47話 門
白衣の裾が、風ではためいているのが目に入った。
ダンは、はっとして辺りを見回す。他に誰もいないような、広大な荒れ地だ。
「どこだ、ここは……?」
彼は、後方に、先ほど自分が描き上げた巨大な魔法陣があることに気づかない。それよりも先に、雲ひとつない空が薄暗くなっていることに気を引かれたのだ。
「――ああ、なるほど、今日だったか」
空を見上げて、彼はつぶやく。
後方では、地面に大きな影が落ちていた。円形をした影の一部分が、魔法陣を貫いている。
そして、その魔法陣が強く輝いたかと思うと、まばゆい光が影の中心へと向かって地を走った。
◆
魔王城から外に出た時、辺りは先ほどよりも更に光を失っていた。
レオンが、深い青色の空を見上げる。
「日食だ……」
徐々に太陽が月の陰へ隠れ、地上へ届くはずだった光が遮られていく。
メィシーの表情が、一気に張り詰めた。
「あの魔法陣……! 城の裏手か!」
正面から反対側へ回り込むと、魔王の側近が見つけたという巨大な魔法陣が、大地に刻み込まれているのが遠目に見えた。
月が太陽を完全に隠し、夜が訪れたように辺りが暗くなる。途端に、八方から光の線が地を走り、その全てが前方の魔法陣へ注がれた。
魔法陣の中に、空高く光の柱が出現する。それと同時に地響きが鳴り、大地と空気が震えた。
レオンが、リセナと体を支え合う。
「なにが起こってるんだ……!?」
メィシーは、魔法陣の変化を睨んだまま口を開いた。
「やられた……! あれは、転移門の陣の中心――。日食の影で各地の魔法陣が結ばれ、規格外の大きさで、たったいま完成したんだ」
「だから!!?」
「完成した門は、かなり遠くの場所と繋がることができる――。たとえば、宇宙の向こうの、他の惑星とかね」
光の柱が途切れ、中から巨大な門が出現する。扉はまだ堅く閉ざされているが、門の周辺では時空が歪み、岩石すら浮き上がる異様な空間となっていた。
揺れが収まると、耳をつんざくような轟音を立てて門が開き始める。空には暗雲が立ち込め、扉の向こうには、数えきれないほどの何かがうごめいていた。
世界を隔てる膜を、今にも突き破ろうとする異星の生物たち。姿は多種多様で、どれも奇妙なものだった。
下顎までしか頭部がない、翼の生えた悪魔のようなもの。人の顔を模した器官を体に乗せ、金属質の無数の腕で膜を這うもの。鈍色の不定形の体に、鋭い牙が並んだ口だけが付いているもの――。把握しきれないほどいるそれらが、門の一面に密集しており、こちらへの侵攻を待ち望んでいる。
数も、対処法も、全くわからない。触れていいのか、視界に入れていいのか、同じ空間にいていいのか――なにも、わからない。レオンは、震える手でリセナの腕をつかむ。
「逃げるよ……! あんなものが攻めてきたら、ひとたまりもない」
彼と同じように、彼女は異質な大群を前にして震えていた。しかし、レオンの言葉を聞いて、ふつふつと恐怖以外の感情が湧き上がる。
「そうだ……あんなものが、この世界に攻めてきたら。みんな、みんな――町も、人も、私たちの未来も、何もかも奪われる」
「っ、リセナ……!?」
彼女は、前に出ると、両手でグレイとメィシーの背中に触れた。侵略者たちを、まっすぐに見据えて。
「――構えてください。ここで、全て、潰します」
二人分の魔力増幅を、同時に行使する。
世界を隔てる膜は破られ、異星生物たちが一気になだれ込んできた。




