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EPISODE 05: IT’S LIKE THAT / WHAT IT’S LIKE

 まただ、not this again, that dream, またあの夢かよ──もうこの夢、何回見りゃ良いんだよ?

 小学校の頃から、オレはずっと同じ夢を見てる。

 ある時は本人としての主観的な目線で、別のある時にはその風景を上から眺めてる客観的な目線で、けど、どっちにしたってほぼ同じ内容の繰り返しだ。

 その夢の終わりには、オレは必ず切腹をして死ぬ。そして夢から醒めた時にオレは全身冷や汗だらけになってて、同時にぐったりと疲れ果ててもいて、オレは布団の上でしばらく身動きが取れなくなる── that’s sooo nasty, 本当に嫌な夢だ。

 中学校に上がって思春期を迎えると、オレがその夢を見る時には必ず夢精する様にもなった。朝目が覚めると下着が湿っぽくて、中に手をやると粘つく精液が指にまとわりついて不快だった。Damn, うーティッシュどこだよ、今日もすげえ匂いだな、部屋に今ビニール袋あったっけか?

 オレに兄弟はいない。否、ただ認知されてないってだけで日本のどこかにはいんのかもしんないけど、今んとこ特に知り合う機会もない。クソ親父は相変わらずほとんど家に帰って来ないし、珍しく顔を合わせた時は大体がギャンブルで負けたウサ晴らしで一方的に殴ってくるから、自分の身体と心のセンシティブな変化を、身近な歳上の同性相手に相談をする事も出来なかった。

 それに、I’m not only a dreamer, not only into samurai or ninja, 切腹する夢だけをひたすら見てるって訳じゃない。

 オレはほぼ毎日、色んな夢を入れ替わり立ち替わり、見続けてた。ある日に見た夢の続きが、その数日後に再開されてさらに話が続いてく、なんてのもしょっちゅうだった。いくつもの夢の中でオレは、今とは違う場所、違う時に、違う姿で生きてた。

 ある時にオレは、薄桃色の大きな河を前に佇 (たたず) む、『白い獣』の姿だった。

 またある時のオレは、強い日差しが照りつける砂の大地を生きる、黒い肌の少年だった。

 別のある時は、緑の濃い山の間を流れる河のそばで暮らす、赤い肌の少年だった──その時によって多少の移り変わりはあるけど、今までを振り返ってみても、この赤い肌の少年として生きる夢を見んのが、今んとこ一番多いんだよなぁ。

 赤い肌の少年の夢ももちろんそうだけど、たくさんの夢ん中でオレが置かれてた周囲の環境は、目が覚めてる時の今のオレの環境とは全然違うものばっかだった。オレはひと度夢から目を覚ますと、夢ん中で自分が一体何を見てきたのか、どんな内容だったかを自分自身できちんと納得したかったから、本屋や図書館に何度も足を運んでたくさんの本を読んで、その夢ん中で見た風景に関係ありそうなものがないかを調べた。

 すると不思議な事に、オレが夢で見た場面のほとんどは、夢占いに出てくる幸運や不運のシンボルみたいな安っぽいヤツなんかじゃなくて、遠い昔の中東の民族や、北米先住民の文化や生活の、実際の場面だったかもしれないって事が分かった。もちろん、今までにそんなものに触れた事なんて一度もない。そもそも社会科とか歴史の授業とか、オレ嫌いだし、興味もねえし。

 ただ『白い獣』として生きる夢の世界だけは──実際の体験としての確かな感触はあるんだけど、それがちょっと独特の風景と展開ばっかで上手く言葉で表現出来なくて──歴史や文化として確認出来そうな内容は、結局どこにも見つけられなかった。

 その世界だけは、今のオレが生きてるこの世界と同じじゃないっぽいんだよなぁ。『白い獣』として体験した出来事、見聞きしたものが、現代の日本語や英語じゃあちょっと表現出来ない事ばっかなんだ。Checkin’ up right or not by the book, but still never figured it out, だから、もし今の言葉、今あるもので表現するとしたらまぁきっとこうなんだろうなって推測して、その時のオレなりにどうにか理解にこぎつけるって以外、他に良い方法は見つからなかった。

 つたないオレなりの今の言葉で説明してみるとすると──『白い獣』としてのオレは、仲間と一緒にいつも『黒い何か』と戦ってばっかだった。乗り物っぽいものに乗って移動して、その乗り物の中や現地で作戦内容を確認、そして現場に到着すると電光石火の勢いで、something black ‘n’ scumbag, but still kickin’ it loud, オレと仲間達は『黒い何か』を次々と狩り始める。

 その狩りの手段ってのがちょっと独特で──オレは常に軽装で狩りに行く。

 そしてオレは、『言葉』と少しの『身体の動き』を使って『黒い何か』を狩る。

 しかもそれはゲームの必殺技や魔法みたいに、派手な音やエフェクトがあるもんじゃなくて、オレの言葉と動きが完了すると『黒い何か』が急に動かなくなってその場に崩れ落ちる、っつう何だか結構地味なもんだった。Not lettin' Ifrit's brutal hellfire blaze up, not judgin' wit' any bolts or lightnin', 別に地獄の炎は吹き荒れてはくれねえし、裁きの雷だって落ちたりしなかった。

