45話 魔王との戦い
それは、人の形をして静かに佇んでいた。
獣の頭蓋骨のような仮面で表情は見えない。ねじれた角が側頭部から伸び、黒いローブに覆われた巨体と相まって、それが人間ではないことを示していた。
漏れ出た闇の魔力は、意識的に拒絶し続けなければ飲み込まれそうなほど濃密だった。仮に耳を澄ませたならば、数十万を超える誰かの断末魔を脳に注ぎ込まれることだろう。
魔王城最上階、玉座の間。先頭に立ったグレイが、魔王を前にしてつぶやく。
「……やけに神妙だな」
戦いの火蓋を切ったのは、彼が先だった。
一薙ぎで最大出力の魔力を放つ。空気を切り裂く轟音を立てて迫るそれは、しかし、魔王の防御魔法と相殺された。すかさず、メィシーが魔導銃を連射する。
四肢、胸部、頭部、ランダムに狙っても全てが最小の面積で的確に弾かれた。
――自動型の防御魔法……!
魔王自身は微動だにしていない。レオンはそちらへ走り込むと、剣を振り上げ炎の渦に魔王を閉じ込めた。
辺りに熱風を巻き起こした炎も、防御魔法と共に四散する。
――効いてない……いや、確実に魔力を使わせてる!
レオンは続けざまに火炎の剣身を振るった。
魔力を充填したグレイが再出撃する。
後退したメィシーの背に手を当て、リセナは魔力増幅を行使した。
――これでも隙ができない、膨大な魔力量。でも、あちらにはいずれ限界が来るはず……!
世界樹と繋がっている彼女の心臓が、無尽蔵とも思えるほどの魔素を取り込み、止まることなく受け取った魔力に合成する。
魔王はその仕組みに勘付いているのか――彼女の背後、空中に鋭い氷柱が形成された。
「――!」
彼女を貫こうとするそれらを、メィシーが身をひねって撃ち落とす。
「水属性の派生魔法――。あの中身は怨嗟の渦だろうに、闇に潰されない精神性が残っているのか」
飛び退くレオンと入れ替わりで、メィシーが前方へ魔導銃を構える。
攻撃と魔力回復を交代で繰り返し、着実に魔王の力を削っていく。自動型の防御魔法が全て切れた時、魔王は反撃をもってこちらの攻撃を相殺してきた。
激しい攻防の中でも、グレイとメィシーは大きな傷をひとつも負わない。それは彼らが元から持つ強さだけではなかった。
二人が魔力増幅のためにリセナへ回す魔力が、はじめの時よりもずっと、彼女にとって自然で受け入れやすくなっている。彼らが変わったのか、彼女が変わったのか――共鳴するように、力が増大する。
ふと。なんの前触れもなく、魔王の前に闇の魔力が集中した。
それも、ほんのわずかな時間だった。腕一つ動かすことなく、強大な魔力砲が放たれる。
「――!」
同時にメィシーが片膝をつき、魔導銃の最大出力を放った。
光と闇の魔力が激しくぶつかり合う。衝撃で突風が巻き起こり、瓦礫が弾丸のように飛ぶ。
魔力増幅を受けていたグレイが、その身でリセナをかばう。そして、その時――二人の前にいたレオンは、息を切らしながらも、いつでも魔王の首を狙える状態でいた。
光の魔力に押され、魔王が一歩、後ろへよろめいたのを彼は見逃さなかった。
――っ、今だ!
衝突した魔力砲が消えた直後。レオンは前へ駆けながら、ありったけの魔力を剣へ流し込んだ。
「ッ――!」
地を蹴り、轟々と燃える炎の剣身を、魔王の頭上から叩き込む――
そう、できるはずだった。空中に形成された巨大な氷塊が、左方から彼の体を打たなければ。
「――!?」
弾き飛ばされたレオンが、壁に打ち付けられる。
「レオ――!!?」
リセナの悲鳴が響き渡る。その時には、グレイが魔王の眼前まで駆け、その剣を振るっていた。
深く、鋭く、剣身と闇の魔力が魔王の体を斬り裂く。
斜めに走った傷口からは、血液の代わりに暗黒が噴き出し――
そして、それは、ゆっくりと後ろへ倒れ込んだ。
「―――」
魔王と、レオンルークス・ライランド。
この場で倒れている、二人の体が、動かない。




