やさしい君の、こわいやさしさ
もしもアキがヤンデレ系の歌が好きだったら。
この国では「歌」が人の本音を映す。
怒り、喜び、恋、すべてが旋律となって伝わる。
だからこそ、歌えないほど優しい彼は、みんなにとって憧れの存在だった。
アキ=マキシム。転生者。
誰にも怒らず、誰にでも優しい、完璧な青年。
「アキくんは……怒ること、ないんだね」
「怒っても、きっと謝ってくれそう……」
けれどある夜。
誰もいない森の奥で、彼は歌ってしまった。たった一人の“君”に向けて。
「君の笑顔、誰にも見せちゃダメだよ
だって、それは僕のものだから
誰かと話した君を見た日は、夜眠れない
胸の奥が、ぐじゅぐじゅに煮えて、苦しくてたまらない
指を切って、君の名前をなぞった
これでやっと、痛みが君に近づいてくれた気がした
だから、笑って。僕のために。
他の誰かを見たら、目を潰すから──ね?」
「鳥籠を編んだよ。金色で柔らかくて、温かいやつ
君をそこに閉じ込めて、毎朝おはようって言うんだ
誰もいない世界で、ふたりきりで、死ぬまで笑っていようね
ああ、神様
この子が逃げようとしたら、足を折っても許して」
「だって、君の全部が、愛おしいから
君の全部を、誰にも渡したくないの」
彼の声は甘く、優しく、切なげだった。
まるで初恋の詩のように、柔らかく世界に響いた。
だがそれを、草むらで偶然聞いていた町の人々は、凍りついた。
「……えっ、今の……“足を折っても許して”って……」
「金色の鳥籠って、比喩じゃなくて……ガチでは……?」
「アキ=マキシムって、誰か一人をそんな風に想ってるの……?
いや、あれって恋……だよね……?でも、でも……」
「…………なにそれ、最高すぎでは???」
恐怖と、魅力と、混乱と、恋が一気に爆発する。
翌日。町は大騒ぎだった。
「私に向けた歌だったのかもしれない説」
「いや俺にだろ」
「いいや、彼が視線をくれたのは私の方が先だった!」
「殺してくれてもいい(YES狂信)」
まさかの**“誰がヤンデレ対象か”論争**が各地で勃発。
さらに、国の吟遊詩人が**「アキ=マキシム、恋愛感情の開花か!?」**と題して歌を再現。
劇場で上演されたその夜、貴族の娘が6人気絶した。
一方、当の本人アキは。
「えっ!?まさか、あれ聞かれてたの!?!?
違う違う違う!!歌詞が物騒なのは比喩!!俺そんなことしないよ!!したくもないよ!!」
しかし誰も信じなかった。
むしろ“自分だけに病んでくれた”と、さらなる熱狂を呼ぶ。
「“僕のために目を潰す”なんて……恋の証でしょ……」
「お願い、鳥籠に入れて……!」
──そしてまた一人、彼の愛の狂気に落ちる者が現れる。
その夜、誰かが呟いた。
「こんなにも優しく、こんなにも怖い……
これが、本物の愛なのかもしれない……」
アキ=マキシムは今日も、全力で否定しながら走って逃げている。




