今も未来も恋はする
一週間ぶりに学校へ行った。
「千尋! 久しぶり。怪我、だいじょうぶだった?」
「だいじょうぶ」
「良かった。千尋にもしものことがあったら、あたし泣いちゃうよ。お見舞いに行ったんだけど、まだ意識が回復していない時だったから」
「ありがとう」
橋本聡がふたりに駆け寄って来る。
「千尋! 怪我はだいじょうぶなのか? 心配したよ」
「治りました。後遺症もなく」
「それは良かった」
「心配してくれてありがとう」
私は、伊集院 鈴に耳打ちする。
「橋本との関係は進んだ?」
「今までどおりだよ。一緒にゲームするだけ」
「ダメだなあ。もっと積極的に行かないと」
「鈴、橋本、こんど一緒に遊ばない?」
「なに!?」
「どうした。突然」
「観たい映画があるんだ。ひとりで行ってもつまらないし、どうせなら三人で行こうよ」
「良いけど」
「じゃあ、LineのID交換しようよ」
「OK」
「さあ、鈴も」
「マジ?」
「マジ」
「ちょっと、待って」
鈴は千尋の手を取って、聡から離れる。
「なに言ってんの!? 今まで慎重にって言ってたじゃん」
「そうだっけ?」
「事故でどこか壊れちゃったんじゃない?」
「人をロボットみたいに言うな」
まあ、100年後でロボットしてたけど。
「彼のこと好きなんでしょう? だったら、行け!」
千尋は鈴の背を押した。鈴は聡の前まで歩き、頬から耳まで紅く染めながらIDを交換している。初々しいなあ。これが健全な思春期だよ。100年後の思春期はいったいどうなっちゃったのかねぇ。
泳ごう。体が筋力を欲している。低重力化で衰えた筋力を鍛えたい。
千住温水プール『スイミー』の入り口で、偶然、如月 澪さんに会った。
「ひさしぶりだね。千尋ちゃん」
「おひさしぶりです。澪さん」
「毎日のように来てたのに、今までどうしたの?」
「実は、祭りの日に事故りまして」
「だいじょうぶだったの?」
「だいじょうぶです。だから今日はこうして来てます」
「そう。なら良かった」
ひさしぶりに競泳用水着を着ると、アンドロイドになった気分だな。
私と澪さんと、ひと泳ぎして、プールサイドで休みながら歓談していると、スイミングスクールのインストラクター、酒井 孝幸がやって来た。
「芦立さん、ひさしぶりだね。毎日のように来てたのに、なんかあった?」
「ちょっと、事故りまして」
「ホントに!? もうだいじょうぶなの?」
「はい」
「なら良かった」
そういえばこの人、澪さんを口説いてたな。
「千住にジャズバーがあるの、ご存知ですか?」
「Birdlandだろう?」
「そうじゃなくて、今の質問は澪さんにしたんですよ」
「私? そのお店は知らないな」
「こんど、ふたりで行ってみたらいいんじゃないんですか?」
「なに? 急に」
「なんとなく。このあいだ、悪いことしたなと思って」
「なんの話?」
私は立ち上がってスイムキャップをかぶる。
「泳いできます」
「ちょっと」
去り際に、彼に耳打ち。
「がんばって」
澪も孝幸も、呆然と千尋を見送って、振り返ると、お互いに目が合った。なぜか、お互いに頬を染めた。
私は大黒天様の神域にいる。
「どうだった。ひさしぶりの現代は」
「満喫しました」
「それは良かった」
「で、次の目的地は?」
「静止軌道とアンカーの間にある、火星軌道投入ゲート。名前を毘沙門天からとって『Bi』という。毘沙門天は知っての通り戦の神。火星は古から戦いの神と崇められているからな。ぴったりだろう。毘沙門天の封印を解いて欲しい」
「どうしてそこにBiを造ったんですか?」
「探査機を地球から火星まで最適な軌道で送り出せる。故に、火星有人探査機が造られている。大がかりだから四名の宇宙飛行士が常駐している」
「火星有人探査は、100年後でも実現していないんですか?」
「しなかった」
「やっぱり火星有人探査って難しいんですね」
「そうだ。準備が良ければ魂を送ろう」
「よろしくお願いします!」
千尋は目をつぶる。大黒天の手が額に当たる。と、同時に空気感が変わる。これは前回、Kokuへ行ったときにも感じた。目を開ければ、そこは宇宙ステーションだった。精神がロボットに転送された。私の名前は『チヒロ』。汎用型ロボットで、火星探査機の組み立てが主な業務だ。ここの軌道では、地球の重力より遠心力の方がまさるので、重力がある。跳べば足元に着地する。
さっそく、したいことがある。私はエアロックをいくつも抜けて、宇宙飛行士の居住エリアに来て、窓から地球を眺める。青い地球はあいかわらず美しく輝いていた。大きさはKokuで見たときより小さく見える。窓から建設中の火星有人探査機が見える。遊園地のアトラクションのように、中心から三方向に柱が伸びて、ゴンドラのような居住スペースが建設中だ。完成すると、これ全体が回転して人工重力を作る。火星までの道のりは永い。片道六ヶ月の間に体力が落ちては、火星に降り立ったとき、重力に負けて活動できない。火星と同じ1/3Gの下、生活することで、火星に到着後も速やかに活動できる。
「ロボットがここにいるとはめずらしい。お腹でも減ったか?」
「はい。お腹減りました」
「ハッハッハッハッ! ロボットが腹減ったか。俺のポテトサラダ食べるか?」
「気持だけ頂きます」
最初に話かけてきたのは、ラファエル・マルタン。30歳。男性。フランス出身。白い肌に金髪黒髪が混じっている。
同時に入ってきたのは、マヌ・ジャワラ。26歳。アフリカ出身。女性。黒人。
「マヌ。ポテトサラダ食べるか?」
「自分の分があるので、けっこうです」
「お、そのアスパラ美味そう。分けてくれない?」
「自分で取ってきたらいいじゃないですか」
「君が食べている仕草が、美味しそうに見えたから、俺も食べたくなったんだ」
黙して食事を続ける、マヌ。
「こんど、ゲームしないか?」
「私、ゲームしません」
「教えてあげるよ」
「興味ありません」
「そう? おもしろいよ」
マヌは早々に食事をすませると、食器を片付けて部屋から出て行った。
「つれないなあ。チヒロもそう思わないかい?」
「相手の気持ちを察するのも大事だと思います」
「マヌとの距離を縮めるには、どうしたらいい?」
「気持は伝えたのですか?」
「もちろん」
「返事は?」
「返事? そんなの不要だろ。俺が好きなんだから」
はあぁ。
「相手の気持を大事にしてください」
「なんで? 俺が好きなんだから、いいだろ」
「気持の押し売りは、嫌われますよ」
「そう?」
食器を片付けて、ラファエルは部屋を出て行った。
あれがフランス流なのだろうか。