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8 遥、彼方『進路』

冬休みまで残り三日となった今日。私は相変わらず楽しくない授業を終えて、お姉ちゃんに声をかけた。


「お姉ちゃん、一緒に帰ろう!」

「ちょっと待ってて、進路のことで先生に呼ばれてるから」

「わかった、生徒玄関で待ってるね」

「うん」


私はお姉ちゃんが進路相談に呼ばれている間暇なので学校をぐるりと一周してみようと考えた。

どうせ、すぐには終わらないんだろうから何周出来るか数えてみるのも面白いかもしれない。

私は早速歩き始めた。

この中学は少子高齢化によって小中一貫校になった学校で、そんなに大きくなければ生徒の人数も少ない。各学年一クラスしかなく、その一クラスの人数も二十人から二十五人程度しか居らず全校生徒は二百人行くか行かないかくらいしかいない。


「あっ! 彼方ちゃん!」


校舎裏にある兎小屋の前を通り過ぎようとした時に聞き覚えのある声が私を呼んだ。

兎小屋の中から、ツインテールにした美喜ちゃんが手を振りながら走ってくる。


「こんなところで、何してるの?」

「美喜ちゃんこそ、何してるのさ」

「私は飼育委員だからね」

「へぇ、美喜ちゃんって飼育委員だったんだ初めて知った」


美喜ちゃんとはよく話すが飼育委員だということを初めて知った。学年が違うから当たり前か。


「私はお姉ちゃんが出てくるまで校舎何周出来るのか数えてる」

「それ、面白いの?」

「まだ、始まったばっかりだからわかんない」

「折角だし兎見る?」

「良いの?」

「全然良いよ」


私は美喜ちゃんに着いていって長靴を貰い兎小屋の中に入った。

臭いはあまり好きでは無いけど、小屋の中はさっきまで美喜ちゃんが掃除していたのかとても綺麗だった。

兎は私達を避けるように移動していく。


「彼方ちゃん餌あげてみる?」


私は小さく頷くと、美喜ちゃんはバケツの中に縦に切ってある人参を私に渡した。

私はその場に屈んで、右手に持った人参を兎の方へ伸ばした。

兎は私の様子を窺いながらゆっくりと人参に近づく。そして、一口その人参を囓った。

バリボリと兎が人参を噛み砕く音が小屋の中に静かに聞こえる。


「可愛いでしょ」

「うん」


小さくか弱そうな見た目、小さい口で人参を一生懸命に食べる姿。兎はとても可愛いかった。今まで飼育委員何て面倒だと思っていたけど、こんなにも癒されるものだったのか、やってみれば良かった。

私は見いるようにその光景を眺めていた。

みるみる内に人参は私の親指近くまで減っていった。このままだと私の指まで食べられてしまいそうだったので私は人参を手から離した。


「撫でてみる?」


美喜ちゃんにそう提案され頷いて、私は手を兎の頭に伸ばした。少し怖かった。

触れると、掌に脈拍と温かさを感じた。兎は撫でられるままに私が手から離した人参を貪っている。


「どう?」

「どうって言われても…生きてるんだなって」


美喜ちゃんは面食らった表情をして、すぐに吹き出した。


「あはは、なにそれ、そりゃあ生きてるよ。生き物だもん」

「だって…」


兎も生き物なんて事は解っている。ただ、何て言うのかな、見ただけだと生きている実感が無いから私は兎に触れて脈拍と温かさを感じて初めて本当にこの兎も私と同じように生きているんだって改めて思ったんだ。


