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EPISODE 03: WHAT’S ON YOUR MIND / YOU CAN’T SEE WHAT I CAN SEE

 Mornin’, it’s a brand new day wit’ my brand new feelin’, 新しい朝が来た。

 けど別に、特に希望とか喜びとかもない、いつもと大して変わんない朝だ。

 まぁ空だけは、いつ見上げてもキレイだけどな。

 オレの布団の横には、オレの背中にはあまりにもデカ過ぎる真っ黒いランドセルが置かれてる。その中にたくさんの荷物を詰め込んで歩くとデカ過ぎて重過ぎて、後ろに向かって倒れそうになる。Like, まるでひっくり返って身動きの取れない亀みたいだ。

 今でもはっきりと覚えてる──小学校の入学式、体育館の中での風景だ。

 周囲から校長先生って呼ばれてて、何か偉そうにしてる中年のおっさんの長ったらしい式辞を聞き流しながら、オレは確かにこう思ったんだ。

 「Why the hell do I gotta stick around this darn place for 6 freakin' years, for real?

 (何でオレ、こんなくっだらねえ場所に、6年間も通わなきゃなんねーの? マジで?)」

 尊敬出来ない相手の話を聞いたり、尊敬出来ない相手からの指示に従う事は、オレにとっては単に拷問 (ごうもん) でしかなかった。自分から頭を下げる事もオレにはどうしても出来なかった。オレに指示を出せるのはオレが信頼してるか尊敬してる人間だけだ、それ以外は認められない。本気でオレはそう思ってた。けど、どうしてそう思うのかは自分でも良く分からなかった。



 It been peace for a minute, それでも1年生の頃はまだまだ平和だった。

 担任の先生は穏やかな年輩の女の人で、学級内の生徒1人ずつに細かく目を配って、それぞれの個性を認めてくれる──要するに『良い教育者』だった。

 オレは国語が得意で、漢字の書き取りミスで間違える以外、ほとんどのテストで毎回満点を取った。図画工作も得意で、周りのヤツらとはちょっと違う、独特の色合いや構図で作品を作ってた。特に絵を描く時は、オレは空の色をありきたりな水色なんかじゃなくて、淡い薄桃色で塗った。事実、オレには世界がそう見えてる時があった。オレからすれば、空の色の正解は水色だけなんだって言い張る周りのヤツらの方が、不思議でしょうがなかった。

 国語も、図画工作も、these be given for me, そのどっちもオレにとっては『当たり前の事』で、何か特別な練習をしてたのでも、専門の教育を受けてたんでもなかった。いくら担任にほめられても、国語は『オレには物語の登場人物の心の動きが手に取るみたいに分かるだけ』だったし、図工は『オレには世界がそういう風に見えてるだけ』でしかなくて、何で今ほめられてんのかって事さえもオレには不思議に思えた。

 One time, 図工の授業で小さな本を作る課題があった。担任が授業の目標としてたものは、ほとんど言葉を使わない、2〜3歳児向けの分かりやすい絵本だった。けどオレが作り上げたものは、全部のページに意味のある言葉があって、文章になってて、それが物語としてまとまってて、挿絵や表紙も細かく描き込まれてる本──それは1冊の小説だった──担任はとても驚いてた。

 後日、保護者面談があった時に、担任はその事をとても嬉しそうにクソ母親に伝えた。

 「タイガくんは文章を書いたり、絵を描いたりする素晴らしい才能があります! 将来は、本を出す事になるかもしれませんよ!?」

 母親は驚いた様子で答えた。

 「そんな才能があってもどうせお金にならないじゃないですか? 男が社会の中で食べていくのに必要ないものでしょう?」



 2年生の進級の時にクラス変えがあって、級友はほとんどが知らないヤツらになった。1年生の時の担任は人事異動で他の小学校に行っちゃって、その代わり別の小学校から、別の新しい担任がやって来た。