 そんな地味ィな狩りが、色んな風景、場面、状況で、ひたすらずーっと展開されてく。

 空から客観的な視点で『白い獣』の夢を見てる時、その戦いの様子はパッと見──まぁあんま格好良い感じじゃあない。けど主観的な視点、オレが『白い獣』自身として狩りに行く時は地味である事なんて一切気にも留めないで、ひたすら必死に日々の過酷な任務をこなし続けてく。

 そして客観的な視点で『白い獣』の姿に目を凝らして良く観察してみると、ライオンみたいなのに完全なライオンじゃなくて、トラみたいなのに完全なトラじゃない、不思議な雰囲気の外見をしてる獣だった。ライオンみたいな鬣 (たてがみ) はあるけど、ライオンほど長くはない。トラみたいなシマ模様があるけど、トラほどはっきりとした濃さでもない。どっちとも言えないし、どっちの特徴もちょっとずつ持ってるって感じの、まぁそんな不思議な姿だ。

 自分自身がその『白い獣』として夢ん中を動き回ってる時には、自分のその姿に対して疑問を持つ事なんてない──そりゃあそうだ、だって本人だし? けど夢から目が覚めるとその度に毎回、オレって相変わらず不思議な姿だよなぁって思ってしまう。図鑑でホワイトライオンやホワイトタイガーは見たけど、けどやっぱりそれでもライオンはライオンで、トラはトラだもんなぁ。

 まぁそれでも、例えどんな内容でもオレの見る夢の物語は、個人的には面白えなーって感じるものばっかだったから、見た夢の内容を出来るだけ日記に書き残しとくのが、いつの間にか日々のオレの習慣になってった──メモは大事だぞ? 朝起きてすぐはちゃんと覚えてんだけどなぁ、けどオレ頭悪いからな、動き出すと途端にどんなんだったか全部忘れんだよなぁ──たまに、メモをどこに書いたか自体を忘れるけど、まぁそれはもう仕方ない。その時は男らしくあきらめる。

 そしてその日記やメモを読み返してみると、オレの夢は別の人生を生きるオレの物語として前後に確かな脈略を持ってて、ちゃんと一貫した流れがあるんだって事もだんだん分かってきた。

 ──にしても、今日の夢の終わり方だけはいつもとちょっと違ってたな。忍士 (しのびざむらい) としてのオレの人生の最後は、いつもは切腹して、オレをハメたヤツを道連れにしようとして失敗に終わるだけ──今まではその繰り返しだった。けど今日は不動明王に腹パンされて終わってたな、しかも光る玉を腹の奥にねじ込まれてたし──今度、近所の不動尊にお参りに行っておくか。線香買って、護摩焚 (ごまた) きでもしてもらおう。良い匂いの煙が、オレを助けてくれる気がした。



 「え、夢?」

 学校の教室で、オレは会話の中にさりげなく夢の話題を交ぜてみた。

 皆んなは普段どんな夢を見てて、どんな夜を過ごしてんだろう? どんな姿で夢ん中を旅してんだろうな? 思い返してみれば、今まで誰かにそれを確かめた事なんてなかったから、オレは興味本位で級友に聞いてみた。今の中学校は小学校と違ってオレを無視するヤツはいないし、黒板に悪口を書かれるって事もない。

 「Yah, 寝てる時に見る夢。いつも毎日、皆んなはどんな夢見てんだ?」

 「夢なんてそんな毎日見ねーよ、あっても月に何回か、じゃないのか?」

 「Ah, ya for real!? (え、マジで!?)」

 「そういや俺、今年に入ってからは一回も見てねぇなぁ」

 「そんな毎日見てたら寝不足になりそうじゃね?」

 「あー夢ん中でも良いから毎日デートしてぇなぁ」

 「お前はその前に早く童貞捨てて、毎日シコんのから卒業しとけよ!」

 マジかよ、夢は普通、毎日見るもんじゃないのか──って、オレはこの時に初めて知った。

 「Anyways, I be like, じゃあ朝起きた時には、皆んなの頭ん中にはどんな曲が流れてんだ?」

 たくさんの夢を見ると同時に、オレは夢から覚めると毎朝必ず頭ん中で、結構なボリュームで音楽が流れてる。それは決して鼻歌みたいにふんわりしたもんじゃなくて──。

 Like, one day kickin’ that, 例えばある日は、ya know what I'm sayin’, everybody else in the world, I just want y'all to do one thing and that’s the right thing, ya got to do the right thing, do the right thing, って感じで朝からノリノリだし?

 Another day blastin’, 別の日には、I wear my Adidas when I rock the beat on stage front page, every show I go, it's Adidas on my feet, high top or low, my Adidas, my Adidas, って感じでリリックがハッキリ聴こえてくるし?

