ウルフィンの初陣
一万年後の宇宙。人類は銀河系全体に広がり、何十もの国家に分かれて戦争をしていた。主人公ウルフィンは士官学校の指揮官科を首席で卒業したエリートだが、彼の夢は巨大ロボットのパイロットになる事であった。彼は、初陣で、艦長でありながら巨大ロボットで出撃する。
ウルフィン・ブルースカイの夢は銀河系一のパイロットになる事だ。戦闘機のパイロットや戦車の搭乗員ではない。巨兵と呼ばれる巨大ロボットのパイロットである。
彼の時代は人類が初めて太陽系外に有人宇宙船を飛ばしてから一万年後であり、銀河系全域に人類が広がってバイオスフィアと呼ばれる都市を築き、生活している。
多くの国々が存在し、激しい戦争が繰り広げられていた。
「オレは絶対に、アントライオンズ帝国軍の巨兵乗りになる!」
彼は庶民の出身だったが、必死で努力し、士官学校に入学し、首席で卒業。十八歳で中尉の階級を与えられて、初任務に就いた。
配属先は輸送艦の艦長。初任務は前線に巨兵と食料を輸送する事であった。護衛に一〇〇〇メートル級の軍艦が一隻付いている。
「なぜだー! オレは巨兵のパイロット志望だったんだ!」
輸送艦オレンジタートルのブリッジで、ウルフィンは嘆いた。彼は身長は165センチと小柄だったが、細身で筋肉質の体をしており、茶色の髪と意志の光に輝く水色の眼をしている。
「あなたは士官学校の指揮官科を首席で卒業したと聞いてますけど、何で巨兵パイロット科に行かなかったんです?」
副長がウルフィンに質問した。副長のボロゾフ少尉は39歳。一兵士からの叩き上げである。ウルフィンの方が上官なのだが、年齢と経験の差があるので砕けた口調である。
「士官学校の巨兵パイロット科に入学したんだ! しかし、適性検査で指揮官の才能が高いと判定されたため、強制的に指揮官科に移籍されてしまったんだ!」
「ああ、士官学校では入学後に適性検査が実施され、その結果、別の科に移される事もあるんでしたね。私は行っていないのでよく知りませんが。」
「しかし、戦闘艦の艦長になれれば、巨兵に乗れるチャンスはある! 緊急時に巨兵で出撃が許可されているからだ!」
「そりゃ、艦が沈みそうで逃げる時に、巨兵に乗って逃げてもいいって事ですよ」
その時、女性オペレーターの緊張した声がブリッジに響き渡った。
「前方に未確認艦二隻出現! 小惑星の陰から現れました! ヒューマン・キングダムの1000メートル級二隻と確認! 敵です!」
ボロゾフ少尉は驚愕した。「何い!」
「直ちにセンサーで情報を収集しろ!」ウルフィンは鋭く命令した。
「敵艦二隻は護衛艦のグリーンホエールに砲撃! グリーンホエールはかなりの被害を受けました! 更に、敵は巨兵を約六十機発進させました! グリーンホエールも巨兵を三十機緊急発進させ、今、巨兵戦に入ります!」
「反転しろ! 本艦は戦闘宙域より離脱する!」
ボロゾフ副長が命令を下した。
「ダメだ! 反転せずここに留まれ!」
ウルフィンは鋭く言った。
「何言ってんです!」
「この艦は輸送艦だから、積載量は多いが速度が遅い! 今から反転して逃げても、護衛の軍艦がやられたら追いつかれて撃沈される!」
ウルフィンは考えがあって、副長の命令を退けた。しかし、ボロゾフはウルフィンが正気ではないと考えたようだ。
「状況解ってんのかよ! 万一にかけて逃げるしかねえだろうが!」
「方法はある! オレがこの艦に積んである巨兵に乗って出撃する!」
ボロゾフ副長は愕然とした。目と口を限界まで大きく開いている。
この輸送艦、オレンジタートルは前線の基地に運ぶため、巨兵を積んでいる。しかし、その巨兵はアントソルジャーという量産機で、外で戦っている軍艦の艦載機と同じ種類である。しかも、パイロットはこの艦には乗っていない。
「このガキが! お前は戦争ってもんを何もわかっちゃいねえ!」
副長は怒号を発したが、ウルフィンは怯まなかった。
「他に、オレンジタートルとグリーンホエールの乗員を救う方法はない! 代案があるなら言ってみろ!」
ボロゾフはぐっと言葉に詰まった。まともな方法では、この状況で生き残るなど不可能なのだ。
「命令だ! オレはアントソルジャーで出撃する! オレンジタートルの指揮はボロゾフ副長に任せる!」
ウルフィンはブリッジから出て行った。
新米艦長の頭がおかしくなったと思われたのか、誰も止めなかった。
「あと三分待って! 初期設定を終わらせるから!」
「ありがとよ! マジで助かったぜ!」
ウルフィンが命令しても、乗り合わせた古参の整備兵たちは協力しようとしなかった。彼が巨兵に乗って自分だけ逃げるつもりではないかと思ったからだ。