 新しい担任は中年のババアで、always been mad ‘bout somethin’, ya know, 何でかいっつも機嫌が悪かった。近づくとどこか粉っぽい、嫌な匂いもした。

 国語の授業の時にそのババアが間違った答えを言ってたから、オレは特に何も考えないでそれ間違ってるって指摘すると、ババアはいつも以上に機嫌が悪くなった。それまでなごやかだった教室の雰囲気が一変して、家に帰った時と同じみたいな、酷く重苦しい空気になった。

 One day, 教室に入ると「タイガ死ね」とか「タイガキモい」とかそういう、子供でも考えつく限りのオレへの悪口が黒板一面に、名指しで書かれてた──こういう言葉は、家でもう何度も言われ慣れてる。オレは無言で全部消した。

 トイレに閉じ込められて、頭の上からバケツいっぱいの水をかけられた── これも家と同じで慣れてるけど、shit, 生臭え。

 教室に置いてあったはずのオレのランドセル、着替え、教科書とかが全部失くなってて、学校中をひとりで探して、裏庭のゴミ捨て場でまるごと投げ捨てられんのを見つけた── ugh, まさかこれ、全部燃やされるとこだったんかよ!?

 靴の中や椅子の上に画鋲が仕込まれてた──これ、ニンジャのマキビシってヤツだろ? 引っかかりはしねえけど、so nasty, 気分悪ィ。

 下校しようとするとオレの靴がなくなってて、体育館用の上履きで家に帰った。靴は後日、校庭の砂場の中から刃物か何かで切り裂かれてボロボロになった状態で発見された。家に帰ると、その靴をムダにしやがったってクソ両親から怒鳴られて、殴られた── why me, なんでだよ!?

 こんな感じで、毎日何かがあった。

 けどオレだってやられてばかりじゃなかった。

 出来る限り応戦したし、隠れてやったヤツは絶対に見つけ出して、その全員にやられた以上の仕返しをした。相手が泣いても、オレは殴って、蹴って、髪の毛を引っ張って廊下を引きずり回すのを絶対に止めなかった。

 けど、やっぱり数が勝負を決める事だってある。

 オレ1人、対30人以上のガキ+担任のババアじゃ、多勢に無勢過ぎた。

 ババアは授業中にわざとオレが答えられない質問をぶつけて、オレを教室の笑い者にした。「あなたが調子に乗って、反抗的な態度を取るからよ」って言いながら、オレにたくさんの罰を与えた。はっきりした理由もないのにオレ1人だけで教室を掃除しろって命令されたり、放課後に1人だけ居残りもよくさせられた──まぁつまりそれは、学校公認のいじめだったって事だ。

 家に帰れば両親から殴る、蹴る、怒鳴る、メシ抜きの虐待を受けて、学校に行けばいじめを受けるオレに気づいて、手を差し伸べてくれる日本人の大人なんて、誰もいなかった。英語話者の人達の中には気づいて心配してくれた優しい人もいたけど、逆に日本語が分かんないから直接助けてやれないのがくやしいよ、って言ってハグしてくれた。オレにはそのハグだけで充分だった。

 この世界に何かを期待するだけムダだった。周りから理不尽に痛めつけられる事にあまりにも慣れ過ぎてて、オレの感覚はとっくにマヒしておかしくなってたんだと思う。いつの間にかオレは泣かなくなってた。誰かに助けを求める事さえしなかった。

 「See, how the world works, huh? (ま、きっと世の中、こんなもんなんだよな?)」

 最初っからあきらめの心で世界を眺めた方が、心と身体にこれ以上余計な傷を作らなくて済むだろ? オレは降りかかる火の粉を払う事すら、めんどくせえと思う様になってった。家や学校では、自分の心が死んでくのが分かった。



 その中でも、オレにはまだ救いがあった。My lil’ bro, 家に帰れば愛犬ギンガがいてくれたし、my another bro, 教室の中にはたった1人だけの人間の友達もいた。