 The other day rockin’, そんでまた別の日には、well, they say the sky's the limit and to me, that’s really true, but my friend, ya have seen nothin’, just wait 'til I get through because I'm bad, I'm bad, really, really bad, and the whole world has to answer right now, just to tell ya once again, who's bad? って感じで朝からオレの部屋がダンスフロアになっちゃうし?

 って毎朝毎晩、毎日がこんな具合で、オレの頭ん中はいつでもジュークボックスみたいだった。全部、身近な英語話者がオレに教えてくれた英語の曲ばっかだけど、オレはその頭ん中の音楽に合わせて身体を動かしながらじゃないと、その日1日をどうしても始められなかった。

 それだけじゃない、時計の音、蛇口から流れる水、開閉する扉、雨どいを滴り落ちる雨、日常の暮らしの音の全部がリズムを奏 (かな) でてるし、じっとしてると自分の心臓がリズム良く鼓動する音だってちゃんとはっきりと聴こえてくる。

 オレの目に入ってくるもの、鼻に入ってくるものだって全部がそうだ。聞こえる言葉、本の文字、風景、料理の匂い、一定の間隔で並んでるもの、調和が取れてるよなって感じるものは全部良いリズムに『聴こえる』し、それが酷く崩れてれば吐き気がしてきて、「Don’t front, no skills, huh!! (この下手くそが!)」って怒鳴りたくなる。

 小学校の時からずっとそうだった、自分の中の感覚自体は特に変わってない──ただ、中学生になって色んな音楽や本に触れて、その感覚を的確に表現する言葉をオレが覚えた、ってだけだ。

 そういやその教えてくれた人達が言ってた、オレが気に入った曲やラッパー、シンガーの話題になった時だ。オレが「Kid と Kingpin の髪型マジ最高, Naughty のフーディ格好良い、あと最近、MJの曲がすっげえ好き」って言ったら肩を抱かれて、親指を立てて言われたんだ。

 「Yo, Tiger, my lil’ bro, All African-American teens gotta fall for MJ once, guess that makes ya one of us right now, aight?

 (よぉ兄弟、アフリカ系アメリカ人の10代はな、皆んな一度はMJを好きになるんだよ。だからお前も、今や俺達の立派な仲間って事なんだぜ?)」

 オレは皆んなから兄弟だって認められた気がして最高に嬉しい気持ちになって、wit’ our fist bumps, 拳を合わせて笑顔で皆んなに応えた。

 Boy, close my eyes, let that rhythm get into me, don't try to fight it, there ain't nothin' that I can do, relax my mind, lay back and groove with mine, オレの日常は、その全てが音とリズムから出来てる。

 We can ride the boogie, share that beats of lives, だから、皆んなにはどんな音楽とリズムがあって、この世界はどういう風に聴こえてんだ? 興味あるぞ?

 Feel the heat, feel the beat, I wanna rock with ya, dance ya into day, I wanna rock with ya, we gon' rock the night away, きっと皆んなそれぞれ、ユニークでオリジナルな音とリズムがあんだろうなぁ。

 「は? 朝から頭ん中に音楽が流れんの? そんなん聞いた事ないぞ」

 「むしろ朝から音楽なんて聴きたくねえわ」 

 「オレもそんな経験ねえなぁ、タイガはよっぽど音楽好きなんだな!」

 「将来はミュージシャン向きかもなぁ、今からバンドでもやれば? ギターとか良くね?」

 「Oh, ya do for real—? (え、マジでそうなの...?)」

 自分自身から流れる音楽に乗らないで、じゃあ皆んなは一体どうやって今日1日を始めて、どうやって毎日生活してるってんだよ? 音とリズムを頼りになんかしなくても、皆んなは普通に生きてけるって事なのか? けど、もしオレがそうしなかったら、オレだけこの世界であっという間に迷子になっちゃいそうだよな──って思った。



 中学校はカンちゃんとは別々の学校に進んで、小学校卒業後は自然と会う機会もなくなった。知り合いのほとんどいない学校だったけど、不安よりも新しく刺激的な環境への興味の方が勝ってたから、特に気にもならなかった。

 入学した中学校は部活動の入部は任意で、必須じゃなかった。けど家にもいたくなかったから、オレは入部出来そうな部活をちょっと覗いてみる事にした。

 Like the road runner dodged coyote’s trap, 小学校の頃からギンガとの毎日の散歩の中で、短距離のダッシュ練を自然と何度も繰り返してたオレは、meep, meep, とにかく足が速かった。小学校高学年の頃には学区内の陸上競技会に呼ばれるほどぶっちぎりの速さだったから、足腰や基礎体力にはそれなりに自信があった。

 けど中学で陸上部に入ろうとは思わなかった。あくまでもギンガと一緒に走るから楽しいんであって、it real bugs for me, 風景や音や匂いが全然変わらない、味気ないトラックを1人でひたすら廻り続けるってのには、オレはどうしても興味が持てなかった──つーか、何もないとこをどうして皆んなずーっと走ってられんだよ? そんなんすぐ飽きんだろ? え、飽きねえの?

