表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

今も未来も恋はする

 一週間ぶりに学校へ行った。

「千尋! 久しぶり。怪我、だいじょうぶだった?」

「だいじょうぶ」

「良かった。千尋にもしものことがあったら、あたし泣いちゃうよ。お見舞いに行ったんだけど、まだ意識が回復していない時だったから」

「ありがとう」

 橋本聡がふたりに駆け寄って来る。

「千尋! 怪我はだいじょうぶなのか? 心配したよ」

「治りました。後遺症もなく」

「それは良かった」

「心配してくれてありがとう」

 私は、伊集院(いじゅういん) (りん)に耳打ちする。

「橋本との関係は進んだ?」

「今までどおりだよ。一緒にゲームするだけ」

「ダメだなあ。もっと積極的に行かないと」


「鈴、橋本、こんど一緒に遊ばない?」

「なに!?」

「どうした。突然」

「観たい映画があるんだ。ひとりで行ってもつまらないし、どうせなら三人で行こうよ」

「良いけど」

「じゃあ、LineのID交換しようよ」

「OK」

「さあ、鈴も」

「マジ?」

「マジ」

「ちょっと、待って」


 鈴は千尋の手を取って、聡から離れる。

「なに言ってんの!? 今まで慎重にって言ってたじゃん」

「そうだっけ?」

「事故でどこか壊れちゃったんじゃない?」

「人をロボットみたいに言うな」

 まあ、100年後でロボットしてたけど。

「彼のこと好きなんでしょう? だったら、行け!」

 千尋は鈴の背を押した。鈴は聡の前まで歩き、頬から耳まで紅く染めながらIDを交換している。初々しいなあ。これが健全な思春期だよ。100年後の思春期はいったいどうなっちゃったのかねぇ。




 泳ごう。体が筋力を欲している。低重力化で衰えた筋力を鍛えたい。

 千住温水プール『スイミー』の入り口で、偶然、如月(きさらぎ) (みお)さんに会った。

「ひさしぶりだね。千尋ちゃん」

「おひさしぶりです。澪さん」

「毎日のように来てたのに、今までどうしたの?」

「実は、祭りの日に事故りまして」

「だいじょうぶだったの?」

「だいじょうぶです。だから今日はこうして来てます」

「そう。なら良かった」


 ひさしぶりに競泳用水着を着ると、アンドロイドになった気分だな。

 私と澪さんと、ひと泳ぎして、プールサイドで休みながら歓談していると、スイミングスクールのインストラクター、酒井 孝幸(たかゆき)がやって来た。

「芦立さん、ひさしぶりだね。毎日のように来てたのに、なんかあった?」

「ちょっと、事故りまして」

「ホントに!? もうだいじょうぶなの?」

「はい」

「なら良かった」

 そういえばこの人、澪さんを口説いてたな。

「千住にジャズバーがあるの、ご存知ですか?」

「Birdlandだろう?」

「そうじゃなくて、今の質問は澪さんにしたんですよ」

「私? そのお店は知らないな」

「こんど、ふたりで行ってみたらいいんじゃないんですか?」

「なに? 急に」

「なんとなく。このあいだ、悪いことしたなと思って」

「なんの話?」

 私は立ち上がってスイムキャップをかぶる。

「泳いできます」

「ちょっと」

 去り際に、彼に耳打ち。

「がんばって」

 澪も孝幸も、呆然と千尋を見送って、振り返ると、お互いに目が合った。なぜか、お互いに頬を染めた。




 私は大黒天様の神域にいる。

「どうだった。ひさしぶりの現代は」

「満喫しました」

「それは良かった」

「で、次の目的地は?」

「静止軌道とアンカーの間にある、火星軌道投入ゲート。名前を毘沙門天からとって『Bi』という。毘沙門天は知っての通り戦の神。火星は(いにしえ)から戦いの神と崇められているからな。ぴったりだろう。毘沙門天の封印を解いて欲しい」

「どうしてそこにBiを造ったんですか?」

「探査機を地球から火星まで最適な軌道で送り出せる。故に、火星有人探査機が造られている。大がかりだから四名の宇宙飛行士が常駐している」

「火星有人探査は、100年後でも実現していないんですか?」

「しなかった」

「やっぱり火星有人探査って難しいんですね」

「そうだ。準備が良ければ魂を送ろう」

「よろしくお願いします!」


 千尋は目をつぶる。大黒天の手が額に当たる。と、同時に空気感が変わる。これは前回、Kokuへ行ったときにも感じた。目を開ければ、そこは宇宙ステーションだった。精神がロボットに転送された。私の名前は『チヒロ』。汎用型ロボットで、火星探査機の組み立てが主な業務だ。ここの軌道では、地球の重力より遠心力の方がまさるので、重力がある。跳べば足元に着地する。


 さっそく、したいことがある。私はエアロックをいくつも抜けて、宇宙飛行士の居住エリアに来て、窓から地球を眺める。青い地球はあいかわらず美しく輝いていた。大きさはKokuで見たときより小さく見える。窓から建設中の火星有人探査機が見える。遊園地のアトラクションのように、中心から三方向に柱が伸びて、ゴンドラのような居住スペースが建設中だ。完成すると、これ全体が回転して人工重力を作る。火星までの道のりは永い。片道六ヶ月の間に体力が落ちては、火星に降り立ったとき、重力に負けて活動できない。火星と同じ1/3Gの下、生活することで、火星に到着後も速やかに活動できる。




「ロボットがここにいるとはめずらしい。お腹でも減ったか?」

「はい。お腹減りました」

「ハッハッハッハッ! ロボットが腹減ったか。俺のポテトサラダ食べるか?」

「気持だけ頂きます」


 最初に話かけてきたのは、ラファエル・マルタン。30歳。男性。フランス出身。白い肌に金髪黒髪が混じっている。

 同時に入ってきたのは、マヌ・ジャワラ。26歳。アフリカ出身。女性。黒人。

「マヌ。ポテトサラダ食べるか?」

「自分の分があるので、けっこうです」

「お、そのアスパラ美味そう。分けてくれない?」

「自分で取ってきたらいいじゃないですか」

「君が食べている仕草が、美味しそうに見えたから、俺も食べたくなったんだ」

 黙して食事を続ける、マヌ。

「こんど、ゲームしないか?」

「私、ゲームしません」

「教えてあげるよ」

「興味ありません」

「そう? おもしろいよ」

 マヌは早々に食事をすませると、食器を片付けて部屋から出て行った。

「つれないなあ。チヒロもそう思わないかい?」

「相手の気持ちを察するのも大事だと思います」

「マヌとの距離を縮めるには、どうしたらいい?」

「気持は伝えたのですか?」

「もちろん」

「返事は?」

「返事? そんなの不要だろ。俺が好きなんだから」

 はあぁ。

「相手の気持を大事にしてください」

「なんで? 俺が好きなんだから、いいだろ」

「気持の押し売りは、嫌われますよ」

「そう?」

 食器を片付けて、ラファエルは部屋を出て行った。


 あれがフランス流なのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