 人間の友達の名前は『カンちゃん』だ。

 肌の表面に細く青い血管がはっきり見えるぐらい、カンちゃんは白い肌をしてた。そしてカンちゃんは今で言う『場面緘黙症 (ばめんかんもくしょう)』ってヤツで、学校ではひと言も喋らなかった。

 カンちゃんは喋れないって訳じゃない。言葉も分かるし、声だってちゃんと出せる。けどカンちゃんは絶対に喋らない。授業中に教科書を読む順番が来てもカンちゃんは黙ったままで、その度に授業は毎回中断した。最後は担任の方が我慢出来なくなって、読む順番が来てもカンちゃんを飛ばす様になった。

 教室でのオレへのいじめから、カンちゃんは表立ってオレをかばったりはしなかった。カンちゃんはオレとは違って反抗的な態度を取らない心の優しいヤツで、こいつ喋らないぞって笑い者にされる事はときどきあっても、酷いいじめの標的にはならずに済んでた。

 けど、he’s mute but low-key for me, いついじめの標的がオレからカンちゃんに変わるか分かんなかったから、オレは別にそれで良かった。カンちゃんが酷い目にあう姿は見たくない、そんなのはオレが1人で引き受ければ充分だ。

 学校から帰ると、カンちゃんはオレとばっか一緒に遊んだ。1日の授業が終わって下校の準備が始まると、カンちゃんはランドセルの中から自由帳を取り出して、空いてるページにいつもこう書いた。

 「タイガくん、今日いっしょに遊べる?」

 オレは右の握り拳に親指を立てて、獣の牙みたいに鋭く尖った犬歯を見せて笑ってから、握り拳をカンちゃんの前に突き出して応えた。

 「Yo, for sure, bro. (もっちろん、だって) オレ達友達だろ?」



 家になんて居場所はもちろんなかったし、学校に行ったってやっぱし居場所がなかったオレは、学校から帰るとギンガを連れて、カンちゃんと一緒に陽が暮れるまで外で過ごした。釣り竿、虫取り網、虫かごを持って、皆んなで一緒にひたすら歩いた。

 Roll wit' the pack, the crew of beasts, オレ達は良く河に行った。

 河縁でフナやザリガニを釣った。河面に反射する陽の光が好きだった。投げた小石が河面の上で跳ねて、音を立てて踊る姿を見るのが好きだった。地面に落ちているものを拾って一定間隔に並べて、そうして置き直したものをじーっと眺めるが好きだった。横断歩道の白線だけを跳んで渡るのが好きだった。

 田んぼではオタマジャクシやカエル、神社ではトンボ、チョウ、トカゲやヘビを捕まえては離して遊んだ。夏にはクワガタムシやカブトムシだって捕まえた。綺麗な花が咲いてればそれをつんで、ギンガの頭に乗せてゲラゲラと笑った。腹が空けばツツジの花の蜜を吸ったり、森や林の中にある桑の実や木苺をつんで食べて、疲れたら野良猫を膝の上に乗せて休憩して、たまには自転車をこいで、勇気を出してとなりの町まで冒険に出かける事だってあった。

 夏休みの自由研究は2人で話し合って、カンちゃんと共同研究をやる事にした。

 Rangin’ over the hood, as the crew of beasts, 2人して道端や河縁に落ちてる石を拾い集めて、それをひとつずつ図鑑で調べて、どこでどんな石を拾ったのかをフィールドワークする、っていう最高に地味な──けどオレ達にとってはめちゃくちゃ最高に面白くて、大真面目な研究だ。

 「不思議な形をしてるよな!」とか、「断面が綺麗だね」とか、「こいつ投げても硬いから割れないぞ!?」とか、「手のひらで握るとほんの少し温かいね」とか、オレ達は時間を忘れて、熱心に石について調べた。2人とも、無口な癖にオレ達にはたくさんの表情を見せて、たくさんの事を教えてくれる石達が好きだった。