 クラス分けされた1年生の教室の中で話せる様になった級友達は、なんでか知らんが運動系の部員、特に剣道、柔道が多かった。話の流れで剣道部や柔道部へ勧誘されたけど、竹刀を持ったり畳の上で運動するってのも、オレはどうしても気が乗らなかった。

 他の数ある部活の中で唯一興味を惹 (ひ) かれたのはアーチェリー部だった。弓矢で的を射抜く。たったそれだけの事なのに、部活に打ち込む先輩達の姿を見て、オレの胸は高まった。構える立ち姿、的を見つめる真剣なまなざし、射出までのピンと張り詰めた空気、的を射抜いた瞬間の鈍くて乾いた音。These are like lightnin’ thunderbolts, リズムがあって、全部が美しい音楽みたいだなと思った。

 それに、夢の中でも赤い肌の少年として、オレは何度も何度も弓矢の練習をやってもいる。

 目の覚めてる今の自分が弓矢を構えてる姿を、夢ん中の赤い肌の少年の姿に重ね合わせると、オレは最高に楽しい気分になった。オレが部活に入るとしたらここしかない──けど部の人から話を聞くうちに、アーチェリーを始めるには自分専用の道具一式を揃える必要があって、その為にはずいぶんな額の金が必要になるってのを、オレは知った──嫌な予感がした。



 「あの、部活に入んのに金が必要なんだけど。アーチェリー部」

 学校から帰宅して母親にそう告げると案の定、予想通りの反応が返ってきた。

 「家のどこにそんな金があるっていうの! お父さんの後始末で毎日精一杯だってのに、あんたの部活なんかに出せる金なんて、ある訳ないじゃない!」

 オレは知ってるけどな? いつもいつも金がねえって言う癖にこの前、鼻が曲がるほど臭えのに無意味に高え化粧品をたくさん、それに、宝石ついた派手な指輪も新しく買ってたよな? こいつはマジで何言ってやがんだ? あー早くあの漫画の続き読みてえな。

 「Umm, my bad, あーオレが悪かったよ、家の事考えないで部活の話なんかして」

 何も悪い事なんてしてなくても、オレは一切悪くなくても、相手が尊敬出来る人間じゃないって分かってても、とりあえずこの場で頭を下げとかないと、クソ親からの暴力暴言はますます酷くなってって、最後には収拾つかなくなるって事を、オレは幼い頃からこの身に叩き込まれてきた。それはオレの身体と心の奥深くに刻み込まれて、いつの間にか条件反射みたいになった。

 けど心からの返事をしてないってのは、オレの目つきや態度を見ればすぐにバレる。オレは嘘をついた時にそれを隠そうと思っても、すぐ表情や態度に出る。それを見た相手はますます逆上するけど、オレは最後まで上手く演じ切る事がどうしても出来なかった。だからきっと、オレは演者さんには向いてないんだろうなって思う──他の誰かにはなれない、オレは何をどうしてもオレにしかなれない。

 目の前では母親の支離滅裂な説教がまだ続いてる──声もリズムもマジ最悪だな、オレの好きなミュージシャンとは大違いだよ、今度またレコードショップに遊びに行こう。

 だいたいさ、生まれ持ったこの目つきをどうやって変えろってんだよ? This sharp-eyes wit’ my piercin’ gaze, even if callin’ these slanted, オレは自分の、この鋭い目が好きだけどな?

 例え道具一式を揃えるだけ金が用意出来たとしても、年間じゃあすぐに小さくなって着れなくなる練習用のジャージやユニフォーム、大会参加費や合宿費がかさんでくよな。その度にオレが金の話をすれば、一体何がどうなるのかは──まぁ簡単に想像がつく。だからこれで良かったんだよ。途中でダメになるよりも、いくらかマシってもんだろ?

 Yo, man, guess how the world works, huh, そうだ、きっと世の中こんなもんだろ。

 何かを期待するだけムダなんだよ、自分がみじめになるだけだ。そう何度も自分に言い聞かせては、傷を浅くして生きてくしかない。結局オレは部活には入らないで、放課後には繁華街のゲームセンターや本屋、レコードショップをうろついてから帰宅する生活を送り始めた。



 カンちゃんにゲームの楽しさを教わってから、like, Ninja Gaiden, Street Fighter II, Samurai Spirits and more, ゲームセンターでは『ニンジャ』や『サムライ』が活躍するアクションや対戦格闘をするアーケードゲームを、オレは好んで遊ぶ様になった。

 家庭用ゲームだと、同じく『ニンジャ』『サムライ』が冒険する RPG が大好きだった。漫画や小説でももちろん、『ニンジャ』『サムライ』が活躍する作品ばっかを好んで読んだ。

 中でも主要登場人物の中にニンジャの王子が出てくる RPG は、繰り返し何度も遊んだ。ニンジャの王子は銀髪に忍装束を着て、両手に1本ずつの刀を持って、忍術や手裏剣をも駆使して素早く敵を倒す格好良い戦士だった。Edward Geraldine, his government name, 口は悪いけどお調子者の熱血漢で、国を滅ぼされた敵討ちとして冒険の一行に加わる、って物語だ。

