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02 帰路

「わかった……約束しよう」


 高い上空で銀竜の背に乗り、過ぎ去っていく景色の様子から、とても速い飛行速度で進んでいるはずだ。


 何故今まで彼と普通に会話出来ているのかを不思議に思わなかったかは、わからない。


 キースの安心させるような低い声は、オデットの耳にちゃんと届いた。


 込み上げた一粒の涙が、すうっと頬を滑った。


「ありがとうございます……でも、どうか無理はしないでください。私は、自分がとても便利な存在で、強い力ある人に奪い合われる立場にあることは理解しています」


 魔法大国ガヴェアの中でも特に珍しい月魔法を使うことの出来る通称月姫と呼ばれるオデットの身柄に関しては、国の権力者たちの間で醜い争いが度々起きていた。誰かの血が流れたことだって、一度や二度ではない。


 オデットの治療を受けることさえ出来れば、どんな難病を患っていたとしても立ちどころに癒えてしまう。


 対価として請求されるのは目の飛び出るような高額な治療費だとしても支払うから受けさせてくれと、申し出る金持ちは跡を絶たなかった。


 キースがオデットの存在を知っていたように、それは世界中から。


(自分が誰かと誰かの争いの原因になるなんて、もう嫌だ。キース様は助けて欲しいと言ったら、助けようと答えてくれた。それで良い。それだけで良い。優しい人に、私のために迷惑をかけたくはない)


 切実な願い事に対し助けると約束したにも関わらずに、未だ沈んだ悲壮な表情をしているオデットにキースは優しく微笑んだ。


「俺は、した約束を守ることにかけては有名でね。特に可愛い女の子とした約束は、忘れたことは一度もない……悲しんでいる誰かを見て可哀想だと言うことは、とても簡単だ。ただの同情で優しくすることは、俺はしたくない。オデットは、あの草原を走っている時、決して諦めてなかった。俺は絶望を前にしても、諦めない人間が好きだ。君の立場には誰の目から見ても同情の余地があり、強い誰かの庇護に頼ることは、別に恥ずかしがるようなことではないだろう。自慢じゃないが、俺は……」


 そこで言葉を止めて、キースはオデットをじっと見つめたので思わず息を止めてしまった。


(この人、自分の顔がどうなのかとか……わかっているのかな。近付いてくると、息をすることを忘れてしまいそう)


「……あのっ?」


 彼が無言で見つめていたのはそれほどの時間ではないと言うのに、オデットはその緊張感を我慢出来なかった。思わず言葉の続きを促した彼女に対して、キースはふはっと息をついて快活に笑った。


「ヴェリエフェンディ竜騎士団団長で、先の王弟の息子でありスピアリット公爵家の嫡男でもある。さっきも言ったように、それなりの立場と力を持っている。俺の庇護下に君を入れると約束したのは、この俺だ。今まで激しい雨に見舞われて大変だったと思うがオデットは丈夫な傘の下で、これからはただ守られていれば良い」


 キースはあくまで紳士的に、鞍の上に横座りをしたオデットを自分の前に乗せて話していた。


 明かしてくれた彼の身分は王族の流れを汲むやんごとなき公爵家の出で、それも周辺国では最強と謳われる竜騎士団の団長だ。権力も持ち、実質的にも彼は強いんだろう。


(そんなに……凄い人に助けて貰えるなんて、幸運過ぎる……あの時、絶対に無駄だってわかっていても草原を走って逃げ出して良かった)


 どうせまた、逃げられないと自分に言い訳をして諦めていれば、もう叶わないままで終わってしまうところだった。あの一瞬の咄嗟の判断が、オデットを空の上まで連れて来てくれた。


「……悪い。少し待ってくれ。セドリック。誰が何だって?」


 彼はついさっき、自分たちが乗っている銀竜をセドリックと呼んだ。


 どうやら、心の中で呼びかけられているのか、竜自身の声は聞こえないまでも彼らの会話は自然と続いていく。


(すごい……竜騎士って竜と心の中で会話が出来るって本当なんだ)


 幼い頃から行動を細かく制限されて、必ず見張りが居たオデットには目を疑ってしまうような出来事の連続だった。


 美形の竜騎士に助けられて、空を飛び自由になる。今までの囚われの身からは考えられぬ、まるで絵空事のような現実だ。


「オデット。俺の部下たちがそろそろ小競り合いから、戻ってくる。今回の部隊は若い連中が多いから、何か言われるかもしれないが別に気にしなくて良い」


「竜騎士たちが……?」


 オデットがそう呟いて、下方へと向けたキースの視線を辿った。彼の部下の竜騎士たちが、生業の戦闘を終えて、気が抜けているのかゆっくりとした速度で思い思いの間隔を空けてこちらへ近付いてくる。