 動物や植物や鉱物──ギンガや野良猫、川縁で揺れる草木、石達は、人間と違っていつもオレに優しくて、いつも良い匂いがした。

 言葉を話さないこいつらは人間と違って嘘をついたり、だましたり、理由もなく相手を攻撃したりなんかしない。ギンガはいつも誰よりもオレの話を真剣に聞いてくれたし、オレからすれば人間なんかよりもこいつらの方がよっぽど信頼出来るって思えた。だからこそ、同じ様に言葉を使わないカンちゃんにだけ、幼い頃のオレは心を開く事が出来たのかもしれない。

 Kickin’ it on the NES, カンちゃんの家に遊びに行った時にはテレビゲームもやった。2人対戦をしたり、交代で RPG に熱中した。オレにゲームの楽しさを教えてくれたのはカンちゃんだった。

 そしてカンちゃんは家の中でオレと2人きりになった時だけ、別にベラベラ喋るって訳じゃなかったけど、カンちゃんなりのペースでぽつりぽつりと言葉を話してくれた。

 けど話してる途中で、カンちゃんのお母さんがジュースやお菓子を持って部屋に入ってくると、カンちゃんはまたひと言も喋らなくなった。そしてお母さんが部屋から出ていくと、カンちゃんはまた話の続きを始めた。

 カンちゃんのお母さんは、カンちゃんはオレだけには言葉を話してくれる、だから、毎日でも家に遊びに来てちょうだい、今度はご飯も食べてってねって言って、いつも笑顔でオレを歓迎してくれた。

 カンちゃんの家はオレの家なんかよりも遥かに大きくて、カンちゃんの部屋は子供がひとりで過ごすにはとても広かった。ゲームや漫画もたくさん持ってたし、出てくるお菓子やジュースは今までオレが食った事がないものばっかだった。

 行くと必ず、ドーナツやクッキー、ファストフードを食わせてもらった。We’re dunkin', if it’s the way any cookies crumble, カンちゃんの家で出てくる甘いグレーズドドーナツと塩気のあるフライドポテトの組み合わせや、甘塩っぱいバタークッキー、クリームが乗ったコーヒーゼリーは、どれも涙が出るほど美味かった。こんなの、自分の家じゃ食わせてもらった事なかった。

 カンちゃんとの時間はいつも楽しくて、オレ達は時間を忘れて過ごした。学校でどれだけ酷いいじめを受けても、家に帰って親からどれだけ激しく殴られて、蹴られて、怒鳴られても、その後にカンちゃんやギンガと一緒に遊べば、オレは心と身体に受けた痛みを全部忘れる事ができた。



 その頃からオレは、良く夢を見る様になった。

 This is how I dreamed a dream, 夢ん中でオレは、今の自分とは全然違う姿や年齢になってて、知らない国に住んでたり、深い霧ん中で怖い怪物と戦ってたり、広い宇宙の中をたった1人きりで漂ってたりした。夢を見る時、その夢を主観的に体験する事もあったし、夢ん中を過ごしてる自分の姿を上から、客観的にじっくり観察してるって事もあった。

 特に、緑の濃い山の間を流れる大きな河の近くで、狩りをしながら暮らしてる赤い肌の少年の夢は、見る度に不思議な気持ちになった。夢を見てる今の自分自身と、夢ん中の少年の年齢とが近かったのと、夢ん中の少年は今の自分と同じく野山を楽しそうに駆け回ってて、動植物や鉱物を愛してたからだ── ah, huh, here we are two of a kind, さてはオレ達、似た物同士だな?

