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始まり。 周『未来予知』

頭の痛くなるような夏の日。

僕はどうやら未来を予知できるようになったらしい。と言っても、漫画とかで良くある超能力とかいう部類ではなく。

ラムネ瓶に入っているような青色に光るガラス玉に瞳を翳すことで、数日先の未来を見ることができると言うものだった。

僕がこのガラス玉を拾ったのは偶然だった。


          ※


二日前、夏休みの補習に向かう途中で草むらの中で何かが光った。

はじめは、朝露が太陽の光を反射しているだけかと思っていたがどうしても気になって見に行くとそこには泥一つついていない綺麗なガラス玉があった。僕はそれを拾い上げ、燦々と照りつける太陽にかざした。

状況からして、最近誰かが落としたか捨てたものだろうと思った。

その時は、綺麗なだけのただのガラス玉だと思っていた。

時間も時間だったので僕はポケットに雑にガラス玉を突っ込むとすぐに自転車を漕ぎ始めた。


「あーまーねっ!」


学校に着き自転車置き場に自転車を置いて鍵をかけるとすぐに身長が僕よりふた回り大きい坊主頭の近藤こんどうが僕の肩に右手を回してきた。

近藤は日々の部活で日焼けした小麦色の肌から不釣り合いな真っ白い歯を覗かせていた。


「いやー、それにしてもあまねが補習とは珍しい。明日は雨かぁ?」

「僕はお前と違って体調崩してテスト受けられなかったから今日テスト受けるの。補習じゃないからテスト受けたら終わりだからな」


間髪入れずに僕がそう言うと近藤は開いた口が塞がらない。


「じゃあ、明日は来ないの!?俺一人だと寂しくて泣いちゃうよ!?」

「ちゃんとテスト勉強しないお前が悪い」

「そぉんなぁ」


近藤は僕の袖を掴んで上目遣いで僕を見つめた。


「キモ」

「俺の渾身の上目遣いが一蹴された…だとっ!?」

「そもそも、今回お前以外の野球部は全員補習免れてるのに全くお前は…」


うちの高校は周りにある他の高校よりも偏差値が高くそれなりに勉強できる奴が集まっている。のにも関わらず近藤は中間、期末共に赤点のオンパレードで夏休みに入る前の放課後の廊下には痺れを切らした学年主任の怒号が響いていた。


「そういえば、近藤、補習って明後日で終わりだよな?」

「そうだけど、どったの」

「気になっただけ」


うちの学校の補習は夏休みが始まってから三日間一日中補習する。その代わりに日数が少ないという特殊なやりかたをしている。

他の高校だと昼まで補習をして午後から部活というのが一般的らしい。

だから、うちの高校では補習になると三日間部活に出られないので皆必死になって補習を回避しようと勉強をするのだ。


「来年は進路決めないといけないのに…どうすんだよ」

「え?俺は、プロ野球選手になるからな~」


近藤は口笛を吹きながら生徒玄関の靴箱に軽快に靴をしまい上履きを取り出した。


「お前、今守備どこだっけ?」

「万年ベンチです!」

「よくそんな大きく出れたな!」


近藤の坊主頭を叩くと小気味良い音がした。

僕たちはそのまま、年季の感じる木製の階段を下らない話をしながら上りコンクリートの廊下を歩いて二年三組の扉を開いた。


「いや、まじでこの子スゲー可愛いから!」

「わかったって、今度調べとくから…」


教室には当然誰もいないので好きなところに腰かける。廊下から引き続き、補習開始時刻まで近藤が最近推しているグラビアアイドルについて話を延々と聞かされる。


「で、この乳みろよ」

「あーもう!何回言えばわかるんだよ!僕は!貧乳派なの!!」


僕が近藤の話を遮るように声を張ってそう言った時僕と近藤の二人だけの補習の筈が教室の扉が音を立てて開いた。

一瞬、教員かと思ったが違った。

確実にうちの高校の制服を着た女子生徒が何事もなかったかのように廊下側の一番前の席に座った。

僕と近藤は顔を見合わせてもう一度女子生徒を見た。

長い黒髪に膝丈ほどのスカートそして、丸縁の眼鏡はその生徒の雰囲気をなんとなく真面目だろうと位置付ける。鼻筋は通っていて、瞳は黒くその奥には何かを諦めたような輝きがあるように見えた。