 小学生の頃からオレの髪は、ひと目ではっきり分かるぐらい白髪だらけだった。しかも学年が上がるにつれて、白髪の数はどんどん増えてった。けど完全な白にはならなくて、黒と白とが中途半端に混ざり合う感じ──あれ、なんだろなこの感覚?──中学校でその事をからかわれる事はなかったし、オレ自身その髪色を嫌いでもなかったけど、明らかに周りとは違う自分の外見に、思春期の男子の1人としては正直戸惑いを隠せなかった。

 まぁだからこそ、オレと同じく周囲と違う髪色で、過酷な状況でも己の信念に従って戦い続けるニンジャの王子の姿は、その頃のオレの心の支えだった、って事だ。

 レコード、ゲーム、漫画、小説、遊びに注ぎ込むだけのオレの金の出どころは、父方の叔父さんがくれる小遣いだった。クソ父親は昔から気まぐれにオレを車に乗せては、クソ父親の兄である叔父さんの家に連れて行った。叔父さんは土建屋を営んでる社長で、たくさんの男の人が出入りするでっかい家に住んでた。

 叔父さんはオレ達が遊びに行くといつも必ず笑顔で出迎えてくれて、オレを可愛がってくれた。出前で高そうな寿司を頼んでくれたり、見た事ない厚さのステーキを食べにレストランへ連れてってくれたりもした。そしてクソ父親が席を外してるタイミングを見計らって、叔父さんは必ずオレに小遣いをくれた。

 けどそれは叔父さんだけじゃなかった。土建屋に出入りをするコワモテの男の人達も、叔父さんと同じ様にオレを可愛がってくれて、they also be homies, やっぱりなんでか皆んなクソ父親がいないタイミングに限って、次々とオレに小遣いを握らせてく。

 気づけば幼い頃からの恒例行事だったから、どうして皆んなからこうも毎回小遣いをもらえるのか、オレは深く考えた事がなかった。それに、叔父さんの家に行くとクソ父親はその日1日ずっと機嫌が良くて殴られたり怒鳴られたりしなかったから、オレも叔父さんの家に遊びに行ける事自体が、小遣いをもらえる事よりも素直に嬉しかった。

 もらった小遣いは部活の道具一式を揃えるには全然足りない額だったけど、家でメシを食わせてもらえなかった時のメシ代としては充分な額だった。レコードやゲームや漫画や小説は、生活に余裕のある時にその小遣いの中から買って、オレなりに無理なく楽しんでた。叔父さんがくれた小遣いが底を尽きた時は、見た夢の内容を調べるついでもあって、図書館で興味の持てる本を借りて片っ端から読んだ。

 それは、もっと色んな事を知りたい、っていう単純な知的好奇心からだけじゃなかった。

 いつからか、オレはこの世界のあらゆる物事を、出来るだけ色んな角度から知らなきゃいけないんだ!っつう信念が何でかオレの中に存在してて、その信念に突き動かされるみたいにして、オレは偉大な先人達が書き残してくれた、たくさんの知恵と知識の宝庫を次々と吸収してった。



 そしてその頃に、オレが一番強く興味を持ってたトピックは『仮想現実』だった。

 世の中で情報通信網が拡大して、一般企業や家庭にもコンピュータが爆発的に普及し始めた頃だったから、たまたま行った本屋の専門書の一角をふと見ると、世の中の動きに合わせてなのか『仮想現実』についてを扱った本が何冊か並んでて、何となーく気になったから手に取ってみて、何となーく立ち読みを始めたのがきっかけだった。

 上手く言葉には出来ないけど、『仮想現実』っていう言葉の中に、オレが毎日見てる『夢』と似た感触を、何となーくオレは感じ取った。中学生だから、その概念とか、専門書に書かれてる事の全部を理解出来た訳じゃもちろんなかったけど、それでもオレがいつもこの世界に対して感じてる違和感を説明すんのに、充分な知識を得る事は出来た。

 Like, sufferin' abuse, torment 'n' all kinds of ill-treatment, 殴られれば、誰だって痛いだろ?

 It’s so real, whack for my body ‘n’ soul, 傷つくし、血だって出るよな?

 質量を持った物質、物理的な肉の体を持ってオレ達は生きてんだから、そりゃまぁ避けて通れないに決まってる。

 けど実際には、肉体っていうこの物理的な肉の体はあくまでも模擬実験 (シュミレート) されてる仮想プログラムに過ぎなくて、プログラムそのものを動かして、計算する──つまり考えたり、感じたりする本体は、物理的な肉の体──要はオレ達の身体の中にはないんじゃねーのか?