 目が覚めてる時の自分が体験する事と、夢ん中の赤い肌の少年が体験する事は、細いとこまでとても良く似てるみたいで、けどどっかがいつもほんの少しだけ違ってた。

 時には予知夢って呼ばれる夢も見た──これから自分に起こる事を、それが起こる前に夢ん中で見てしまう。それは学校の給食に初めて出てくるメニューだったりしたし、教科書に出てくる新しい学習内容だったりしたし、クソ父親がパチンコで大負けしてくるタイミングだったりした。予知夢の内容は、ちょっとした日常の場面、風景ばっかだった。

 そして日中には頻繁に『既視感 (きしかん)』って呼ばれるものを感じる様にもなった──違う国の言葉だと、"déjà-vu" (デジャヴ) って言い方をするらしい。初めて行く場所、初めて会う人、初めて聴く言葉なのに、何でか前に見て、触れて、聴いた事があるぞ!って感じる。オレはその事をもうすでに知ってるぞ!って感じる。けど当時の幼かったオレは、まだそれを適切に表せる言葉を知らなかったから、自分が感じてる奇妙なこの感覚を誰かに伝える事も出来なかった。

 Another day, another rollin’ wit' the pack, the crew of beasts, ギンガや散歩で出会うイヌ、近所の野良猫達の心の声も、ますますはっきりと分かる様になった。否、むしろ人間達の話す言葉なんかよりも、動物達の、unheard, unspoken voices from their spirits, 『言葉を使わない言葉』の方がオレには良く理解出来た。

 ──だから、動物園は本気で苦手だった。

 小学校の遠足で行った動物園は本当に最悪だった。見世物にされてる動物達は、パッと見快適に暮らしてるみたいに見えるけど、それは見た目だけだ。本来暮らしてた土地や群れから切り離された動物達の、like creatures’ call and the dead start to walk in their lost souls, ‘cause this is thriller, huh, 心の叫びがオレには聴こえた。

 野良猫と話してると良く分かるんだ、野良猫の心は常に満ち足りてる。毎日を楽しく生き抜く事にいつも真剣で、そして一生懸命だ。だから野良猫から見た世界は、厳しいけど美しく輝いて見える。

 けど、動物園の動物達は全然違う。

 動物園の動物達の心はどこまでも空っぽだ。生まれ育った環境は、ご先祖様達が暮らしてきた環境とまるで違う、冷たいコンクリートで固められた灰色の景色。決まった時間のエサ。しかもその風景とエサの内容はそいつが死ぬまで変わらない。

 こんなんで楽しく生きる事に真剣に、一生懸命になんてなれる訳がない。動物達に残されるのは絶望だけだ。そしてその心を通して見る世界からは、全ての色が失われる。

 They’re only zombies or somethin’ like that, こんなの動物じゃねえだろ?

 動物園とかいうシステムを最初に作った人間は、マジでよっぽど悪趣味の持ち主って事なんだろ? それか、real dead inside, 極端に想像力に欠けた人間だったのか? わざわざ動物園に行って檻の中に動物達を見てはしゃいでる人間の気持ちが、オレには良く分からなかった。

 だって、もし人間が檻に入れられて管理されてたら、それって『収容所』とか『刑務所』って呼ばれるだろ? なのに、相手が動物になったら『動物園』って言葉にすり替えてるだけじゃねえの? そんで動物園を楽しめるタイプのヤツに限って、自分達が何も悪い事をしてないのに収容所や刑務所に放り込まれでもしたら、早くここから出せ!って絶対大騒ぎすんだろ? Bullshit, あーもうそういうヤツ、マジでめんどくせぇんだよなぁ。

 大体、人間は頭で考えてる事や心で感じてる事と、口から出す言葉とが合ってない。だから、相手の言った言葉をそのまま信じるって訳にはいかねえんだよ。人間の言葉は、動物達の言葉と同じ様には受け取れない──どうしてオレがそう思うのか、って?

