やさしい君の、優しくないうた
この世界では、歌が心を映す。
喜びも、怒りも、悲しみも、誰かを想う気持ちも——ぜんぶ、歌として自然に現れる。
だから誰もが、自分の気持ちを歌うことに恐れを持たない。
泣きたければ泣くように、嬉しければ笑うように、歌はただ“その人らしさ”を伝える手段なのだ。
そんな世界に、一人の転生者がいた。
「アキくん、今日もやさしい歌だったね〜」
「うんうん。あったかいし、心が落ち着くっていうか……」
「えっ、そう? ありがと、嬉しいなぁ」
アキ=マキシム。
どこにでもいる、物腰やわらかで、誰にも分け隔てなく接する青年。
繊細な子にも気を配り、誰かが涙を流せばそっと手を差し出す。
そんな彼が歌えば、どこか牧歌的で、澄んだ光のような旋律が人々の心に広がる。
……しかし、彼にはひとつ秘密があった。
それは「現代日本にいた頃、厨二病の全盛期に作った曲たち」——
地獄を嗤うような狂気の歌、血塗れの愛、冷たい殺意、黒い衝動。
「(……歌が心を映すって、こっちの歌じゃなきゃバレないよな……)」
夜、人気のない森の奥。
彼はイヤホン代わりに編み出した“静音結界”の中で、懐かしのメロディを口ずさむ。
「嗤え、この壊れた心臓に薔薇を咲かせろ……眠れ、永久に……誰も愛さぬまま……」
その瞬間、風が止んだ。
葉がざわめき、鳥が飛び立つ音。
結界にヒビが入っていた。
──偶然、通りかかった衛兵の少女がそれを聴いてしまったのだ。
「……い、今の……っ」
その場で彼女は膝をついた。感情の波に押し流されて。
(“誰も愛さぬまま死ね”……?こんな静かな怒りと哀しみを持つ人、見たことない……)
翌朝、町はざわついていた。
「昨日、森で……恐ろしい歌声を聴いたんだ……」
「血の匂いがした気がして、気がついたら泣いてた」
「“眠れ、永久に”って、死の呪詛だよね……」
噂は一気に広まった。
──誰が歌っていたのか。
──何の目的であんな曲を。
そんな中、広場でアキはいつものように微笑んでいた。
「うん。今日はね、蜂蜜パンケーキの歌、作ってきたよ」
明るく、優しい旋律。あたたかな光に包まれた歌声。
しかし、一部の人々は既に知ってしまっていた。
「(……あれは“演技”だったのか……?)」
「(仮面をかぶってる……あの人こそ、“夜の歌い手”だ……!)」
ついには彼に、警備隊長から直々に呼び出しが届く。
「アキ=マキシム。昨夜、森で歌った曲について……話がある」
「えっ……あれ……聞こえてたの……?」
「“聞こえた”だけではない。あの歌で三人が卒倒し、ひとりは感情の奔流で吐血した」
「……へ?」
その後、アキの周囲は微妙な空気に包まれていく。
誰もはっきりと“怖い”とは言わないが、笑顔の中に明らかな“警戒”が混ざるようになった。
——何を考えているか分からない。
——本性は違う顔をしているのかも。
——もしかして、何人も殺してきたとか……?
やがて彼の元には“歌い手の才能”を危惧した国家直属の使者が訪れ、こう囁く。
「その感情、隠す必要はありません。どうか、我が国のためにその“黒い心”を──」
「待って待って待って!?違う違う!あれは黒歴史なの!!本気じゃないの!!」
「……黒歴史?」
「つまり昔の恥ずかしい創作で……!!ガチじゃないからあんな歌詞になっただけで……!!」
「(……余計にヤバいやつだ……)」
こうして、やさしい転生者アキくんは。
笑顔の下に“殺人衝動を隠し持つ天才歌い手”という称号を与えられ、
密かに政府監視対象No.3となったのであった。
──今日も彼は蜂蜜パンケーキの歌を歌う。
だが、その背後には10人の護衛魔術師が配置されていた。
「(なんでこうなったんだろう……)」