 そういえば、本来であれば戦闘の指揮を執る役目の団長である彼が単独でここに居る訳はなかった。


 単騎で危険な飛行をするなど、先程知った立場であれば許されぬことに違いない。


 色とりどりの竜に乗った部下らしき彼らが、キースとオデットの姿を見て興味津々の目を向けている。


 彼らはキースからは一定の距離を取っているのに対し、一番近くまで寄ってきた赤竜に乗っているのは黒い髪を持つ精悍な顔をした偉丈夫だ。


「キース……お前。この前のリカルドの事を、散々揶揄ってなかったか?」


「あー……まあ、それを言うな。アイザック。俺だって、仕事のついでに女の子の一人や二人連れ帰る事だってあるさ」


 軽口を叩いたキースに対し、アイザックと呼ばれた彼は顔を顰めた。


「そんな理由だと、部下に示しがつかないぞ。他でもないお前がそう指摘されかねない事をするなんて、本当に珍しいな……待て。その女の子、絶対に上流階級の出だろう」


 アイザックは、オデットが着ている高級なドレスに目を留めた。


 凝った刺繍が描かれた生地には細かな宝石が散りばめられていて、高価なことが一目でわかる美しいドレスだ。


 これは見目麗しいオデットを着飾らせようとする現在彼女の所有権を持っているある権力者の道楽だ。幾重にも生地が重ねられた重いドレスを着ていれば、どうしたって逃げる速度も遅くなる。


 そう言った意味で、とても実用的なドレスだったのだ。


「また、彼女のことは後で説明はする。これも、王に報告案件だ。誰も、怪我はないな?」


 キースは部下の乗る竜たちに目を走らせた。アイザックは、ゆっくりと頷いて言葉を口から出した。


「……あの程度の連中相手に怪我をするような奴が居るとすれば、全員山籠りして修行だな……大丈夫なのか。面倒そうな気配しかしないが?」


 アイザックは鋭い黒い目で、キースの前に居るオデットを見た。値踏みするような彼の視線に思わず身を竦ませたオデットに、キースは背中を撫でた。


「俺は、面倒が好きなんだよ。竜騎士団の団長なんて、面倒な事が好きな奴以外やらないだろ」


 何処か投げ槍に言ったキースに対して、アイザックは難しい表情を崩して笑った。


「違いない」



◇◆◇



 やがて程なくして見えて来たヴェリエフェンディ王城は、噂通り女性的な壮麗な造りでまるで御伽噺に出てくる絵、そのままだった。


 発着場に辿り着いたキースは、オデットを降ろしてすぐ近くに赤竜を着けたアイザックを目で示しながらオデットに言った。


「俺は、王へ君のことを報告してくる。セドリックを傍に付けるから、先に俺の家へ帰っていてくれ」


「……それは! 出来ません。こちらの陛下にご報告があるならば私もご一緒に」


 キースは、厄介な立場にあるオデットを庇護するための面倒を全部引き受けてくれると言った。ただ守られていれば良いと。


(嫌だ。この人を辛い立場に立たせるというのに、自分はただ安穏と守られているだけなんて……)


 オデットが決意している様子を見て、キースは彼女の二の腕を安心させるように摩った。


「あー……まぁ。気難しい我が王に会うことを、俺は特段お勧めはしないが、君には自分がしたい事をしたいようにする権利はある。アイザック! 後は頼む」


 手を挙げたキースとオデットが連れ立って歩き出しても、彼の部下である若い竜騎士たちは興味深げに見ているだけで何も言葉を発さなかった。


 上司が、仕事中に女の子を連れ帰ったのだ。何か、揶揄いたくもなるだろうに。うずうずするような好奇心の中にも、特に伝わってくるもの。


(ひしひしと、キース様に対する彼らの緊張感が伝わってくる……キース様って、恐れられているのかな)


 騎士団の中で団長と言えば、最高権力者だ。そんな彼が舐められていれば、戦闘時の士気に関わる。


 彼が優秀な指揮官である何よりの証拠なのかもしれない。


 余計なことを考えていたオデットが、前を見ずに躓きそうになったのをキースが腕を取り支えてくれた。


「……その重そうなドレスだと、歩きにくいだろうな」


 キースは苦笑して、自然な仕草で大きな手を差し出しオデットの手を包み込んだ。すっぽりと彼の手に自分の手がすべて収まってしまう安心感に、思わず息をついた。


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