そこまで観察して、僕は先ほどの発言を聞かれたことがとても恥ずかしくなってきた。


「周、顔赤いぞ」

「うっさい」


クスクスと笑う近藤の頭を叩いて黙らせる。


「あんまり頭叩くなよ、馬鹿になるだろうが」

「元から馬鹿だろ」

「あ、そっか」


間抜けな顔をしている近藤を放っておいて僕は興味を、入ってきた女子生徒へとシフトする。


「それにしても、誰だ?」


この高校で補習と言えば、僕には近藤位しか考えられない。しかも、一見あの子は真面目そうに見える。


「ああいう子ほど意外と阿保だったりするからなぁ」


僕の隣で、近藤が仲間を見つけた猿のように口角を上げていた。


「猿だ…」

「あー周、野球部に言ってはいけない言葉ランキング第二位を言ったな!」

「因みに一位はなんなの」

「大仏」


絶対に大仏に失礼だろと思いながら、行儀良く席についている女子生徒を見る。

ふと、女子生徒が横目に僕達を見て目があった。


「君も補習?」


僕が声をかけると彼女は首を横に振った。


「じゃあ、もしかして僕と同じでテスト受けるとか?」


それが正解だったようで彼女は頭を縦に振った。


「なーんだ、やっぱりちゃんと補習なの俺だけかよぉ」

「まぁ、そうじゃなきゃおかしいもんな」


近藤は唇を尖らせて「ちぇ」と舌打ちにも満たないような情けない声で不満を顕にする。

そんな近藤の頭をグリグリと撫でてやると近藤は「ちょっ、やめろよ!」と僕の手を払い除けた。

それと同じタイミングで今度こそ教員が教室にはいってきた。


「よーし、じゃあ先ずは先生から話がある」


僕は近藤の隣の席に座って教員の(おおかた、近藤への)説教を聞かされた後、僕と女子生徒は別室に呼ばれた。


「お前たちは、ここでテストな」

「はい」

「先ずは数学からやるから席に座ってくれ。できるだけ二人が近くにいると先生ありがたいから、真ん中二列の前二列に座ってくれると助かる」

「わかりました」


僕と彼女は真ん中の前の二列に隣り合うように座りテスト用紙を受け取った。

これでも、学力には自信がある。

一学年三百人程の学校で毎回十本の指には入っている。

さっそく、テスト用紙を裏返す。

只管にペンが紙の上を走る音が鼓膜に届いた。

五十分の間紙とにらめっこして漸く背伸びができるようになり両手を前に伸ばす。

隣に座っていた彼女も同様に背伸びをした。

五分間の休憩は次の国語のテストに備えて範囲を見返すつもりだった。


「ねぇ、周くん」


突然、隣に座っていた彼女が僕に声をかけた。

名前を呼ばれたのにも驚いたが、近くで見るとこんな美人この学校で見たことないなと改めて思った。


「ん、なに?」

「勝負しない?」


空気を揺らしたその言葉の意味は普段だったらなんのことやらわからないが、状況的に勝負と言えばテストの点数くらいだろう。


「テスト?」


わざとらしく聞いてみた。


「うん」

「いいけど、君は自信あるの?」

「私、休みがちだけど、頭には自信ある」


休みがちと聞いて僕のなかで腑に落ちた。

彼女が教室に入ってきた時から見たことないなと思っていたが、休みがちならそれも当然だ。

僕は一度見たらそう簡単に顔を忘れたりしない。一学年三百人の顔を全てを覚えているのかと言われるとそうではないが、こんなに美人だと一度見たら忘れることもないだろう。

彼女と向き合っているとその秀麗さが目立った。

通った鼻筋に真っ黒な瞳が彼女にどこかミステリアスな雰囲気を作っていた。


「いいよ、やろうか勝負」


僕は別に断る理由もないので軽いノリでその勝負を受け入れた。

タイミングよくチャイムが鳴った。

僕と彼女の前にテスト用紙が裏返しで置かれた。

あれ? そう言えば名前聞いてなかったや。

僕は、一瞬意識が違う方へ飛びかけたのを何とか繋ぎ止めてテストに臨んだ。


日も暮れて星が見え始めた頃。漸く全ての科目のテストが終わった。

期末テストと言うこともあり量が膨大で後日に回すかと提案されたが、夏休みの間何度も学校に来るのは面倒なので断った。

僕が断ると隣にいた彼女も同様に断ってそのままテストは続いた。

