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03 国王

 二人が少しの時間待たされ謁見が許されたヴェリエフェンディ国王は、茶色の髭を蓄えた壮年の男性だった。


 高い位置にある煌びやかな玉座に座りこちらに向けた同色の目は、何の感情も映していない。


 見知らぬ城の中で戸惑うオデットを連れたキースが、堂々とした口振りで彼女をここまで連れてきた経緯を説明した。


 彼はオデットを一瞥した後、真正面に居るキースに視線を戻して言った。


「……また、厄介なものを連れてきたな。キース」


 まるで自分を捕食対象とした肉食獣に目を向けられたように感じたオデットは、一国を背負う王の声に背中にぞくりとするものが走ったのを感じた。


 まるで、自分の存在を塵芥のように感じてしまう。圧倒的な、君主たる者の気迫。


「そう言った理由で彼女は適切に保護し、俺の家で生活させます。陛下に対しては、これから万が一にも面倒になってはいけないので、一応ご報告だけをしておきます。もう一度言っておきますが俺は、彼女を手放すつもりはありません」


 庶民ならばそれだけでひれ伏してしまいそうな圧するような視線に対しても、キースは飄々として肩を竦めてそう返した。


 王の意向を窺うと言うより、ただ自分がオデットを保護下に置くと報告しただけのようだった。


 彼の言葉をただ聞いているだけのオデットの方がハラハラとしてしまうくらいに、キースの口振りにはこの国の王に対して何の遠慮もない。


(そういえば……先の王弟の息子ということは、国王陛下とキース様は従兄弟同士になるのかしら……?)


 先ほど聞いた彼の身分から言えば、そういう関係となる。


 だから、キースは国王にも気安い口を聞き、国同士の火種にもなりかね無いオデットの身柄をどうするかということも彼の一存で決める事が許されているのだろう。


「……キース。この前にも、同盟国で戦いがあり本来なら国を護るための竜騎士団の大多数が長期間の遠征があったところだ。国民感情としても、お前達が他国のいざこざで遠征することに対する拒否感は強くなる……お前にもわかって、いるだろう?」


「わかってますよ。だが、俺が彼女を守ると決めました。ドワイド陛下が、それに対して圧力をかけるようであれば、俺は別に竜騎士団長をやめても構わない。ただ彼女が国に居るだけで悪いことになりそうだからと、政治的な妙な思惑で見捨てることはしません。俺が、そう決めたんで」


「キース……」


 険しい顔をしていた王はキースが団長を辞めると言った時点で、かなり顔色を悪くした。彼との初対面になるオデットにもわかる程に、明らかな狼狽した様子だった。


「ドワイド陛下。俺に助けを求めた子を、裏切りたくはない。もし、色々と面倒な事が予想され、それが許されないのなら。俺がこの子を連れて国を出ても良い。今自分が持っている何にも、特に未練はないんでね」


「もう良い。やめろ」


 壇上の王は不機嫌に手を振り、それを見てふっと息をついたキースは落ち着いた仕草で礼をした。


「……ご理解、ありがとうございます。表向きは、遠縁の女の子を預かるだけに。俺の遠縁って言っても、まぁ。少し、説明が難しいですけどね」


「お前は、特に王家の血が濃いからな。キース。それと、カトリーヌが……」


 国王は臣下である彼にも頼み難いことだったのかその後の言葉を止めて、明らかに目の前のキースの反応を待っている。


「その件に関しては何度も同じ返事を繰り返しになり申し訳ありませんが、俺は自分の部下に王族のご機嫌取りをさせるつもりはありません。一応は貴族の一人とは言え竜騎士の一人となったからには、それなりの職務についている。あいつもそれ程、暇でないんでね。それを望むのであれば、それ用の人員を雇ってください。カトリーヌ様にも、そのように」


 キースは無言のままの王に淡々と言葉を返して退室のための礼を取り、隣で立っていただけだったオデットの手を引いて謁見の間を出た。


 何も言わずに足早に進んでいた彼が、長い廊下を曲がったところでオデットに声を掛けた。


「……あー、まあ。だから。あまり、良い気分はしなかっただろ? あの人も、この国の事を第一に考えるという立場があるんだ。すまない」


 苦笑いをしたキースが足取りを緩めて振り返ったので、オデットは驚き慌てて首を振った。


「いっ……! いいえ。そんな……でも、キース様が王を脅すような言葉になられたので、びっくりしました」


 上目遣いをして背の高い彼を見上げれば、キースは小さく息をついて笑った。


「完全に、脅したな。俺もさっき、それなりの立場があるって言っただろ? それが、あれだ。現在竜騎士団に属しているひよこ共を統率するのは、王から見て俺が一番最適なんだ。そして、あの人は俺のことを無碍には出来ない理由がある。少し面倒事があって公爵家である俺も、ヴェリエフェンディの王族に名を連ねているんだ。それは、君が気にするような話でもないが。だから、気にせず俺に守られていてくれ」