「まだ、人参有るけどやる? 私一人でやるの大変だから手伝ってくれると嬉しいんだけど…」


美喜ちゃんは私に次の人参を差し出した。


「全然やる」


私は校舎を一周する事なんてもう忘れていた。

私は美喜ちゃんが差し出した人参を掴み今度は別の兎に人参を伸ばしてみる。さっきの兎よりも食い付きがよかった。

みるみる内に人参は兎の中へ溶けていくようだった。

そこから、兎に餌をあげ終えて兎を撫でたり用具の点検をしたりして、いつの間にかお姉ちゃんが兎小屋の前に立っているのにも気が付かないでいた。


「彼方!」


明るい声がして私は小屋の外を見た。


「あっ、お姉ちゃん。見てみて可愛いよ」

「確かにそうだねぇ。じゃないよ! 私待ってたんだけど!」


お姉ちゃんは腰に手を当ててぷくりと頬を膨らませた。

これでは、怒っているのか変顔をして笑わそうとしているのか怪しいラインである。


「ごめん、お姉ちゃんのこと忘れてたよ」

「はぁ全く。良かったな我が妹よ! お姉ちゃんは寛大だから許してやろう! ……ところで私も兎撫でて良い?」

「わかんない」


その時、ゴミ袋を替えに用務室のおばさんの所に行っていた美喜ちゃんがタイミング良く帰ってきた。


「あれ? 美喜ちゃん何でこんなところにいるの?」

「遥ちゃんこそ」

「私は可愛いぃ~妹がここにいたから」

「あっそう。私は飼育委員だから」

「あっそうって! 心底興味無さそう!」

「うん、だって大体解ってたから」


軽口を言いながら二人が兎小屋に入ってくる。

その間も私は兎と戯れていた。


「そう言えば、彼方は何で兎小屋に居るの?」

「どうせ、お姉ちゃんの進路相談長引くだろうからさもうすぐで卒業だし校舎ぐるっと一周しようかなって思って歩いてたら美喜ちゃんとあって、そこから餌やりしたり小屋の用具点検をしたりしてたらお姉ちゃんのことすっかり忘れてた」

「本当に忘れてたんだ…てっきり冗談かと思ってたからちょっとショックですよお姉ちゃんは」

「ごめんってほら、兎撫でたいんじゃなかったの」

「うん」


お姉ちゃんは小さな兎を優しく撫でた。兎は嫌がらずにその場で私達のことを見ていた。

美喜ちゃんもその後に参戦して三人で兎のもふもふを堪能していたらいつの間にか辺りは暗くなり始めていた。


「日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうか」

「そうだね。またね美喜ちゃん」

「うん! また明日!」


私とお姉ちゃんは美喜ちゃんと別れて帰路に就く。二人でぼちぼち歩きながら帰っていたのだけど、途中でお姉ちゃんが近くに出来たドーナツ屋さんのドーナツが食べたいと思い出したように言ったので、私も興味が湧いてドーナツ屋さんに寄ることになった。

