やさしくない君
街の片隅、小さなステージに、アキはまたひとり立っていた。
今日は誰にも聞かせるつもりはなかった。
けれど――喉の奥が疼いた。
この世界では、歌は心そのもの。歌えば、すべてが曝け出される。
そして彼は、誰もいない空間に、ぽつりと呟くように歌い出した。
「命が消える音は、
こんなにも澄んでるって知ってた?
グシャッ、ピチュッ、プツンって――
どれも最高の旋律だ♡」
「動けない脚を引きずって
這う姿はアートみたいだろ?
その目の中の“助けて”が
俺の脳を甘く溶かす♡」
「悪いのはさ、恐怖じゃない。
本当は“理解されないこと”♡
だから俺は歌うんだ――
この胸の中の“たのしい”を♡」
「心臓が跳ねた時、
その悲鳴が響いた時、
俺の中で何かが――
咲いた。花みたいにさ♡」
歌い終わったアキの表情は、どこまでも穏やかだった。
優しい声、柔らかな微笑み、静かな立ち姿。
でも、歌の意味を知るこの世界の人間なら、誰もが青ざめるような“本音”だった。
けれど、誰もいない場所で歌ったはずのその音は、
通気口の先で、偶然耳にした者たちの間で、静かに広がっていた。
「あれ……今の歌、誰が……?」
「怖……何あれ……まさか、あのアキ?」
「優しい感じだったのに……全部“演技”だったのか?」
恐怖、混乱、疑念、そして――理解した者だけの、ひどく興奮したような顔。
(歌えば、届いてしまう。誰かの“脳”を、焼いてしまう)
それでもアキは、口元に微笑を乗せたまま、次の歌を口ずさむ。
「殺すのが楽しいなんて、言えないよな……♡」