 しかも、個人を規定して動かしてるプログラムと、それら複数を一気にまとめてる別の上位のプログラムが同時に動いてたりすんじゃねーのか? そんでもってこの上位のプログラムってヤツこそが、宇宙とか神様とかの名前で呼ばれてるもんなんじゃねーのか? だからこの世界はそれら無数のプログラムが見せている幻影であってさ、実在っていうものはそもそも、否──。

 (This is like straight-up a video game for real, huh, これじゃあまるでマジでゲームだな)

 オレはため息と共に本を閉じた。自分が感じた事を誰かに話す気にはならなかった。

 学校の級友や先輩達の間で、こんな話は出た試しがないもんな。あいつら流行のテレビドラマの俳優、アイドルなんかにいっつも夢中で、きっと話が通じないどころか不思議そうな顔しながら、オレを鼻で笑うのがオチだろうな。

 オレが見てる夢だってそうだ。

 特に『白い獣』の夢は普段やってるゲーム、読んでる漫画や小説に、思春期の少年らしく影響されてるだけだ、って言われるに決まってる。けど、it’s edgy, but my own, original self, オレが夢ん中で体験した事はどれも初めて見聞きする物語ばっかだ──何かに影響されたり、想像力を働かせた訳じゃないんだけどなぁ。

 それに、もし自分の住んでる物理的なこの世界が幻影だったとしても、オレの見てる夢が今のオレと並行して同時に走ってる仮想プログラムの実験なんだとしてもだぞ、どっちにしたって今のオレが親からボロクソやられてる無力な中学生の子供って事実は変わらないんだよなぁ──しかも幻の癖に腹は減るんだぜ? 笑えるよな、とりあえず今日の夕メシ、何にすっかな。

 オレは読みかけの本をそっと棚に戻して、雑誌のコーナーへ移動した。前から欲しかった雑誌があったんだよな。夕メシ我慢して、雑誌買っちゃおっかなぁ。迷うとこだけど、腹に何も入れないまま明日の朝まで過ごすのはちょっときついよなぁ? 雑誌の中身をもう1回だけ確認してから考えてみても良いかもしれないよな、なぁどう思う?

 目線の先にはファッション誌が積まれた平台が見える、この先だ。続いて音楽誌の台を通り過ぎると、目当てのバイク雑誌のコーナーがあった。

 学校帰りの道端ですっげえ格好良いバイクを見かけて以来、オレは本屋でバイク雑誌を立ち読みする様になった。中学生のオレじゃまだ免許は取れないけど、中学卒業して誕生日を迎えたら、オレも免許取って400ccってのに絶対に乗ってやるんだ。バイク雑誌のページをめくる指が、目的のページで動きを止める。何度見ても格好良いよな、Kawasaki 製の ZEPHYR400。

 ──いつか必ず、オレはこれに乗る。



 英語の授業は酷く退屈だ。

 中学校から始まった英語はそれなりに得意な教科──になるはずだった。But, ya know, all I got is slang ‘n’ dirty words in my vocab, 英語に関するオレの知ってる単語や表現は、日常会話のカジュアルなスラングや汚い言葉ばっかだったから、机に向かって改めて『正しい英語』を学ぶってのは、オレにとって酷く苦しい時間だった──え、マジでこんな言い回しすんの? は? Be 動詞? 目的格って何だよ?

 英語の先公はいつもオレを目の敵 (かたき) にしてる。質問に対して、絶っ対にオレが『正しい英語』を使って答えないからだ。『正しい英語』なんて普段の会話、日常生活の中じゃまず聞かない。そんなの、一度でも英語話者と話せば誰だって分かんだろ? だからこそスラングや汚い言葉の方がオレにとっては使える『正しい英語』だし、そもそも話せなきゃ意味ねえだろ?

 オレは普段の日常会話でこそ日本語使ってるけど、それは選ぶ単語が単に日本語だってだけで、頭ん中の思考回路、文章の組み立て方は英語によるスラングの構文が基本になってた。だから良く略すし、荒いし、カジュアルだ──身近だった英語話者達の影響が大きいんだろうな。

 とっさの言葉や、会話と会話の間を埋める感嘆詞、“filler” って呼ばれる言葉なんかも、短めのスラングで出てくる事が多かった。Yo, c'mon, oops, aight, for real, damn, shit, bullshit, nah, fuck, kill ya, 会話の最後に相手の反応を引き出すつもりで “huh?” ってオレが言うと、それがどんなに軽いトーンだったとしても『挑発』や『反抗』だって受け取られて、周囲の日本語話者との間では摩擦が起きたりした──何でだよ!? これ、伝わんねえの!?

 「Well, tell us your favorite musician, and the reason, why you like them.」

 教壇の前では英語の先公が、今日の課題を提示してる。どうやら今日はスピーチ課題らしい。しかもこれは全員答えなきゃいけないヤツだ、fuck off, うぜえったらありゃしねえな。

 級友達は日本の有名なミュージシャンの名前を挙げては「Because they are cool.」とか「Because their sounds are good.」だとか訳分かんねえ事を言い始めた。マジかよ、これ1時間ずっと聞かされんのかよ!? あー何か腹立ってきた。Bullshit, what the hell ya sayin’, これマジもんの地獄なんじゃねえの!?