ここから歩いて五分もしない内にドーナツ屋さんに着いた。

店内は今時の中・高生が好きそうな感じがした。所謂、映えと言うものを考えているような明るくポップな感じの店内だった。


「なんか、凄いね」

「うん、私達都会に来たみたい」


片田舎に住む私達はそれだけもうテンションが上がった。

都会に住んでいる人から見たら普通なのかもしれないが私達から見たら一つ次元が上の場所に見えた。

隣の芝は青く見える。とか言って都会に生まれた人は田舎に住みたい何て言うけど、田舎は本当に何もない。強いて言うならイオンくらい。

だから、私達は心踊るような気持ちでドーナツを選び始めた。


「やっぱり、ポン・デ・リングにしようかなぁ」

「お姉ちゃん、もう十分じっぷんは悩んでるよ」


お姉ちゃんはドーナツの並ぶ棚を何度も行ったり来たりを繰り返している。


「私先に食べてて良い?」

「ちょっと待って! 後少しで決まりそうだから!」


そう言ってから更に十分。ようやくお姉ちゃんはドーナツを選び席に座った。


「いや~、どれも美味しそうで悩んだ悩んだー」

「早く食べて帰るよ」


私は姉を急かしながらドーナツを頬張る。姉も同様にドーナツを口に入れた。


「おいひいね」

「お姉ちゃん、口の中無くなってから喋ってよ…」

「ごめんごめん」

「それで、どうだったの?」

「どうだったの? とは」

「進路相談、したんでしょ? 先生と」

「あーね、最近模試の成績伸びてるからこのまま勉強続けてたら第一志望行けるかもよって言われた」

「そうだよねぇそうだよねぇ。だって私が教えてるんですもんねぇ」

「なんで彼方が鼻が高くなってるのよ」

「そりゃあ、私の教え子ですから」

「教え子って…」


お姉ちゃんは苦笑いしながらポン・デ・リングを一粒千切って口に投げ入れた。


「でもまあ、彼方のお陰で勉強伸びたのは本当だし、ありがとうね」

「え、うんと…その…ま、まあ! 私にかかればこんなもんですよ!」

「顔、紅いよ」

「うるさい! なんで、お姉ちゃんは急に素直になるの!」


私は水筒のお茶をドーナツと一緒に一気に流し込む。そして、勢いよく立ち上がってトレイを出してその場を後にしようとレジに向かった。

その後に続くようにお姉ちゃんもトレイを出してレジに走ってきた。


「彼方、一人で行かないでよ」

「あ! それで思い出した! お姉ちゃん今朝からずっとどこに行くにも着いて来てちょっと怖かったよ」


そう、お姉ちゃんは今朝からずっと私がどこかに行く度に後をつけてくるのだ。

外に出た時はつけて来るとかではなくもはや密着していた。特に体育の時とか汗をかいているにも関わらずくっついてくるものだから先生やクラスメイトから本当に仲が良いのねと揶揄された。

帰り際にはそれもおさまり、今はある程度の距離を保ってくれているけど。


「そんなことより、アイス奢ってよ」

「なんでいきなり…というかこんな寒いのにアイスなんか食べるの?」

「ほら、今朝の約束私忘れてないよ?」


ああ、そう言えばそんなこと言ったっけ。


「あと、そろそろお母さんとお父さんに進路の事言わないとね」


お母さんとお父さん。

私にとってこの二つの存在は正直言ってもうどうでもよかった。

人は声から忘れていくというのをインターネットで見て、本当なんだなと実感したのは両親と会わなくなってから一ヶ月を過ぎた頃だった。今はもう顔すらぼやけている。

いつも、何時に帰ってきて何時に家を出ているのかすらも知らない。もしかしたら、帰ってきてすらいないのかもしれなかった。


「お姉ちゃんはさ、お母さんとお父さんに会ったのいつが最後?」

「うーん、いつだろ。憶えてないや。でも、学費払ってくれて修学旅行にも行けたし多分だけどお母さんもお父さんも大学には行かせてくれると思うよ」


そうじゃない。私が聞きたかったのはそうじゃなくて――

コンビニの前に着いて、私はお姉ちゃんの顔を見た。すると、コンビニを見ていた横顔が正面を向いた。


「彼方は不安?」

「……うん」

「そうかぁ、そうだよね」


お姉ちゃんは紺色の空に浮かぶ一つの星を見上げた。


「彼方、家族のこと嫌い?」

「別にそういう訳じゃ…」

「私は彼方も含めて皆好きだよ」


だから、何故こうもお姉ちゃんは恥ずかしい事を平気な顔をして言えるのか。


「でもなぁー、私が好きなのは笑顔な彼方なんだよなぁー。確かにお母さんとお父さんはもう何年も顔を見ていないから不信になるのは解るよ。実際、私もそうだから。でもね、私達がちっちゃい頃に家族全員で笑いあった事実は残ってる。だからさ、彼方。そんなに悲しい顔しないで」


お姉ちゃんはそっと私を抱き寄せた。

冷たかった頬にお姉ちゃんの心地よい体温が伝わる。

決して、公衆の面前でお姉ちゃんと抱き合って恥ずかしいからではなくただ、張っていた糸が緩んで顔が熱くなる。


「お姉ちゃん、ありがとう」

「んーん、このくらい任せてよ」

「さすが、私のお姉ちゃん」

「そうだぞー、あなたの姉は凄いのです!」


いつものように、お姉ちゃんは自分の胸をドンと叩いた。

その姿が少しだけ、ほんの少しだけ頼もしく見えた。


「ほら、彼方アイス選ぶぞー!」

「好きなの選んで良いよ」

「ほんとに!」


高いのにしようかなとお姉ちゃんが言ったので慌てて三百円までねと釘を刺しておいた。


          ※


昨日はとても楽しかった。

コンビニで彼方にアイスクリームを買ってもらって早足に家まで帰ってすぐにお風呂にはいった。そして、これまたすぐに上がって冷蔵庫に入れていたアイスを取り出して食べたのだが、それがとんでもなく美味しかったのだ。