 それは、I can hear your any unheard, unspoken voices from your spirit, オレが相手の心の声を聞き取れる力を持ってるからだ。

 動物達の言葉を使わない言葉、つまり動物達の心の声を聞く事は、オレにとって息をすんのと同じくらいに当たり前に出来る事で、人間の心の声だってそれと同じ感覚で簡単に聞き取れる。

 I can see right through ya, もしそいつが嘘をついてたり、何かを隠したり、ごまかそうとしてれば、目を見つめればすぐに分かる。

 I can hear right through ya, 腹の底では全く逆の事考えてんのに、口では聞こえの良い言葉ばっかを言ってるヤツの声を、オレは正しく聞き分ける事が出来る。

 I can smell right through ya, そして、誰かをだましたり、傷つけたり、悪く言ったりするみたいな、悪い事ばっか考えてるヤツからは、すっげえ嫌な匂いがする。

 And also I can feel right through ya, 今は良い人のフリしてても、こいつはいつか手のひらを返すだろうなぁとかの予感も当たるし、相手が今何に困ってんのかを言い当てる事だって出来る。

 そういった相手の色んな情報がオレの意思に関係なく、オレの目や耳や鼻に飛び込んできたり、時には直接心の奥底から湧き上がってきたりする。

 動物に対してでも、人間に対してでも、どっちにしたってあんまりにも当たり前に出来過ぎて、自分じゃあ特に意識なんてしてなかったけど、どうしてかオレの持つその力は、周りの他の人間はどれ1つ持ち合わせてないみたいだった──オレがいくらその力を言葉で説明してみても、周りのヤツらとはいつも話が噛み合わない。

 今までは周りのヤツらも皆んなその力を持ってて、けどきっと今は使ってないだけなんだろって勝手に思い込んでたけど、本当はそうじゃないんだな、ってオレは少しずつ理解し始めた。



 進級に合わせてまたクラス変えがあって、級友も入れ替わって、担任も別の先生に変わった。

 進級しても、国語と図工以外、学校はいつも退屈だった。理科は少しだけ面白かった。椅子に座ってんのが退屈過ぎるから、オレは教室の窓から校庭で他のクラスや学年が体育をやってる様子を眺めたり、机の上に突っ伏したまま鳥のさえずりやカーテンを揺らす風、柔らかな日差しに意識を合わせたりして、いつもその退屈な時間をやり過ごした。

 授業中はずっとそんな態度だったから、廊下側の一番前や担任の目の前の席に、いつもオレだけ席替えさせられた。仕方がないかぁってあきらめて目の前の教科書を読んでると、いつの間にか全部読み終わってて、授業の進行よりも早く内容を覚えてたりもした。

 担任が出した問題をオレが解くと、これから教える予定の内容までも余計に答えるからって、いつも怒られた── Why!? I only read this text, though, huh!? 言われた通りちゃんと席に座って勉強してんのに、なんでだよ!?

 Like loony freakin' tunes, オレは家でも学校でもどっちでも、こいつはマジで頭のおかしいヤツだって言われ続けた。

 日本語と英語を交ぜたコミュニケーションは独特だし、何かいきなり目の前に拳をグーにして突き出してくるし、急に抱きついてきたりするし、当たり前に動物に話しかけてるし、吠えまくるイヌと仲良くなってるし、相手が腹の底で思ってる事を言い当ててくる。その癖、いつも目つきや態度は悪いのに、酷く間違った事を言うんでもないし、他人に迷惑をかけてるってんでもない。

 一体何なんだよタイガってヤツは、理解出来ない、怖い、気持ち悪い──同年代の周りのヤツらの自我が成長するにつれて、オレはますます周りから距離を置かれた。

 学校でのいじめは積極的に解決されないまま、時間の経過に合わせて少しずつその形を変えて、最終的に『無視』っつう最悪ないじめの手段のひとつに落ち着いた。オレは教室の中で1人の人間としてじゃなくて、『目に見えないもの』『存在しないもの』として扱われた。

 そして同じ頃、カンちゃんは身体が動かしにくくなる病気になった。

 カンちゃんの身体の細胞が、カンちゃん自身を敵だと勘違いして攻撃してしまう病気なんだって、カンちゃんがいない時に、カンちゃんのお母さんから教えてもらった。その話をしてくれた時、カンちゃんのお母さんはずっと泣いてた。

 外で一緒に遊ぶ時間が減って、カンちゃんは学校を休みがちになった。オレが時々カンちゃんの家に様子を見に行くとその時は笑顔で迎え入れてくれて、カンちゃんの部屋で一緒にゲームをして過ごした。