「王族に……?」


 金色の丸い目を瞬いたオデットは、まじまじとキースの顔を見た。確かに王子様と言われれば、簡単に納得してしまうほどに整った顔立ちだった。


(キース様が、これだけ整っている顔をお持ちなのは、そういう事……なのかな。さっきも陛下はキース様は、王族の血の濃い二人の子どもだという暗喩をした? だから、こんなに……)


「女性に……こうしてじっと見つめられるのは、別に悪い気はしないが。そろそろ、先に進んでも?」


 考え事をしていてついつい彼の顔を凝視していた事に気がついたオデットは、慌ててキースから視線を外した。


「ごめんなさいっ……! キース様、王子様なんだと思って……それで。なんだか……ごめんなさい」


 慌てて謝るオデットに、苦笑してキースは言った。


「王子様……それ部下の誰かにでも聞かれたら、爆笑必至だが。まあ、その呼称が王族で若い男子という意味であれば、一応合ってる」


 二人並んで城の広い廊下を歩き出して、キースは特に嫌な顔をする事なく頷いた。もう必要ないというのに、自分の手を握っている大きな手が温かい。


「私……ずっと、幼い頃から、何もした事がないんです。基本的な教育しか、受けていなくて。だから、常識がわからなくて……何か変なことをしたらごめんなさい」


 オデットは稀有な能力で取り合いになり幼い頃からずっと、ガヴェアの権力者の保護下に居た。だが、必要とされているのはその能力だけだ。誰も、オデットが賢くなることを望みはしなかった。


 彼女自身も、自分がどれだけ世間知らずかは理解している。何か言う度に見張りの男たちに「こんなことも知らないのか」と揶揄われるだけだったから。


「君は謝罪も礼も言えるし、何かを学ぶ向上心もあるなら。それを、誰かに恥だと思う必要はない。だから、俺にもそうして謝る必要はない。勝手に決めたが、とりあえずの君の居場所は俺の家だ。これまではお姫様だったかも知れないが、俺の家に居るからには自分の役目は果たして貰おう」


「っはい」


 元気良く返事をしたオデットに、キースは苦笑した。


「おいおい。これは、喜ぶところなのか……? 普通の女の子は、君は何もしなくて良いとお姫様扱いされるのを喜ぶみたいだけどな」


「生まれてからこの方ずっと、何もかも決められた生活をしていた私には……本当に夢のようです。お料理も、お掃除も勉強して頑張ります」


 嬉しそうに目を輝かせてそう言ったオデットに、キースは複雑そうな表情になった。


「……まあ、一応通いのメイドも雇っているから。そこまで何かをする事もないとは思うが、さっきのは冗談だよ。オデットの、これまでにやりたかったことをやれば良い」


「私は普通の生活がしたかったんです。夢を叶えて下さって、ありがとうございます」


「……どういたしまして。君は、これで晴れて普通の女の子だ。オデット。ガヴェアがどう出てくるか不明な今は、危険だからな……誰か部下を君につけようか。あ。丁度良いのが、前から歩いて来たな」


「……丁度良い?」


 オデットが首を傾げて、キースにむけていた視線を前に向ければ、黒い竜騎士服を着たいかにも女性受けの良さそうな男性が居た。


 彼は上司に当たるキースを見て、立ち止まり姿勢を正した。甘くて爽やかな顔立ちに、オデットに向け優しそうな笑みを浮かべている。


(……すごく、モテそう)


 オデットは、目の前の彼を見て瞬時にそう思った。


 キースのように、厳しい空気を身に纏い容貌が整い過ぎて近寄り難いこともない。彼の場合は、あくまで親しみやすそうな柔らかな雰囲気だった。


「団長。お疲れ様です。お連れ様は、可愛い人ですね」


 高身長で茶髪の彼は、オデットにも目を向け頭を軽く下げて挨拶をした。


 そっと周囲を確認すれば、女官やメイドなどの女性の視線を一身に集めているようなので、彼はさっき思った通りにとてもモテている事には違いなかった。


 思わず惚けて彼の顔を見ているオデットの隣で、キースが不機嫌そうな低い声を出した。


「ブレンダン。お前に用事があったような気がしたが、なんかムカついたから。やっぱり良いわ」


「……それって、何かの謎かけですか?」


 ブレンダンと呼ばれた彼は、よくわからない上司の言葉を聞き面白げに笑った。


「うるせえ。誰からでも嫌になるほどモテやがって。女受けが良すぎる部下も、考えものだな」


「団長には、敵いませんよ。国中の女性を恋人にしますか?」


「しない。俺は一人で良いって言ってんだろ。お前がここにいるってことは、アイザックは?」


「……この時間に遠征帰りなので、副団長は報告書は明日で良いと」


 ブレンダンは、ちらっとオデットを横目で見てキースを揶揄うように言った。


「団長が女の子を拾ったことも、報告書に書いた方が良いです?」


「……お前。リカルド救出時にも、書いたのかよ」


「書いてません」


「今回もそうしろ」


 キースに不機嫌に言われてブレンダンは澄ました顔で頷き、オデットに片目を瞑った。


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