因みに買ったのはナポリタン味の棒つきアイス。

彼方にはお会計の時に本当にこれで良いのかと何度も聞かれたが私の好奇心がどうしてもこれが良いと言っていたので押しきった。

彼方も一口いるか聞いてみたところ私はお姉ちゃんみたいにチャレンジ精神はないからと断られてしまった。


「お姉ちゃん、えっなにその顔」


土曜日、ソファーに座って私が昨日の事を回想し終えた所で彼方が後ろから声をかけた。


「また、あのアイスが食べたくなってきた」

「あの変なアイス?」

「割りと美味しかったんだよぉ」

「買いにいくの?」

「うん、今から行こうかと」


私がソファーから立ち上がると彼方は何かを思い出したようで、部屋へと駆けていった。

私は財布を持って玄関へ向かう。


「お姉ちゃん、コンビニ行くってことは美喜ちゃんの家通るよね?」

「うん」

「じゃあさ、これ受け取ってきてくれない? 私がお勧めしたら美喜ちゃんが読みたいって言ったから貸してたんだよね。それで、昨日読み終わったって連絡があって、今日、この後持ってきてくれる話だったんだけどお姉ちゃん美喜ちゃんの家通るなら受け取り頼んでいい?」


彼方から渡されたメモ用紙には私と彼方が読んでいる漫画のタイトルが五巻程書いてあった。

読もうと思っていたのに無かったのは貸していたからか。


「ん、わかった」

「いってらっしゃい」


彼方に見送られながら家を出た。外の空気は昨日よりほんの少し暖かい気がするのは今がお昼過ぎだからだろう。

私は一度背伸びをしてから歩き出した。

先ず先に、美喜ちゃんの家に寄ろうかと考えたが、行きに荷物が増えるよりも帰りに美喜ちゃんの家に寄った方が楽だな。

私は美喜ちゃんの家を素通りして、コンビニに着いた。私は、昨日買ったナポリタン味のアイスをアイスがぎゅうぎゅうに入ったアイスケースの中から探す。


「あ、あったあった」


お目当てのアイスを見つけ手に取って、隣に同じ会社のコーンポタージュ味のアイスがあることに気が付いた。更にその隣には、バーベキューソース味。

正直、どれも私の興味をそそったけどアイスは一つにしておかないと彼方に無駄使いするなと怒られてしまう。

取り敢えず昨日食べたナポリタン味を置いて、三つのアイスを眺めながらどれにしようか、私の頭の中で審議が始まった。

興味のそそる面で見ていこう。この際味は食べて確かめる。

先ずはナポリタン味、一度食べたのでそんなに興味はない。次に、コーンポタージュ味は何となく味の想像が出来る。三日ほど前に彼方が作ったコンポタを飲んだから。最後にバーベキューソース味。これは何と言うか、アイスにして本当に良かったのだろうか。いや、きっと良かったんだろう。私の中の私がこれを選べと言っている。企業の思惑が味の興味をそそるものだとしたらバーベキューソース味は私の心を掴むことに成功しているため、大成功だろう。多分。