 そのうちにオレの順番がやって来た──先公がオレをにらんでる。その目つきがますますオレをイラつかせる。オレは我慢出来ずに、先公の目を見てガンつけながら、一気にまくし立てた。

 「Yo, listen up, guys, ya gotta check this out, Michael Jackson’s Bad, Run-D.M.C’s Raisin’ Hell, TLC’s on the Tip, ‘n’ Beastie Boys’ License to Ill, ya feel me, they be so phat ‘n’ dope. Real talk, then y'all down wit’ me, I swear —Oh, totally left this out, Mariah’s Emotions, she's so fly, no doubt, ‘kay, huh!?」

 教室の中の空気が一瞬にして凍りついたのが分かった。オレが普段から英語を使う事は級友達もすでに知ってる。この空気の変化はその事に対してじゃなくて、英語の先公がオレに対する怒りと憎しみの炎を燃やしてる事に皆んなが気づいて、その先公の表情を見て驚いてたからだった。

 そして、英語の先公はオレに向かってこう言った。

 「Oh, you like pedo, sellouts, sluts, wannabes and mulatto? They all be half-assed freaks, and look mean or nasty, right? (皆んな揃って中途半端なヤツらばっかだな、おまけに性格まで悪そうだもんな?)」

 Whack, what the hell this shit sayin’ for real!? は!? クソが、マジ何言ってんだよ!?

 This dude, even though a teacher, real damn crazy, huh, こいつ本当に教師かよ!?

 それは物凄く不快な音としてオレには『聴こえ』た。けど級友達は相変わらずキョトンとした表情のままだ。先公の放った攻撃的な言葉が一体何を意味してんのか、こいつらまるで分かってねえんだ!

 英語と同じ様に、日本語にだって差別的な表現は存在する。

 ただ、英語に比べるとそのバリエーションはかなり少ないと思う。少ないはずなのに、その差別的な表現はオレの周りやメディアでは堂々と使われてたりもする──意味分かんねえ、この国で暮らす人々ってのは、言葉の扱いに無頓着 (むとんちゃく) 過ぎんだよ。

 多分、世界で最も難しい言語の1つに数えられてるって事で、自惚 (うぬぼ) れて、自分達の立場の上に胡座 (あぐら) をかいてんだろうな、ってオレは思う。だから英語でその表現を聞いても、それを日本語に置き換えたとしても皆んなにはピンとこない。それって難しさだけが先行ってて、中身の教育や文化がたいして追いついてねえって事だろ? 逆にバカなんじゃねえのか?

 ”Mulatto”, for real, it means, huh, この言葉はな、この言葉は彼女に対して本当に絶対に言っちゃいけない言葉なんだぞ?

 有名な “Smells Like Teen Spirit” の歌詞にも出てくる単語だから、聞いた事ある人もいるかもしんねえけど──でも例え音楽作品だったとしてもこれはマジで危険な表現だし、そもそも日常生活や会話の中での使用はまず絶対にない。しかもそれを学校で、おまけに授業中に使いやがったんだぞ!? もしこんな言葉を街ん中で不用意に使ったりでもしたら、地域によっちゃ殺されんだぞ!? この先公、自分で死ぬフラグ立ててんだぞ!?

 前に身近な英語話者がオレに教えてくれたんだ、「Yo, my lil’ bro, Tiger, tellin’ ya my truth—even though some lines might sound phat ‘n’ dope in music, but ya gotta know there’s stuff, ya can’t say to someone’s face, ‘cause it’s gonna disrespect ‘em ‘n’ hurt ‘em. So, ya gotta be real careful how creepin’ wit’ your lines, also see how your lines go hard, ya know. And my lil’ bro, if ya wanna be a real one, spit your lines to protect your people, not beat ‘em down, ‘kay?

 (タイガ、大事な事を教えてやる。音楽の中では格好良く歌われている言葉でも、面と向かって絶対言っちゃいけない、相手を侮辱して悲しませる言葉、ってのが存在するんだ。だから言葉は常に慎重に選ばなきゃいけないし、どんな影響を与えるのかも知っておかなきゃいけないんだ。言葉ってのはな、大切な人を守る為にあるんだぜ?)」って。

 世の中で人よりも目立てば、少しぐらいは悪く言われるかもしれない。

 けどだからって、外見とかルーツとか自分じゃ変えようのないものや、自分の信念に従う格好良い生き方、厳しい現実を生き抜いて勝ち取った今の立場を、どうして何も知らない他人がバカに出来るんだ? その人が今日まで歩んできた人生を、その背景に無数に存在する数々の物語を、どうしてこの先公は知ろうとしないんだ? こいつ、一体何様のつもりなんだ?

 気づくとその時、オレの目からは大粒の涙がいくつもこぼれ落ちてた。

 それは── the words said to me, “half-assed freaks”, オレが挙げたミュージシャンに投げつけられた酷い言葉が、そのままオレに向けても同時に放たれたものなんだって分かってしまったからだった。お前ら中途半端でどうしようもないヤツらだな、ってこの先公からひとくくりにして、オレも一緒にバカにされたって事なんだよ、fuck off!!