そして、遂にテストの地獄から僕達は解放された。

僕が曲がっていた腰を伸ばし、荷物をまとめて帰路につこうとしていると、彼女が僕の方へ寄ってきた。


「どうだった?」


彼女の瞳は真っ直ぐ僕を見つめている。

期待。

きっと、彼女は期待している。でも、決して僕は大口を叩いたりはしない。


「うん、割りとできたかな」


僕は今日一日で解いた問題を思い返していく。どの教科も高得点だろうと高を括った。


「ふーん、周くんってもしかして頭良いの?」

「普通だよ」


こういう時は大袈裟に自慢するのではなく謙遜するのが吉だと僕は知っている。

要するに空気読みというものだ。空気読みは対人関係において最も重要だと思う。そのせいで、周りから変に気を遣われることもあるから多用は禁物だけど。


「そっか、取り敢えず楽しみだね結果が」


そう言って彼女は荷物をまとめて手に持った。


「あっ、一つ良いかな」


帰ろうとする彼女を僕は引き留めた。


「なに?」

「名前、聞いといて良い?」


彼女はその場に立って僕を見つめた。距離は教卓一つ分くらいで外が暗いせいで明るい教室にいる彼女の輪郭はハッキリとしている。


彼方かなた


彼女は耳元で囁くように呟いた。


「えっと、じゃあ、彼方さんで良い?」


彼女、彼方は首を小さく縦に振ってそのまま僕に手を振って教室から出ていった。

僕は彼女が居たところを数秒の間見つめていた。


          ※


「おせぇよ!」


と、言いながら僕の自転車の荷物置きにまたがっている坊主頭が人差し指を僕に向けた。

僕は鞄を籠に入れて右手で近藤の頭に一撃を放つ。


「痛っ」

「なんで、いんだよ」

「だぁってぇ、周きゅん寂しがり屋だしぃ?」

「はいはい、キモいキモい」


僕は右手をヒラヒラさせて近藤を自転車から降ろす。


「なんか、段々俺への扱い雑になってないですかねぇ!」

「え?てっきりこういうプレイが好きな変態だと思ってたのに、意外」

「ひぃん、周くんったら辛辣」


こんな変態放っておいてさっさと帰りたいのだが、折角僕のことを待ってくれていたんだ自販機でジュースでも奢ってやろう。


「それにしても、なんでこんなに遅かった訳?」


自転車の鍵を外して、顔を上げると近藤がその場で僕の事をニヤニヤと見ている。


「あー、テストの量が多くて明日に持ち越すか今日やるかで、今日全部のテストやることにしたらこんな時間になった」

「なぁーんだ、てっきり今朝のあの子と何かあったのかと、いてっ」

「馬鹿だろ本当に」

「今更すぎね」


自転車を押しながら帰路に就く。

空の色は既に藍色で所々に星が見えた。


「にしても、暑いよな」


近藤がパタパタと制服の襟を扇いだ。

確かに暑い。太陽は出番が終わってとっくに引っ込んでいるというのに、まるで月が太陽の光だけでなく熱まで全部反射しているのかと思うくらいだ。

腕時計の時刻は八時半。

夏場でなければこんな時間まで残ってテストは受けられなかっただろう。

視線の奥で待ち望んでいた赤い長方形が光っていた。距離は直線で二百メートルくらいだろうか。


「近藤、ジュース奢ってやろうか?」

「まじで!」

「大マジ」

「じゃあ俺が、周より先に着いたらジュース二つな!」

「なっ!」


近藤は僕が自転車を手押で走っているのを良いことにそんな事を口走る。

今まで僕の隣でゆったりと歩いていた近藤が全力疾走を始めた。

……自転車がある僕に本気で走って勝てると思っているのだろうか。


「やっぱ、あいつ馬鹿だな」


僕はすぐさま自転車に足をかけると力を込めてペダルを漕いだ。


「これで、ジュースがふったつ、ふったつ」


音程もくそもない不協和音を爽快に通過する。


「近藤、僕が先に着いたら今度ジュース奢れよ~」

「えっ、あっ! 嘘ぉ!」


近藤は野球部でしこたま走らされているから走力には自信があったのだろうが、自転車の前には無力。僕は名誉ある帰宅部で自転車の扱いには長けていることもあり、近藤に大差をつけて自販機に着いた。待っていると数秒後に近藤も自販機に着いた。