私はバーベキューソース味のアイスを持ってレジに並んだ。

始終レジの店員から奇異の目で見られていたが、店員は知らない。このアイスの真の価値に。


「うぇ~、不味い」


早く食べたくて、コンビニを出てすぐに封を開けて食したのだが美味しくなかった。

やっぱり、バーベキューソースはマクドナルドのナゲットが一番合う。

残すのは勿体ないので全部食べたけど、もう買わないと心に誓った。


「おっと、忘れてた忘れてた」


美喜ちゃんの家の表札を見て、彼方に漫画を受け取って来て欲しいとお願いされていたことを思い出した。

玄関の扉の横にあるチャイムを押して数秒でドタドタと出てきたのは、美喜ちゃんではなく美喜ちゃんのお姉さんだった。


「ああ、遥ちゃん。どうしたの?」

「冴さん、おひさしぶりです。美喜ちゃんに用事があって」

「わかった。ちょっと待ってて」


そう言って冴さんはまたドタドタと奥に消えていった。玄関は開けっ放しなので、廊下の奥で美喜ちゃんと冴さんの声が聞こえる。


「美喜ー、遥ちゃんがあんたに用事があるってよー」

「うん、知ってるー」


少しして、美喜ちゃんが小走りで紙袋を抱えて玄関まで来た。


「これでしょ? 貸してくれてありがとね。めちゃくちゃ面白かった」

「それは良かったよ。彼方に言っとくね」


短い会話を終えて、私はそれじゃあねと美喜ちゃんに背を向けた。


「あっそう言えば」

「ん?」

「彼方ちゃんがお姉ちゃんスマホ持っていくの忘れてるって言っておいてって」

「スマホ?」


近場だったから手荷物が増えるのも嫌だったので、部屋の机の上に置きっぱなしにしてきたけど。


「彼方ちゃんから伝言頼まれてて、確かスーパー行ってくるから鍵はポストの底にテープで付けてるからって言っておいてって言ってたよ。これ、私に言っても良かったのかな? 別になにもしないけどさ。彼方ちゃんたまに危機感薄いよね」


愛想良くはにかむ美喜ちゃんとは違い、私の額には汗が流れる。

フラッシュバックしたのはあの時見た景色。

私はありがとうと美喜ちゃんに伝えて、駆け出した。

家に着いてすぐにポストの底に手を当てると鍵があった。玄関の鍵穴に鍵を差し込んで捻るとガチャッと音が鳴って鍵が開いた。

扉をスライドしてあけて、玄関に漫画を雑に置いて部屋へ速足で向かい、自分の机の上にスマホが置きっぱなしになっているのを確認して急いでスマホから彼方に電話をかけた。


『もしもし、お姉ちゃん?』

「彼方、今どこ?」

『スーパーだけど?』

「お姉ちゃんも今から行くから、外には出ないで」

『どう言うこと?』

「説明は難しいから取り敢えず、外に出ないで」

『…頭でも打った?』

「打ってないから、とにかく待ってて」

『まあ、後少しかかるからそれまでに来てね』


そう言って電話を切られて私はスマホをポケットに仕舞うとすぐに玄関へと走った。

靴を履いて玄関の鍵を閉める。鍵はスマホと同じようにポケットに詰めた。

この辺と言うかこの町にはそもそも、コンビニ二つスーパー一つしか買い物をするところがない。だから、道に迷うことはない。

見慣れた町並みを脱兎の如く駆け抜けていく。そして、スーパーまで十メートル程先にある交差点を渡って左に曲がるだけの所で私の体力が尽きた。

それもそうだ、美喜ちゃんの家からうちまで全力で走って、その後すぐに家からスーパーまで全力で走っているのだから。体力の無い私にしては大分持ったほうだ。

だけど、こんなところで休んでいる暇は無い。

私が、止まっていた足を前に出した時、交差点の横断歩道を渡る彼方が見えた。

彼方も私に気が付いたのか手を振っている。

後ろから迫っているトラックに気付かないで。

トラックは車側の信号は赤だというのにふらふらと彼方に迫っている。

十メートル。横断歩道も含めて、十五メートルといった所だろうか。

今の私の体力がギリギリ尽きないくらいの距離だけど、今はどうだろう。いや、そんな話ではない。私は彼方の姉だから。彼方が大切だから。

疲れていた筈の足が自然と動いた。

あの時ガラス玉を通して見た景色が私の背中を押した。


「彼方!」


十五メートルはあっという間だった。あれ程疲れていた筈なのに私は息切れ一つ起こしていない。これが、火事場の馬鹿力だろうか。こんな言葉人生で使うときなんて無いと思ってた。

きっと、私はトラックとの接触は免れない。

それでも、彼方が無事なら。

トラックが速度を落とさないまま私に突っ込んでくる。私は最後に、


「彼方、―――――」

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