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恋した彼は青い地球の弧へ

 地球には東から夜が忍びより太陽は西へ去る。地球は月のように弧を描きながら欠けてゆく。観光客や宇宙飛行士達は、窓辺に作られたレストランで、青い地球を眺めなら悠々自適に食事を楽しんでいる。私たちはウエイトレスとして、お客様の注文を取り、配膳して、空いた食器を下げる。全ての乗客は、窓際に座って飽きずに地球をながめている。




 このエレベーターには20人の観光客と、2人の宇宙飛行士が乗っている。宇宙飛行士はエレベーターの運行管理だ。エレベーターの運行は自動だが、非常事態に備えている。雑務は全てアンドロイドがおこなう。私の持ち場はウエイトレスなので、搭乗客と直接話す機会が多い。


 ふと立ち止まって、私が窓辺に立って地球をながめていると、年配のご婦人が声をかけてきた。

「あなたも地球が美しいと感じているのね」

「もちろんです」

「まるで人間みたい」

「ああぁ、そうですね」

 まずい。もうちょっとロアンドロイドぽく振る舞わなければ。

「奥様はおひとりですか?」

「家族と一緒よ」

 その時、後ろから高校生ぐらいの男の子と、中学生ぐらいの女の子が駆け寄って来る。

「おばあちゃん!」

「おばあちゃん」

 祖母に挨拶をして、ふたりは窓辺に張り付き地球を眺める。

「すっご~い」

「綺麗」

 ふたりとも、目をキラキラ輝かせて、青く輝く地球をながめる。


 両親が歩いてきて、祖母に挨拶をする。そして子供と同じように窓に張り付き、地球をながめる。

「綺麗だ」

「美しい」

 ふたりは顔を見合わせると、お互いの手を腰に回して引き寄せる。まるで映画のワンシーンみたいだ。

 祖母は75歳ぐらいだろうか。

「奥様はご家族で宇宙旅行ですか?」

「ええ」

「お子様とお孫さん達ですね」

「そう」

「それは楽しい宇宙旅行ですね」

「そうね」

 うん? 意外と表情が暗い。

「どうかなさいましたか?」

「あなた本当にロボット?」

「はい?」

「まるで私の心を読んだみたいに言うのね」

 やべ。

「私には、お客様のお気持ちを案ずる機能も備わっていますので」

「私の夫はね、この軌道エレベーター建設に携わった宇宙飛行士だったの。事故で行方不明になってからずっと、低軌道を回っているわ」

 しまった。これは悪いことを訊いた。

「大変失礼しました」

「いいのよ。とっくの昔に、地球に落下していると思うから」

「旦那様の弔いですか?」

「そんな大層なものじゃないわ。ただね、夫が最期に観た光景を、私も観たくなったの」

「そうですか」

「彼は私のことを見ているかしら?」

「もちろん。微笑んでいらっしゃいます」

「あなたは、本当にロボット?」

 私は笑顔で返す。




 太陽が地平線へ沈む。


 照りつける太陽は、青い弧の先へ落ちて行く。地球は青から暗闇に包まれる。同時に、都市の光がチカチカと光って、人の暮らしを灯している。あの光、ひとつひとつに人が生きている。

 太陽が地平線へ沈み切る瞬間。最後の弧が緑色に輝く。グリーンフラッシュという。五人の家族は瞳を輝かせて日没を見つめる。

「この光景を彼も観たのかしら」

「観たと思います」

 お互いに笑顔で返す。




 エレベーターが地球の影に入るのと同時に、ディナーの時間が訪れた。家族がテーブルに着いて、私が料理をサーブする。

「美味しい!」

「美味しいねえ」

 家族は笑顔でディナーを楽しんでいる。長男は嬉々として私に問いかける。

「お姉さんはアンドロイド?」

「はい」

「人間みたいだね」

「ありがとうございます」

 妹が言う。

「ウエイトレスがお仕事?」

「はい」

 父は言う。

「俺の親父はここで死んだ。改めて観ると美しい。親父も満足だろう」

 母は言う。

「お義父様は喜んでいるといると思います」

 仲むずまじい家族だな。

「お義母(かあ)様。来て良かったですね」

「そうね。宇宙飛行士の家族である優待制度だったけど、来て良かったわ」

 宇宙をながめる奥様の目が、淋しく潤っている。




 深夜。充電のため一時間ほど休憩するが、それ以外は働きづめだ。ちょっとした休憩もない。アンドロイド使いが荒い。とんでもなくブラックな職場だ。もっとも、アンドロイドはそのように作られているので、疲れというもは感じない。単純労働はロボットに。それが現実になったんだ。


 明け方。もう時期、太陽が地平線から昇ってくる。エレベーターもだいぶ高度を上げたので、夜明けの時刻は地上より早い。

 仕事の途中、ふと、窓辺にたたずむ奥様の姿を見付けた。

「ずいぶんとお早いお目覚めですね」

「夜明けも観たくてね」

「旦那様も観たであろう光景ですね」


 地球の弧が光って、緑色の点が光ると太陽が昇ってくる。太陽は漆黒の空に輝き、弧は徐々に広がって地球全体へ広がってゆく。

「よろしければ、旦那様との馴れ初めを訊いてもいいですか?」

「私はニューヨークで看護師をしていて、彼はロサンゼルスでエンジニアをしていたわ。知り合ったのはAIの相互性格相性診断のおかげね」

 現代でいうマッチングアプリ的な奴だろうか。

「ニューヨークとロサンゼルスでは、ずいぶんと離れていますね」

「お互いのことはネットでやりとりしていたから、距離の差はあまり感じなかったわね。むしろ時差の方がたいへんだった。お互いの生活時間帯がずれていたから」

「どのように交際を進めたのですか?」

「私がニューヨークの病院を辞めて、ロサンゼルスの病院に転職したの。実際に彼と会ったのはそれが初めて」

「初対面の印象はどうでしたか?」

「意外と背が高くて、筋肉質で、スマートな体型をしている。だったわ」

「旦那様はどうして宇宙飛行士になったのでしょう?」

「子供の頃から憧れはあったみたい。だから、体型はストイックに作っていたわね。それと、広い範囲を勉強していた。そんな時、軌道エレベーター建設のための宇宙飛行士募集が始まってね。なにしろ巨大プロジェクトでしょう。採用人数が、それまでの宇宙飛行士募集より、桁違いに多くって、飛びついたわ」

「その結果、建設に携わることができたんですね」

「最初はロケットで宇宙まで行って。最初のケーブルができると、エレベーターに乗って。もっとも、その時のエレベーターは、まるでキャンピングカーだって言ってたわ。完成したエレベーターは、ずいぶんと豪華になったわね」

「旦那様のおかげですね」

「そうね」

 彼女は遠く宇宙へ目線を送っていた。




 静止軌道まで36,000km。八日間の旅を快適に過ごす施設がエレベーターには無い。寝室とレストラン件バーはあるが、クルーズ船にあるような劇場とか、ジムとか、遊戯場とか、プールとか。さすがに定員が最大で30人のエレベータに設置は無理。代わりにあるのが、メタバースだ。


 長男が突然、私に話しかけた。

「アンドロイドって、ゲームしないの?」

 それはまた、某ハードSF小説のような問いを投げかける。

「私はするよ」

「じゃあ、一緒にやろうよ」


 メタバースへログインするのは簡単だった。人間のようにインターフェースを付ける必要もなく、直接、体感できるからだ。私が降り立った世界は、鬱蒼とした樹々が緑を密に茂らすジャングルだった。

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