「はい、お疲れ」

「くっそ~、こうなるんだったら最初に自転車禁止って言っとけばよかった」


近藤が上がった息を整えながら自分の失敗を嘆いていた。


「ほら、早く選べよ」

「少しくらい休憩させてくれよぉ」


近藤はそんなことを言いながらも僕が二百円を自販機に入れると、ジュースを選び始めた。

上から下まで満遍なく見終えて近藤は自販機の上から二段目の右から二番目の固いボタンを押した。


「お前、走った後にコーラ飲むのかよ」


ペットボトルを取り出そうとしている近藤は僕の方を振り返った。


「走る前に飲むのは良くないけど、走った後だしよくね?」

「僕、走り終わった後に炭酸飲むと口のなか痛くなるんだけど、もしかして、僕だけ?」

「うん、周だけだと思う」


そう言って、僕の目の前でコーラを一気に飲み干す近藤を見て若干引く。

160mlのコーラが一瞬にして近藤の腹の中に吸いとられた。一体どこにそんな胃袋があるのやら。

そして、近藤は腹を抱えて胃の中にたまった空気を一気に口から出した。


「お前、マジで最悪」

「生理現象なんだから仕方ないだろぉ」

「いや、どこに自販機で買ったコーラ一気飲みして、人の前で盛大にゲップかます奴がいるよ」

「ここにいます!」


近藤は勢いよく立てた親指を自身に向けた。

本当に近藤と居ると疲れる。が、これが同時に心地よくもあった。

近藤とは一年の時からクラスが同じで教室で孤立していた僕を気にかけて声をかけてくれた。

こんな奴だが、人当たりは良く先輩からも後輩からも評判は良い。同級生からは…まぁ、何事も少し距離があった方が良いということだ。


「そう言えば、あの子なんて名前だったんだろうな」


近藤は、空になったコーラのペットボトルをゴミ箱に放った。


「あの子って、今朝の?」

「そうそう、どこのクラスだったんだろ見ない顔だったけど、可愛かったよな」

「まあ、そうだな」

「明日も来るかな」

「いや、あの子もテストで来てたから今日で全部終わったし来ないんじゃね」

「えー、俺マジで一人じゃん。中間の時は中島と川端もいたのに、あいつら期末ギリギリで回避しやがって」


近藤みたいな奴が他に二人もいるのかと驚いたが、確かに中間の時近藤以外にもいたか、何人か。


「ていうか周、あの子の名前とか知らないの?」

「今朝の?」

「それ以外に会ったの俺ぐらいだろ」

「確かにな、僕が聞いた限りあの子彼方って言うらしいよ」

「マジで!?」


僕は特になにも考えないで名前を言ってしまったことを後悔する。

彼女が不登校だとすると何かしら事情があるはずだ。簡単に人に話すのは良くなかったかもしれない。

名前が一人歩きして、変な噂に繋がったりすると彼女が迷惑する可能性だってある。


それにしても、近藤の反応が大きすぎやしないか?


「マジであの子、彼方って子なの」

「近藤、今のはあんまり広めたり―」

「周、覚えてないのかよ、一年の時の騒動」


近藤が興奮気味に話を遮った。


「騒動?」

「マジで覚えてないのかよ…」

「なんだよ、そんな覚えてないとおかしいくらいのやつなの?」

「こう言えばわかるか?自殺未遂事件」


そう言われて僕はハッと声を出す。

去年の夏立ち入り禁止の学校の屋上から女子生徒が転落したことがあった。

女子生徒は肋と腕を骨折。命に別状はなかったその子は元々あまり学校に登校していなかったのだが、その一件以来完全に不登校になったらしい。一部の噂では保健室登校とか、たまにフラッと教室にいたりするとか。


