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女子高生がする大人たちへの恋愛相談

 私の目の前で、ふたりの宇宙飛行士が黙々と食事をしている。コヒーの香りが部屋の中を漂う。

 ひとりはアメリカ出身のダミアン・クラーク。32歳。男性。もうひとりはアラダ・ラーイ。28歳。黒い髪に黒い瞳。インド出身。ふたりの恋を取り持つのが、私のファーストミッションだ。


 30分間、ひと言も交わすことなく、ダミアンは食器を片付けて自室へ帰った。


 おもむろに、アラダは言う。

「あなた、新人ね」

「はじめまして。今日からKokuに着任しました、汎用型アンドロイド『チヒロ』といいます。どうぞよろしくお願いします」

「ずいぶんと礼儀正しいアンドロイドね。まるで人間みたい」

 中身、人間なんで。

「アラダさん」

「さん?」

 あれ? この呼び方はまちがい?

「アラダ」

「なに?」

 まず、世間話から。

「12時間勤務で、忙しくないですか?」

 ふたりは12時間交代で、koku全体の監督をしている。

「12時間、連続で働いている訳じゃないからね。Koku全体の運営や管理はロボットとAIがやるからむしろ暇だよ。時々、解決できない事案に対応するだけ」

「そうなんですか」

「それよりも、ウエイトトレーニングに費やす時間の方が多いかな」

「体力維持ですね」

「これは宇宙飛行士に課せられたノルマだから」




「チヒロは汎用型ロボットでしょ」

「はい」

「恋については、詳しい?」

「はい?」

「心理学とか、恋愛学とか、収めてない?」

 なんの話をしているのだろう。恋愛学はわからないけど、心理学を収めるのは宇宙飛行士なら必須では? しかし、あえてのろう。この誘いに。おもしろい話が聞けそうだ。

「私にできる範囲で、相談にのることはできると思います」

「ダミアンのことが気になってさ、恥ずかしくって顔を合わせることもできないんだ」

「気楽に話しかけたらいいと思いますよ」

「それが恥ずかしくてできないんだって」

「今までの経験で、アプローチしたらいいんじゃないですか?」

「あたし、経験ないし」


 完全に男女を分けた学校教育。性教育は学校の教科書どおり。出会いは国に登録したDNAからAIが最適な相手をマッチングする。デートはメタバース。初めて出会うのは結婚式。なるほど。これが100年後の恋愛事情か。


 軌道エレベーターで出会った家族から聞いた情報とAIの情報を合わせて考えるとこんな感じだろう。恋愛経験0で男性が苦手な私でもわかる。さて、現状をどうやって解決しよう。


「趣味ですよ。自分が興味のあるモノ」

「趣味か。宇宙だね」

 好きが高じて宇宙以外に目が向かなかった人生なのかも。

「他に好きなものありませんか? 音楽とか、小説とか、映画とか」

「音楽は好きよ」

「それを会話のきっかけにしたらいかがですか?」

「音楽か…。わかった。考えてみる」

 アラダは食器を片付けて部屋から出て行く。

「助言、どうもありがとう」

「どういたしまして」


 なんだろう。この、女子高生に恋愛相談する大人のふがいなさみたいな。これが100年後の価値観なのか。




 12時間後、ダミアンは言う。

「アラダを見ていると、胸の奥がキュっとなって、これって病気じゃないかな? 宇宙飛行士の汎用型アンドロイドなら病気もわかるだろ?」


 私、医療担当だったんだ。AIによると、宇宙飛行士の健康管理も業務にある。医学知識もある。私の時代では宇宙飛行士の業務だけど、これが100年後の常識なのか。


「定期的な健康診断では、問題ありません。アラダを見て胸キュンするということは、恋の可能性があります」

「恋? なんだそれ。物語の中でしか見たことないぞ」

「それを恋といい、人を好きになる感情です。人を好きになると心拍数の上昇、赤面、緊張、発汗などという生理現象を起こしますが病気ではありません。安心してください」

「そうか、病気ではないんだね」

「ありません」

「それで、これから、アラダと、どう接していったら良いかな?」

「アラダは音楽が好きです。その話を共有しましょう」

「わかった、やってみるよ」


 なんだろう。17歳の女子高生が32歳の宇宙飛行士に恋愛指南しているこの状況。だいじょうぶなの? 100年後の世界。




 ダミアンがシステムのチェックをしている場所に、アラダがやって来た。

「仕事中、音楽かけないの?」

「Kokuに異常があったとき、気づけない可能性があるから、音楽は禁止されてなかったか?」

「低音で流す程度なら問題ないでしょう」

 アダラは音楽をかけた。曲はインドの民族楽曲。

「この曲は?」

「あたしの生まれ育った街の曲」

「ソウル・ミュージックって訳だ」

「そう。この曲を聴いていると、子供の頃を思い出して、すごく落ち着くの」

「良い曲だ。心が落ちつく」

「でしょ?」

「俺のソウルミュージックは、ジャズかな」

「ずいぶんとクラシックね」

「あの心の底から叫んでいる音楽が好きでね」

「今度、聴かせて。ダミアンおすすめの曲」

「セレクトしておくよ」


 12時間後。交代の時間に音楽が流れている。これは、ジャズ?


 ダミアンとアラダが食事を供しながら、会話をしている。部屋の中にはコーヒーの香りが漂っている。

「この曲は?」

「ルイ・アームストロングの『What a wonderful world』」

「良い曲ね」

「この曲は、地球と人の美しさを表現しているんだ」

「地球が恋しくなる曲ね」

「あと、家族がね」

「そうね」


 二人の関係は、音楽を中心に盛り上がっていった。あら、良い雰囲気じゃない。これで私の役目は終わり。神域が開く。ちょっと待って。神域ってどこに開くの? 神域といったら神社とか、教会とか?


「ダミアンとアダラに質問があります」

「なによ、あらたまって」

「神を祀っている部屋を教えてください」

「キリストやマリア像が飾ってある場所なら無いわよ」

「はい? 人がいるところには宗教がありますよね」

 実際、ISSにはあったと聞いたことがある。

「ここには、無いわね」

 あれ~? 聞いた話と違うぞ、大黒天様。

「そういえば、前任者の日本人が、低軌道衛星組立工場で、人形に日本語で書かれた札を貼っていたな。なんでも、日本の神様だそうだよ」

 それだ!

「ありがとうございます。そちらをあたってみます」


 私は低軌道衛星組立工場に来た。私たち、アンドロイドの仕事場だ。私の時代は、衛星を地上で組み立てロケットで打ち上げていた。ロケットで打ち上げる質量には限界があったから、搭載できる観測装置にも限界があった。しかし、パーツを地上で作り、軌道エレベーターで打ち上げ場所まで運び、そこで組み立てれば、様々な観測装置を搭載した大型の衛星を軌道に投入することができる。組み立てるのが私たちの仕事。単純作業はロボットがおこない、データ処理はAIがおこなう。人間の仕事は少なくなり、事実上、ホワイトカラーはなくなった。そして男女の出会いはAIまかせ。


 人口も減る訳だ。

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