 けどその頃のカンちゃんの身体はいつもつらそうで、無理して一緒にいてくれてるのが目で、言葉で、匂いで、痛いほど良く分かった。オレは別れ際に、カンちゃんに何度も何度もきつくハグをした。We the pack, the crew of beasts, けどオレはカンちゃんを苦しめたくなかったから、オレの足は次第にカンちゃんの家から遠ざかってった。

 例えいじめは派手じゃなくなっても、カンちゃんは病気のせいで学校に来たり来なかったりだったから、教室には相変わらずオレの居場所なんてなかった。学校が終わればオレはギンガと一緒か、それか1人で過ごす様になった。

 ギンガの散歩でいつも立ち寄る河縁の土手の上で、オレはギンガに話しかけた。

 「Yo, my bro, guess how the world works, huh? (なぁ、世の中ってこんなもんなんだよな?)」

 ギンガはオレの顔を見て、尻尾を振って、こう言って応えた。

 (そんな時は走ろうぜ! どこまででもつきあうぜ! 何ならボールでも良いんだぞ?)

 オレは獣の牙みたいに尖った歯を見せてギンガに笑いかけて、オレ達は一緒に走り出した。

 カンちゃんとの楽しい時間がずっと続くなんて、そんなムシの良い話、最初からある訳なかったんだ。オレはきっと期待をし過ぎたんだ、それで傷つくのは自分だもんな? 国語や図工が得意でも、人の心ん中が分かっても、たくさんの不思議な夢を見ても、カンちゃんの病気を治したり、親からの理不尽な仕打ちや教室のいじめを止められる訳じゃないもんな?

 結局オレはどこにでもいる、ただの無力なガキって事だ──自分の持つ力は、何にもならない。



 Kinda sick, got a lil' fever, but nothin' too serious, 1人で過ごす時間が増えてくると、次第にオレは夕方頃に必ず微熱を出す様になった。

 全身がだるいってだけじゃなくて、頭も痛いし吐き気もする。特に胃腸の辺り、鳩尾 (みぞおち) から下腹にかけての不快感が強くて、同時に左の足首からつま先にかけて、ピリピリと焼けつくみたいな感覚もあった。それに加えて、理由の分からない悲しみや不安感が胸ん中に押し寄せてきて、連日オレを苦しめる様にもなった── damn, what this feelin’, 何だよこの感じ?

 One day, 学校が終わって夕方のギンガの散歩から家に帰ってくると、家の和室の窓から燃える様に真っ赤な夕陽が見えた。

 キレイだなーとは思うけど、見れば見るほど、何でか胸が苦しくなってくる。

 つーか今は夕陽なんかどうでも良いんだよ、kinda sick, got a lil’ fever, やっぱり今日も微熱があって、身体だるいんだよなぁ。さっきから腹の奥に何かが重く沈み込んでる感じがしてて、左の足先もピリついてる。今日の出来事はいつもと変わってねえのに──今日もいつも通りの無視と、黒板いっぱいの悪口ぐらいだったから別に普通だし──damn, けど今の気分はマジで最悪だ。

 オレは畳の上で膝を抱えて座って、真っ赤な夕陽が沈んでくのをじっと静かに見つめてた。

 あーもうすぐ、太陽が見えなく──?

 その時、オレの腹の真ん中を、前から後ろに向かって何か鋭いものが突き抜けてくのを感じた。酷い痛みじゃなかったけど、内臓の奥へ奥へと突き進もうとする何かを、オレは確かに感じてた。これまでに感じた事がない違和感と気分の悪さだった。

 This could be how I felt ‘bout this before, 否、感じた事がないなんて──嘘をつくなよ?

 オレはこの感覚を文字通り『痛いほど、よく知ってる』じゃんか!

 オレは気を失って後ろにひっくり返って、そのまま畳の上で大の字になった。

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