エンディング オレの初恋を邪魔しないでRe
雪が溶け、寒さも和らいできたある日。自宅の前でレオンを待っていたリセナは、通り過ぎる一台の馬車からブルックが顔を出して「やっほ~!」と手を振るだけ振って走り去って行ったことにあっけにとられていた。
程なくして、レオンが栗毛馬のエーレに乗ってやって来る。
「ごめん、遅くなった! ブルックが父親――ミラーズ領主と来ててさ」
「ええ、さっき見ました。和平交渉ですか?」
「うん。あっちは気の強い人だけど、ブルックが本気でキレ……説得してくれて、なんとかなった」
いまレオンがなにか言いかけたような気がするが、怖いのでリセナは聞かなかったことにした。
レオンが彼女の手を取って、自分の後ろに座らせる。
「あとね、縁談の取り消しも許してもらえたよ……!」
「よかった……。でも、ブルックは、本当に納得してるんですか?」
「うん。結構ちゃんと聞いてみたんだけど……」
レオンは、ブルックに言われたことを思い出す――「あはは、たしかにレオンのことは好きやけど、もっと良い人が他にいくらでもいると思う~」
「……だってさ。あいつ、陽気なのに、慈悲がないよな」
リセナに同情の頭よしよしをされながら、レオンは再び馬を走らせた。
二人はライランド領の各地を回りながら、色んな打ち合わせをした。荒廃農地を再生するか、別のものにするか、領民はどんな要望を持っているか――。
最後に、二人は休憩もかねて丘の上に来ていた。レオンが、少し離れた所で草を食べているエーレを指差す。
「そうだ、聞いてよ! あいつさ、最近オレのこと振り落とさないんだよ!」
「え……振り落とされたことがあるんですか」
「アッ……」
自慢気に言ったことを後悔しながら、彼は話題を変える。
「そ……そうだ、リセナ、明日は時間ある?」
「あっ、明日はメィシーさんと打ち合わせが。クリスタルの採掘についてなんですけど、あれ、世界樹の根っこの影響がある場所ならどこでも採れるみたいなんですよ」
「へ、へえ~メィシーと……そっかあ。まあ、早くハルバ鉱石の代わりを見つけて、シルト層の穴も塞がないといけないしな。えっと、じゃあ、明後日は?」
「明後日は、東のスラム街に行こうかと」
「そ、そう……。この前は炊き出しに行ってたよね。今度は?」
「下見ですね。土地を買収して、学校を作ろうと思って。読み書きだけじゃなくて、孤児院や職業訓練所も併設して、人との関わりや社会での生き方について学べる場所にしたいなぁって。そしたら、少しは、道に迷う人も減るかなって――グレイの話を聞いていて思ったんです」
「グレイの……。そ、そう~だね。良いと思う」
「でも……新しい事業として私が担当するんですけど、決めることが多くて、やりがいはあるけどちょっと不安かなぁ……」
苦笑する彼女に、先ほどまでの歯切れの悪さはどこへ行ったのか、レオンははじける笑顔を浮かべた。
「大丈夫だって! 色々試して、引き返せるところは戻って、最後にちょっとでも前進できてたら成功だよ! あ~、どこかの王太子もぶち込んで育て直してもらいたいなあ~!」
途中から、めちゃくちゃなことを言い出した。
「レオ……それ人前で言わないでくださいね……。ところで、なにか私にご用事ですか?」
尋ねると、彼は、急にどぎまぎし始めた。
「あ、いや、その……用事、というか。あの……ずっと忙しくしてたから、あんまり……恋人らしいこと、してないなと思って。今日、あと、もう少しだけ……時間、いいかな」
「っ……は、はい……」
彼につられて、リセナまでうろたえる。
レオンは、彼女の隣へ、更に一歩近づくと、指先でその手に触れた。
「手、繋いでいい?」
「……はい。でも、これ、わりと普通にしてますよね。昔は毎日のように繋いでたし」
「たしかに……。いや、今までのとはわけが違うから……」
そんなことを言いながら、レオンはリセナの手を握る。もう、彼の頬は赤く染まっていた。
「じゃあ……抱きしめていい?」
「いいですけど……それも、わりと、してますよね」
リセナが両腕を広げると、彼は「そうなんだよなぁ……」とつぶやきながら、彼女を腕の中におさめた。けれど、慣れているはずなのに、レオンの抱きしめ方はなんだかぎこちない。
「ねえ、リセナ……」
彼が、耳元でささやく。あまり余裕のない声だった。
それから、彼女の肩をつかんで身を離すと、彼はうかがうような目をリセナに向ける。その視線が、はじめの数秒、自分の唇に注がれていたことに彼女は気付いていた。
「…………」
彼女が目を閉じると、レオンは戸惑っているのか、なにも変化はなく――数秒経ってから、ようやく肩を引き寄せられた。そして、ほんのわずかな時間だけ彼の唇が触れる。
「っ……」
それから、もう一度、彼女は優しく包み込むようなキスをされた。
やわらかな感触と、温もりと、彼の抱擁にしばらく身を任せる。
唇が離れて、リセナが目を開けると、彼は感極まってぽろぽろと涙をこぼしていた。
「レ、レオ……?」
「ご、ごめん……! 大丈夫、大丈夫だから……もう、一回――」
そう言って、彼が再びリセナを抱き寄せようとした時――丘のふもとから、子どもたちが駆けてくるにぎやかな声がした。
慌てて体を離そうとするリセナを、レオンが抱きしめる。
「……!? あの、レオ――」
「ねえ、リセナ。結婚したら、うちの屋敷じゃなくて、二人だけの家に住もうよ」
「えっ? それは、いい、ですけど……なんでですか?」
「なんでって――!」
彼は、遠巻きにこちらを見ている子どもたちを一瞥してから、リセナを見つめて、大人げなく大真面目に言った。
「もう、誰にも、きみとの時間を――! オレの初恋を、邪魔されたくないから!」
彼女は、しばらく、ぽかんとしていた。
そして、
「えっ、私たち、自分の子どもはどうするんですか……!?」
「こっ!? そっ、それまでの話だよ!」
「ふ――ふふっ」
「笑い事じゃないんだからな!? オレがどれだけ我慢してきたと思って――というか、えっ、子ども? っ、あ、いやちょっと待って、まだ早すぎる」
「へっ!? いやっ、すぐになんて言ってな――」
「待って一旦家に帰ろう」
「……帰りましょう」
レオンとリセナは、急に静かになって、妙な距離感のままエーレの所まで歩く。ちらりとお互いの様子を確認してみると、二人とも耳まで顔を赤くして、にやけるのを堪えているものだから、我慢できずに結局肩を寄せ合って笑ってしまった。
花のつぼみを揺らす温かな風が、新たな季節の始まりを告げる。