しかし、マリー・ベル・アントワーヌ技術上等兵が協力してくれた。マリーは一八歳の女性で、ウルフィンと同年齢、初任務のため前線の基地へ行く所だった。
ウルフィン・ブルースカイはアントソルジャーを見上げた。
全長10メートルの人型兵器。アリに似た頭部には白い大きな目が輝き、黒いボディカラーに金のラインが入っている。「美しい。カッコいい! 無名の兵士たちが命を預け、地獄の戦場を戦い抜く相棒! このシンプルで無骨なフォルム! まさに浪漫だ!」
ウルフィンは恥も外聞もなく叫んだ。
古参の整備兵の一人が「あいつ何言ってんだ? 安物の量産機だぞ?」と言ったが、ウルフィンは気にしなかった。
「準備できたわよ!」
マリーが光り輝くような笑顔で親指を立てた。
「ありがとよ!」
ウルフィンはアントソルジャーに乗り込んだ。
「ハッチを開けろ! ウルフィン・ブルースカイ中尉、アントソルジャー発進!」
戦況は味方が圧倒的に不利である。帝国軍のアントソルジャー部隊は15機にまで減らされ、敵軍のデモンクラブは五十機も残っている。
デモンクラブはアントライオンズ帝国の敵であるヒューマン・キングダムの巨兵で、赤色でカニに似た姿をしている。
右手のハサミにマシンガン、左手のハサミに大砲を装備しており、それらをアントソルジャー部隊に連射している。
軍艦グリーンホエールは敵の軍艦二隻を相手に必死で戦っているが、何発も砲撃を受け、傷口から内部機械が見えている。敵の1000メートル級軍艦二隻は、ほとんどダメージを受けていない。
「行くぞ!」
ウルフィンの乗るアントソルジャーは、マシンガンを連射しながらデモンクラブの群れに突入した。たちまち十機のデモンクラブが撃墜される。敵はマシンガンと大砲を斉射してきたが、アントソルジャーは超高速で宇宙を翔け、かすりもしない。
なぜ、このような事が可能なのか? パイロットの技量の差である。
巨兵の性能には限界がある、しかし、強さに上限はない、という言葉がある。パイロットの操縦技術が巨兵の性能に加算されるからだ。
巨兵はパイロットの腕に大きく依存する兵器であり、ただの兵士と達人だと、戦闘能力に10倍もの差が出る。
士官学校の指揮官科にも巨兵操縦の授業はあった。しかもウルフィンは自主的に操縦の特訓を行っており、これが初陣とはいえ、技量は達人の域であった。
アントソルジャーはショートソードを抜いた。「機心流、七星斬!」彼の学んだ剣術の奥義である。一秒で七体のデモンクラブが両断され、爆発した。
ウルフィンのアントソルジャーはそのまま敵中を縦横無尽に飛行し、剣で20機の敵巨兵を撃墜した。
残った十数機のデモンクラブは動揺した。「化け物だ!」「同じアリ巨兵じゃねえのか!」と、通信が聞こえてくる。
逆に、味方の士気は上がった。「強すぎる! エースパイロットが乗ってんのか!」「今だ、一斉に反撃するぞ!」
アントソルジャー部隊がマシンガンを一斉射撃して、デモンクラブ部隊は全滅した。
「後は、軍艦二隻だ」
アントソルジャーは黒いボディに金のラインを輝かせ、敵艦の砲撃を回避して接近、ショートソードでブリッジを破壊した。軍艦一隻は沈黙した。二隻目の軍艦に接近し、剣で装甲をX字に切り裂いて、残ったマシンガンの弾をそこから全て撃ち込んだ。二隻目の軍艦は大爆発した。
「終わった。これが実戦か」ウルフィンは爆発に巻き込まれないよう、距離を取り、戦場を見渡した。
軍艦グリーンホエールと輸送艦オレンジタートル、それにアントソルジャー十五機は救われた。
人の命を奪ったという胸の痛みと共に、巨大ロボットに乗って戦って勝ったという喜びが押し寄せてくる。ウルフィンはコックピットの中で泣いていた。
「始まった。オレのパイロットとしての人生が」
輸送艦と軍艦が前線基地に着くと、基地司令の大佐はウルフィンの戦果を絶賛し、君のおかげでグリーンホエールとオレンジタートルの乗員、合計千名とパイロット十五人の命が救われた、と言ってくれた。
しかし、それはそれとして輸送艦の艦長がブリッジを放り出し、巨兵に乗って出撃するなど前代未聞だ。軍の規則を50は一度に破った、と叱責し、ウルフィンをぶん殴った。
褒められると同時に叱られたのである。ただ、それ以上の罰はなく、大きな戦果を上げた事と味方の命を救ったことは事実であったので、ウルフィンは大尉に昇進した。しかも、軍艦ウォークライの艦長に就任し、最前線に赴任する事になった。
こうして、ウルフィン・ブルースカイの軍人としての人生が始まった。