ごせるだろう。でも。


「あの……私はキース様が良ければ、キース様に」


「と、言う訳だ。アイザックは、当分書類の山を片付けてくれな」


 おそるおそると言った様子で問いの答えを口から出したオデットの選択を聞いて、大きく溜め息をついたアイザックにキースはそう言った。整っている顔はどこか、嬉しそうにも見える。


「うわー。当分、机に齧り付きかよ。マジかー。書類に判子だけ押すだけなら、いつでもやんのにな……」


 アイザックは、キースに押しつけられた大量の仕事を思い返しているのか。椅子に背中を凭せ掛けて天井を仰いだ。


「紙袋の中身は?」


「お前のご希望通り。俺は確認はしてない。店で適当に言って、店員が詰めた」


「サイズは」


 キースが確認するように問うと、アイザックは天井に向けていた顔を下げて嫌な顔をした。


「知るか。普通の女性に合うものと言ったら、確かに変な顔をされたが……なんか、文句あるなら自分で買いに行けよ」


「オデット。この紙袋に、君の普段着を買って来たものを入れてる。また確認して、合わなければ店に交換しに行くか」


 昨日着の身着のままで逃げ出して来たばかりのオデットが現在着用しているのは、キースの古着の大きなシャツと腰で紐で縛って留める緩い下衣だ。下着は昨日着ていたものを、洗って夜に干していたものなので少し湿っている。


 だから、アイザックがわざわざ買って来てくれたという品物は本当に嬉しいものだった。


「あっ……あのっ、ありがとうございます。私のために、すみません」


 男性が一人で女性の服を買いに行ったとなると気まずい思いをさせたのかもしれないとオデットがアイザックに頭を下げると、彼は大きく息をついて髪をかき混ぜた。


「別に……謝る必要はない。これは、本当に何も知らない。世間知らずのお姫様のようだな……キース。変な気は起こすなよ」


「問題はないだろ。俺だって、独身で結婚相手募集中だ」


 横目で睨まれたキースは、素知らぬ顔でお茶を飲んだ。


 こういった男性同士の普段の会話に慣れていないオデットが、思わずはらはらとしてしまう荒っぽいやり取りも彼ら自身には特に珍しいことでもなく日常茶飯事のようだった。


「良く言う。どんなに良い相手が懇願しても、断って来た奴が」


「好きになれない女性と結婚するのは、嫌だろう。一生一緒に居るんだぞ」


「また、若い女の子みたいなことを言い出して……お前みたいな貴族には、それは通じないんだよ。大人しく政略結婚しろよ」


 呆れ顔のアイザックに対して、キースは飄々として笑った。


「自分の好き勝手をしようと、こんなに面倒なことしかない竜騎士団の団長やっている。何かひとつ面倒を避けようとして、更なる大きな面倒事を背負うという人生の教訓だ。この身を以て、人に教えることが出来るな。ああはなりたくないという例を体現している俺を、国民全員で反面教師にしてくれて良いわ」


「まあ、普通は王弟の息子が竜騎士なんて志さないだろうがな。根っからの、変わり者がよ」


「どうしても、竜に乗りたかったんだ。そうしたら、竜騎士になるしかないだろ」


「お前の立場なら、竜騎士に乗せて貰えば良いじゃないか。否やは、言えないはずだ」


「それは、ただの地位を傘に来た命令だろう。自分で出来るようになるのと、誰かにそうして貰うのは天と地ほどの差があるんでね」


「……そこのお姫様。俺たちの事はもう気にしなくて良いから、早く朝食食えよ。冷えるぞ」


 二人の掛け合いをじっと見て食事の手が止まっていたオデットを見て、アイザックは大きく息をつきつつそう言った。


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