 「Shut the fuck up, you damn bastard!! (うるせえ黙れよ、この野郎!)」

 オレは自分の机と椅子を派手な音と共に蹴り上げて、荷物を持って逃げるみたいにして教室から走って出て行った。その日、オレは学校には二度と戻らなかった。



 結局、小学校の頃と何も変わってねえんだ。

 相変わらず学校ん中に自分の居場所はねえし、家ん中にだって最初からそんなものなかった。変わった事といやぁ小学生の頃よりかは背が伸びた事と、多少なりとも扱う言葉の数が増えたって事ぐらいか──あの先公からすりゃあ、より汚くて、より正しくない言葉が、だろうけどな。

 それに中学生になっても、クソ両親のケンカは相変わらず続いてるし。

 よくもまぁ飽きもせずに繰り返し、何度も何度も同じ事で言い争って、そしてその後には必ずオレを理不尽に怒鳴って、殴って、蹴って、メシ抜いて、dipshits be in the deep shit, こいつらは人として成長するって事がねえのかよ? こいつらの声、マジで耳が痛くなるし。近づくと相変わらず嫌な匂いがするし。不協和音以外の何ものでもねえよ。あーマジでやってらんねえ。

 それは、その日の夜だった。

 その日もクソ親父はいつもと同じで家に帰って来なかった。オレは布団で寝てた。母親が電話で誰かに向かって奇声を上げてんのが、遠くにぼんやりと聞こえた。今日もこいつらは変わらないんだな、これからも、they ain’t nothin’ but scumbags, ya know, きっと変わんないんだろうな。

 オレはいつも通りに布団を頭の上まで被って、外からオレの身体ん中に入ってこようとする、一切の感覚をシャットアウトした──布団の中って落ち着くよな、まぶしくねえし、変な匂いしねえし、静かだし、あったけえし。

 何か大きなものに包まれて守られてるって感覚は、ギンガのモフモフの体毛か、この布団こそがオレに与えてくれてる様な気がする。布団バンザイ、モフモフ最高。

 Damn, got real exhausted today, あーあ、けどマジで今日疲れたな、オナニーする気力すら残ってねえわ。もう明日は絶対学校行かねえでサボろ、明日は国語も美術もねえし、あの先公のツラ二度と見たくねえし──サボっても今さら別に良いよな? あーオレ眠くてもう無理だ、寝る、おやすみ、catch ya later, my bro.

 第2次性徴期の男子の身体ってのは、副交感神経が活発になると性器が勃起する様になる、って保健体育の授業で先生がそう言ってた。寝入ってすぐとか起きてすぐとか、つまりウトウトしてリラックスしてる時には副交感神経が高まってるから、本人の意思とは関係なくその現象が起こる──らしい。その詳しい仕組みまではイマイチ良く分かんなかったけど、第2次性徴期を迎えたばかりのオレの身体にだって、とりあえずその現象は起こる。

 今オレは、良い気分でウトウトしてる。

 夢と現実の間を、ゆっくりフワフワと漂ってる。

 現実から夢の世界へ飛び越えるこの瞬間、この感覚は、マジで面白いよなっていつも思う。

 早く、向こう側に行きたいんだけど──お? 何だ?

 下っ腹に何かが這ってるみたいな変な感覚、違和感を覚える。

 それに、はっきりとは聞き取れねえけど、遠くで誰かが話す声と、かすかな息遣いも聴こえる。

 ドブ川みたいな酷い匂いが、鼻の奥をしびれさせる。

 何だこれ、オレの布団の中は、こんな音と匂いはしないだろ? 変な夢の世界に迷い込んだか?

 ──少しずつ意識が戻ってく──は? 何だこれ?

 「—What the hell ya doin’, ya for real, mom? (──あんた、マジで何やってんだよ?)」 

 薄く開き始めたオレの目に見えたものは、オレの下っ腹をもてあそんで、荒い息を吐きながら今まさにそこに向かって顔を近づけようとしてる、クソ母親の姿だった。

 その時、オレは自分に一体何が起こってんのか分からなかった。

 否、分かりたくなかった、ってだけだったのかもしれない。

 身体が、脳ミソが、意識が、理解を全力で拒んでた。

 けど、全部どうだって良い。

 ’Cause this is real now, not a ghost only for now, だって、これが幻影だって誰が言えるよ?

 If this goes real, hope it should be only a ghost, 今もし全部分かっちゃったなら、オレは──。

 「ああ臭い、やっとあなたもお父さんと同じ、男の匂いがする様になったのね!」

 This bitch ain’t no mother, ya know, nothin’ but a dirty savage or a real demon, そう言ってオレの首元に顔を近づけて、自分の息子の身体を食い物にしようとする母親のその姿は、日本だと外道とか畜生とか呼ばれる──まるで、鬼か悪魔だった。

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