「思い出したか?あん時の生徒の名前が、一ノいちのせ 彼方」

「でも、別人かもだし…」

「いや、彼方って名前うちの学校に一人だから」

「なんで、そんなこと知ってるんだよ…」

「女の子の名前は暗記する主義なので!」


近藤は堂々と自身の胸を叩いた。

相変わらず、多少のキモさが備わっている近藤にため息をつきつつ僕は自転車を前に押す。


「一応、テストとかは受けてるんだな」

「授業には出てないみたいだけど」

「まあ、今更教室にも戻りづらいか」


僕は自転車を手でゆっくり押しながら彼女の事を思い返す。

別に虐められそうな生徒には見えなかったが、誰しも自分を使い分けている面がある。もしかしたら、彼女は本心から僕と接していたわけではなかったのかもしれない。


「ほいじゃま、俺はここでさよならグッバイと言うことで」

「おう、またな」

「周くん寂しくなぁい?」

「いいから、早く帰れよ」

「ちぇ、可愛くねぇの」


近藤と別れて一人、コンクリートとブロック塀に囲われた道を歩く。

僕は、近藤に勧められて自販機で買ったコーラのキャップを開けて少し飲んだ。


「ただいま」


玄関を開いて先ず始めにそう言った。

廊下の突き当たりにあるスライド式の扉の奥から二時間スペシャルのドキュメンタリ番組の音がする。

僕は靴を脱いで玄関に備わっている靴箱を開いた。

乱雑に押し込まれた靴が幾つか落ちた。

落ちた靴を丁寧に靴箱に並べて入れて、自分の靴もそこに並べた。

僕はリビングには向かわずに廊下の右側にある階段を上ってなんの変哲もない自室の扉に手を掛けた。

部屋に入るやいなや僕は鞄を投げるように肩から降ろす。

そして、制服のボタンを全て開けてベッドにそのままダイブした。

その時、ズボンのポケットに何か固いものが入っている事に気がついた。

僕は今朝通学している時に、ガラス玉を拾っていたことを思い出した。

仰向けになって右ポケットに手を突っ込む。

指先に当たった球体を手に取りポケットから引き出した。

なんとなく持って来たは良いものの特に何もないガラス玉を今朝の太陽の代わりに電気に当てて光を反射させる。

キラキラと淡い青色に光るそれを握り腕をベッドにどっさりと降ろす。

僕は暫く天井を呆けて見た。


「ご飯食べるか…」


僕はガラス玉を落ちないように机の上に置いて靴下を脱いで下の階へ早足で降りていった。


「おっ、帰ってたのか」

「うん、父さん今日は帰ってくるの早いね」

「今日は、残業がなかったからな。机の上、ご飯できてるから早く食べろよ」

「うん」


ソファーの上でポテチの袋を広げて横になっている父はそれだけ言うとすぐに視線をテレビに戻した。

僕はさっそく置かれている白ご飯と鯵のフライに箸をつけた。

いつも通りの味にいつも通りの風景。

我が家ではみんなで食べると言うことは殆どない。

僕は一人っ子で兄妹はおらず、母は僕に無関心で父親は夜勤でいつもは遅い時間に帰ってくる。


「ごちそうさま」


僕は晩御飯を食べ終え、皿をシンクに出してお風呂に向かった。

着替えを部屋から持ってきてお風呂に入る。

僕は湯船に浸かりながら明日の事をぼんやり考えて、すぐに風呂から出た。

部屋に戻ってスマホを手に取る。

ベッドに横たわり暫くSNSの波をウロウロしていると、コッと何かが落ちた音がした。

体を起こして音がした方に視線をやる。

そこには机に置いていたガラス玉が、机から落ちていた。

僕はベッドから体を出して立ち上がって、床に落ちたガラス玉を拾い上げた。


「落ちないようにしてたのに」


拾ったガラス玉をまた部屋の明かりに翳す。


「綺麗だな」


ふと、ガラス玉の中で何かが動いているような気がした。


「なんだ?」


僕はそのままガラス玉を自分の目に持っていく。

何かが動いている。僕の曖昧は確実に変わった。

なんだ? 何かこのガラス玉の中に入ってるのか? でも、今朝見た時は何もなかったと思うけど。

僕は片目を瞑って焦点を更にガラス玉の中心に絞った。

光の奥に誰かいる。

いや、まだハッキリと見えている訳じゃないけど。

なんだか見覚えのあるような、ないような。

僕は更に目を凝らす。

段々ガラス玉の中の視界が鮮明になっていく。

ガラス玉の中に鮮明に映った人影に僕は息を飲んだ。


「なん、で」


僕はガラス玉から目が離せない。

ガラス玉の中に映った人影は今日初めて会話をして、テストの点数を競っている相手だ。

僕は彼女の名前を知っている。


「一ノ瀬 彼方…」


僕がガラス玉の中に見たのはこちらを向いて何かを話している一ノ瀬 彼方だった。

彼方さんは何かを話し終えると鉄柵に足を掛けた。

そして、彼方さんは――


体を宙に投げ出した。


パチッ


「痛っ」


急に静電気のような痛みがガラス玉を持っている方の手に流れた。

咄嗟にガラス玉を手から離してしまい床にガラス玉が衝突する。ガラス玉は割れたりしなかったが、僕は唖然としてその場に立ち尽くす。

掌を見たが特に怪我をしている様子はない。

僕はもう一度ガラス玉を拾い上げて、覗いてみる。

だけど、奥が透けて見えるだけで何かが動いていることもない。

何度か、明かりに翳して覗いてみたりしたが眩しかったり自分の汚部屋が透けて見えたりするだけだった。


「何だったんだ今の…」


あれは、確実に彼方さんだった。

彼女はこちらに向けて何かを言っていたが声は一切聞こえなかった。それもそうか、ガラス玉に映っただけなのだから。

僕はガラス玉に映った映像を思い返す。

屋上に彼方さんがいる状況。

僕は近藤が帰りに話していた話を思い出した。


「もしかして、過去が見えたのか?」


仮にそうだとして、なんでガラス玉に過去が?


