やさしい君の、優しくないうた:後日譚
「最近、また“夜の歌い手”が動き始めたらしい」
町の噂は再びざわついていた。
それは、**数日前の“あの曲”**が原因だった。
発端は、アキ=マキシムが密かに保管していた、昔作ったノート。
そこには彼の黒歴史がぎっしりと詰まっていた。血、死、狂気、裏切り、呪詛、孤独——
そして、ある日。
そのノートを紛失したアキは、探す途中で誤って“口ずさんで”しまったのだ。
かつて、家の壁を拳で殴りながら熱唱していた、あの問題作を。
「……嗤え、嗤えよ。塗り潰せよ、すべての色を
真っ赤な嘘で誓った、あの楽園を壊せ
愛なんて呪いだろ? だから潰したんだ、心臓ごと
あの日の約束も、焼け焦げた指輪も、燃やしたんだ
殺したよ。優しさごと
ねえ、君の名前を呼びながら、僕は何度だって笑ったんだ」
「踏みつけてしまえよ、過去も未来も夢も全部
ぐちゃぐちゃに潰して、それでも微笑む化け物でいよう
……だってさ、優しい顔をしてた方が、誰も逃げないからさ」
歌声が、風に乗って町の広場に響いた。
聞いた者は、また涙を流し、
中には手を合わせて祈りを捧げる者までいた。
「……この歌には、あまりにも深い痛みと、血の匂いがある……」
「“誰かを殺して、それでも笑ってた”って……まさか、アキくん……?」
一方、当の本人はと言えば——
「あああああああ!!なんで歌っちゃったの俺!?!?!?!?」
全速力で森を駆け抜けていた。
だがもう遅かった。広場にいた吟遊詩人が、それを“最高傑作”として曲に編曲し、城の演奏会で披露してしまったのだ。
結果、国王までもが震えながら呟く。
「……我が国に、あれほどの狂気を歌にできる者が……いたのか……」
「陛下、あの男こそ“夜の歌い手”と呼ばれる転生者、アキ=マキシムかと……」
「……一体、過去に何を背負ってきたのだ……」
──その夜。
アキの家には、感情制御の魔法師5人と、深層心理治療師2人、聖職者1人が派遣された。
「……アキさん。あの歌の意味、私たちに話してくれませんか……?」
「どうして“潰した”なんて……誰を、ですか……?」
「何度も“笑った”って……誰を、殺して……?」
「違うの!!あれは!!中二病っていう!!日本の文化で!!そんな実体験じゃなくて!!」
「“中二病”……!なるほど、自己解離状態で生まれた影の人格……!」
「“黒歴史”って言ってるじゃん!?恥ずかしいだけなの!!死ぬほど恥ずかしいの!!」
それでも世間は納得しなかった。
むしろ“中二病”という概念は、新たな信仰として広まり始める。
──「中二神教」として。
“痛みも怒りも嘘も孤独も、全てを叫びとして歌え。それが本当の姿だ”
そんな教義を掲げ、アキの曲を聖典とする狂信者が各地で現れ始めた。
「なにこのカルト……!?!?俺の黒歴史、伝説化してるの!?!?」
今日もアキは、蜂蜜パンケーキの歌を歌いながら、怯えて過ごしている。
「(頼むから……普通に過ごさせて……!)」
でもその柔らかい旋律も、どこか哀しみに満ちていた。
──「あんなにやさしい歌も歌えるのに、彼の心は常に戦場なのだ……」
──「やはり、アキ様の歌は全て、比喩なんだ……殺意と愛を込めた、深すぎる比喩……」
そしてまた一曲、彼の歌が“解釈”され、世界を駆け巡る——