思考が堂々巡りになっていく。

思考が行き詰まったその時、ベッドに置いていたスマホが鳴った。

スマホを手に取ると画面には近藤と表示してある。

好都合だった。

僕はすぐに電話に出た。


「よーすっ、三時間ぶりぃ」


間延びした声が耳元に聞こえた。


「近藤、ちょっと良いか?」

「え、何だよ」


真剣な僕の声に近藤はおちゃらけた雰囲気が消えた。


「一ノ瀬 彼方の話なんだけど、屋上から落ちる時誰かと一緒にいたとかそういう情報はないの?」

「うーん、ないと思う。俺が知ってるのは一ノ瀬さんが屋上から落ちたってことだけ。他に屋上に人がいたとかは知らないけど、もし仮にいたとしたら結構その人話題になってると思う」


要するに当時、他に誰かが屋上にいた可能性は限りなく薄いと言うことだ。じゃあ、ガラス玉の中に見えたのは何だったんだ。確実に彼方さんは誰かに対して何かを話していた。


「こんなこと聞いてどうするの?」


近藤が訝しげに聞いてきた。


「えっと…何となく聞きたかっただけ」

「なぁんだよ!周がいつになく真剣だったからちょっとだけ、ちょーっとだけ身構えたわ!」


良くわからないところを強調する近藤に思わず笑みがこぼれる。


「ごめんって」

「全然構わんよ、俺は優しいからな!」

「自分で言うのかよ」


僕も近藤もいつもの調子に戻って行く。

良く解んないことが起きて頭が痛くなっていたのが、スッと和らいだ。


「で、近藤は僕になんの用事?」

「あっ、そうだった。周、明日も学校来ない?」

「行くわけないだろ」

「ほら、自習とかさ」

「行かない」

「頼むよぉ、流石に俺一人は寂しいよぉ」

「お前の方が寂しがり屋じゃねぇか」


そもそも、学校に何度も行くのがめんどくさくて今日中にテスト全て終わらせたのに、自習のために態々学校に行ったら今日テストをやった意味がない。


「マジで、切実に頼む!」


でもまぁ、近藤にはいつも世話になってるからな。


「解った、明日だけだぞ」

「よっしゃぁ!」


自習は夏休みの課題を幾つか終わらせる良い機会だと思えばいいし、学校までの道のりは運動不足解消だと思えば良い。


「それだけ!じゃ、おやすみ!」

「おやすみ」


そうして、近藤からの電話が切れた。

僕は、手に持っていたガラス玉とスマホを机に置く。

近藤からの話が本当なら、一年前屋上に居たのはおそらく彼方さん一人。

でも、ガラス玉に映ったのは彼方さんは誰かに対して何かを言っていた…と思う。

僕は暫く考えていたがそのうちに眠ってしまった。


          ※


翌日早朝、学校の自転車置き場に自転車を置く。

今朝もガラス玉を翳してみたが特に何も起きなかった。あの時見えたのは本当に何だったのか。


「マジで来てくれたのか!」


振り返ると近藤が僕を見て目を丸くしていた。


「来ないと思ってたのかよ」

「いいや? 予想通りだぜ?」


思わずため息が溢れそうになったのを抑えて、僕は生徒玄関まで歩く。

昨日と同様に靴箱に靴を入れて、教室までの道のりを真っ直ぐ進む。


「これみろよ、周好みの女の子のインスタで見つけてきたから」


そんなくだらない話をしながら教室の扉を開く。


「あっ来た」


教室には入るや否や近藤以外の声がすぐ左から聞こえた。僕は視線を左に向けてフリーズした。


「どうした? 周?」


近藤が後ろから僕の肩を叩く。

そんな僕に、昨日と同じ席で待っていた彼女が言葉を続ける。


「来ると思ってた」

まずはここまで読んで下さり感謝します。

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